魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
13 / 183
魔女(男)とこねこ(虎)たん

13.国王陛下の決断

しおりを挟む
 庭で遊びたがるレオシュのために、アデーラはウッドデッキにテーブルと椅子を持って行って、そこで縫物の仕事をしていた。三輪車をもらってからというもの、レオシュは三輪車に夢中で、庭の短い道を入口の柵まで三輪車を足で蹴って動かし、またウッドデッキのアデーラの元へ戻ってくるのをずっと繰り返していた。
 柵の入口はしっかりと閉まっていて、柵には蔦が絡まっている。蔦には一度捕らえられたことがあるのでレオシュはそこまでは行かずに、直前で三輪車の向きを変えてアデーラの元に戻ってくる。

「まっまー! おちごと、いてきまつ!」
「はーい。行ってらっしゃい、レオシュ」
「まっまー! たらいまー!」
「お帰りなさい、レオシュ」

 そろそろ冷え込む時期になるのでレオシュのために、ちくちくしないように柔らかな上質の毛糸で上着を編みながら、アデーラは獣人の国の上の皇子のことを考えていた。
 これから魔女の森を含む幾つもの国があるこの大陸は寒くなる。冬の寒さは容赦なく弱い者の命を攫って行く。病弱なものが死ぬのは、冬の寒さが酷い時期か、夏の暑さの酷い時期だった。
 今年も獣人の国も魔女の森も雪に覆われる季節がやってくるだろう。それまで上の皇子は生きていられるのか。
 考えながらも手は止まらずにレオシュの上着を編み上げる。出来上がった毛糸のコートを着せると、縁の部分に綺麗に刺繍が入っていて、レオシュがとても可愛く見える。

「まっま、ふわふわ」
「気に入った?」
「うん、すち!」

 最初の頃は縫い目を表にしないと服を着れないほど敏感な肌をしていたレオシュも、少しずつ慣れてきて、最近は裏地を丁寧に処理しておけば縫い目が裏でも着られるようになっていた。肌着は見えないので柔らかな手触りのいいよく伸びる布で、縫い目を表にして着せているのもよかったのかもしれない。
 少しずつ普通の服にも慣れていくレオシュは確かに成長していた。
 ふわふわの毛糸のコートにほっぺたを擦り付けて喜んでいるレオシュの洟が垂れそうになっているのを、アデーラは拭いてやる。長時間外で遊んでいたので体が冷えてしまったようだ。
 ウッドデッキのテーブルと椅子と裁縫道具を片付けて、レオシュを抱っこして、三輪車は濡れない場所に置いて部屋に入ると、アデーラは紅茶の茶葉を少しの水で煮出し始めた。茶葉が開くとスパイスを入れて、牛乳を入れて温めて、香りのいいチャイを作る。お砂糖を少し溶かし入れてからカップに注いで持って行くと、スパイシーなチャイの香りにレオシュが不思議そうにカップを覗き込んでいた。
 クッキーを添えて熱々のチャイを吹き冷まして飲ませると、レオシュの顔が真っ赤になる。お腹の中から暖まっているのだろうとアデーレは赤い目を細めた。
 先にレオシュに飲ませてしまったのでアデーラのチャイは冷めていたが、ぐびぐびと喉を鳴らして飲むとスパイスの濃厚な香りとミルクの甘みがとても心地よく喉を通っていく。
 クッキーを両手に持ってもしゅもしゅと食べているレオシュの頭がぐらぐらし始めているのは、もう眠くなっているからだろう。レオシュは午前中にもおやつを欲しがるが、その後に眠るときと眠らないときがあって、今日はたっぷり外で遊んだので眠くなってしまったようだ。
 年齢的にも御前に寝かせる時間が少しあっても構わないので、アデーラはレオシュを抱っこしてベッドに運んだ。ベッド脇で縫物をしていると、来訪者の気配に気付く。
 究極の選択を押し付けた日から、数日、獣人の国の国王陛下はアデーラの元を訪れなかった。悩んで考えているのだろうとは分かっているが、毎日でも通ってくるという言葉を早々に覆したことに、アデーラは多少引っかかりを覚えていなくもなかった。
 扉を開けて国王陛下を招き入れると、玄関口で国王陛下は膝を突いた。アデーラの足先に額を擦り付けるようにして頭を下げている。

「私の息子を……ルカーシュを助けてほしい」
「心は決まったのですか?」
「ルカーシュの命さえ助かるなら……あの子が健康になって、幸せに外で遊べるようになるのなら、私などどうなってもいいのです。私はそもそも、親である資格もないような男です。妻が亡くなったことにばかり心を囚われて、息子たちを大事にしなかった。その報いがこれならば、息子だけでも助けてほしい。どうか、ルカーシュをお助け下さい」

 国王陛下の心は決まったようだった。
 アデーラは頷いて国王陛下に告げる。

「明日、私とパートナーのダーシャで、上の皇子様を迎えに行きます。ルカーシュ、ですね。レオシュと共に、可愛がって育てることを誓いましょう」
「お願いいたします……健康に、幸せに過ごせるのならば、どこにいても私の愛情は変わりません」

 自分の息子の命と手放すことを天秤にかけて、国王陛下は息子の命を取るという父親らしい行動を選べたようだった。

「ルカーシュは体調を崩して、食事も喉を通らない状態です。どうか、高名な魔法医、エリシュカ殿と共にいらしてくださいませんか?」
「エリシュカは異国の宮廷魔法医です。そんなものを王宮に入れることを周囲のものがどう思うでしょう?」
「構いません! 息子の命に代えられるものはありません! 周囲がどう言おうとも、私が絶対に黙らせてみせます!」

 覚悟を決めた国王陛下は父親の顔をしていた。異国の宮廷魔法医であるエリシュカまでも連れて行っていいというのならば、話は早いかもしれない。

「分かりました。エリシュカに話をしてみます。今日はお帰り下さい」

 どこまでも素っ気なくアデーラは国王陛下を追い出した。寝室では目を覚ましたレオシュがアデーラを呼んでいる。

「まっまー! おなかちーたー!」
「レオシュ、あなた、泣かないで起きて来たの?」
「えんえんちなかった!」
「なんて偉い子! お昼ご飯はレオシュの大好きな炒飯を作ろうね」
「やったー! ちゃーはん!」

 目覚めたときにアデーレがいなかったら泣いてしまうレオシュが、爽やかに目覚めて自分で寝室から出て来た。そのことを褒めるとレオシュはとても誇らし気な顔をしている。
 オムツは濡れていたので着替えさせたが、レオシュは鼻歌を歌いながらリビングの玩具のある場所で一人で遊んでいた。その間にアデーラは野菜とハムを刻んで、炊いたご飯と一緒に炒めて炒飯を作る。小さく切ったワカメのスープも添えて出すと、レオシュは大喜びで椅子によじ登って来た。
 猫の獣人だと最初は思っていたのでアデーラは気にしていなかったが、レオシュは体が小さい割に身体能力が高い。俊敏に動くことができて、子ども用の椅子にも自分でよじ登ることができた。走るのも早くて、上手にお尻から階段を降りることもできる。
 身体能力の高いレオシュを見ていると、アデーラは将来が楽しみになる。

「大きくなったらレオシュは何になるんだろうね」
「まっま!」
「私になるの? それは難しいかな」

 魔女のアデーラと獣人のレオシュには決定的な違いがある。アデーラは生まれたときから呼吸をするように自然に魔法を使えていたが、レオシュは魔法を使うことができない。その代わりに秀でた身体能力があるのだから、何かできることはありそうな気がする。

「レオシュが王様に……いや、ないかな」

 獣人の国の国王陛下はお妃を亡くしたショックからか、アデーラの前では泣いてばかりいるような気がする。アデーラがそれを慰める気が全くないのもあるのだが、国王としてそれでいいのかと思わずにはいられない。
 レオシュが国王陛下になれば獣人の国は変わるのかもしれない。それもレオシュがもっともっと大きくなってからの話で、後十五年は待たねばならないことだった。

「レオシュ、明日、お兄さんに会えるかもしれないよ」
「にぃに? やたちい?」
「どうだろう? 会ってみないと分からないけど」

 兄のルカーシュが優しいかどうかは、アデーラは父親の国王陛下を見ているのであまり期待していなかった。ただ、ルカーシュもまだ5歳くらいだろう。しばらくの間でも魔女の森でアデーラとダーシャと暮らすことができれば、少しは変わるかもしれない。

「にぃに……あいたーい」
「優しいお兄さんだといいね」
「にぃに、いくちゅ?」
「5歳くらいだと思うけど」

 5歳のルカーシュと2歳のレオシュが仲良くできるのかどうかは分からない。それでも5歳ならばまだどれだけでも方向性が変えられる時期だ。レオシュとの仲もどれだけでも変わっていくだろう。

「ただいまー! 今日は早く帰って来たわよー!」
「だー!」
「お腹空いたけど、何かある?」

 帰って来たダーシャにレオシュが飛び付いていくのを見ながら、アデーラはこれからもう一度お昼ご飯の作り直しかと苦笑する。ダーシャには話したいことがたくさんあった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

処理中です...