千早さんと滝川さん

秋月真鳥

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本編

19.互いの沼

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 滝川さんから劇団の公演に行ったお土産が届いた。

「いつもすみませんね。今度はどんなグッズかしら。お礼は何がいいです?」
『この前の豚骨ラーメンものすごく美味しかったので、また送っていいですよ?』

 甘いものよりも、塩っ気のあるものを好む滝川さんに、有名店の豚骨ラーメンは好評だったようだ。お値段はそれほどしないのに、生麵であのお店の豚骨ラーメンはとても美味しいのだ。

「醤油味があったので、それも入れましょうか?」
『すごく楽しみです』

 滝川さんと通話しながら開封の儀を行っていると、中にスターの格好いい写真の印刷された付箋が入っている。

「またこんなの入れてー!」
『千早さんにはコレクターになってもらおうと思って』
「私はコレクター気質ですけどぉ!」

 ゲームのキャラは全制覇するし、カードゲームも収集癖が酷い。
 タロットカードも新しいものが欲しいとか考えている私は、間違いなくコレクター気質だった。

 それを分かっていて送ってくる滝川さんは酷い。

「顔がいい……」
『顔がいいでしょう?』
「これからこの付箋を『顔がいいメモ』と呼ぼう」
『名前付けちゃった!』

 ころころと滝川さんが笑っている間、私は真顔で付箋と見つめ合っていた。
 これは絶対に付箋を使って滝川さんに何か送って仕返ししなければいけない。心に決めていると、箱の中身に私は気付いた。

 劇団の公演のトートバッグ、公演のパンフレット、クリアファイルに、スターの付箋。
 入っているのはそれだけではない。
 一番底に、劇団のブックカバーに包まれた本が一冊入っていた。

「滝川さん、この本は?」
『ブックカバーが期間限定で売り出してたんですけど、そのまま渡すのはおもしろくない……いや、寂しいと思いまして、中に私のお勧めの本を入れてみました』
「今、面白がってましたよね?」
『そんなことないですよー』

 若干滝川さんが棒読みな気がする。
 不審に思いながら私が本を開くと、それはずっと気になっていた漫画家さんの歴史ものの漫画だった。

 滝川さんはこの漫画にものすごくハマっていて、SNSで感想を呟いたりしていた。
 その感想にハートは来るものの、一緒に語り合うひとがいないと悲しんでもいた。

「これ、一巻じゃないですか!? 続きは買えと!?」
『いやー、気に入ったら買ったらいいんじゃないですか?』

 私は千早さんが気に入ると確信してますけどね。

 滝川さんの心の声が聞こえた気がした。
 悔しい。
 私と滝川さんの趣味は似ているから、滝川さんが気に入るものは大抵私もハマってしまうのだ。

「そうですか……豚骨ラーメン、お楽しみに」

 そのときに絶対私のお気に入りの小説も入れてやると私は心に決めていた。

 滝川さんと私の地域だと、宅配便を頼むと翌日には届く。
 豚骨ラーメンをスタンダードなのと醤油味と、海老の姿がそのまま煎餅になったものを買い揃えてから、私は本屋に行った。
 買うものはもう決まっていた。

 中華ファンタジーの異世界転移もので、主従のボーイズラブが見られるものだ。
 この作者さんは女性も丁寧に書かれていて、サブキャラの女性もとても魅力的なのだ。

 小説の一巻だけを買って、ブックカバーの可愛い和柄のものを選んで買って、私は家に帰った。

 豚骨ラーメンのスタンダードな味と醤油味、海老の煎餅を入れて、小説にブックカバーを付けて箱の中に入れる。
 スター付箋を一枚取って、私はメモを書いた。

『沼へ入りんしゃい』

 それをブックカバーにつけると、悪い笑みを浮かべて私は箱を閉じて、集荷に来た宅配便の業者さんに渡したのだった。

 翌日の夕方には宅配便が届いている。
 今度は滝川さんが開封の儀を行う番だ。

 タブレット端末の向こうで滝川さんがいそいそと箱を開けている。
 滝川さんの肩の上から、鶏さんが覗き込んでいる。

『ぶふぉ!? 「顔がいいメモ」!? やりましたね!』
「やったー! 滝川さんの腹筋を攻撃できたー!」

 吹き出した滝川さんに、私は両腕を上げてガッツポーズを取る。中身を確認して、滝川さんが厳かに言った。

『この中華ボーイズラブ、私が気になってたのじゃないですか!』
「あ、やっぱりそうでした?」
『一巻をもらってしまったら、続きを買うしかない……いや、私はハマらない』
「ちょっとだけ読んでみましょうよー?」

 悪魔の囁きをする私に、滝川さんが本を手に抵抗している。

『千早さん、漫画の方は読みましたか?』
「い、いえ……」

 読んだらハマる気しかしないから怖くて手を出せていない。
 正直に言えるはずもなく口ごもる私に、滝川さんが語る。

『主人公同士の心の触れ合いが最高なんですよ。一番深い場所で繋がり合っているんですよ!』
「それは、クソデカ感情!」
『愛情なんて二人には必要ないんです! 繋がり合っているんですから!』
「なんて美味しい……」

 はっ!
 いけない、いけない。
 滝川さんに沼にはめられるところだった。

「このボーイズラブの主従は、従者の愛が重すぎて、主は一度命を落としてしまうけど、蘇って愛を貫くんですよ」
『なんですか、その美味しい展開!』
「主がものすごく強くて、従者を鍛える場面もあるんです。主がチートなんですよ」
『なにそれ、素敵!』

 私も負けじと布教をした。
 お互いに沼に沈め合う。
 私と滝川さんの様子を、鶏さんはじっと目を凝らして、猫さんは興味なさそうに尻尾を振って見守っていた。

 数日後、通話で私と滝川さんは報告し合っていた。

「残りの全巻、注文しちゃいましたよー! どうしてくれるんですか!」
『やったー! でも、私はまだ、買ってないですからね』
「なんですとー!?」
『書店で取り寄せしたけど』
「したんじゃないですかー!」

 私も滝川さんも見事に沼にはまっていた。

 タロットカードを戯れに混ぜていると、カードが一枚飛び出して来た。
 ソードのクィーンだ。
 意味は、的確さ。
 迷いなく意志を貫くカードである。

 『的確に相手の趣味をぶっ刺しましたね!』と嬉しそうな鶏さんの声が聞こえてくる。

「鶏さんにこの状況を笑われている気がします」
『なんだと、鶏! 明日は唐揚げだー!』
「あー、唐揚げ、いいですね」
『油淋鶏にしてやろうか?』

 油淋鶏という言葉に鶏さんが目を逸らしている。
 タロットカードを捲ると、ソードの八が出る。
 意味は、忍耐。
 『今は耐えるときなんですね』と鶏さんの声が聞こえた。

 タロットカードを一枚だけ捲った気がしていたのに、裏にもう一枚くっ付いていた。
 そのカードを見ると、ワンドの四だ。
 意味は、歓喜。
 『唐揚げなんて最高だわ! 油淋鶏にうちもしましょ?』と猫さんの声が聞こえた。

「鶏さんは耐えてますけど、猫さんは喜んでますね」
『うちのちゃーちゃんとはいちゃんにも、ささみの茹でたのを上げようかな』
「それは喜ぶんじゃないですか?」

 私は猫を飼ったことがないのでよく分からないが、猫は人間と同じ味付けだと体を壊してしまうようだ。
 味がないように茹でただけのささみならば大丈夫だと滝川さんから教えてもらって、私は知っていた。

「お猫様も美味しいご飯にあり付けそうですね」
『うちのちゃーちゃんもはいちゃんも、鶏肉大好きなんですよ』

 鶏肉大好きと聞いて、滝川さんの肩の上の鶏さんが仰け反って白目を剥いている。滝川さんも鶏肉が大好きだから、お猫様も味覚が似て来てもおかしくはないだろう。

 タロットカードを捲ると、ワンドの六がでる。
 意味は、称賛だ。
 『本当に猫ちゃんのことを大事に思っていて偉いわ。こういうひとに飼われる猫ちゃんは幸せね』と猫さんの声が聞こえる。

「滝川さん、猫さんに絶賛されてます!」
『やっぱり? 私、すごいから』
「お猫様を大事にしていてとても偉いって」
『うちに来たんだから可愛がりますとも』

 胸を張って言う滝川さんに、肩の上の鶏さんが何か訴えている。

 タロットカードを捲ると、ペンタクルのクィーンが出た。
 意味は、寛容。
 『自分にももっと寛容になってくれてもいいんじゃ? 自分もあなたのところに来たんですよ!』と訴える鶏さん。

「鶏さんも滝川さんのところに来たんだから大事にしてほしいって言ってます」
『鶏さんは勝手に来たけど、お猫様は私が選んで連れて来たんだから全然違います。お猫様しか勝たん!』

 はっきりと言った滝川さんに、しおしおになって鶏さんが肩から落ちて行った。
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