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本編
23.名前を呼んで、キスをして
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ホテルの最上階のキッチンもバスルームも付いているペントハウスを借りて、リシャールは一時的にそこに引っ越した。リシャールに鍵を渡されて、僅かな荷物を持って行ったアリスターはそこの広さに驚いてしまった。
キッチンにはオーブンも付いていて、バスルームには乾燥機付きの洗濯機もある。
「こういうところに住むひとは、自分で洗濯しないでクリーニングに出すイメージがあった」
「他人に洗われたくないものってあるでしょう?」
言われてみればその通りだ。
リシャールの言う通り、睦み合ってどろどろになった下着とかパジャマとか、クリーニングに出せるわけがない。
「ベッドメイクもできれば入ってほしくないんだよね。新婚を邪魔しないでほしい」
「ベッドメイク……」
ベッドメイクという言葉にアリスターの目が遠くなる。リシャールと体を交わし合った後のベッドがどれだけ乱れていて、それを他人に見られるだなんて冗談ではなかった。
ベッドメイクも自分たちでする、食事の用意はリシャールに食事制限があるのでリシャールがするとなると、ホテルのペントハウスである意味はあまりなさそうだが、それでも要人警護が付くのとプライバシーが守られるのでリシャールはここに決めたのだろう。
「アリスター、一緒に暮らせるようになって嬉しいよ」
「リシャール、俺もだ」
休みの日を合わせて簡単な引っ越しをしたアリスターとリシャールは、荷物を片付ける前にアンクレットを買いに行った。
首輪を付けて仕事はできないし、ブレスレットも無理。そんなアリスターにリシャールはアンクレットという案を出してくれていた。どんなアンクレットになるのだろうと楽しみにしていると、革細工の店に連れて行かれる。
本革で作られたアンクレットは特注品のようだった。
青く染めたなめし革で作られたアンクレットはシンプルで足首で留める部分も細い革を編んで作ってある。金属部分は一切なかった。
「日常的に付けるんだったら、金属がない方が肌には合うかと思って職人さんに相談したんだ」
「すごくきれいな革だな。リシャールの目の色に似てる」
「アリスターが僕の目の色をサファイアの石の色で教えてくれたから、できるだけそれに近いようにしてもらったんだよ」
足首に付けても目立たないし、普段は靴下の中に入れておけるので仕事中も問題なく使えるし、金属探知機にも反応しない。
青い革のアンクレットをアリスターは気に入った。
「そうか、革ならいいのか。革紐だけのネックレスってありますか?」
「ございますよ。何色がよろしいですか?」
「このアンクレットと同じ色がいいんですが」
指輪も普段は付けていられないのでどうするか考えていたアリスターだったが、革のネックレスに通して首に下げるのならば構わないのではないだろうか。首に下げた指輪はシャツの中に隠して誰にも見せなければいい。
そう思って店員にお願いすると、誂えたかのように青い革紐のネックレスを取り出してきてくれた。
「アンクレットとお揃いで買われる方も多いので、職人がもしかするとと思って作っていたものです」
「同じ青だ。リシャール、仕事中は指輪を付けていられないけれど、これに通して持ち歩くよ」
「嬉しい。僕も同じものを注文しようかな」
同じ青い革のネックレスを注文するリシャールに、店員は当然のように同じものを持ってくる。
「お揃いで付けられるかと思いまして、職人が先に作っておりました」
「ありがとうございます」
その職人は予知能力でもあるのかと恐ろしくなるが、アンクレットを注文した客が結婚しているのならば、指輪を身に着けるためにネックレスも一緒に買うかもしれないというのはよくある話なのかもしれない。
留め具も編んだ革のネックレスはしなやかで肌によく馴染んだ。
手を繋いで帰るリシャールとアリスター。リシャールの左手の薬指にはヴァイオレットサファイアが埋め込まれた指輪がはまっていて、アリスターの左手の薬指にはブルーサファイアが埋め込まれた指輪がはまっている。
記者会見でリシャールはその指輪を結婚相手から貰ったものだと明言していたので、身に着けていてもいい場では仕事中もその指輪を付けているだろう。
アリスターの車の助手席に乗ってくれたリシャールに安全運転しながらアリスターはペントハウスに帰った。
ホテルの中でもペントハウスは他の客の使うものと違う直通のエレベーターがあって、他の客と会うことなく帰ることができる。屋上の庭園を抜けてペントハウスに戻ると、スーツケースに当面の着替えを持ってきたアリスターに対して、車一台分の衣装やスキンケア用品やお気に入りのキッチン用品など日常遣いのものを持ってきたリシャールは、片付けに入った。
荷物の少ないアリスターの方が先に終わってしまったのでリシャールを手伝おうとしたが、こだわりがあるようで断られてしまう。
「夕食の買い物を頼んでもいいかな?」
「いいよ。何を買ってくる?」
代わりにリシャールはアリスターに夕食の買い物を頼んだ。スマートフォンの共有メモに書かれたものを確認して買いに行こうとすると、リシャールの手にスマートフォンを取られてしまった。
取り返そうとしてもリシャールの方が背が高いので届かない。
「この壁紙、やっぱり、僕だよね?」
「悪いか! 俺がリシャールのファンだって話はしただろう!」
「えー、この写真写りが悪いからあまり気に入ってないんだよね。僕の人相が悪く見えない?」
「そういうのは人相が悪いんじゃなくて、色気があるって言うんだ!」
「別のにしよう。僕とアリスターで一緒に撮った写真があったよね? あれ? 写真フォルダにない。仕方ないな。僕のスマホから送ろう」
さっさと壁紙をリシャールとアリスターのツーショット写真にしてしまって、リシャールは満足してアリスターにスマートフォンを返してくれた。
壁紙にしていたリシャールの写真は、事務所から有料で配布されたもので、アリスターは仄暗い雰囲気で色気のあるリシャールの姿が気に入ってずっと壁紙にしていたものだった。多分四、五年前のものではないだろうか。
長い髪を解いて、シャツのボタンを上から三つくらい開けて、胸の谷間が見えそうなくらい際どい姿で、睫毛を伏せて仄暗い表情と化粧でこちらを見ているリシャール。気に入っていたのだが、リシャールが変えた壁紙は、アリスターを膝の上に抱いて自撮りしたもので、恥ずかしそうなアリスターと優しい笑顔のリシャールが写っていた。
こんなもの同僚に見られたら死ぬ。
これまでもプライベートと仕事ははっきりと分けていて、リシャールの前の壁紙だって誰にも見せたことはなかったけれど、リシャールが変えた壁紙はますます見せられなくてアリスターは顔を赤くして片手で顔を覆った。
やりきったとばかりにリシャールは満足そうな顔をしている。
「リシャール、この壁紙……」
「変えたら嫌だからね? アリスターが五年も前の僕の写真を壁紙にしてるとか我慢できない」
穏やかで優しくて同じ年なのに大人だと思っていたリシャールは、五年前の自分に嫉妬して拗ねている。そんなところも可愛くて、アリスターは壁紙を変えることができなかった。
「行ってらっしゃいのキスとハグをしよう。アリスター、『おいで』」
こんなときにコマンドを使うのはずるいと思ってしまうが、従って広げられた両腕に納まるとじんと頭の芯を痺れさせるような快感がわいてくる。
「『名前を呼んで』、『キスをして』」
「リシャール、愛してる」
口付けるとリシャールの手がアリスターの癖のない金髪を撫でた。
「『いい子』。僕も愛してるよ」
行ってらっしゃいのハグとキスだけにしてはかなり濃厚で、このままプレイに雪崩れ込んでしまいたい気持ちにさせられるのに、リシャールはアリスターに買い物に行けという。下半身が反応しそうになっているのに必死で耐えながら、アリスターはリシャールのメモ通りに買い物を済ませてペントハウスに戻ってきた。
キッチンにはオーブンも付いていて、バスルームには乾燥機付きの洗濯機もある。
「こういうところに住むひとは、自分で洗濯しないでクリーニングに出すイメージがあった」
「他人に洗われたくないものってあるでしょう?」
言われてみればその通りだ。
リシャールの言う通り、睦み合ってどろどろになった下着とかパジャマとか、クリーニングに出せるわけがない。
「ベッドメイクもできれば入ってほしくないんだよね。新婚を邪魔しないでほしい」
「ベッドメイク……」
ベッドメイクという言葉にアリスターの目が遠くなる。リシャールと体を交わし合った後のベッドがどれだけ乱れていて、それを他人に見られるだなんて冗談ではなかった。
ベッドメイクも自分たちでする、食事の用意はリシャールに食事制限があるのでリシャールがするとなると、ホテルのペントハウスである意味はあまりなさそうだが、それでも要人警護が付くのとプライバシーが守られるのでリシャールはここに決めたのだろう。
「アリスター、一緒に暮らせるようになって嬉しいよ」
「リシャール、俺もだ」
休みの日を合わせて簡単な引っ越しをしたアリスターとリシャールは、荷物を片付ける前にアンクレットを買いに行った。
首輪を付けて仕事はできないし、ブレスレットも無理。そんなアリスターにリシャールはアンクレットという案を出してくれていた。どんなアンクレットになるのだろうと楽しみにしていると、革細工の店に連れて行かれる。
本革で作られたアンクレットは特注品のようだった。
青く染めたなめし革で作られたアンクレットはシンプルで足首で留める部分も細い革を編んで作ってある。金属部分は一切なかった。
「日常的に付けるんだったら、金属がない方が肌には合うかと思って職人さんに相談したんだ」
「すごくきれいな革だな。リシャールの目の色に似てる」
「アリスターが僕の目の色をサファイアの石の色で教えてくれたから、できるだけそれに近いようにしてもらったんだよ」
足首に付けても目立たないし、普段は靴下の中に入れておけるので仕事中も問題なく使えるし、金属探知機にも反応しない。
青い革のアンクレットをアリスターは気に入った。
「そうか、革ならいいのか。革紐だけのネックレスってありますか?」
「ございますよ。何色がよろしいですか?」
「このアンクレットと同じ色がいいんですが」
指輪も普段は付けていられないのでどうするか考えていたアリスターだったが、革のネックレスに通して首に下げるのならば構わないのではないだろうか。首に下げた指輪はシャツの中に隠して誰にも見せなければいい。
そう思って店員にお願いすると、誂えたかのように青い革紐のネックレスを取り出してきてくれた。
「アンクレットとお揃いで買われる方も多いので、職人がもしかするとと思って作っていたものです」
「同じ青だ。リシャール、仕事中は指輪を付けていられないけれど、これに通して持ち歩くよ」
「嬉しい。僕も同じものを注文しようかな」
同じ青い革のネックレスを注文するリシャールに、店員は当然のように同じものを持ってくる。
「お揃いで付けられるかと思いまして、職人が先に作っておりました」
「ありがとうございます」
その職人は予知能力でもあるのかと恐ろしくなるが、アンクレットを注文した客が結婚しているのならば、指輪を身に着けるためにネックレスも一緒に買うかもしれないというのはよくある話なのかもしれない。
留め具も編んだ革のネックレスはしなやかで肌によく馴染んだ。
手を繋いで帰るリシャールとアリスター。リシャールの左手の薬指にはヴァイオレットサファイアが埋め込まれた指輪がはまっていて、アリスターの左手の薬指にはブルーサファイアが埋め込まれた指輪がはまっている。
記者会見でリシャールはその指輪を結婚相手から貰ったものだと明言していたので、身に着けていてもいい場では仕事中もその指輪を付けているだろう。
アリスターの車の助手席に乗ってくれたリシャールに安全運転しながらアリスターはペントハウスに帰った。
ホテルの中でもペントハウスは他の客の使うものと違う直通のエレベーターがあって、他の客と会うことなく帰ることができる。屋上の庭園を抜けてペントハウスに戻ると、スーツケースに当面の着替えを持ってきたアリスターに対して、車一台分の衣装やスキンケア用品やお気に入りのキッチン用品など日常遣いのものを持ってきたリシャールは、片付けに入った。
荷物の少ないアリスターの方が先に終わってしまったのでリシャールを手伝おうとしたが、こだわりがあるようで断られてしまう。
「夕食の買い物を頼んでもいいかな?」
「いいよ。何を買ってくる?」
代わりにリシャールはアリスターに夕食の買い物を頼んだ。スマートフォンの共有メモに書かれたものを確認して買いに行こうとすると、リシャールの手にスマートフォンを取られてしまった。
取り返そうとしてもリシャールの方が背が高いので届かない。
「この壁紙、やっぱり、僕だよね?」
「悪いか! 俺がリシャールのファンだって話はしただろう!」
「えー、この写真写りが悪いからあまり気に入ってないんだよね。僕の人相が悪く見えない?」
「そういうのは人相が悪いんじゃなくて、色気があるって言うんだ!」
「別のにしよう。僕とアリスターで一緒に撮った写真があったよね? あれ? 写真フォルダにない。仕方ないな。僕のスマホから送ろう」
さっさと壁紙をリシャールとアリスターのツーショット写真にしてしまって、リシャールは満足してアリスターにスマートフォンを返してくれた。
壁紙にしていたリシャールの写真は、事務所から有料で配布されたもので、アリスターは仄暗い雰囲気で色気のあるリシャールの姿が気に入ってずっと壁紙にしていたものだった。多分四、五年前のものではないだろうか。
長い髪を解いて、シャツのボタンを上から三つくらい開けて、胸の谷間が見えそうなくらい際どい姿で、睫毛を伏せて仄暗い表情と化粧でこちらを見ているリシャール。気に入っていたのだが、リシャールが変えた壁紙は、アリスターを膝の上に抱いて自撮りしたもので、恥ずかしそうなアリスターと優しい笑顔のリシャールが写っていた。
こんなもの同僚に見られたら死ぬ。
これまでもプライベートと仕事ははっきりと分けていて、リシャールの前の壁紙だって誰にも見せたことはなかったけれど、リシャールが変えた壁紙はますます見せられなくてアリスターは顔を赤くして片手で顔を覆った。
やりきったとばかりにリシャールは満足そうな顔をしている。
「リシャール、この壁紙……」
「変えたら嫌だからね? アリスターが五年も前の僕の写真を壁紙にしてるとか我慢できない」
穏やかで優しくて同じ年なのに大人だと思っていたリシャールは、五年前の自分に嫉妬して拗ねている。そんなところも可愛くて、アリスターは壁紙を変えることができなかった。
「行ってらっしゃいのキスとハグをしよう。アリスター、『おいで』」
こんなときにコマンドを使うのはずるいと思ってしまうが、従って広げられた両腕に納まるとじんと頭の芯を痺れさせるような快感がわいてくる。
「『名前を呼んで』、『キスをして』」
「リシャール、愛してる」
口付けるとリシャールの手がアリスターの癖のない金髪を撫でた。
「『いい子』。僕も愛してるよ」
行ってらっしゃいのハグとキスだけにしてはかなり濃厚で、このままプレイに雪崩れ込んでしまいたい気持ちにさせられるのに、リシャールはアリスターに買い物に行けという。下半身が反応しそうになっているのに必死で耐えながら、アリスターはリシャールのメモ通りに買い物を済ませてペントハウスに戻ってきた。
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