魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

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魔女(男)とこねこ(虎)たん 3

107.レオシュの10歳のお誕生日

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 レオシュの10歳のお誕生日は特別な日だった。魔女の森では10歳のお誕生日に特別なことをする風習はないが、レオシュは獣人で、獣人の国で暮らしている。獣人の国の皇子なのだから、その風習に則っても悪くはないはずだ。
 王家にしか許されない紫みの青、ロイヤルブルーの布を断って、アデーラはレオシュのために衣装を仕立てた。襟高の裾の片側にスリットの入った足元まで裾のある上衣に、黒いシンプルなパンツ。ルカーシュの衣装には金色の糸で刺繍を施すが、レオシュの衣装にはアデーラは銀色の糸で刺繍を施す。金糸も銀糸もどちらも美しいが、ルカーシュには金が似合うし、レオシュには銀が似合うとアデーラは感じていたのだ。
 ロイヤルブルーに合わせるには金も銀もどちらもよく合う。
 出来上がった衣装は細身のレオシュにぴったりで、斜めに留める組み紐も手作りしてアデーラは豪華に飾り付けた。

「ママ、見て見て。私、立派?」
「すごく格好いいよ」
「嬉しい! ママの作ってくれた服、いつも格好いいけど、これは特別に格好いいね」
「当然だよ。私の可愛い息子がお披露目をするんだからね」

 ルカーシュのお誕生日の祭典には出席しているが、レオシュがメインとなって国の祭典に出るのはこれが初めてになる。ルカーシュは7歳の誕生日から出ていたので、レオシュは少し遅いとも言われるかもしれないが、アデーラはルカーシュとレオシュを比べるような輩がいたら許さないと思っていた。
 ルカーシュにはルカーシュの成長があり、気持ちがある。レオシュも同様だ。二人の気持ちを考えてアデーラは全てのことを進めて上げたかった。

「レオシュ、すごく素敵だよ。僕、こんなに格好いい弟がいて、誇らしいな」
「お兄ちゃんもすごく素敵。私と一緒に祭典に出てくれるの?」

 レオシュの問いかけにルカーシュが微笑む。

「レオシュは僕が祭典に出るときにはずっとついて来てくれていたでしょう。今度は僕の番だよ」
「お兄ちゃん、大好き」

 仲のいい兄弟の様子にアデーラも心が和む。
 国の祭典に出たレオシュに、国王陛下は会場の隅々まで鋭く視線を巡らせていた。初めてお誕生日の祭典に出るレオシュに僅かでも不快なことがないように、気をつけているのだろう。
 レオシュのそばにはバジンカとマルケータが来ていた。

「レオシュ様、ロイヤルブルーの服がとてもよく似合いますね」
「レオシュ様もその色を纏える年になったのですね」
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、これはママが作ってくれたんだよ」
「さすがはアデーラ殿。魔女の中でも魔法のかかった衣装を作らせたら並ぶものはないと言われているお方」
「その衣装にどれだけの付与魔法がかけられているか、魔法の使えない私たちにも分かるようですよ」

 バジンカとマルケータはアデーラの衣装にも賞賛を惜しまない。こういうところがレオシュがバジンカとマルケータを素直に慕うところなのだろう。
 祖父母であるバジンカとマルケータは慕うのに、父親である国王陛下は認めない辺り、レオシュはずっと生まれてから放置されてきたことを恨んでいるのだろうか。まさか国王陛下がまだ若い男性で、アデーラを狙っているかもしれないとレオシュが警戒していることなど、アデーラは気付くこともないのだった。
 会場では新しく始まった歌劇団の演目についても話がされていた。

「宰相がお妃様を暗殺して、自分の姪を国王に差し出し、国の乗っ取りをなんて、これは本当に起きたことではないのでしょうか」
「お妃様の暗殺の真相を調べるために国王陛下と仕える女騎士が共に調べを進めていく……国王陛下も今、本当にお妃様の死の真相を探っているのでは」

 憶測の飛び交う貴族たちに、まだ演目を見ていない貴族は見に行こうと話している。それをダーシャが悪い笑みを浮かべながら聞いていた。

「貴族には浸透しているようね。後は民衆にどこまで浸透するか……」
「ダーシャお母さん、悪いお顔」
「私は魔女よ。悪だくみもするわ」

 国王陛下とヘルミーナの仲が気にかかるというよりも、悪だくみが楽しいからやっているようなダーシャ。アデーラはその気持ちはよく分からないが、あまり近寄りたくない気にはなっていた。

「ママ、お願いがあるの」
「何かな、レオシュ?」
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも、お誕生日にお招きしたいんだ」
「今招いてるんじゃないのかな?」

 アデーラが問いかけると、レオシュはそうではないと首を振る。

「私のお誕生日は離れの棟にエリシュカお祖母ちゃんとブランカお祖母ちゃんを呼んで開いてくれるでしょう? そこにお祖父ちゃんとお祖母ちゃんも呼びたいんだ」

 レオシュの説明でアデーラはやっと意味が分かった。
 お誕生日に祭典があるルカーシュは次の日に魔女の森に行ってエリシュカとブランカに祝ってもらうのが例年のことになっている。レオシュは自分も同じように次の日に離れの棟で去年までと同じくお祝いをしたいと言っているのだ。そこにバジンカとマルケータを招きたいのだと。
 バジンカとマルケータに関しては、ルカーシュもレオシュも心を許しているので、アデーラは招くことに異存はなかった。ダーシャの方をちらりと見ると、了承の頷きを見せてくれる。

「バジンカさん、マルケータさん、明日、レオシュのお誕生日を私の母たちも呼んで行うつもりです。そこに来ていただけますか?」
「私たちが行ってよろしいのですか?」
「離れの棟は誰も入れぬ聖域と聞いております」

 確かにアデーラもダーシャもこれまで貴族を離れの棟に招いたことはなかった。例外としてヘルミーナ一家は招いているが、それは元々ヘドヴィカが店舗の店員として働いてくれて、フベルトとイロナを連れて来て、レオシュとルカーシュと仲がよくなったからである。
 それからヘルミーナはルカーシュの家庭教師となり、王宮の離れの棟の横に棟を建てて共に暮らしているような状況だ。
 国王陛下も離れの棟に入ることを許していたが、それはルカーシュとレオシュの父親なので仕方なくといったところだ。権力に屈して離れの棟に誰かを通すようなことは、魔女のアデーラとダーシャにとっては決してあり得ないことだった。

「レオシュが来て欲しいと言っているのです。来ていただけませんか?」
「レオシュ様のお誕生日を祝えるなんて幸せです」
「喜んで行かせていただきます」

 バジンカとマルケータに約束を取り付けられて、アデーラは安堵していた。
 レオシュのお誕生日の祭典の次の日に、エリシュカとブランカが離れの棟にやってきて、ヘルミーナとフベルトとイロナとヘドヴィカもやってきて、国王陛下も来て、離れの棟は賑やかになってきた。
 遅れてバジンカとマルケータがやって来たときにも、先に柵の蔦に魔法をかけておいたので、二人が拒まれるようなことはなかった。

「お招きいただきありがとうございます」
「何を持ってくればいいのか分からなかったのですが、昨日の祭典の後にレオシュ様にお渡ししようと思っていたものがありまして」
「オルシャーク領は農業の盛んな領地です。温暖で気候が安定しています」
「オルシャーク領の新鮮なピンクグレープフルーツです」

 箱一杯のピンクグレープフルーツをバジンカとマルケータは持ってきてくれていた。ブランカがピンクグレープフルーツに笑顔になる。

「これを使ってレオシュのケーキを作りましょう」
「ケーキになるのですか?」
「この方が噂の魔女のお祖母様……」

 アデーラもダーシャも二十代前半くらいの見た目をしているが、ブランカもエリシュカも同じくらいの見た目をしていて、バジンカとマルケータは祖母と聞いていただけに驚いているようだ。

「先に食事にしましょうね。遠慮なく食べてくださいね」
「ブランカの料理は最高に美味しいんだよ」
「よろしくお願いします、ブランカ様」
「いただきます」

 ブランカとエリシュカに話しかけられて、バジンカもマルケータもおっかなびっくり答えているようだ。ブランカが作ったのは、例年通りにカレーだった。今年はシンプルなライスカレーだが、トッピングが自由に選べるようになっている。
 唐揚げ、コロッケ、チーズ、半熟卵、ソーセージと並べられたトッピングに、レオシュは真っすぐに手を伸ばして半熟卵を手に取っていた。
 お皿の端でひびを入れて、カレーの上に割って落とすと、とろりと白身が蕩けてカレーの表面を流れていく。

「ママ、見て! 上手に割れたよ」
「レオシュは最近、料理もしているのですよ。卵焼きがかなり上手に巻けるようになりましたね」
「卵焼きはまだまだだよ。でも、練習するんだ」

 自分で卵が割れることにバジンカとマルケータは驚いているようだった。
 それぞれ好きなものをトッピングしてカレーを食べる。カレーも食べたことのないバジンカとマルケータには驚きの連続だっただろう。
 食後には綺麗に剥いたピンクグレープフルーツの乗ったタルトが出て来た。宝石のようにきらきら光るピンクグレープフルーツの下にはさっぱりとしたレアチーズとヨーグルトのクリームが入っている。

「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんのピンクグレープフルーツだ!」
「美味しいです、お祖父様、お祖母様」

 喜ぶレオシュとルカーシュの姿を見て、バジンカとマルケータは笑み崩れていた。
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