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本編
10.オンライン料理会
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キッチンを見回して、私は完全に諦めた。
私は五人兄弟の末っ子で、兄が三人姉が一人いる。
こんな環境だったので、父はずっと働いていて家にいなくて、母は一人で子育てをしなくてはいけなくて、家の中が片付いている状態というのがなかった。
そのせいか、私は致命的に片付けができない。
部屋の机の上もタブレット端末に映る部分だけ整えてはいるが、それ以外の場所は混沌とした有様だし、ハンモックに寝ながら通話もする滝川さんは、画面の端に映る私の部屋の汚さを知っているはずだ。
「よし、このままでいいや!」
開き直った私は大理石の大きな調理台の半分を片付けたつもりになって、もう半分に物を全部寄せて料理の準備を始めた。
一番上の兄と二番目の兄は結婚して家を出ているし、姉は自宅から通うのが嫌で近くのマンションに住んでいる。
今私と同居しているのは、両親と一番年の近い三番目の兄の三人だ。
それでも姉は近所に住んでいるので、週末ごとに晩ご飯を食べに来るし、両親がいないときには私を夕食に誘ってくれたりする。
末っ子で甘やかされて育ったのがバレバレなのだが、それももういいことにする。
滝川さんには何も隠すことはない。
タブレット端末をタブレット立てに置くと、滝川さんが画面に映る。
滝川さんの家のキッチンは、小ぢんまりとして使いやすそうだった。
『広い!? 調理台の端から端まで見えない』
「あ、そこは見ないでもらって」
『やっぱり、端に寄せました?』
「画面外はカオスですよ」
軽口をたたき合って笑ってから、滝川さんが私に言う。
『ご飯とかありますか?』
「え? 今から作るんですよね?」
『ご飯ですよ。炊いたお米』
指摘されて私は冷蔵庫を開けてみる。
残念ながら冷ご飯はなかった。
「そこになかったらないですねー」
『どこかのショップの店員みたいなこと言わないで、ないなら炊いてください』
「はーい」
返事をして私は炊飯用の鍋にお米をカップで計って入れて、といで火にかける。
『千早さんのお家、ガスでご飯炊くんですか?』
「うち、炊飯器ないんですよ。電気圧力鍋で炊いてもいいけど、操作が面倒なので」
ガスコンロの炊飯のメニューを押せば勝手にコンロが火の調整をして炊いてくれる。
保温機能がないのが困りものなのだが、炊き立てはとても美味しいので私は嫌いではなかった。
「今日は何を作るんですか?」
『千早さんの冷蔵庫、煮卵ありますよね?』
「な、なぜ、それを!? 私の冷蔵庫を見ましたか?」
『いや、昨日、煮卵食べてたから』
そうだった。
昨日のノンアルコール飲み会の摘まみに、私は煮卵を食べていた。
飲み物はフレーバーティーのミルクティーを好むのだが、私はひたすら塩味のあるものが好きだった。
柿ピー、サラミ、チータラ、煮卵。
『豚丼の上に煮卵を乗せた、他人丼を作ります! 豚肉は買って来てありますよね?』
「はい、言われた通りに、豚バラ肉買ってます」
私が豚肉のパックを出すと、滝川さんは白だしのボトルを出していた。
『玉ねぎを細切りにします』
「玉ねぎ大王が襲って来るよー!」
『それ、交流小説で書きましたね』
笑いながらお互いに画面に映しながら作業を続けていく。
「あのときは、初めてのカレー作りでしたね」
『今回はカレーじゃないので、そこは一旦忘れてもらって』
「はーい。作り方も忘れていいですか?」
『どうしてそうなるー!』
話しながら作るのは楽しい。
滝川さんは豚肉と玉ねぎに塩コショウをして、炒めて、白だしで味付けしている。
私は玉ねぎと豚肉に塩コショウをして、炒めて、この地方特有の「ごめんつゆ」というもので味付けする。
「ごめんつゆ」は正式名称が、「あんまりうまくてごめんつゆ」とか何とか、そんな感じで、お出汁とつゆの味が絶妙で美味しいのだ。
『「ごめんつゆ」……気になります』
「九州のだから、ちょっと甘いですよ」
『気になりませんでした』
滝川さんは白だし激推しで、料理には甘いものは一切入れたくない派なのだ。
私は九州の生まれで、そもそもお醤油が甘い。つゆも甘いものが多い地域なのだ。
それぞれに味付けをして、炊き立てのご飯の上に乗せて、最後に煮卵を半分に切って乗せる。
切った煮卵からは半熟の黄身がとろりと流れ出ていた。
「美味しそうじゃないです? 私天才!」
『千早さんに教えた私も天才!』
「天才に乾杯!」
『乾杯!』
滝川さんは麦茶で、私はフレーバーティーで乾杯をする。
丼に盛られた豚丼に煮卵の他人丼はとても美味しかった。
タブレット端末の画面を見ると、滝川さんの守護獣の鶏さんが微妙な顔をしている。私の膝の上の猫さんはご機嫌で尻尾をゆらゆらさせているのになんでだろう。
最後に残していた煮卵を口に入れると、黄身がとろりと垂れてとても美味しい。
「煮卵! 卵か!」
『え? 煮卵、傷んでました?』
「いや、滝川さんの鶏さんがすごい顔してるから何かと思ったら、煮卵でした」
『卵を食べるなんて、人間は信じられない』という風情の鶏さんと、『豚肉と卵なんて最高!』という風情の猫さんは明らかにテンションが違う。
『卵食べるたびに嫌な顔されても、私は食べ続けますよ』
「そうですよね、卵美味しいですもんね」
『お値段もお手頃だし、使い道は多いし、最高の食材じゃないですか! 卵を食べるなと言うなら、守護獣やめてもらって結構です!』
あっさりと鶏さんに言う滝川さんに、仰け反って気絶しそうになっている鶏さんが、はっと体を真っすぐにする。
『平気です。平気だから捨てないで』とばかりに滝川さんに縋る鶏さんに、私は疑問が浮かんでいた。
「滝川さんにこれだけ邪険にされても、鶏さんはなんで滝川さんの守護を続けるんでしょう?」
『千早さん、片付けが終わったら、タロットカードで見てもらえますか?』
「やってみます」
料理は全くしない代わりに、私は毎日の食器の片付けはしている。
とはいえ、食洗器にいれるだけなのだが。
食器と調理用具と箸とスプーンを食洗器に入れて、スイッチを押す。
部屋に戻った私はタロットクロスを机の上に広げていた。
タロットクロスの上に一列にカードを並べて、その上にもう一列、その上に更に一列並べて、左から三等分にして纏めて、タロットカードを混ぜていく。
何度もくってから、私はタロットカードを引いた。
液晶画面の向こうでは滝川さんが期待する瞳で私を見ている。
タロットカードを捲るとペンタクルの十。
意味は、継承。
誰かから受け取ったもので成功するとかそういう意味だ。
『詳しくは言えないけど、誰かから滝川さんを守るように言われている』と声が聞こえた気がする。
「鶏さん、誰かから言われて滝川さんを守っているみたいです」
『えぇ!? 誰!?』
「誰でしょう?」
肉親の方だろうか。
それとも祖先とかだろうか。
そこまでの細かいことはタロットカードでも読み切れない。
私はついでに猫さんのことも聞いてみた。
タロットカードを捲ると、ワンドのエースが出た。
意味は、生命力。
新しい出会いがあるという意味もあったはずだ。
猫さんと私の出会いだろうか。
『死にそうになってたから、放っておけなかった。おかげで生きる気が出たでしょう?』と声が聞こえる。
「猫さんは、私が精神と体を壊したときに来たの?」
『そう言ってますか?』
「死にそうだったから放っておけなかったって……」
ブラックな職場は本当につらかった。
体重もどんどん減って、今の自粛太りでぽっちゃりしてしまった私とは比べ物にならないくらいがりがりだった。
その状況を見て猫さんが来てくれたのならば、私は猫さんに感謝しなければいけないのかもしれない。
『千早さんの方は心温まるいい話なのに、私の方はよく分かりませんね』
「鶏さんが話したがってない気がします」
私が言うと、液晶画面に映る鶏さんは顔を背けている気がする。
まだまだ、鶏さんのことも猫さんのこともよく分からない。
私は五人兄弟の末っ子で、兄が三人姉が一人いる。
こんな環境だったので、父はずっと働いていて家にいなくて、母は一人で子育てをしなくてはいけなくて、家の中が片付いている状態というのがなかった。
そのせいか、私は致命的に片付けができない。
部屋の机の上もタブレット端末に映る部分だけ整えてはいるが、それ以外の場所は混沌とした有様だし、ハンモックに寝ながら通話もする滝川さんは、画面の端に映る私の部屋の汚さを知っているはずだ。
「よし、このままでいいや!」
開き直った私は大理石の大きな調理台の半分を片付けたつもりになって、もう半分に物を全部寄せて料理の準備を始めた。
一番上の兄と二番目の兄は結婚して家を出ているし、姉は自宅から通うのが嫌で近くのマンションに住んでいる。
今私と同居しているのは、両親と一番年の近い三番目の兄の三人だ。
それでも姉は近所に住んでいるので、週末ごとに晩ご飯を食べに来るし、両親がいないときには私を夕食に誘ってくれたりする。
末っ子で甘やかされて育ったのがバレバレなのだが、それももういいことにする。
滝川さんには何も隠すことはない。
タブレット端末をタブレット立てに置くと、滝川さんが画面に映る。
滝川さんの家のキッチンは、小ぢんまりとして使いやすそうだった。
『広い!? 調理台の端から端まで見えない』
「あ、そこは見ないでもらって」
『やっぱり、端に寄せました?』
「画面外はカオスですよ」
軽口をたたき合って笑ってから、滝川さんが私に言う。
『ご飯とかありますか?』
「え? 今から作るんですよね?」
『ご飯ですよ。炊いたお米』
指摘されて私は冷蔵庫を開けてみる。
残念ながら冷ご飯はなかった。
「そこになかったらないですねー」
『どこかのショップの店員みたいなこと言わないで、ないなら炊いてください』
「はーい」
返事をして私は炊飯用の鍋にお米をカップで計って入れて、といで火にかける。
『千早さんのお家、ガスでご飯炊くんですか?』
「うち、炊飯器ないんですよ。電気圧力鍋で炊いてもいいけど、操作が面倒なので」
ガスコンロの炊飯のメニューを押せば勝手にコンロが火の調整をして炊いてくれる。
保温機能がないのが困りものなのだが、炊き立てはとても美味しいので私は嫌いではなかった。
「今日は何を作るんですか?」
『千早さんの冷蔵庫、煮卵ありますよね?』
「な、なぜ、それを!? 私の冷蔵庫を見ましたか?」
『いや、昨日、煮卵食べてたから』
そうだった。
昨日のノンアルコール飲み会の摘まみに、私は煮卵を食べていた。
飲み物はフレーバーティーのミルクティーを好むのだが、私はひたすら塩味のあるものが好きだった。
柿ピー、サラミ、チータラ、煮卵。
『豚丼の上に煮卵を乗せた、他人丼を作ります! 豚肉は買って来てありますよね?』
「はい、言われた通りに、豚バラ肉買ってます」
私が豚肉のパックを出すと、滝川さんは白だしのボトルを出していた。
『玉ねぎを細切りにします』
「玉ねぎ大王が襲って来るよー!」
『それ、交流小説で書きましたね』
笑いながらお互いに画面に映しながら作業を続けていく。
「あのときは、初めてのカレー作りでしたね」
『今回はカレーじゃないので、そこは一旦忘れてもらって』
「はーい。作り方も忘れていいですか?」
『どうしてそうなるー!』
話しながら作るのは楽しい。
滝川さんは豚肉と玉ねぎに塩コショウをして、炒めて、白だしで味付けしている。
私は玉ねぎと豚肉に塩コショウをして、炒めて、この地方特有の「ごめんつゆ」というもので味付けする。
「ごめんつゆ」は正式名称が、「あんまりうまくてごめんつゆ」とか何とか、そんな感じで、お出汁とつゆの味が絶妙で美味しいのだ。
『「ごめんつゆ」……気になります』
「九州のだから、ちょっと甘いですよ」
『気になりませんでした』
滝川さんは白だし激推しで、料理には甘いものは一切入れたくない派なのだ。
私は九州の生まれで、そもそもお醤油が甘い。つゆも甘いものが多い地域なのだ。
それぞれに味付けをして、炊き立てのご飯の上に乗せて、最後に煮卵を半分に切って乗せる。
切った煮卵からは半熟の黄身がとろりと流れ出ていた。
「美味しそうじゃないです? 私天才!」
『千早さんに教えた私も天才!』
「天才に乾杯!」
『乾杯!』
滝川さんは麦茶で、私はフレーバーティーで乾杯をする。
丼に盛られた豚丼に煮卵の他人丼はとても美味しかった。
タブレット端末の画面を見ると、滝川さんの守護獣の鶏さんが微妙な顔をしている。私の膝の上の猫さんはご機嫌で尻尾をゆらゆらさせているのになんでだろう。
最後に残していた煮卵を口に入れると、黄身がとろりと垂れてとても美味しい。
「煮卵! 卵か!」
『え? 煮卵、傷んでました?』
「いや、滝川さんの鶏さんがすごい顔してるから何かと思ったら、煮卵でした」
『卵を食べるなんて、人間は信じられない』という風情の鶏さんと、『豚肉と卵なんて最高!』という風情の猫さんは明らかにテンションが違う。
『卵食べるたびに嫌な顔されても、私は食べ続けますよ』
「そうですよね、卵美味しいですもんね」
『お値段もお手頃だし、使い道は多いし、最高の食材じゃないですか! 卵を食べるなと言うなら、守護獣やめてもらって結構です!』
あっさりと鶏さんに言う滝川さんに、仰け反って気絶しそうになっている鶏さんが、はっと体を真っすぐにする。
『平気です。平気だから捨てないで』とばかりに滝川さんに縋る鶏さんに、私は疑問が浮かんでいた。
「滝川さんにこれだけ邪険にされても、鶏さんはなんで滝川さんの守護を続けるんでしょう?」
『千早さん、片付けが終わったら、タロットカードで見てもらえますか?』
「やってみます」
料理は全くしない代わりに、私は毎日の食器の片付けはしている。
とはいえ、食洗器にいれるだけなのだが。
食器と調理用具と箸とスプーンを食洗器に入れて、スイッチを押す。
部屋に戻った私はタロットクロスを机の上に広げていた。
タロットクロスの上に一列にカードを並べて、その上にもう一列、その上に更に一列並べて、左から三等分にして纏めて、タロットカードを混ぜていく。
何度もくってから、私はタロットカードを引いた。
液晶画面の向こうでは滝川さんが期待する瞳で私を見ている。
タロットカードを捲るとペンタクルの十。
意味は、継承。
誰かから受け取ったもので成功するとかそういう意味だ。
『詳しくは言えないけど、誰かから滝川さんを守るように言われている』と声が聞こえた気がする。
「鶏さん、誰かから言われて滝川さんを守っているみたいです」
『えぇ!? 誰!?』
「誰でしょう?」
肉親の方だろうか。
それとも祖先とかだろうか。
そこまでの細かいことはタロットカードでも読み切れない。
私はついでに猫さんのことも聞いてみた。
タロットカードを捲ると、ワンドのエースが出た。
意味は、生命力。
新しい出会いがあるという意味もあったはずだ。
猫さんと私の出会いだろうか。
『死にそうになってたから、放っておけなかった。おかげで生きる気が出たでしょう?』と声が聞こえる。
「猫さんは、私が精神と体を壊したときに来たの?」
『そう言ってますか?』
「死にそうだったから放っておけなかったって……」
ブラックな職場は本当につらかった。
体重もどんどん減って、今の自粛太りでぽっちゃりしてしまった私とは比べ物にならないくらいがりがりだった。
その状況を見て猫さんが来てくれたのならば、私は猫さんに感謝しなければいけないのかもしれない。
『千早さんの方は心温まるいい話なのに、私の方はよく分かりませんね』
「鶏さんが話したがってない気がします」
私が言うと、液晶画面に映る鶏さんは顔を背けている気がする。
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