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魔女(男)とこねこ(虎)たん 3

130.捕らえられたアデーラ

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 アデーラの元にエリシュカが訪ねて来たのは、冬の最中のことだった。外には分厚く雪が積もっていたが、レオシュとフベルトがルカーシュとイロナと力を合わせて元気に雪かきをしてくれている。
 王宮の離れの棟にやってきたエリシュカは、いつもと同じ黒のパンツスーツだったが、魔法駆動二輪車には乗っていなかった。

「エリシュカさん、いつもの格好いい奴には乗って来なかったのか?」
「雪で前が見にくいからね」
「雲の上を通ってもダメなの?」

 フベルトとレオシュが不思議そうに聞いてくるのを、エリシュカはそれだけで済ませてしまった。
 部屋の中に入ってお茶を出すと、お茶に口をつけることなくエリシュカが話し出す。

「アデーラに至急魔女の森に戻ってもらわないといけなくなった」
「どういうこと?」
「理由は魔女の森に着いてから話すよ」

 強引なエリシュカにアデーラは違和感を覚えていた。普段のエリシュカはこんなことはしない。それだけことが切羽詰まっているのか、それとも……。
 アデーラの腕を掴むエリシュカに、アデーラは移転の魔法が展開されるのを感じて止めに入る。

「待って。急にいなくなったら、レオシュもルカーシュも驚くし、ダーシャにも説明しておかなきゃいけないでしょう?」
「アデーラ、時間がないんだよ」
「エリシュカ母さん、何かおかしいよ? いつものエリシュカ母さんはもっとレオシュのこともルカーシュのことも可愛がってるはずだ。こんな風にレオシュにもルカーシュにも説明なく私を連れて行ったりしない」

 アデーラの言葉にエリシュカが眉間に皺を寄せる。

「アデーラ、今はあたしの指示に従って」
「エリシュカ母さん!?」

 移転の魔法が展開される気配がする。
 瞬きをしてもう一度目を開けたときには、アデーラは魔女の森の自分の家にいた。何年も放置していたので埃っぽいその家になぜ連れて来られたのかよく分からない。

「エリシュカ母さん……じゃないね、あなたは」
「気付かれないと思ったのに」

 眉根を寄せている褐色の肌に金色の豊かで豪華な髪、紫色の目も豊かな体付きも、確かにエリシュカと同じだったが、アデーラはその人物がエリシュカではないことに気付いていた。
 エリシュカが産んだのは三人の娘。エディタ、ディアナ、ダーシャの娘たちは、エリシュカと全く同じ姿に育っている。魔法の痕跡ではっきりと分かったが、彼女はエリシュカではなくて、長女のエディタだった。

「エディタ姉さん、これはどういうこと?」
「ダーシャにも近いうちに戻ってきてもらう予定だから、寂しくはなくなるわよ」
「なんで私をここに連れ戻した?」

 強い語気で問いかけるアデーラに、エディタはふわふわと笑っている。

「子どもたちも育ったし、この森にはアデーラとダーシャが必要なのよ」
「そんなこと、これまでの十年間では何も言わなかったじゃないか」

 むしろ、エディタはディアナや、ブランカが産んだアネタやアンジェラと共に、獣人の国を守るために尽力してくれていた。反乱がおこったときなどは、エリシュカとブランカと共に最前線に立ってくれていたはずだ。
 それなのに、急にアデーラとダーシャがこの森に必要だと言い出すなんておかしい。
 ドアを開けて家から出ようとするが、アデーラは透明な壁に阻まれたように外に出ることができない。ダーシャやエリシュカやブランカに助けを求めようとしても、魔法が遮断されてしまう。

「この家でしばらく頭を冷やすといいわ。ダーシャも近いうちに連れて来てあげる」
「ダーシャは私を探すと思うよ」
「そのときに、ここに閉じ込めてしまえばいいのね」

 うっとりと言うエディタは操られているようにしか見えない。アデーラは混乱していた。自分の味方だったはずの姉を傀儡にして、自分は前に出ずにアデーラを閉じ込めようとしているひとがいる。
 その人物が誰なのか、アデーラには薄々予測ができていた。
 エリシュカはレオシュのお誕生日で言っていた。自分たちよりも上の世代の魔女たちが邪魔をしてくるかもしれないということ。それが実行されたのだろう。

「氷室には大量に食料が入っているし、裁縫箱も持ってきているから、安心して暮らすといいわ」

 微笑んだままにエディタが家を後にする。完全に魔法で閉じられた空間の中、助けを求めることもできずに、アデーラはただ途方に暮れるしかなかった。
 エディタはエリシュカの長女で、ブランカとエリシュカの二人のパートナーの中でも一番最初に生まれた魔女だ。魔女としての力も強いし、魔法にも長けている。
 それだけ力のある魔女を操ってしまえるような魔女が相手なのならば、アデーラも注意していかなければいけない。
 簡単に捕らえられてしまった自分が悔しくて、アデーラは座り込んだまま動けなかった。部屋の明かりをつけることも、部屋を暖かくする魔法をかけることも、お茶を淹れることも忘れてしまっている。
 ただただ、どうしてこうなったのか分からなくて混乱して、頭に浮かぶのはレオシュの顔ばかりだった。エリシュカの姿をしたエディタに冷たくあしらわれて、アデーラは急にいなくなって、レオシュは泣いていないだろうか。
 13歳になったとはいえ、レオシュはまだまだ甘えん坊で、アデーラにとっては可愛い息子だった。
 子どもも育ったとエディタは言っていたが、アデーラにとってレオシュはまだまだ手を放せる年齢ではない。もっと手をかけて大事に育ててやりたい気持ちでいっぱいだった。
 呆然としていても仕方がないので、アデーラは立ち上がって深呼吸をする。部屋の空気は冷え切っていて、肺の中に冷たい空気が入り込んできた。息を吐くと白く濁るのが分かる。
 緩慢な動作で薄暗い部屋に明かりをつけ、エディタの置いて行った裁縫箱をテーブルに置く。刺繍糸を取って、針に通して刺繍を始めると、心が落ち着いてくる。

「エディタ姉さんは操られていた……誰から?」

 刺繍をしながらアデーラは考えた。
 エディタほどの魔女を操るのだから生半可な相手ではないことは分かっている。魔女の森は一時期一つになって獣人の国を支えたように見えていた。疫病が流行ったときも、謀反が起きたときも、冷害が起きたときも、魔女の森は獣人の国を助けた。
 しかし、全ての魔女がそれに加わっていたわけではなさそうだ。加わらなかった魔女の中に、魔女の森の秘密を知っていて、アデーラとダーシャがしようとしていることを止めたいものがいるのではないだろうか。
 これは始めの一手に過ぎない。
 これから逃れることができても、アデーラとダーシャは魔女の森を離れている限り、二人を邪魔して来ようとする魔女が存在するだろう。
 刺繍が一つ完成したので、アデーラはそれをポーチに仕舞って、椅子から立ち上がる。体が冷え切っていたので、お湯を沸かして紅茶を淹れることにした。
 熱湯を入れてポットを温めて、茶葉を入れて、熱湯を注いで三分間蒸らす。淹れたお茶にミルクを入れようとして氷室を見たが、牛乳は入っていなくて、アデーラはため息を吐く。
 エディタはブランカの食事で育てられている。エディタ自身も料理が得意で、産んだ子どもたちの食事は自分で作っていた記憶がある。そのエディタが氷室に牛乳を入れ忘れるなんてことがあるわけがない。
 これは明らかにエディタではない誰かが用意したものだった。
 ミルクのない紅茶を吹き冷まして飲みながらアデーラは考える。
 どうにか外に出られないか。
 同じ魔女の森にいるのだから、エリシュカとブランカは気付いてくれないのか。
 アデーラは孤独の中で必死に考えていた。
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