千早さんと滝川さん

秋月真鳥

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本編

7.タロットのお作法、その二

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 タロットカードには普通、正位置と逆位置がある。
 正しくタロットカードの上下が揃っている場合には正位置、逆向きになっている場合には逆位置として、意味を読む。
 正位置と逆位置で意味が全く違うので、注意しなければいけない。

 タロットカードを混ぜるときには、正位置と逆位置を作るために、タロットクロスの上に広げて、最初は左回りによく混ぜる。
 左回りに混ぜるときには浄化の力が働くらしい。
 占うことが決まったら、そのことを考えながら、右回りによく混ぜる。
 できるだけカードにたくさん触るようにしてパワーを込めるのがコツらしい。

 そんなことがタロットカードの本に書いてあったのだが、私の動物のタロットカードは逆位置がない。正位置だけで占うタイプのオラクルカードが入ったタロットカードなのだそうだ。

 だから私は少し違う混ぜ方をしている。
 大アルカナ二十二枚と小アルカナ五十六枚の合計七十八枚のタロットカードは、トランプよりも枚数が多くて、形も大きくて、とても混ぜにくい。
 タロットクロスの上に一列に広げて、その上にもう一列重ねて、またその上にもう一列重ねて、三等分にして左側から取って、三分の一ずつ混ぜて、全部合わせてまた混ぜる。

 そういう方法を私は編み出していた。

 タロットカードを混ぜながら通話するのは、今日は滝川さんではない。
 滝川さんと通話した後にどうしても眠れない夜は、私は違う友達とチャットで話したり、通話をしたりする。

みどりたん、タロットカードのご機嫌は?」
『月の逆位置が出た。お目目ぱっちりみたい』

 碧たんはここ一年くらいで知り合ったネット上の友達だ。私の小説を読んでくれていて、とても可愛い絵を描く。お歌も上手で、歌の配信なんかもやっている。

「機嫌聞いて月が出ると、『眠いよ』なイメージだったけど」
『それは正位置でしょう? 私は逆位置があるからね』
「そっか。碧たんのタロットカードには逆位置があった」

 話しながら私は通話画面を見る。
 碧たんと私は、滝川さんのように顔が映るような通話はしない。
 作業中の手元が映ったり、タロットカードが映るような位置にタブレットスタンドを置いて、お互いに作業やタロットカードを見せ合うのだ。

 タブレット端末で確認した碧たんのカードは、確かに月だった。それが逆向きになっている。

「逆位置があるって難しそう。私だったら無理だわ」
『覚えることは多いけど、私にとってはこのタロットさんが運命だった気がするんだ』

 碧たんのタロットカードはパンダの絵柄だ。
 とても可愛いのだが、私には気になっていることがある。

 見えるのだ。
 碧たんの通話画面に移り込んでくる白と黒のもさもさの何か。
 それはパンダの一部に違いなかった。

「碧たんさ、私がタロットカード始めてから、妙なものが見えるって話、したっけ?」
『ちらっと聞いた。千早ちゃんは、スピリチュアルなことを信じるタイプじゃないのに珍しいなって思ったよ』
「その……見えてるんだ」
『え!? 何が!?』

 タロットカードを混ぜる碧たんの手が止まった。
 笑われてもいい。
 私は恐る恐る口に出す。

「碧たんの守護獣、パンダみたい」
『えー! パンダなの!? タロットカードもパンダさんに一目ぼれしたし、やっぱり運命だったのねー!』

 碧たんはとても柔軟だった。
 見えるのに信じたくない私と違って事態を受け入れている。
 苦笑しながらタロットカードを混ぜていると、カードが一枚飛び出して来た。

 ペンタクルのエース。
 意味は実力。
 『碧たんが実力をつけたから、タロットカードでお話ができると思ったんだ』と声が聞こえる。

 何より、ペンタクルのエースのカードはパンダの絵柄だった。

「碧たん、ペンタクルのエースだよ!」
『あ! パンダさん! 意味は……「実力」! いいね!』

 碧たんと私はほぼ同時期にタロットカードを始めている。
 お互いに説明書を読みながらの解釈なのだが、碧たんの方は逆位置があるので大変そうだった。

「パンダさん、碧たんの実力を認めて、タロットカードに導いてくれたみたい」
『それじゃ、私もタロットカードでお話ができるのね!』

 笑いながら話して私と碧たんはその日夜更かしをしてしまった。

 夜更かしの翌日は朝起きるのがとても怠い。
 それでも生活リズムを崩さないように、朝は八時には起きるようにしている。

 ご飯を作るくらいなら食べない方がまし!
 そんなことを言う私の朝ご飯は、母が作ってくれる。
 両親と兄に頼りきりの生活で申し訳ないとも思うのだが、体と心を壊して以来、私はものすごく疲れやすくなって、普通の生活はできないようになってしまった。

 朝ご飯を食べて歯磨きをすると、昼まではアクセサリー作りをする。
 この前の勾玉ビーズのアクセサリーは好評のようで、追加の注文が来ていた。
 作り上げて昼ご飯を食べると、少しお昼寝をする。

 お昼寝から目覚めるのは、午後一時から三時。
 起きる時間は体調によって変わってくる。
 起きるとミルクをたっぷりと入れたコーヒーを淹れる。カプセル式のコーヒーメーカーなので簡単に入る。

 一杯のコーヒーを飲んでから三時間から五時間、私は小説を書く。

 大体一話三千字で、一時間で一話書ける。
 三時間作業のときは三話で九千字、五時間作業のときは五話で一万五千字くらい書く。

 午後六時になると晩ご飯で、その後はエアロバイクに乗って少し運動をしながら動画を見る。
 その間にタブレット端末から、滝川さんにメッセージは入れておく。

『今日の分書けました。お時間あるときにでも読んでください』

 エアロバイクを漕いでいるときか、漕ぎ終わった後辺りに滝川さんから返事が来る。

『今日の分も素敵でした。主人公ちゃん、大きくなりましたね』
『やっと十五歳になりましたよ』
『始まりが二歳からだったから、しみじみしますね。親戚のおばちゃんの気分だわ』
『私も親戚のおばちゃんの気分で書いてます』

 私の小説のほとんどには子どもが出て来る。
 子どもの成長物語を書くのが私は好きなのだ。
 主人公は最初二歳で、そこからじっくりと大きくなっていく。
 百万字もかけて、育っていく課程をじっくりと書いたこともある。

 今回は途中の課程を飛ばしているので、かなり短くはなっているはずだった。

『通話、大丈夫ですか?』

 滝川さんに聞かれて、私は机にタブレット端末を置いて、返事をする。

『ちょっと紅茶淹れて来るので待っててください』
『私も麦茶追加してこよう』

 常滑焼のティーポットで紅茶を淹れて、蓋付きのタンブラーに注ぐと準備は終わる。
 四人掛けの食卓テーブルを使った広い机の上にタロットクロスとタンブラーを置いて私はタブレット端末に打ち込んだ。

『いつでも大丈夫です』
『了解です』

 通話がかかってきて、滝川さんと話す夜が始まる。
 それも夜の九時か十時までで、滝川さんは寝てしまうのだが、私にとってはかけがえのない時間だった。

『こんばんは! 受賞の発表がされました!』
「SNSで見てましたよ。おめでとうございます」
『ありがとうございます。まだゲラチェックして、本になるのは先なんですけどね』

 滝川さんの受賞したミステリー作品については、私はこっそりと読ませてもらっていた。
 話の展開を相談されたこともある。

『犯人が被害者を殺すトリックが浮かばないんですよ。絶対に証拠の残らないやつで、しかも斬新なの』
「被害者を病気にしては?」
『え!? それって、十年以上かかるんじゃないですか、死ぬまで』
「遺産十億のためなら、それくらいしますって」

 全く的外れなアドバイスをしてしまったのも、今では笑い話。
 トリックは全く違うものになったが、仕上がった滝川さんの作品は賞をもらった。
 それは私にとってもとても嬉しいことで、内緒だと言われていたことをもう隠さなくてもいいことに、私は安堵もしていた。
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