千早さんと滝川さん

秋月真鳥

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本編

15.おつまみセレクション交換会

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 滝川さんからおつまみセレクションが届いた。
 通話で映像をお互いに見せながら、おつまみセレクションの開封の儀を行う。

「これがカズチー! お噂はかねがね」
『恭しいですね』
「まぁ、わたくし、淑女ですからね」
『豚骨ラーメンだー! 美味しそうー!』
「華麗にスルーしましたね!?」

 私が滝川さんの荷物に入れたのは、豚骨ラーメン、トリュフ味のうずらの煮卵、低糖質のナッツチョコ、明太子味のお煎餅、それにフランボワーズショコラのフレーバーティーだ。

 滝川さんからの荷物には、チーズに数の子が入ったカズチーと、柔らか半熟燻製卵と、劇団のお菓子、それに白桃烏龍だった。
 それだけではなく、何か入っていることに気付いて、私は「あ!」と声を上げた。

 私と滝川さんが推している劇団のスターの写真が印刷された一言付箋が二つ入っている。どちらのスターも私の推しなのだが、こういう付箋は使い場所に困るのだ。

「この付箋、私は敢えて買ってなかったのに!」
『劇団に観劇に行ったときに買ったんですよ。顔がいいでしょう?』
「か、顔はいいけど、どこで使えと?」
『私には送らないでくださいね。私の腹筋がやられるから』

 自分が送られたら腹筋がやられるようなものを気軽に送ってくるのだから、滝川さんは酷い。
 酷いと言いつつ、滝川さんを憎めないのは、やはりこんなに気の合う友人はいないからかもしれない。

『今日のドラマ、退団した前のスターが出てるんですよ』
「え!? そうなんですか!?」

 テレビをつけて私はそのドラマをチェックする。滝川さんも同じドラマをチェックしているのか、音声が入ってくる。

「顔がいい!」
『顔がいいですよねー!』
「背が高い!」
『めちゃくちゃ背が高いですよねー!』

 私と滝川さんが推している劇団は、女性しかいない劇団で、女性が男性役もやる。元々男性役をやっていたそのスターさんは、女性陣の中に入るととても背が高く見えた。

「え!? これで、潜んでバイトしてるんですか?」
『潜めてないですよね』
「美しさと背の高さで、忍べてないです」
『そういうところもいいんだけど!』

 話をしながらドラマを見るのも楽しい。
 Blu-rayやDVDの鑑賞会だけでなく、私と滝川さんはドラマも一緒に見るようになっていた。

 滝川さんが仕事を辞めてから、自由な時間が多くなって、通話する時間も、チャットで話す時間も増えた気がする。
 心置きなく夜更かしもできるのだが、滝川さんは早寝が習慣になっているようで、あまり遅くまで話すことはなかった。
 代わりに日中にメッセージを飛ばしておいても、返信が来るようになった。

 ドラマを見終わると、私はいつものようにタロットクロスを敷いて、タロットカードを混ぜ始める。タロットカードを買ってから、滝川さんと通話するときにはなんとなくタロットカードを触っているのが習慣になってしまった。

 タロットカードを混ぜていると、一枚飛び出してくる。
 出て来たのはワンドの八。
 意味は急展開だ。
 目まぐるしい速度で事態が展開するが、望ましい出来事の場合もあるという。

 鶏さんにとっては、望ましい出来事ではなかったようだ。
 『ついに来てしまった! なんということでしょう!?』と鶏さんが青ざめている気がする。

「お猫様、来ました?」
『来ましたよー! もう離乳してるけど、子猫で、今は寝てます』

 滝川さんの家には猫が来たようだ。子猫だと言っているが、鶏さんにとっては脅威かもしれない。

「猫には見えるって言いますけど、鶏さんのこと、見えてるのかしら」
『虚空に向かって飛びかかってるところは見てるんですよね』
「え!?」

 本当に見えているのか?
 私はタロットカードを混ぜて鶏さんに聞いてみる。
 捲ったカードはワンドのクィーン。
 意味は、魅力。
 注目の的になるという暗示だ。

 『魅力溢れてるから、注目されちゃって困るなぁ……で、済むかー! 命の危機ですよー!』と鶏さんの声が聞こえた。

「鶏さん狙われてるみたいですね。命の危機を感じてますよ」
『命……守護獣は生きているのでしょうか?』
「うぅん……透けてますもんねぇ」

 守護獣は生物ではない気がする。
 膝の上の猫さんに視線を落とすと、『よく分からないわ』という顔をしている。

『お猫様が私の家に馴染めるか聞いたときには、好意的だったのに』
「あれは、私の猫さんからのメッセージだったみたいですよ」
『あぁ、それで心が広かったんですね』

 納得する滝川さんに、鶏さんが翼を広げて自己主張している。
 タロットカードを捲ってみると、ソードの五が出て来る。
 意味は混乱。
 『どんな手段を使っても、自分は守護獣を続けますからね!』という強い意志を鶏さんから感じていた。

「鶏さんは何があっても滝川さんを守護したいみたいですよ」
『鶏肉食べても耐えてるし、卵食べても耐えてるし、お猫様を迎えても耐えてるし、もしかして、ドエムなんですかね?』

 ドエムと言われて鶏さんが心外そうな顔をしている。
 それにしても、やっぱり鶏さんが滝川さんにこんなにも執着する理由が分からない。
 タロットカードでそれが読み説けるのかと言われれば、私はタロットカードの修行が足りなかった。

『千早さん、主人公の五歳の弟についてなんですけど』
「はい、なんでしょう」
『どこまで子どもっぽく書いていいものかと悩んでまして』

 滝川さんは子どもの専門家ではない。
 私は大学で幼稚園教諭と保育士の資格のための勉強をして、子どもの発達についても学んでいた。

『千早さん、子どもを書くのが上手で、甥っ子さん、姪っ子さんもいるから、私の描写でおかしいところがあったら、教えてくださいね』
「分かりました」
『それで、おかしいところあります?』

 問いかけられて、私はちょっと考える。

「五歳なら、お尻が自分で拭けない子はそれなりにいます。そのことをすごく恥ずかしがらなくても、普通に『お尻拭いて』って言わせていいと思いますよ」
『大好きなお兄ちゃんの前で見栄を張ってるんですよ』
「それだったら、大丈夫だと思います」

 気になる点はこれからも伝えていくと約束すると、滝川さんは喜んでいるようだった。
 滝川さんが写真を送って来たので、私はアプリを切り替えて確認する。
 写真には眠る茶色い子猫と、灰色の子猫が映っていた。

「この子たちがお迎えしたお猫さんですか?」
『可愛いでしょう? ちゃーちゃんと、はいちゃんです』
「茶色だからちゃーちゃん、灰色だからはいちゃん?」
『はい!』

 元気よく答えられてしまった。

『小説の主人公たちにもペットを飼わせたいと思うんですけど、何がいいと思います?』

 滝川さんが言った瞬間、私の混ぜていたタロットカードから、太陽のカードと女帝のカードが飛び出して来た。

 太陽は鶏さんのカードで、女帝は猫さんのカードだ。

 『絶対に鶏です! 卵も産みますし!』と鶏さんのカードが訴えて来る。
 『ペットは猫に決まっています』と猫さんのカードはどや顔だ。

「鶏さんは鶏で、猫さんは猫がいいって言ってますね」
『よし、猫にしよう!』

 滝川さんの答えに、私がタロットカードを捲ると、ソードのエースが出た。
 意味は開拓。
 『新しいことに挑戦してみてもいいんじゃないですか?』と鶏さんは引き下がらない。

「鶏さんは、鶏に挑戦してみろって言い張ってますね」
『猫の方がよく分かるし、猫にします』
「鶏さんを完全無視!?」

 笑顔で答える滝川さんに、鶏さんが白目になっている気がする。

「鶏さん、ショック受けてます。光もなくなってる」
『光ってたら、千早さんの目にうるさいだろうし、ちょうどいいですね』
「滝川さん、ドエス!?」
『千早さんには優しいじゃないですかー!』

 私には優しいけれど、滝川さんは鶏さんにはドエスのようだった。

『そういえば、荷物を出しに行くときに、店に着いてから千早さんの住所書いた手帳が見当たらなくて、仕方なく家に戻ったんですよね』
「あぁ、そういうの、面倒ですよね」
『絶対にリュックに手帳入れたはずなんだけどなぁ』

 おかしいと言う滝川さんに、私はふとタロットカードを捲ってみた。
 出て来たのはワンドの五。
 意味は勝ち取る。
 『勝ったー! 手帳隠してやったぜー!』という鶏さんの声が聞こえる。

「鶏さんが犯人のようです」
『おのれええええ! 鶏野郎おおおお! 明日はおでんに大量に卵入れてやるぅうううう!』

 滝川さんの声にびくっと震えた鶏さん。
 後悔するならば仕返しなどしなければいいのにと、私は苦笑していた。
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