魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

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魔女(男)とこねこ(虎)たん

39.ルカーシュのポーチ

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「おのれー! せいばいしてやるー! ……まっまー! おのれ、ってなぁに?」
「えーっとね、この野郎、みたいな意味かな?」
「わかったー! えいっ!」
「まけないぞー! おれにはむてきのちからがあるんだー! ……ねー、むてきってなぁに?」
「絶対に負けないことかな」

 木の棒を相手に向けるのは危ないので、土の山を敵に見立ててレオシュとフベルトが戦っている。どっちも聞き覚えた言葉を使っているのだが、言いながら意味が気になっていちいちアデーラの元に聞きに来るのが可愛い。

「このゆきのけっしょう、とってもおおきい!」
「すごいね。とけちゃうのもったいない」

 イロナはルカーシュと黒い紙を持って雪の結晶の観察に一生懸命だった。

「せっかくだから、きろくをつけない?」
「きろく? ルカーシュくん、きろくってなぁに?」
「わすれないように、かいておくことだよ」

 部屋から画用紙を持ってきてルカーシュとイロナはクレヨンで雪の結晶の形を書いていく。

「クレヨンにこんなにいろがいっぱいある。がようしも、つかっていいのね」
「ダーシャおかあさんがくれたんだ。イロナちゃんもつかっていいよ」
「ありがとう」

 クレヨンの色が多いこと、画用紙を使えることに感激しているイロナはいい意味で普通の子どもだった。
 レオシュとフベルトは土の山を踏んで倒して、その上に立って木の棒を大きく掲げている。

「かったぞー!」
「おれたちのしょうりだー! ……しょうりって、なんだ?」
「敵に勝ったってことだよ」
「そっか! ってことは、ふー、れーくんとおなじこといった?」
「おなじだけど、いいかたがちがうからいいんだよ」

 時々素に返って話をするのが可愛くて、アデーラはやり取りを聞いてくすくすと笑ってしまう。外で遊び終わると、アデーラは子どもたちの手を洗わせて、防寒具を脱がせて、暖かな蜂蜜レモン水を作ってやった。蜂蜜に漬け込んだレモンをお湯で溶かして飲む蜂蜜レモン水に、レオシュとフベルトとイロナとルカーシュのほっぺたが真っ赤になる。
 お昼ご飯は最初の頃はヘドヴィカとイロナとフベルトはお弁当を持って来ていたが、その中身の少なさにアデーラは賄いを出すことに決めた。今ではお昼はアデーラとダーシャとレオシュとルカーシュとヘドヴィカとイロナとフベルトで食べている。
 牛筋肉と卵と大根とこんにゃくとタコとジャガイモと餅巾着と糸こんにゃくを煮てよく味が沁みたおでんを出すと、レオシュが身を乗り出した。

「たまごー! まっまー! たまごとってー!」
「ご飯の上に乗せる?」
「あい! のせて!」

 崩した卵をご飯の上に乗せてお出汁をかけると、レオシュがもりもりと食べ始める。遠慮していたヘドヴィカとイロナとフベルトもごくりと唾を飲み込むのが分かる。

「これはなんていう料理なんですか?」
「おでんだよ。どの具材もお出汁が沁みてて美味しいから食べてみて」
「ふー、ぜんぶたべるー!」
「フベルト、おなかがはちきれちゃうわよ?」

 ご飯とおでんを食べるのはヘドヴィカもイロナもフベルトも初めてのようだった。
 ブランカが料理に関する魔法が得意で、料理の栄養価を上げたり、食材の味を弾き出したりして作った料理を、アデーラとダーシャは幼い頃から普通に食べていた。料理のレシピもブランカは召喚して、どこの国のものか分からないレシピでも軽々と作ってしまう。
 魔女であるブランカだから作れたのであって、その料理がこの世界では一般的でなかったことなど、アデーラもダーシャもヘドヴィカやイロナやフベルトと食べるまで気付いていなかった。
 恐る恐るおでんの餅巾着に挑戦してみたヘドヴィカが、じゅわっと中から出て来たお出汁とお餅に目を丸くしている。
 イロナは蕩けるほどに柔らかく煮込んだタコをもしゅもしゅと食べている。フベルトは卵を食べて、ダイコンを食べて、次はこんにゃくに手を伸ばしていた。

「美味しい!」
「すっごくおいしいね、おねえちゃん、フベルト!」
「んー!」

 餅巾着の餅が噛み切れなくて、踏ん張っているフベルトをヘドヴィカが助けてあげる。
 レオシュは卵とご飯を食べた後に、牛筋肉を食べて、ダイコンを食べて、お腹いっぱいになったようだ。お腹がいっぱいになるとレオシュとフベルトは頭がぐらぐらしてくる。

「ごめんなさい、フベルト、おんぶするから」
「いいよ。子ども部屋に寝かせるよ」

 ルカーシュがもうほとんどお昼寝をしなくなっていたので、子ども部屋のベッドは一つ空いている。レオシュの着替えをさせて寝かせて、アデーラはフベルトも寝かせた。
 すやすやと眠っている二人を起こさないように、イロナとルカーシュは静かに遊んでいる。
 店に戻っていったダーシャとヘドヴィカを見送って、アデーラは注文されていた衣装の仕上げにかかった。国王陛下からもらったミシンを使って、縫っていく。
 手縫いの方が魔力を込めやすいのは確かだが、レオシュやルカーシュやダーシャなど、家族に対してはそこまでの丁寧さを求めていいが、他のお客に対してはそこまでしなくてもいいのではないかとアデーラは思い始めたのだ。
 ミシンを使うと確かに作業は早く終わる。早く終わって余った時間でレオシュやルカーシュやダーシャにもう少し手をかけられると思えば、ミシンも使いどころだと思っていた。

「アデーラ、お客さんよ」

 ダーシャから呼ばれてアデーラは切りの良いところまで縫い上げて、ドアを潜って店舗に出る。店舗にはレオシュがアデーラの家に来た頃に衣装を頼みに来たドーベルマンの獣人のお客が来ていた。

「先月、子どもが生まれました。赤ん坊の百日のお祝いのために、ベビードレスを縫っていただけますか?」
「一度、お子さんを連れて来ることはできますか?」
「分かりました。明日、連れてきます」

 注文を承って、アデーラはベビードレスのための布を選ぶ。ドーベルマンの子どもだから黒い毛並みだろうか。真っ白なドレスに合わせるレースも選んでいく。

「性別を、聞かないのですね」

 ドーベルマンの獣人に言われて、アデーラは僅かに微笑む。

「赤ん坊が生まれたというのは、男性でも女性でもおめでたいことです。性別に関係なく、ベビードレスというものは作られます。お子様の顔を見て刺繍は決めるつもりですが、性別がどちらであっても作るものは同じなのですよ」

 ベビードレスとはそういう縁起ものであって、性別に関係ないものなのだと答えると、ドーベルマンの獣人は頷いて納得していた。
 離れの棟に戻ってから、アデーラはイロナの横に座って絵本を読んでいるルカーシュを呼んだ。呼ばれてルカーシュはアデーラに近寄ってくる。

「私はルカーシュの生後百日のお祝いのベビードレスを作ったんだけど、知ってるかな?」
「しってるよ。これでしょう?」

 ルカーシュが取り出したのは、小さなお守り袋だった。お守り袋を開けてみると、中にアデーラの施した刺繍が切り取られて折り畳まれて入っている。

「ちゃんと持っていてくれたんだ」
「おへやにとじこもって、からだがきついときには、このおまもりぶくろをにぎってた。そしたら、からだがすこしらくになってたよ」
「よかった。私の刺繍はルカーシュの役に立っていたんだね」

 微笑んでアデーラが言うと、ルカーシュは指先で刺繍を撫でる。

「アデーラおかあさん、このししゅう、なにかにつかえない?」
「どういうこと?」
「おまもりぶくろのなかにいれてたら、せっかくきれいなのに、みれないでしょう? よごれたらいやだから、ハンカチとかじゃないのがいいな」

 ルカーシュはアデーラの施した刺繍を気に入ってくれていて、それが使われた何かが欲しいと言ってくれている。

「表に出すと汚れてしまうから、裏地に使おうか」
「なにをつくってくれるの?」
「それはお楽しみ」

 悪戯っぽく微笑んで、アデーラは刺繍を受け取って布を断ち始めた。革は加工が面倒だが、ミシンは魔法がかかった特別製のものなので、革も縫えるようになっていた。
 断った革と刺繍と裏地の布を合わせて縫って、アデーラはルカーシュにポーチを作り上げた。ポーチの中は魔法で拡張してあって、物置一個分くらいは入るようになっている。ポーチを開けると中に刺繍が見えて、ルカーシュはいつでも触れるようにしておいた。
 ポーチに革のベルトをつけてルカーシュの腰につけてやると、ルカーシュがほっぺたを真っ赤にして喜んでいる。

「ぼくのとくべつなポーチだ」
「そうだよ。ルカーシュの父上と母上が注文した刺繍の入ったポーチだよ」

 刺繍は表面には出ていないが、開ければすぐ見える位置にある。

「レオシュがほしがらないかな?」
「レオシュの分も作ろうか」

 ルカーシュは兄としての気持ちが強いのか、レオシュのことを気にしている。ルカーシュが心置きなくポーチを使えるように、そして、レオシュにもポーチがあるように、アデーラはレオシュの分も縫った。
 レオシュのポーチは子猫の形をしていて、肩から掛けられるように紐をつけている。
 目を覚ましたレオシュがそれを見て何と言うか。アデーラは楽しみにしていた。
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