魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

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魔女(男)とこねこ(虎)たん 3

132.魔女の森での暮らし

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 レオシュには魔法が使えない。
 アデーラは自分がこの家に連れて来られた経緯やエディタが操られていることなどを書いた手紙をレオシュに渡して、庭の前に立っているエリシュカとブランカとダーシャに渡してもらったが、エリシュカとブランカとダーシャもいつまでもその場所にいられるわけではない。
 エリシュカとブランカからは、一度自分たちの家に戻ることと、エディタの様子を探って、エディタを操っている人物を探してみるということが伝えられた。
 ダーシャはルカーシュもいるので離れの棟に戻って様子を見るとのことだった。
 すぐには解決しないだろうとは思っていたが、アデーラはそんなに長期戦にはしたいと思っていなかった。
 レオシュが手紙を飛ばすことは無理なので、アデーラは白い小鳥の使い魔を呼んだ。アデーラが外に出そうとしても無理だが、レオシュが手の中に隠して外に出るとなぜか平気で、エリシュカやブランカやダーシャの元へ飛んで行ってくれる。

「結界を抜けられたのも、レオシュだから?」

 アデーラの呟きにレオシュは首を傾げている。
 初めて会ったときから、レオシュには不思議な点があった。レオシュは魔女の森に入り込むことができたのだ。猫科の俊敏な動きで結界を抜けて来たのか、アデーラの家が服飾の仕事を頼むお客を招き入れるために魔女の森の入口にあったからか分からないが、レオシュは魔女の森に入り込んで、アデーラの庭の柵の蔦に絡まって泣いていた。
 魔女の森に来たのも、1歳半の子どもができたとは思えないような動きだった。王宮から出る馬の尻尾にぶら下がって、その後は城下町から出る商人の荷車に乗って来たというレオシュ。レオシュ自身に記憶はないが、複数の目撃情報がそれが真実だということを告げていた。

「レオシュには特別な力があるってことなのかな」
「分からないけど、ママのこと、世界で一番愛しているよ」

 アデーラに会うためにレオシュは魔女の森に来た。それが何かの導きなのだったら、これを運命と言わずして何と言うのだろう。

「レオシュ、二人きりになっちゃったね」
「ふーくんと遊べないのも、お兄ちゃんと一緒じゃないのも、ちょっと寂しいけど、ママがいるから平気。お兄ちゃんは不安じゃないかな」
「ダーシャがいるから大丈夫だと思うけど」

 ルカーシュもまだ16歳で、母親の片方であるアデーラが連れ去られてしまって、急にダーシャと二人きりになって動揺しているのではないだろうか。繊細なルカーシュが心を痛めていないか、アデーラは心配だった。

「ママ、驚かないでね。ママを助けに行くって言ったら、父上がこれを渡してくれたんだ」

 レオシュがポーチから出したのはそこそこの長さのある短剣だった。ずっしりと重い鞘に収まったそれを、アデーラは目を見開いて見る。

「13歳の子どもになんてものを!」
「私が欲しがったんだよ。ママを守るためには必要かもしれないって言ったんだ」

 国王陛下は常に腰に剣を下げている。レオシュもアデーラを救いに行くにあたって、剣が必要だと国王陛下に言った。

「いつかは必要になると思って、作っておいてくれたんだって。これには魔法を弾く王家の宝石が使われているから、必ず役に立つと思う」
「レオシュがひとを切るところなんて見たくないよ」
「ママのためなら、私は鬼にもなれる」

 決意するレオシュに、アデーラはそんなことがないように祈らずにはいられなかった。
 外は雪が降り続いている。寒い部屋もレオシュがいるとアデーラは温める気になる。温かいお茶を飲んで、食事も作る。
 氷室の中の食料はアデーラが望むものよりもずっと種類が少なく、貧相に感じられたけれど、出入りができないのだからどうしようもない。そう思っていたら、レオシュが思い付いたようだ。

「エリシュカお祖母ちゃんとブランカお祖母ちゃんに手紙を届けられる?」
「いいけど、何を書くのかな?」
「すぐに分かるよ」

 レオシュの書いた手紙をエリシュカとブランカに白い小鳥で送ると、エリシュカとブランカは庭の前まで来てくれたようだ。レオシュが走り出て、エリシュカとブランカと何やらやり取りをしている。
 ドアから出られないアデーラは庭の木々に遮られてその様子が見られなかった。
 戻って来たレオシュはほっぺたを赤くしてポーチを開けた。
 中には食材がぎっしりと詰まっている。新鮮な野菜や果物、ソーセージやハムといった加工肉、新鮮な魚と肉、それに牛乳もあった。

「ママには美味しいものを食べて欲しいからね」
「ありがとう、レオシュ」
「ママ、ストレートの紅茶はあまり好きじゃないでしょ? 知ってるんだよ」

 にぃっと笑うレオシュにアデーラは確かに救われていた。
 ブランカとエリシュカから差し入れてもらった食材で料理を作って、紅茶にはミルクが入るようになって、アデーラは閉じ込められている暮らしの中でも少し落ち着いてきた。
 レオシュはポーチから王立高等学校の宿題を出して勉強をしたり、アデーラの膝に甘えて乗ったりして、いつも通りに過ごしてくれる。
 閉じ込められている生活は不自由ではないとは言い難かったが、レオシュがいることでアデーラの気持ちはかなり和んだ。
 エディタが姿を現したのは、数日後のことだった。
 レオシュを膝の上に乗せているアデーラを見て、苦笑している。

「子どもが来てしまったのね。獣人の国で探しているでしょう。返してあげなくては」
「エディタ姉さんは、なんとも思わないのか?」
「え?」
「レオシュは私を心配してこの家に来てくれた。エディタ姉さんにも子どもがいるだろう。エディタ姉さんの子どもたちは、エディタ姉さんの行動のおかしさに気付いていないのか?」
「私がおかしい? 何を言っているの? おかしいのはアデーラとダーシャよ。自分の子どもでもない、魔女でもない子どもを引き取って、肩入れして、育てて。挙句の果てに、魔女の森の掟も破ろうとしているんでしょう?」

 エディタの目の色が変わった気がして、アデーラは注意深くエディタの様子を見詰める。エディタの目は赤く光っている気がする。

「誰にそれを言われたんだ? 私たちが魔女の森の掟を破ろうとしているなんて」

 そんなことは一言もエディタには言っていないし、魔女の森の秘密だってエリシュカとブランカとアデーラとダーシャだけにしか明かされていないはずだった。それなのにエディタは魔女の森の秘密を知っているかのようなことを口にする。

「誰にも言われていないわ。私は……」
「自分の子どもたちの名前を言える、エディタ姉さん? 可愛い娘たちの名前を」
「言えないわけがないわ。私の娘は……娘は……」

 混乱してエディタが頭を押さえているのにアデーラが畳みかける。

「エディタ姉さんはそんなひとじゃなかったはずだ。レオシュのこともルカーシュのことも、そんな風には言わない」
「うるさいっ! 掟を破る魔女は閉じ込めるくらいじゃ甘かったようね。異端分子は処分しなければ」

 あの方のためにも。
 エディタが魔法を紡いでいることに気付いて、アデーラはレオシュを背中に庇おうとした。レオシュはポーチから短剣を取り出して構えている。

「ごめんなさい!」
「きゃあ!?」

 切りつけられたエディタが腕で短剣を防ぐ。エディタのドレスの袖が切れてはらりと床の上に落ちた。

「私は……私は……何を……」

 呆然としているエディタに、レオシュが大きく声を上げた。

「助けて、エリシュカお祖母ちゃん!」

 声に応えるようにエリシュカがドアを開けて部屋に入ってくる。エディタの洗脳が解け始めているので、結界の魔法が緩んだようだ。

「あんたは、何をしてるんだい」

 呆れた様子でエリシュカがエディタの頭にぽんと手を置く。その瞬間、赤い影が立ち上ってエディタから抜けて消えて行った。

「アデーラ!? 私はアデーラになんてことを!? レオシュ、無事!?」
「エディタ姉さん、正気に返ったのか」
「ごめんなさい。私、なんでこんなことをしてしまったのかしら」

 困惑しているエディタは、レオシュのことも心配してくれている。魔法は解けて元に戻ったようだ。
 安心していると、エリシュカがエディタに問いかける。

「いつ頃からこんな風になったんだい?」
「分からないわ」
「あんた、ずっと家に帰ってないってアネタが言ってたよ」

 エリシュカもエディタの行方を追っていたが探しきれずにいたようだ。エディタはぽつぽつと答える。

「呼ばれた気がして……森の中央の一番古い木に……その後は覚えてないわ」

 森の中央の老木に近付いたら、そこから記憶がないとエディタは話してくれた。

「あの周辺に住むのは、古参の魔女たちだね。誰に操られたのか」
「魔法の痕跡は?」
「辿れなかったよ」

 赤く抜けていく影のような魔法の痕跡はエリシュカでも辿れなかった。
 まだまだ妨害は続くのかもしれない。

「あたしはもう一度、魔女の森の呪いについて調べてみる」
「エリシュカ母さん、お願い」

 とりあえずは、アデーラは日常に戻れそうだったが、油断はできなかった。
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