Calling me,Kiss me

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
4 / 31
本編

4.初めてのプレイ

しおりを挟む
 本格的にプレイを始める前に、リシャールはやはり打ち明けなければいけないことがあった。
 それは自分の性嗜好についてだ。
 抱きたい、抱かれたいは、プレイにおいて重要な点であるし、最後までしないにしても、DomとSubのプレイには信頼感がなければ成立しない。
 最悪の場合には、プレイの後に幸福感や快感ではなく、疲労感や虚脱感しか残らない、Subドロップをアリスターが起こす可能性があった。疲労や虚脱感だけならいいのだが、動悸や冷や汗、吐き気や失神のような脳貧血に似た症状が出ることもあるというので危険だった。Subドロップはプレイの後にアフターケアがしっかりしていない場合や、強い威嚇のオーラを浴びたときなどにSubが起こしやすいのだ。
 アリスターは強い抑制剤を使っている。抑制剤は長期に使うほど効きが悪くなって強いものになってくる。それだけプレイをしていなかった期間が長いのだろう。
 それならば特にアリスターからの信頼を得ることはリシャールにとっては大事なことだった。

「最後までしない約束だけど、一応説明しておくね。僕はDomだけど抱かれたい方なんだ」
「本当に?」

 リシャールの言葉にアリスターの緑色の目が見開かれる。緑色の目の人間は嫉妬深いと言われているが、アリスターもそうなのだろうか。そんなことを考えつつ、リシャールは答える。

「本当だよ。それが嫌なら、プレイはなしにしてもらってもいい」
「い、いや、俺は……」

 顔を上げたアリスターが何か言うのを躊躇っているようで、リシャールはアリスターの喉を撫でて囁く。

「どうしたの? 『教えて』?」
「俺は、Subなのに抱きたい方だから……」
「え!?」

 これまで体の関係があったSubはリシャールが抱いてほしいと言えばコマンドに従わせているだけになりそうで確認して、抱くのもできるSubを選んでいたが、アリスターは抱きたい方だと言っている。

「抱かれたい方って言っても、今日は最後までしない約束だし、君が抱きたい方って言っても、僕を抱けるかどうかは別だしね」
「抱けるし、抱きたいと思う」

 ぽつりと零されたアリスターの言葉に思わぬ熱が入っていてリシャールは戸惑ってしまった。

「もちろん、今日はそういうことは期待してない。それに、あんたがDomだろう?」

 プレイ中に主導権があるのはDomであるリシャールの方だ。それでも性の不一致ということはなさそうなのでリシャールは安心していた。喉を擽るとアリスターが逃げようとする。

「ダメだよ。僕の膝に『おいで』」

 コマンドで誘導するとふらりとアリスターがリシャールの膝の上に座ってくる。正面から抱き締めて耳元に囁きかける。

「『いい子』だね。アリスター、可愛い」
「俺は、可愛くなんか……。俺が可愛かったら、あんたはものすごく格好いいじゃないか」
「外見に対する称賛はよくもらうけど、この顔も身長も遺伝でしかないからな」

 遺伝子がよかったからリシャールはこの顔と身長になった。それに関して誉め言葉をもらっても、あまり嬉しくないのは確かだった。

「努力してるんだろう?」
「え?」
「自分で料理を作ったり、バスルームを見たけどスキンケア用品がたくさんあった。ウォーキングのために体を鍛えてるんだろうし、自分で努力してその美しさを保ってるんじゃないのか?」

 その言葉は素朴だっただけにリシャールの胸に強く響いた。
 仕事場でもファンも、リシャールの表面的な美しさしか見ていないと思っていたのだ。それがアリスターはリシャールの努力を分かったうえでリシャールを格好いいと言って来る。

「どうしよう……深みにはまりそうだ」
「リシャール?」
「君は知的で聡明で、状況でものを判断できる力がある」
「それは、科学捜査班で鍛えられてるからな」
「アリスター、『いい子』。可愛いね」

 抱き締めて耳元で囁くとアリスターの体が膝の上でびくびくと震える。甘く軽いコマンドですら、アリスターの体には響いているようだ。
 髪を撫でると、アリスターの首筋を跡が残らない程度に吸い上げる。

「全部脱ぐと理性が持たなくなりそうだから、上だけ『脱いで』」
「あ……」

 コマンドに従って、アリスターが覚束ない指でシャツのボタンを外していく。ぱさりとシャツがフローリングの床の上に落ちて、アリスターの上半身が露わになった。
 白い体は警察組織に所属しているだけあって、それなりに鍛え上げられている。

「あ、あの、俺、高校時代同級生のDomに無理やり抱かれそうになって……」

 それ以来プレイが怖くてしていないと説明するアリスターにリシャールは驚いていた。
 DomにとってもSubにとっても、プレイをするというのは自然な欲求だ。それが満たされないとなると体調を崩してしまうこともある。

「僕は君を無理やり抱いたりしない。抱いたりできない、が本当だけど」
「リシャール……信じてるからシャツを脱いだんだ」

 でも、少し怖い。
 小さな呟きにリシャールはアリスターを包み込むように抱き締める。肩口に顔を埋めると、同じシャンプーとボディーソープなのにアリスターは甘い香りがした。

「アリスター、僕が君を守るよ」
「リシャール」
「君には快感だけ味わってほしい」

 抱き上げてアリスターを寝室に連れて行ったリシャールは、ベッドの前でアリスターを降ろして、自分がベッドに横になって両腕を広げた。

「『おいで』」

 優しいコマンドにアリスターがリシャールの腕の中に納まる。
 しっかりと抱き締めてから、リシャールもアリスターを膝に乗せたままでシャツを脱いで上半身を晒した。

「キスは? 嫌じゃない?」
「い、やじゃない」

 答えるアリスターの頬に手を添えてリシャールは顔中に口付けを降らせる。ちゅっと唇に口付けると、アリスターの体が強張った気がした。

「大丈夫、怖いことはしないよ。気持ちいいことだけしよう」
「あんたの声……頭がくらくらする」
「怖くない?」
「怖くない」

 一つ一つ丁寧に問いかけて、アリスターの体にリシャールは口付けを落としていく。

「君も『触れて』?」

 コマンドで言えば、おずおずとアリスターの手がリシャールの上半身に這う。首筋を撫でられて、胸に手が下りていくのを、リシャールは心地よく受け止める。
 アリスターの手が鍛え上げられたリシャールの胸に触れ、揉んでいる。

「『上手』だね。とても『いい子』だよ」
「リシャール、もっと」
「欲しがりだなぁ。そういうところも可愛いけど」

 ちゅっと耳朶に口付けて、リシャールはアリスターの体を深く抱き締めた。

 最後までは当然しなかった。
 じゃれ合う程度のプレイでもリシャールは満たされた気分だった。
 プレイの後でシャワーを浴びたアリスターを膝の上に抱いてリシャールはアフターケアを行った。

 アフターケアはDomの義務であり、それなしのプレイはあり得ないのだ。
 激しいプレイをしたわけではないので、アフターケアもしっかりと抱き締めて、髪を撫でて甘く誉め言葉を囁くくらいで済んだのだが、その後に帰り支度を始めるアリスターの手をリシャールはつい掴んでしまった。

「泊って行かないの?」
「え?」

 思わず口から出てしまった言葉に、リシャール自身も驚いてしまう。

「明日も仕事だし……同じ格好で出勤するわけにはいかないから」
「そうか。次は?」
「次?」

 今回のプレイはリシャールにとっては悪くないものだった。むしろ、何もしていないのに満たされる心地よいものだった。
 もっともっとアリスターを甘やかしたい。アリスターがリシャールに依存してドロドロになるまでプレイができるようになりたい。そして、いつか彼に抱かれたい。

 見た目の美しさだけでなく、リシャールの努力や積み重ねを見て自分を美しいと言ってくれたアリスターにいつか抱かれたい。
 そのためには、まずは次の約束を取り付けることだった。

「次があるのか?」
「アリスターは嫌なことがあった? 僕はいいプレイだったと思うんだけどな。よければ、継続してできないかな?」

 アリスターにもリシャールにも今は固定されたパートナーはいない。
 そのことを口に出すと、アリスターが戸惑っているのが分かる。

「こういうのって、どれくらいの頻度でするものなんだ?」
「ひとによるけど、僕は毎日でもいいよ。これくらいのプレイなら、アリスターの負担にもならなかったでしょう?」
「ま、毎日は無理だ。仕事がある」
「それなら、アリスターが都合がいいときに連絡して」

 待ってる。
 そう言えば、アリスターは小さく頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。 かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。 その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。 ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。 BLoveさんに先行書き溜め。 なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...