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魔女(男)とこねこ(虎)たん 3

142.呪いの終わり

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 短剣を抜いたアデーラに木の根の攻撃は激しくなる。棺からアデーラを引き離そうとするようにアデーラに巻き付いてくる木の根を、レオシュが短剣で断ち切る。断ち切られた後も大理石の床の上に落ちて蠢いている木の根を、ダーシャが魔法で焼いた。

「ママ、私が守るから、ママはそのひとを終わらせてあげて」
「私もアデーラを守るわ! ルカーシュ、見届けてあげて」

 短剣で襲い来る木の根と戦うレオシュと、魔法で木の根を焼いて行くダーシャ。アデーラとルカーシュが棺の中を覗くと、木の根が眠っている女性の体の中にまで入り込んでいるのが分かる。

「この木の根が無理やりにこのひとを生かしてるんじゃないかな?」
「木の根を切ればいいってことか」

 ルカーシュの言葉にアデーラが棺の中で女性に入り込む木の根を一つ一つ切り始めると、棺の外の木の根の攻撃も激しくなる。

『あぁ、やっと終われる……』
『この私を殺そうとは! 憎き魔女め、許さない!』

 二つの声が重なって聞こえて来るがアデーラは木の根を切る手を止めなかった。

『終わる……お願い、最期に手を握って……愛しい、あなた……』
『あぁぁぁ!? 私が守ってきたものが! 私が壊そうとしたものが!』

 静かに死を見詰めた一つの声は、ルカーシュを在りし日の皇太子と見間違えているようだ。もう一つの声は支離滅裂になっている。
 アデーラの顔を見たルカーシュに、アデーラは頷いてやる。ルカーシュは手を伸ばして女性の白い手を握った。

「暖かい……生きてるんだね……」
「千年以上も生きながらえさせられてつらかっただろう。もう終わりにしてあげるよ」

 最後の一本の木の根を体から切り離したとき、断末魔の悲鳴が聞こえた気がした。ルカーシュの手の中で女性の手が崩れていく。白い塵になった女性に、もう声は響いてこなかった。
 握っていた手をじっと見て、ルカーシュが呟く。

「ブランカお祖母様の手のようだった。優しくて柔らかくて」

 ごく普通の一人の女性として生きるはずだった彼女を母体と選んで、魔女の森の一番奥の老木の中に作られた空間に閉じ込め続けたのは誰なのか。恐らく当時の魔女たちと魔法使いたちなのだろう。
 母体となった彼女は今の魔女の祖となる始まりの魔女を産んだ。大勢の魔法使いと交わらされて、何度も望まぬ子を産まされていくうちに、彼女は狂っていったのかもしれない。
 平穏に死を望む自分と、魔女の森のシステムを執拗に守り続け、いずれ魔女を破滅の道に導こうとする自分と、二つに分かれた彼女がここにはいた。
 彼女の魂の消滅を受けて、老木の下に作られた空間は崩れつつあった。
 揺れて崩れる大理石の床と、上から降って来る土と木の根が絡まった瓦礫。生き埋めになるのかもしれないと思ったアデーラに、レオシュが手を伸ばしていた。

「ママ、見て」

 レオシュのポーチの裏に縫い付けてある宝石から光が出て、レオシュの体が浮き上がりそうになっている。ルカーシュのポケットに入れている宝石からも光りが放たれている。
 最初にここに入れたのもその宝石のおかげだった。同じ宝石が帰り道も示しているのかもしれない。
 ただし、その宝石はレオシュが鼻に詰めたものだという考えが過るのをアデーラは必死に散らして消した。

「ダーシャお母さん、僕に掴まって」
「ルカーシュ!」
「ママ、避難しよう」
「そうだね、レオシュ」

 ダーシャはルカーシュと手を取り合い、アデーラはレオシュを抱き上げる。瓦礫を通り抜けるようにして細い通路が頭上に向かって伸びていくのが分かる。宝石の放つ光で作られた通路に吸い込まれるように、アデーラとレオシュ、ダーシャとルカーシュは浮かび上がった。
 最初は広い通路だったが、だんだんと細くなっていく。細い通路の中を何とか上に浮かび上がって抜けていくと、アデーラとレオシュ、ダーシャとルカーシュは老木の前に出た。
 恐らく、宝石が導いて老木に入った場所と同じ場所に戻って来たのだ。
 蝋のようなものに覆われていた老木は朽ちて崩れ落ちつつあった。
 吐いた息が白い。
 そこでアデーラは初めて気付いた。
 離れの棟でも、魔女の森でも雪が降り積もる時期なのに、この老木の周りには霧が立ち込めていて、寒さを感じなかった。地面に生えている草もこの季節のものではなかった。

「ずっと時間が止まっていたのか」
「そうでなければ千年以上もの間、生きていられるはずがないものね」

 アデーラの言葉にダーシャが頷く。
 霧は晴れていて、細雪が降りつつあった。
 エヴェリーナとエリシュカとブランカが老木の近くに駆け寄った瞬間、老木が塵となって霧散していく。塵となった老木の破片に触れた瞬間、アデーラは流れ込んでくる記憶に気付いた。
 獣人の国の皇太子の元に嫁ぐ日を楽しみにしていた一人の魔女が、それを許されず、自分の住む森が変わっていくことを知る。獣人の国に最後に飛ばした手紙。それ以降彼女は老木の下の空洞に閉じ込められる。
 毎夜訪れる魔法使いたち。

「全ての魔力を統合するのだ」
「魔力がこれ以上薄まらないために」

 魔力を保つためといって彼女を抱いた魔法使いたちの子どもを、彼女は産んだ。愛しいひととは結ばれず、この森のために犠牲になる自分に悔しさと憎しみが募って、彼女が産んだのは全員女の子だった。
 女性だけが自分のコピーを産むシステムに協力するように見せかけて、彼女はずっとこのシステムが崩される日を待っていた。
 そして、千年以上が経ってこのシステムに男性の魔女、アデーラという一つの綻びが生まれた。それを見逃さず、彼女は動けないながらもレオシュがアデーラの元に辿り着くように魔法で導いた。
 全ての記憶が流れ込んできたのはアデーラだけではなかったようだ。エリシュカもブランカもエヴェリーナも呆然と立ち尽くしている。

「こんなことが起きていたなんて……」
「エヴェリーナお祖母様もご存じなかったのかい?」
「魔女の森で起きたことは消えた魔法使いたちと、その時期に生きていた魔女たちしか知らない。あたしも初めて知ったよ」
「あのひと、私にそっくりだった……」
「ブランカのオリジナルなのだろうね」

 エヴェリーナとエリシュカの呟きに、ブランカが目を閉じて彼女の冥福を祈っている。死んでしまった彼女は、最期の力で全ての真実を魔女の森に広げたようだった。

「これから魔女の森は変わるんだろうね」
「変わっていかなきゃいけない」
「アデーラとダーシャが変えていくわ」

 もう魔女たちを縛る呪いという名のシステムは消え去った。魔女たちは今まで通りに魔女の森で出産をしても、コピーを産むことはないだろう。男性だって生まれて来る。
 それは他の種族と血を分けて、魔力を薄めることになっても、歪なコピーを産み続ける現状よりもずっといいはずだ。

「これで、ダーシャお母さんは、魔女の森を出ても安心して子どもを産めるね」
「そうね。ルカーシュ、本当に頑張ったわね」
「僕は、あのひとの手を握っていただけだよ?」

 何もしていないというルカーシュにダーシャが微笑む。

「何者か分からない魔女の心を最後に救ってあげたなんて、すごく勇気のいる素晴らしいことだと思うわ」

 私はルカーシュを誇りに思う。
 ダーシャに言われてルカーシュは照れたように笑っていた。
 アデーラはレオシュに向き直る。

「レオシュ、本当に頑張って戦ってくれたね」
「ママの刺繍があったから、私は無事だったんだよ」

 レオシュはアデーラの刺繍を身につけていたから木の根の攻撃を受けなかったと主張している。レオシュが怪我をせずに戻れたことは本当に幸せなことだったので、アデーラはレオシュの身体を抱き締める。
 始まりは老木に囚われた魔女の意志でレオシュはアデーラのところに来たのかもしれない。それでも、今お互いに大事に思い合っているのは、出会ってから積み上げて来た年月があってのことだ。

「レオシュ、大好きだよ」
「ママ、私もママが大好き」

 抱き締め合うレオシュとアデーラに雪が降っていた。
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