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魔女(男)とこねこ(虎)たん 3

123.見てしまったレオシュの欲望

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 もうレオシュもずっとそばにいなければいけない年ではない。
 王立高等学校が休みの日に、アデーラは店舗に出てお客の対応をしていた。恰幅のいいパンダの夫人のためにドレスを誂えるのだ。

「私の息子が魔女様にご迷惑をおかけしたらしいですわね。本当に申し訳ありません」
「あの方はあなたのご子息だったのですか」
「縁談が決まりそうなのに、反抗したい年頃なんでしょうね、逃げ出してしまって、街中探しましたよ」

 パンダの夫人の話では、あのパンダの紳士は縁談の席を逃げ出してこの店に来ていたようだ。そう考えると確かに整った身なりをしていた気がする。

「もう成人していたようですが」
「男の子は幾つになっても反抗期ですよ。親の言うことなんて聞きたくないんです」
「男の子はいつまでたっても反抗期……」

 パンダの夫人の話を聞いて、アデーラは採寸した結果をメモしながら聞いてみる。

「何歳ころから反抗期になりましたか?」
「そうですねぇ。3歳のいやいや期も激しかったし、6歳ごろには家庭教師に反抗していたし、12歳で高等学校に入るころには、親とは口をききもしませんでしたよ」

 全ての男の子がそうというわけではないが、男の子の子育てとは難しいようである。
 小さい頃から聞き分けのいいレオシュとルカーシュと一緒にいて、反抗期らしい反抗期も経験してこなかったアデーラにしてみれば、パンダの夫人の話はとても興味深かった。

「ドレスの仮縫いにまたいらしてください」
「息子の縁談を進めなきゃいけませんね。息子の結婚式で着るつもりなのです」

 恰幅のいいパンダの夫人は息子の縁談を推し進める気で店を後にした。採寸の終わった紙を持ってアデーラは店舗から離れの棟に戻る。リビングには誰もおらず、レオシュもルカーシュも部屋にいるようだった。
 デザイン画を描いてから、アデーラは外に干してある洗濯物を見て思い出した。
 レオシュの涎がべったりとついていたので洗うつもりだったパジャマを、寝室に置き忘れて洗濯に出していない。

「レオシュは反抗期がなくて私にべったりだからな」

 自然と呟きが漏れる。
 レオシュは今でもアデーラの膝の上に乗って来るし、アデーラと一緒に寝ているし、アデーラに甘えてくるし、アデーラにとっては小さな可愛いレオシュのイメージが消えていなかった。
 いつまでもレオシュは可愛い子どもでアデーラの息子。
 そう思いながら寝室まで階段を上がって、寝室の前に来たところでドアが少し空いていることに気付いた。ドアの隙間からレオシュの声が漏れて来る。

「ママ……んっ……ママぁ……」

 何となく立ち止まってしまってドアを開けられないアデーラの耳になまめかしいレオシュの声が聞こえてくる。

「んんっ……ママ、ここ、へんっ……あぁっ……ママ……」

 少しドアを押してしまったアデーラはレオシュがベッドに置いてあるアデーラの畳んだパジャマに顔を摺り寄せ、匂いを嗅ぎながら何かしているのに気付いてしまった。

「ママー!?」

 レオシュの悲鳴が聞こえる。
 アデーラは反射的にドアを閉じてしまった。
 男性が欲望を自分で処理することがあるのは、アデーラは知識としては知っていた。アデーラの男性器は全く役に立たないので、実際に行ったことはない。自分の男性器に触れて達するようなことをレオシュはしていたのだろうか。
 まだ12歳のレオシュにそんな欲望があることが信じられずに立ち尽くすアデーラに、レオシュがドアを開けて寝室から顔を出す。

「み、見た?」
「見てない!」
「見たんでしょ?」
「見たけど、気にしてない!」
「気にしてよ!」
「レオシュ、それは大人になるための普通のことだから、いけないことでもなんでもないんだよ」

 唱えるように教育論を口にするアデーラは、頭の中はレオシュのなまめかしい声でいっぱいだった。レオシュはアデーラのパジャマを嗅ぎながら自慰を行っていた。

「あの……レオシュ、その……レオシュって……」
「まだだよ! まだ、ちゃんと出たことはないけど、触ると気持ちいいってのは分かるんだ」

 聞きにくいことを口にするのを躊躇うアデーラに、レオシュが自棄になったように答えて来る。レオシュはまだ達したことはないようだが、自分の中心を触って快感を得ることはできているようだ。

「そっか……よかった」
「そこ、よかったって言うところなの?」
「私は、男性としての機能は全くなかったから、ごめんね、全然理解はできないんだ。でも、レオシュのそれが、健全な男性の成長だってことは分かってる」
「物わかりよく言わないで! ママを対象にしてたんだよ」
「そ、それは……えーっと、レオシュにはもっといい相手が……」
「ママが好きなんだって、ずっと言ってるでしょう!」

 あまりのことにアデーラに抱き付いて号泣し始めたレオシュを抱き上げて、アデーラは椅子に座ってもふもふの耳とふわふわの髪を撫でる。ぼろぼろと涙を零しながらレオシュはアデーラの膝に取り縋って泣いている。

「ママのこと愛してるってこんなに言ってるのに」
「レオシュのこと、息子として愛してるよ」
「そんなんじゃないー! 私はママを一人の男性として愛しているんだよ!」
「男性として……」

 アデーラの性別は男性なのだから、レオシュがそう言ったのは当然である。心にぴしりとひびが入ったような気がしたのは、アデーラがただの男性ではないという自覚があったからだ。
 レオシュはアデーラを一人の男性として愛しているけれど、アデーラの体の中には子宮と卵巣がある。アデーラはただの男性ではない。
 男性器があって、女性器はなくて、胸も筋肉はついているが女性のものとは全く違う。それでもアデーラにはただの男性ではない事実がある。

「レオシュ……私が男性ではないとしたら?」
「ママが?」
「うん、私が」

 ぽつりと問いかけるアデーラに、レオシュが必死に涙と洟を拭いている。涙に濡れた頬を撫でると、レオシュがぎゅっと目を閉じる。

「性別なんて関係ないよ。私はママが好き」

 レオシュの答えにアデーラはどくりと心臓が脈打った気がした。レオシュが上目遣いに潤んだ目で見つめて来るのが、熱っぽく感じられる。体中が熱を持ったようになっているのに、アデーラの中心は反応していない。代わりに下腹がじくじくと疼くような気がしている。

「レオシュ、晩ご飯の用意をしなきゃ」
「ママ……私のしたこと、気持ち悪いと思ってる?」
「そんなことはないよ」
「もう私とは寝てくれない?」

 涙目で問いかけられて、アデーラはレオシュの髪と耳を撫でる。

「これからもレオシュが一緒に寝たいなら、私は拒まないよ」

 アデーラの答えにやっと安心したのか、レオシュは涙を拭いて鼻をかんでいた。
 キッチンに入ってもアデーラの頭の中はレオシュのことでいっぱいだった。
 レオシュに好きと言われていたが、それは小さな子どもが将来母親と結婚するというような可愛い戯言に過ぎなくて、いつかはレオシュは自分の元を旅立ってしまうのではないかという気持ちが、アデーラになかったわけではない。
 それがはっきりとレオシュがアデーラのことを性の対象と見ていることが分かってしまった。
 本当にそうなのかと疑っていた部分が、明らかになってしまった。
 レオシュは本気でアデーラのことを性的に見ている。
 これまで恋愛とも縁がなく、誰かに好かれることも、身体を交わすこともしたことがないアデーラ。
 恐らく、アデーラは恋をしたこともない。
 レオシュへの限りない愛は、親としてのもので、恋愛感情ではないのは分かっている。

――犬と暮らすひとは、皆不幸なのかしら。猫と暮らすひとは? ハムスターなんて寿命は二年ほどよ。それでもひとは自分より寿命の短いものと暮らす。それが幸せだから。

 ダーシャの言っていた言葉がアデーラの耳に蘇る。
 アデーラもレオシュと向かい合わなければいけないときが近付いているのかもしれない。
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