魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

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魔女(男)とこねこ(虎)たん

18.ルカーシュの相談

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 ブランカの家に行ったルカーシュは、真剣な眼差しでブランカのワンピースのスカートを引っ張った。何か話があるのだろうとブランカは温かな紅茶を淹れてルカーシュと向かい合って椅子に座る。

「まっま、ごほん!」
「どれがいい?」
「こえ!」

 レオシュはルカーシュの迫真の様子には気付かずに、持って来た列車の絵本を読んで欲しいとアデーラに頼んでいる。レオシュを膝の上に抱いて絵本を読みながら、アデーラはルカーシュとブランカの声に耳を澄ませていた。

「おばあさまに、そうだんがあるんです」
「敬語じゃなくていいのよ。あなたは私の孫なんだから」
「あの……ぼく、レオシュにははうえのことをおしえてあげたい」

 ダーシャとアデーラが初日にレオシュにたくさん母親のことを教えてあげて欲しいと言ったのを、ルカーシュはしっかりと覚えていたようだ。そのことがルカーシュの心にはずっと引っかかっていたようだった。

「おしえてあげたいけど、ぼく、おもいだそうとしても、ははうえがどんなかただったか、おもいだせなくなっていて」

 ぐすっと洟を啜る音が聞こえて、ルカーシュが泣いているのが分かる。ダーシャが移動してルカーシュを膝に抱き上げたのをアデーラは確認した。

「どんなおもちゃであそんでたかも……うばとかていきょうしが、こどものあそぶものはしょうらいのこくおうにはいらないって、ははうえとあそんだおもちゃも、ぬいぐるみもすててしまって……」

 手元には母親と遊んだ玩具もぬいぐるみもない。思い出そうとしても幼すぎて、その後に起きたショックな空白の二年近くがあったせいで、ルカーシュは母親のことをほとんど忘れてしまっていた。涙声になっているルカーシュに、ブランカが小さな手を覆うように両手で挟み込んでいる。

「お母様はルカーシュを抱っこしてくれた?」
「は、はい。だっこしてくれました」
「お歌は歌ったかしら?」
「うたも……でも、おぼえていません」
「絵本を読んでくださった?」
「えほんもよんでくれました」

 涙声で答えるルカーシュにブランカが優しい声で伝える。

「抱き締めて、どんな歌でもいいから知っている歌を歌ってあげて、絵本を読んであげたら、お母様がしてくださったことと同じにならないかしら?」
「それでいいの?」
「どんなことにも、正解はないと思うのよ。正しいことは、ルカーシュがお母様から愛情を受けていたということで、ルカーシュがレオシュにお母様を伝える方法があるとすれば、お母様と同じ、全身で愛しているって伝えることくらいかなって私は思うわ」

 穏やかなブランカの言葉に、ルカーシュは納得したようだった。ダーシャに顔と洟を拭いてもらってにっこりと微笑んでいる。

「おばあさま、ありがとうございます」
「いいのよ。晩ご飯を食べていくでしょう? 私、料理が得意なのよ」

 キッチンに立つブランカに、レオシュがそちらを見て涎を垂らす。あれだけおやつを食べたのにレオシュはもうお腹が空いているようだった。
 茹でたパスタにミートソースを絡めて、大皿に入れて、上からチーズを乗せてオーブンで焼いたスパゲティグラタン。出来上がった熱々のスパゲティグラタンをお皿にとってふうふうとアデーラが拭き冷まして、レオシュの口に運ぶ。ちゅるちゅると吸い込んでいくレオシュの口の周りがトマトで真っ赤になって、アデーラは笑ってしまった。

「あっ!」

 楽しい晩ご飯の場面に悲痛な呟きが漏れる。
 スパゲティグラタンを食べていたルカーシュが、シャツの胸元にミートソースを落としたのだ。

「アデーラおかあさんがつくってくれたふくが……!? ふぇ……ごめんなさい、ごめんなさい」

 泣き出すルカーシュのシャツを勢いよく脱がせて、アデーラはダーシャに着替えのシャツを渡す。ダーシャがルカーシュに新しいシャツを着せている間に、アデーラは洗面所で染み抜きを終えていた。

「大丈夫だよ、染みは薄くなって目立たないよ」
「だいじなふくに、しみをつけてしまった……」
「染みをつけても、破れても、何度でも修繕するよ。汚れるのが怖くて取っておかれるよりも、着られなくなるまで着てくれるのが、作り手としての一番の喜びだよ」

 笑ってアデーラが言うと、本当に怒っていないことを理解したのか、ルカーシュはほっと胸を撫で下ろしていた。

「3さいです、って、うばはいったんだ」
「何の年齢?」
「じょうずにごはんをたべられるようになるのは、3さいまでだっていういみ。それができないぼくは、3さいじいかだって、ずっといわれていたよ」
「そんな! まだルカーシュは5歳だし、大人だってうっかりすると服に染みを作ってしまうことくらいある」
「そうなの? ぼく、ようちじゃないの?」

 そんな幼稚な食事を食べさせて。
 乳母が王宮でルカーシュに言った言葉を思い出して、アデーラは腹の底から怒りがわいてきた。何かにつけて乳母はルカーシュを幼稚だと罵ったのだろう。まだ5歳なのだから幼くて当然のはずなのに、できないことをあげつらって、ルカーシュの自尊心をずたずたに引き裂いた。
 もうあの乳母が王宮にいることはないだろうが、アデーラは心に決めていた。

「ルカーシュは王宮に戻りたいと思う?」
「けんこうになったら、ちちうえがしんぱいだから、もどりたい」
「レオシュは?」
「まっま、すち! まっま、いっと」

 ルカーシュには王宮に戻りたい意志があって、レオシュはアデーラと一緒ならばどこでもいいという雰囲気だ。

「あの泣き虫国王陛下が王宮を立て直すことができたなら、私とダーシャとレオシュとルカーシュで王宮に住んでやってもいいかな」

 そうでなければレオシュとルカーシュを返すつもりもなければ、王宮に行くつもりもない。宣言したアデーラにダーシャもブランカも賛成のようだった。
 晩ご飯の後で眠くなったレオシュが親指をしゃぶりながらアデーラのお腹にほっぺたをくっ付けて丸くなっている。ルカーシュも猫科の本能なのか丸くなって、ダーシャのお腹にほっぺたをくっ付けてうとうとと眠りかけている。
 膝の上のレオシュを撫でるアデーラと、ルカーシュを撫でるダーシャに、ブランカがくすくすと笑っていた。

「小さな子が信頼できるひとのお腹にくっ付くのは、このお腹から生まれたかったっていう証なのよ」
「え? 私は子どもは産めないよ!?」

 アデーラはどこからどう見ても男性で、子どもを産むことはできない。それが分かっていてもレオシュはアデーラのお腹にくっ付いて寛いでいる。

「産めるようになるかもしれないわ。アデーラも魔女だもの」

 ブランカが微笑むのにアデーラは懐疑的な眼差しを向けていたが、レオシュが自分のことを信頼できると思っていて、アデーラのお腹から生まれたかったと考えているのならば、それはそれで嬉しい気がする。アデーラが産んだわけではなかったがレオシュは間違いなくアデーラの息子だった。
 同じくルカーシュもすっかりとダーシャのことを信頼している。これはとてもいい兆候なのではないかとアデーラは思う。家族が信頼し合えて同じ場所に暮らすことほど幸福なことはない。
 日に日に健康になっていくルカーシュと、日に日に成長していくレオシュの二人をアデーラはとても愛おしく思っていた。
 アデーラがレオシュを抱いて、ダーシャがルカーシュを抱いて森の中を歩いて帰る。森の木々が月の光を遮って、木の葉の隙間から僅かに漏れる光りを頼りに、アデーラとダーシャは歩いていた。

「王宮に住むのも悪くないわね。私がルカーシュとレオシュの教育係で、アデーラが乳母よ」
「最初からそうだったら、ルカーシュもレオシュもこんなに苦しまないで済んだのにね」

 酷い乳母と家庭教師に苛まれていたルカーシュも、異臭を放つ雨戸も締め切られた真っ暗な空間で育ったレオシュも、最初から乳母がアデーラで、教育係がダーシャだったならば、苦しんですれ違い、兄弟の間が拗れることもなかった。今はすっかりと仲良くなっているが、ルカーシュはレオシュが姿を消してから毎日自分を責めて、苦しんだだろう。
 これからレオシュとルカーシュにとってどうすることが一番なのか。アデーラはそれを考え始めていた。
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