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不憫大臣編
3.国際問題と胃痛
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毎晩のように訪ねて来てくれるヴァルネリだが、来られない日が三か月に一度、一週間ほどある。それが発情期だということは、マティアスにも分かっていた。
仕事が終わってから、ヴァルネリの持ってきてくれた軽食を食べて寛ぐのが、一日で唯一心安らげる時間なのに、それがない。発情期はオメガにとってはアルファを求めてつらい期間だと聞いていたが、マティアスにとってもヴァルネリに会えないつらい期間だった。
ヴァルネリが来ない夜に、食事も喉を通らずに、しくしくと痛む胃を押さえて眠りにつく。眠りが浅いマティアスは、夢を見て目覚めることがしばしばだった。
夢の中で甘い香りを纏ったヴァルネリが、マティアスに手招きする。促されるままにその胸に抱き付き、豊かな胸を揉んで、尖りを口に含む。ちゅうちゅうと吸っていると、ヴァルネリの手がマティアスの髪に差し込まれる。
そんな夢を見た後には、男性の生理現象として、中心が反応していて、マティアスはとぼとぼとシャワールームに入った。熱いお湯を頭から浴びながら、中心に手を添える。
くちゅくちゅと濡れる先走りを伸ばすようにして、扱いていると、ヴァルネリの白い肌が脳裏に浮かぶ。まだ見たことのない裸。早く抱き合いたいと願うのに、マティアスはヴァルネリと結ばれることができない。
絶頂に至って白濁を吐き出してから、タイルの上に座り込んだマティアスは、滲む涙を必死にこらえていた。外出できないくらいヴァルネリの発情期は激しいのだろう。欲望に塗れたマティアスなど比べ物にならないくらい、ヴァルネリは苦しいはずだ。
他の相手を求めず、マティアスにも助けを求めず、ヴァルネリは一人で耐えている。
「ヴァルネリさん……んっ、だめだ、止まらない」
それなのに、ヴァルネリの姿を思い出すだけでまた中心が反応して、それを鎮めるためにマティアスはまた手を動かし始めていた。
ヴァルネリで抜いた後には酷い罪悪感と申し訳なさで、マティアスは寝込んでしまいそうになる。朝食も喉を通らないで、パンをちぎっていたマティアスに、両親がとんでもないことを言いだした。
「妾を持つ気はないか?」
「はぁ? 俺は結婚してもないんだよ?」
「このままでは、うちの家系は途絶えてしまう」
潔癖症の王子に伴侶ができるのは絶望的だと、両親にも分かっているのだろう。ヴァルネリと婚約していることも公表できない身で、ヴァルネリとの間に子どもが産まれるはずもない。もうヴァルネリも30歳になってしまったのだから、跡継ぎを作るために誰か他のオメガか女性と関係を持てと勧められて、マティアスは吐きそうになっていた。
オメガの発情期のフェロモンに弱く、吐いてしまうようなマティアスが、ヴァルネリ以外とどうにかなると考えるだけで、胃を締め付けられる気分になる。
「絶対に妾は持たない! それくらいなら、家出する!」
正妻としてヴァルネリを迎えて、ただ一人の相手として愛せないのだったら、これまで頑張って来た意味もない。一緒に逃げようと言ってくれるヴァルネリに甘えて、どこか僻地に行った方がましだ。
朝から食欲をなくすようなことを言われて、王子の元に行こうとしたら、部屋が騒がしかった。嫌な予感がして、釣り書きの入った紙袋を投げ捨てて走り込むと、扉を開けた瞬間、吐き気がするほど甘い香りがした。
吐いてしまっては王子の御前を汚すことになる。酸っぱい唾を飲み込みながら、現状を把握する。
どこかで見たことのある発情期のオメガが、王子の脚に取り縋ろうとして、蹴り飛ばされているのが見えた。
「その男をどこかへ捨てて来い! ブーツが汚れた」
本日の王子との時間は、それで終わってしまった。汚れたブーツと触れられた服を、シャワーを浴びて取り換えるために、王子は部屋から出て行く。床に崩れ落ちたオメガの男性は、吐きそうなくらい甘い香りを放っている。
「お引き取り願えますか?」
「オメガのフェロモンに反応しないなんて、王子は不能じゃないのか!」
「お引き取り願います! 警備兵、この方をお連れして!」
警備兵を呼んで部屋からオメガの男性を引きずり出してから、マティアスは冷静に考える。確か、あのオメガは隣国の王族ではなかっただろうか。
王子との見合いを申し込んで、異国の要人を滞在させる離れの館から呼ばれることがなかったので、業を煮やしてやってきたに違いない。
発情期を促進する薬や、発情期を抑える薬が、安価ではないが出回っていることをマティアスは知っていた。それを飲むと、妊娠の確率が低くなるので、ほとんどの貴族は服用していなかったが、あの王族は王子をアルファだと思い込んで、フェロモンで誘惑して伴侶の座に就こうとしたのだろう。
蹴り飛ばしたくなる気持ちは分からなくもないが、本当に蹴り飛ばしてしまったとなると、国際問題になる。
しかも、王子は腹を立てて、しばらくはまた見合いの釣り書きも見てくれなくなるに違いない。
フェロモンの残り香もあって、気分が悪くなって、マティアスはふらふらとお手洗いに歩いて行った。洗面所で吐き気を堪えきれず、胃からせり上がって来るものを吐き出すが、朝もほとんど食べていないので、胃液しか出ない。
酸っぱい胃液を吐いても吐き気が治まらないマティアスは、そこから動けずにいた。
「大変だったんだって、マティアスくん」
「ヴァルネリさん!?」
爽やかな甘い香りを纏ったヴァルネリが現れたときには、マティアスはこれは夢かと思った。倒れそうになっていて幻覚を見ているのかもしれないと思ったのに、しっかりとマティアスを肩に担いでくれたヴァルネリは、甘い香りを纏ってはいるが、弾力のある筋肉の感触で、幻ではないと分かる。
ぎゅっと抱き付いていると、ヴァルネリはそのままマティアスを家まで連れて帰ってくれた。
静かな部屋で、甘いミルクティーを飲んで、膝枕をしてもらっていると、気分が落ち着いてくる。吐き気も、不思議とヴァルネリの香りを嗅いでから消えていた。
「食べてなかったんじゃないの? 食べないと胃に良くないんだよ」
「一人だと食べる気がしなくて……ヴァルネリさん、発情期じゃないんですか?」
「王子がオメガに襲われそうになったって話を聞いて、君が具合が悪くなったんじゃないかと思って、抑制剤を飲んで急いで来たんだけど……僕のフェロモン、臭くない?」
いつもよりヴァルネリの匂いが強いのはそのせいなのだろう。
「臭いどころか、いい匂いです」
気分が良くなっただけでなく、下半身にもくる匂いに、膝をもじもじとさせるマティアスに、そこは見ないふりをして、ヴァルネリはお粥を食べさせてくれた。牛乳で煮て、蜂蜜で甘く味付けされたそれは、胃にも優しく、マティアスも抵抗なく食べられる。ふうふうと吹いて冷まして、口に運んでくれるのを、マティアスは甘えて食べさせてもらった。
お腹がぽかぽかしてくると、昨日はヴァルネリの夢を見て眠れなかったせいで、眠気が襲って来る。膝枕をされて、マティアスは夢見心地で呟いた。
「俺、妾を持てって言われたけど……ヴァルネリさん以外と、そんなことするの、考えられない……」
「マティアスくんのご両親からしてみれば、早く結婚して欲しいだろうしね」
「ヴァルネリさん以外、嫌だ……」
泣きごとを言えば、ふわりと柔らかな感触が唇に触れた。目を開けると、ヴァルネリの顔が離れていくのが分かる。
「き、キス!?」
「嫌だった?」
「嬉しいです!」
初めてのキスは、触れるだけ。お粥に入っていた蜂蜜の香りがして、マティアスは真っ赤になった。
今夜もヴァルネリの夢を見て、夜中に抜いて、眠れない気がしていた。
仕事が終わってから、ヴァルネリの持ってきてくれた軽食を食べて寛ぐのが、一日で唯一心安らげる時間なのに、それがない。発情期はオメガにとってはアルファを求めてつらい期間だと聞いていたが、マティアスにとってもヴァルネリに会えないつらい期間だった。
ヴァルネリが来ない夜に、食事も喉を通らずに、しくしくと痛む胃を押さえて眠りにつく。眠りが浅いマティアスは、夢を見て目覚めることがしばしばだった。
夢の中で甘い香りを纏ったヴァルネリが、マティアスに手招きする。促されるままにその胸に抱き付き、豊かな胸を揉んで、尖りを口に含む。ちゅうちゅうと吸っていると、ヴァルネリの手がマティアスの髪に差し込まれる。
そんな夢を見た後には、男性の生理現象として、中心が反応していて、マティアスはとぼとぼとシャワールームに入った。熱いお湯を頭から浴びながら、中心に手を添える。
くちゅくちゅと濡れる先走りを伸ばすようにして、扱いていると、ヴァルネリの白い肌が脳裏に浮かぶ。まだ見たことのない裸。早く抱き合いたいと願うのに、マティアスはヴァルネリと結ばれることができない。
絶頂に至って白濁を吐き出してから、タイルの上に座り込んだマティアスは、滲む涙を必死にこらえていた。外出できないくらいヴァルネリの発情期は激しいのだろう。欲望に塗れたマティアスなど比べ物にならないくらい、ヴァルネリは苦しいはずだ。
他の相手を求めず、マティアスにも助けを求めず、ヴァルネリは一人で耐えている。
「ヴァルネリさん……んっ、だめだ、止まらない」
それなのに、ヴァルネリの姿を思い出すだけでまた中心が反応して、それを鎮めるためにマティアスはまた手を動かし始めていた。
ヴァルネリで抜いた後には酷い罪悪感と申し訳なさで、マティアスは寝込んでしまいそうになる。朝食も喉を通らないで、パンをちぎっていたマティアスに、両親がとんでもないことを言いだした。
「妾を持つ気はないか?」
「はぁ? 俺は結婚してもないんだよ?」
「このままでは、うちの家系は途絶えてしまう」
潔癖症の王子に伴侶ができるのは絶望的だと、両親にも分かっているのだろう。ヴァルネリと婚約していることも公表できない身で、ヴァルネリとの間に子どもが産まれるはずもない。もうヴァルネリも30歳になってしまったのだから、跡継ぎを作るために誰か他のオメガか女性と関係を持てと勧められて、マティアスは吐きそうになっていた。
オメガの発情期のフェロモンに弱く、吐いてしまうようなマティアスが、ヴァルネリ以外とどうにかなると考えるだけで、胃を締め付けられる気分になる。
「絶対に妾は持たない! それくらいなら、家出する!」
正妻としてヴァルネリを迎えて、ただ一人の相手として愛せないのだったら、これまで頑張って来た意味もない。一緒に逃げようと言ってくれるヴァルネリに甘えて、どこか僻地に行った方がましだ。
朝から食欲をなくすようなことを言われて、王子の元に行こうとしたら、部屋が騒がしかった。嫌な予感がして、釣り書きの入った紙袋を投げ捨てて走り込むと、扉を開けた瞬間、吐き気がするほど甘い香りがした。
吐いてしまっては王子の御前を汚すことになる。酸っぱい唾を飲み込みながら、現状を把握する。
どこかで見たことのある発情期のオメガが、王子の脚に取り縋ろうとして、蹴り飛ばされているのが見えた。
「その男をどこかへ捨てて来い! ブーツが汚れた」
本日の王子との時間は、それで終わってしまった。汚れたブーツと触れられた服を、シャワーを浴びて取り換えるために、王子は部屋から出て行く。床に崩れ落ちたオメガの男性は、吐きそうなくらい甘い香りを放っている。
「お引き取り願えますか?」
「オメガのフェロモンに反応しないなんて、王子は不能じゃないのか!」
「お引き取り願います! 警備兵、この方をお連れして!」
警備兵を呼んで部屋からオメガの男性を引きずり出してから、マティアスは冷静に考える。確か、あのオメガは隣国の王族ではなかっただろうか。
王子との見合いを申し込んで、異国の要人を滞在させる離れの館から呼ばれることがなかったので、業を煮やしてやってきたに違いない。
発情期を促進する薬や、発情期を抑える薬が、安価ではないが出回っていることをマティアスは知っていた。それを飲むと、妊娠の確率が低くなるので、ほとんどの貴族は服用していなかったが、あの王族は王子をアルファだと思い込んで、フェロモンで誘惑して伴侶の座に就こうとしたのだろう。
蹴り飛ばしたくなる気持ちは分からなくもないが、本当に蹴り飛ばしてしまったとなると、国際問題になる。
しかも、王子は腹を立てて、しばらくはまた見合いの釣り書きも見てくれなくなるに違いない。
フェロモンの残り香もあって、気分が悪くなって、マティアスはふらふらとお手洗いに歩いて行った。洗面所で吐き気を堪えきれず、胃からせり上がって来るものを吐き出すが、朝もほとんど食べていないので、胃液しか出ない。
酸っぱい胃液を吐いても吐き気が治まらないマティアスは、そこから動けずにいた。
「大変だったんだって、マティアスくん」
「ヴァルネリさん!?」
爽やかな甘い香りを纏ったヴァルネリが現れたときには、マティアスはこれは夢かと思った。倒れそうになっていて幻覚を見ているのかもしれないと思ったのに、しっかりとマティアスを肩に担いでくれたヴァルネリは、甘い香りを纏ってはいるが、弾力のある筋肉の感触で、幻ではないと分かる。
ぎゅっと抱き付いていると、ヴァルネリはそのままマティアスを家まで連れて帰ってくれた。
静かな部屋で、甘いミルクティーを飲んで、膝枕をしてもらっていると、気分が落ち着いてくる。吐き気も、不思議とヴァルネリの香りを嗅いでから消えていた。
「食べてなかったんじゃないの? 食べないと胃に良くないんだよ」
「一人だと食べる気がしなくて……ヴァルネリさん、発情期じゃないんですか?」
「王子がオメガに襲われそうになったって話を聞いて、君が具合が悪くなったんじゃないかと思って、抑制剤を飲んで急いで来たんだけど……僕のフェロモン、臭くない?」
いつもよりヴァルネリの匂いが強いのはそのせいなのだろう。
「臭いどころか、いい匂いです」
気分が良くなっただけでなく、下半身にもくる匂いに、膝をもじもじとさせるマティアスに、そこは見ないふりをして、ヴァルネリはお粥を食べさせてくれた。牛乳で煮て、蜂蜜で甘く味付けされたそれは、胃にも優しく、マティアスも抵抗なく食べられる。ふうふうと吹いて冷まして、口に運んでくれるのを、マティアスは甘えて食べさせてもらった。
お腹がぽかぽかしてくると、昨日はヴァルネリの夢を見て眠れなかったせいで、眠気が襲って来る。膝枕をされて、マティアスは夢見心地で呟いた。
「俺、妾を持てって言われたけど……ヴァルネリさん以外と、そんなことするの、考えられない……」
「マティアスくんのご両親からしてみれば、早く結婚して欲しいだろうしね」
「ヴァルネリさん以外、嫌だ……」
泣きごとを言えば、ふわりと柔らかな感触が唇に触れた。目を開けると、ヴァルネリの顔が離れていくのが分かる。
「き、キス!?」
「嫌だった?」
「嬉しいです!」
初めてのキスは、触れるだけ。お粥に入っていた蜂蜜の香りがして、マティアスは真っ赤になった。
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