魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

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魔女(男)とこねこ(虎)たん 2

62.ペツィナ子爵夫妻

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 全身に細かく刺繍の入った服を見せ終わった後で、ルカーシュはレオシュの手を握って祖父母の前に出た。レオシュはじりじりと後退ってアデーラの方に逃げてこようとしている。

「レオシュ、おじい様とおばあ様にごあいさつして」
「やー! れーのばぁば、えーばぁばとぶーばぁば」
「レオシュはかしこいから、上手にごあいさつができるでしょう? 僕、レオシュのこと信じてる」

 嫌がるレオシュに、ルカーシュはそれ以上言わずに、ぎゅっと手を握って静かに待っている。レオシュは「いやー!」と言ったり、「やーなの!」と言ったりして、抵抗していたが、静かに見つめて来るルカーシュの視線に白旗を上げた。

「れー、レオシュ……ママー! れー、ちゃんとごあいさつしたー!」
「偉いね、レオシュ」
「うん!」

 アデーラに褒められると気分が向上するのかレオシュは胸を張っている。マルケータとバジンカが膝を曲げてレオシュと視線を合わせる。

「レオシュ様は4歳になられたのですね」
「とても立派にご挨拶ができましたね」
「れー、りっぱー! ママー! もういいでしょう!」

 挨拶も終わったし、逃げ出したがっているレオシュをアデーラは解放してくれるようにルカーシュに視線で頼む。ルカーシュはレオシュの手を放して、レオシュはアデーラの足元に戻って来た。ぎゅっとアデーラのパンツを掴んで、アデーラの足の後ろに身体を隠している。

「レオシュははずかしがっているだけなんです。父上にもあまりなついていなくて。でも、少しずつ、レオシュもがんばっているんです」

 説明するルカーシュに、ダーシャが前に出て来る。

「ペツィナ子爵ともお話ししたいわ」
「そうでしたね。ヘルミーナ殿から頼みがあるという話でした」

 ルカーシュが人懐っこく話しかけて、母親の面影を見出した祖父母とはいえ、ダーシャとアデーラは完全に信頼したわけではない。貴族社会の闇は深く、裏でどんなことが起きているかは、まだよく分からないのだ。
 ペツィナ子爵夫妻は、高齢の男女だった。半分白くなった髪は茶色と黒が混じっていて、山猫の耳も尻尾も白い毛が目立っている。

「私たちには息子がおりました。ヘルミーナ様と同じ年頃だったでしょうか」
「結婚してこの家を継ぐはずだったのですが、結婚前に病で亡くなりました」
「それ以降、私たちはずっと二人きりで寂しく過ごしておりました」

 ペツィナ子爵夫妻の言葉に、ヘルミーナが前に出て来る。

「ヘルミーナと申します。娘のヘドヴィカが15歳、イロナが7歳、息子のフベルトが4歳です」
「ヘドヴィカです。初めまして、ペツィナ子爵様」
「イロナです」
「ふー、フベルトだよ! ねー、ふーのじいちゃんとばあちゃん?」

 無邪気に問いかけるフベルトに、ヘルミーナが慌てる。

「そのような言い方をしてはいけません」
「私たちを祖父母と思ってくださるのですか?」
「もう子どもとは縁がないものだと思っていました」
「あなたたちのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんになってもいいですか?」

 ペツィナ子爵夫妻が言えば、ヘドヴィカがヘルミーナの顔色を窺っている。イロナとフベルトはぱっと緑の目を輝かせて、飛び上がった。

「私のおじいちゃんとおばあちゃんだわ!」
「ふーのじいちゃんとばあちゃん! やったー!」

 大喜びで飛び跳ねているイロナとフベルトに、ヘルミーナも折れたようだ。

「本当にお祖父様とお祖母様と思ってよろしいのですか?」
「嬉しい限りです」
「ヘドヴィカちゃん、イロナちゃん、フベルトくん、よろしくお願いします」
「じいちゃん、ばあちゃん、ふー、あえてとってもうれしい!」

 フベルトにとってはこれまで会わなかっただけで、ペツィナ子爵夫妻が本当の祖父母のように思われている。ペツィナ子爵夫妻もそれを受け入れていた。

「王都で国立図書館を使うためには、私が貴族であるという証を出さねばなりません」
「ヘルミーナ様は、今後、ペツィナ子爵の養子として、ヘルミーナ・ペツィノヴァーを名乗りなさい」
「ヘルミーナ様がペツィナ子爵家の養子に入ったという証明書をオルシャーク公爵様に出していただきましょう」

 これまで平民だったヘルミーナは、貴族になったことは理解していたが、ペツィナ子爵夫妻に直にあってその自覚を強めたようだった。

「いつか、ヘルミーナさんには、オルシャーク公爵家の後ろ盾が必要になる日が来るかもしれないわ」
「それは、ルカーシュ様が国王陛下となられる日ですか?」
「公爵家の名前が必要ならば、どれだけでも使ってください。ルカーシュ様とレオシュ様のためになるのであれば、オルシャークの家門一同、力を尽くします」

 バジンカとマルケータはヘルミーナに力を貸してくれるつもりがあるとアデーラもダーシャも判断していた。ダーシャはオルシャーク家に金属のポストのような箱を設置した。

「移転の魔法がかかっていて、この中に手紙を入れると、私たちの棟に届くようにしているわ。今後、ペツィナ子爵の書類も必要になるかもしれないし……ルカーシュはお祖父様とお祖母様にお手紙を書きたいんじゃない?」
「僕、お手紙を書きたい!」
「れー、かかない」
「レオシュは絵が上手だよね。レオシュの絵、おじい様とおばあ様に見せてあげたいな」
「れー、えならかくよ!」

 ルカーシュはいつの間にかレオシュが嫌がることも上手に誘導してやらせることができるようになっていた。
 ルカーシュの成長に驚いているアデーラの目の前で、フベルトとイロナがペツィナ子爵夫妻に話しかけている。

「おじいちゃんとおばあちゃんに、お手紙を書いてもいい?」
「ふー、じはかけないけど、えがかける!」
「とても嬉しいです」
「受け取りに来るのが楽しみです」

 刻まれた皺をますます深くして微笑むペツィナ子爵夫妻に、フベルトもイロナもにこにこと微笑んでいた。

「ヘルミーナ様も、ヘドヴィカちゃんも、イロナちゃんも、フベルトくんも、私たちより余程いい服を着ていますね」
「ルカーシュ殿下とレオシュ殿下の学友に相応しい出で立ちです」
「大事にされているのがよく分かります」

 ヘルミーナのワンピースも、ヘドヴィカのシャツとスカートも、イロナのワンピースも、フベルトのシャツとズボンも、全部アデーラの仕立てたものだ。魔女の付与魔法のかかった刺繍の施された服が、どれだけの価値があるかをペツィナ子爵夫妻もよく分かっている。
 服を評価されるのは自分を評価されるようでアデーラは誇らしい気持ちになる。

「ママ、れーのふく、すごい?」
「私が心を込めて作っているからね」
「ママは、れーがだいすき。れーも、ママがだいすき」

 レオシュと話していると、バジンカとマルケータが首を傾げる。

「レオシュ様はアデーラ様のことを『ママ』と呼んでいるのですか?」
「アデーラ様は男性だから『パパ』……あ、そうなのですね、レオシュ様には国王陛下がおられるから、アデーラ様はそれを考慮してくださっている」
「私たちの浅い考えで口出しをして申し訳ありません」
「アデーラ様のお気持ちを考えないことを口に出して申し訳ありません」

 そういうわけではないのだが、誤解をしたバジンカとマルケータはアデーラに必死に謝って来る。「ママ」だということを否定されるかと、全身の毛を逆立てかけたレオシュだったが、そういうこともなくて、きょとんと目を丸くしてバジンカとマルケータの話を聞いていた。

「あのひとたち、ママがママでもいーよ、っていってるの?」
「そうだよ。私はレオシュのママだよ」
「そっか。じゃあ、れーも、あのひとたちが、じぃじとばぁばでもいーよ」

 レオシュにとってバジンカとマルケータを祖父母と認めるかどうかの判断は、アデーラを二人が認めるかどうかにあったようだ。長身で筋骨隆々としているアデーラをレオシュが「ママ」と呼ぶのは、初めて見た人間からすると異様かもしれないが、バジンカとマルケータはそれを受け入れた。

「じぃじ、ばぁば、れー、れっしゃにのりたいの」
「列車に乗って次はこのお屋敷に遊びに来てくれますか?」
「いつでも歓迎しますよ」

 列車に乗りたい気持ちはレオシュの中で変化はなかったようだ。
 次は列車で来ることもあり得るかもしれないとアデーラは考えていた。
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