Calling me,Kiss me

秋月真鳥

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本編

5.アリスターのパジャマ

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 初めてのプレイでリシャールはとても紳士で優しかった。
 甘く低い声でコマンドが囁かれるたびにアリスターは興奮したし、それに従って『いい子』とご褒美のように褒めてもらえると心地よくて頭の芯が痺れるような快感を覚えた。
 SubはDomに完全に満たされると、Subスペースという多幸感に包まれたトリップ状態になる。Subスペースに入ったSubは完全にDomのコントロール下に入って、Dom以外見られないような状態になるという。

 高校時代にプレイに失敗して逃げてしまってからDomにいい感情を抱いていなかったので、一生味わえるはずのないSubスペース状態もリシャールとなら味わえるのではないかとアリスターは期待していた。

 何よりもリシャールもアリスターとのプレイに満足して次を望んでくれた。
 モデルで有名人のリシャールならば引く手あまたなのだろうが、アリスターを選んでくれたのだ。

 そのことにアリスターは浮かれていた。

 あくまでもお試しでしてみて相性がよかったから継続なので、いわゆる遊び相手のような感覚なのかもしれないが、それでもアリスターは憧れのリシャールとプレイができて、リシャールの肌に触れられるというのは嬉しかった。

 リシャールはDomなのに抱かれたい方だと言っていた。アリスターはSubなのに抱きたい方だ。こういう性の一致もよかったのかもしれない。

 あんなに軽いコマンドしか使われていないのに満たされたプレイができて、アリスターは翌日から抑制剤を使わなくてよくなって助かっていた。頻繁に起きていた眩暈もない。
 定期健診で第二の性専門のクリニックに行くと、医者に薬の数が減っていないことを指摘された。

「プレイできる相手を見つけて、信頼して体を預けています」
「それはよかったですね。これ以上強い薬は出せないのに、頻繁に眩暈が起きていると聞いたので、抑制剤の過剰摂取も心配でした」

 リシャールのおかげでアリスターは医者にも喜ばれるような状態になったのだ。

 前のプレイから一週間後にアリスターはリシャールに連絡を取ってみた。それまでは舞い込んできた事件が忙しくてとても定時で上がれなかったのだ。やっと事件がひと段落したので、定時で上がることができる。しかも翌日は休みだ。
 ドキドキしてリシャールの返事を待つと、リシャールからは結構早く返事が来た。

『今日なら僕も休みだよ。今、ジムに行ってるから、マンションの前で待っていてくれる?』

 リシャールも仕事は忙しいはずだが、ちょうどよく休みが合ったのだろう。喜んでいると、続いてメッセージが送られてくる。

『夕飯は食べてないよね? 僕ものすごくお腹が空いてるから、よかったらうちで食べて行かない?』

 そのメッセージに『喜んで』と返すと、リシャールから笑顔の顔文字が送られてきた。

 マンション近くの駐車場に車を停めて、リシャールを待っていると、マンションの駐車場の方からリシャールが歩いてくる。手足の長い均整の取れた体付き。長身で黒髪はサラサラで、青い目は力強く光っているようだ。
 美しいリシャールに見とれていると、リシャールの方もアリスターに気が付いた。

「アリスター、来てくれてよかった。待たせた?」
「いや、俺も今来たところだ」

 ハグをされてリシャールの体温を感じて期待してしまうアリスターに、リシャールははっとしてアリスターから離れる。

「ジムでシャワー浴びて来たけど、汗臭くないよね?」
「全然そんなことないよ」
「よかった。汗臭くて嫌われたら落ち込む」

 そんな可愛いことをいうリシャールがDomで、職場ではDomと思われている気の強いアリスターの方がSubだということが信じられない。
 一緒にエレベーターで部屋に上がると、リシャールはアリスターにシャワーを浴びてくるように促した。

「食事を作るまでちょっと時間がかかりそうだから、先にシャワーを浴びてきて」
「わ、分かった」

 シャワーを浴びるということは、性的な接触があるということだ。前回も上半身だけ裸になってお互いの肌に触れあった。それが気持ちよかったので、もっと先に進むともっと強い快感があるのかもしれないとアリスターは思ってしまう。
 髪も体も丁寧に洗って、脱衣所に出ると、滑らかな仕立てのパジャマと新品の下着が置いてあった。サイズはどちらもアリスターにぴったりだ。

「リシャール、このパジャマと下着……」
「僕のお気に入りのメーカーのものなんだ。肌触りがいいから、着てほしくて」

 君に着てほしくて買ってしまった。

 そんなことを言われたら着ないわけにはいかない。
 パジャマはシルクではないのかと思うような手触りと肌触りのよさで、下着も着心地がいい。適当なつるしのスーツを着ているアリスターと有名な売れっ子モデルのリシャールでは金銭感覚も違うのだろう。

 パジャマにスリッパでバスルームから出てくると、リシャールも同じようなパジャマに着替えていた。

「今日はローストビーフとサラダだよ。主食は大豆のパンだけど、嫌いじゃない?」
「好き嫌いはないよ。ありがとう」

 素直にお礼を言って席に着くと、ローストビーフとサラダと大豆のパンを食べる。大豆のパンは普通の小麦のパンとは少し味が違ったが、気になるほどではなかった。ローストビーフは火の通り具合も味付けも絶品で、サラダに乗せて食べるととても美味しい。

「食べ終わったら、コーヒーか紅茶を入れるけど、どっちがいい?」
「どっちでも。リシャールが楽な方にしてくれ」

 これからプレイもするのだしリシャールを疲れさせたくない。ただでさえジムに行った後に食事の用意までしているのだ。

 食事が終わると食器を食洗器に入れてリシャールは紅茶を入れてくれた。茶葉から入れられた紅茶を飲むのは初めてだったが、香りがよくてとても美味しい。飲み物といえばペットボトルの水くらいでこだわりのないアリスターにとってはそれはとても贅沢に思えた。

「こんなによくしてもらっていいのか?」
「気にしないでいいよ。食事制限があるから自分の分を作るついでにアリスターの分も作っただけだよ。紅茶もポット一杯分入れると、カップ二杯分以上入るんだ。自分にするの以上に手間はかけてないよ」

 むしろ、いつもは余る紅茶を飲んでくれるひとがいて嬉しい。

 無邪気に微笑むリシャールにアリスターは勘違いしてしまいそうになる。
 こんなに優しくされていたら、自分がリシャールの中でたまたま相性がよかった性が一致した遊び相手だと忘れてしまいそうになるのだ。

「リシャール、明日は休みだから今日は泊って行けるかもしれない」
「本当? 明日は僕もゆっくり出ればいいから、朝ご飯を一緒に食べられるね」

 嬉しそうなリシャールに、正直に言ってしまったことをアリスターは少しだけ後悔した。こんなに笑顔を向けられて、美味しい料理も振舞われていたら、勘違いしてしまっても仕方がないのではないだろうか。

 決してリシャールが悪いのではないが、ストーカーの事件でもリシャールは無意識のうちに相手を勘違いさせてしまった可能性がある。自分はストーカーにはならないと当然思ってはいるのだが、リシャールに関係をやめたいと言われたらアリスターは元の生活に戻る自信がなかった。

「俺のパジャマ……払うよ」
「気にしないで。これから、汚れるかもしれないから着替えてもらっただけだし」
「高かったんじゃないのか?」
「このメーカーのモデルもしてるから、割引で買えたよ。何より、アリスターに寛いでほしいんだ。これから、長い付き合いになるかもしれないでしょう?」

 長い付き合いになると言われてアリスターは驚いてしまう。

「長い付き合いにって……」
「アリスターみたいに相性がよくて、性も一致している相手はこれまでいなかったんだ。アリスターが嫌じゃないなら、この関係、できるだけ長く続けたい」

 アリスターにお試しではない相手ができるまでは。

 そのときリシャールが少し切なそうにそう言ったのは気のせいだっただろうか。アリスターがリシャールの顔をまじまじと見たときにはリシャールはいつもの優しい笑顔に戻っていた。

「僕、Domだけど、強いコマンドを使うのを躊躇うことがあって。プレイ相手には物足りないって言われることが多いんだ」

 もっと強く支配してほしい。
 それはSubという第二の性を持つものの本能のようなものだ。
 アリスターのように優しいコマンドで満たされるSubの方が特殊なのだろう。

「俺は、強引じゃないあんたのプレイが好きだよ」
「ありがとう、アリスター。『おいで』」

 コマンドを使われるとアリスターはそれに従うしかなくなる。コマンドに従ってリシャールの膝の上に抱きかかえられると、心地よくて頭の芯が痺れる。

「『いい子』だね。アリスター、このパジャマは僕の所有の証なんだよ。着てくれて嬉しいな」

 DomはSubを所有したがる。
 クレイムといって、DomがSubに首輪を送ることによって、正式なパートナーになることを要求する場合がある。その場合決定権はSubにあるのだが、クレイムをすると役所に書類を届けて、DomとSubの間で結婚したような状態になるのだ。
 クレイムをしたDomは相手のSub以外とプレイをすることはないし、Subも同じだ。

 首輪ではないがパジャマを贈られたことでリシャールのDomとしての独占欲の強さを見せつけられた気がして、アリスターはそのことに興奮を覚えていた。
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