魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

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魔女(男)とこねこ(虎)たん

30.未来の夢

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 3歳になっても変わらずレオシュはアデーラの胸を吸っていた。夜寝るときに同じベッドで抱き締めて眠るのだが、眠りに落ちるとずりずりと這い寄って、小さな手で器用にパジャマのボタンを外して、アデーラの乳首に吸い付く。

「もうそろそろ、止めさせた方がいいんだろうか」

 真面目に考えるのだが、アデーラの胸から口を外させると、レオシュは火が点いたように泣き出す。胸に戻すとまた乳首を吸って、すやすやと眠っている。
 小さい子が指を吸うのと同じ感覚なのかもしれないが、何故アデーラの胸なのか、アデーラは納得がいかない。
 最初の頃はレオシュもまだ1歳で、母親というものを知らず、暖かなぬくもりも知らずに生きて来たので、おっぱいが恋しいこともあるだろうと考えていた。ただそれがアデーラの胸なのがどうしても理解できない。
 アデーラの胸はダーシャの胸のように豊かで丸く柔らかくない。筋肉がついているので若干柔らかさはあるが、平たい男性の胸だ。その胸を必死に吸っても何か出てくるわけでもなく、アデーラは戸惑っていた。
 年齢が上がれば胸を吸うのもおさまるだろうと思っていたのに、レオシュは3歳になってもしっかりとアデーラの胸を吸っている。

「そんなところ吸っても、何も出ないし、女性のおっぱいでもないんだけどなぁ」

 呟いてもレオシュは眠ったままで懸命に胸を吸っている。せめて母乳でも出れば違うのかもしれないが、アデーラは男性なので出るはずもなく、女性であっても出産後でないと母乳は出ない。
 母親を知らないせいでアデーラという男性の胸を吸うようになってしまったレオシュが哀れでならないが、アデーラはこの悪癖をいつかは止めなければいけないと考えていた。
 レオシュに胸を吸われたまま眠ったアデーラは夢を見た。
 夢の中でアデーラは今と変わらぬ格好だった。魔女は成人年齢になるとその後は年を取らない。長い長いときを生きた後に、若い姿のまま生を終える。
 魔女の生殖能力も死ぬ直前まで衰えることがないので、若い姿のままで死の直前に子どもを産んで残していく魔女もいる。
 アデーラは男性で、男性としての機能もないようなので、子どもを持てるはずがなかった。それなのに、夢の中でアデーラはおくるみに包まれた赤ちゃんを抱っこしていた。
 獣人の国の国王陛下に似ているが、明らかに違う凛々しいホワイトタイガーの獣人の青年がアデーラを愛おし気な瞳で見つめて来る。長身のアデーラよりも背は低いが、そこそこに普通の男性の中では背が高い方で、顔立ちも整っているのではないだろうか。その顔にアデーラは見覚えがあった。

「レオシュ……?」
「頑張って産んでくれてありがとう。なんて可愛い赤ちゃん。アデーラにそっくりだよ」
「産んだ……? 私が?」

 戸惑うアデーラに構わず、ホワイトタイガーの獣人の青年はアデーラを抱いている赤ちゃんごと抱き締める。

「愛してる、アデーラ」

 これは何なのだろう。混乱している間に、アデーラは目を覚ましていた。胸はレオシュの涎でかぴかぴになっている。

「まっま、れー、ちゅっちゅ、ちた?」
「レオシュ、なんで私の胸を吸うのかな?」
「れー、まっま、すち。けこんする」

 胸を吸う理由を聞いているのに、結婚すると言われて通じてない様子にため息が出たが、ふとアデーラの脳裏を夢が過った。育ったレオシュはアデーラを愛していると言っていた。
 魔女の中で男性として生まれた異端のアデーラのことを、ブランカはずっと言っていた。いつかときが来ればアデーラも子どもを産めるようになる。そのときにはアデーラも本当の親になれるのだと。
 レオシュとの出会いがそうなのだとしたら。
 途中まで考えて、あれはただの夢だとアデーラは笑い飛ばす。
 あんなものが現実になるはずがない。

「まっま、かなちい?」
「悲しくないよ?」
「まっま、だいすち」

 お腹にほっぺたをつけるようにして抱き付くレオシュをアデーラは抱き留める。
 レオシュの小さなお腹がきゅるるると鳴いた。

「おなか、ちーた」
「そうだね、朝ご飯にしようか」

 かぴかぴになった胸を暖かな濡れタオルで拭いて、アデーラは着替えて一階のリビングに降りて行く。少し遅れてダーシャとルカーシュもリビングに起きて来た。

「おのどがかわいたー!」
「れーも! れーも!」

 夜中に汗をかいたのか喉が渇いたというルカーシュとレオシュに、アデーラは赤い目を煌めかせた。蜂蜜にレモンとスパイスを漬け込んだものをお湯で割って、暖かな蜂蜜レモン水を作る。甘酸っぱい蜂蜜レモン水を、ルカーシュとレオシュがふうふうと吹き冷ましながら飲む。白い頬が薔薇色に染まって、二人の体が温まったのが分かった。
 朝ご飯には豚肉の生姜焼きを刻んだレタスの上に置いて、白い炊き立てのご飯と味噌汁もつける。豚肉の生姜焼きのタレが沁み込んだレタスはしゃきしゃきで美味しく、生野菜があまり得意ではないレオシュも全部食べてしまった。
 食べ終わった食器をダーシャが片付けてくれている間に、アデーラはレオシュとルカーシュに靴下をはかせて、コートを着せる。暖かい羊毛のコートは、国王陛下がレオシュをルカーシュのために誂えさせたもので、二人にどうしてもプレゼントしたいという要望をアデーラが仕立てたものには罪はないと受け取ったのだった。
 尻尾を出す穴もあるロングコートを着せて、お尻のところから尻尾を出すと、ルカーシュは自分で靴を履いて、レオシュはアデーラにはかせてもらうのを待っている。
 ウッドデッキに出ると、息が白く、粉雪がちらつき始めていた。

「もう冬だねぇ」
「ここにもゆきがふる? ゆきがつもって、ゆきだるまがつくれる?」
「れー、うたぎたん、つくりたい!」

 はしゃぐルカーシュとレオシュの息も白い。

「ここにも雪が積もるよ。魔女の森よりも、獣人の国の方が寒いから、雪が積もっている期間は長いだろうね」
「アデーラおかあさん、てぶくろをつくってくれる? きょねんのてぶくろ、もうちいさいみたいなんだ」
「れーも、てぶくよ!」
「二人のお手手に合うものを編まないといけないね。防水の魔法をかけて」

 小さな手を見せて来るルカーシュとレオシュに、アデーラは裁縫箱の引き出しの中から毛糸を取り出した。

「れー、みじゅいろ」
「ぼくは、あおがいいな」
「レオシュは水色で、ルカーシュは青だね」

 ウッドデッキにテーブルと椅子を持ち出して手袋を編み出したアデーラに、ルカーシュとレオシュは粉雪が降る中を元気に庭に走り出る。
 もうすぐ年が改まる。魔女の森では新年を祝う風習はなかったが、獣人の国の王宮では新年は盛大に祝われるだろう。
 行事にもまだ小さいルカーシュとレオシュをあまり出したくないが、新年ともなると出さないわけにはいかない。

「ダーシャ、城下町でレオシュとルカーシュの靴を揃えてくれる?」
「どんな靴がいいかしら? これまでの子ども用の靴以外にも革靴を揃えた方がいいんじゃない?」

 公の場に出るようになれば、レオシュとルカーシュも革靴を履いて、盛装をしなければいけなくなる。貴族の服も注文を受けて縫っていたので、服はどんなデザインのものでもアデーラが縫う自信はあったが、靴だけは作ることができない。

「革靴は硬くてレオシュは嫌がるだろうし、ルカーシュは足が痛くても我慢してしまうかもしれない」
「なめし皮はどう? 柔らかくて、格好もつくわ」
「それならいいかもしれない」

 ダーシャと話し合ってアデーラはレオシュとルカーシュの衣装を決めていく。
 レオシュとルカーシュがこの国を栄えさせる国王と補佐になる未来。
 そのときまで、ダーシャとアデーラは共に二人を大切に育て続けることを誓うのだった。
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