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本編
27.それから三年
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王宮で国王陛下から沙汰が下されて、オーギュストは断種の上、修道院で一生を過ごすこととなった。
クラリス嬢はお義兄様との婚約を白紙に戻した後、マチス侯爵家の次男、セドリック・マチス殿と婚約をして、セドリック・マチス殿がアルシェ公爵家を継いで、クラリス嬢は学園を辞めてアルシェ公爵領に戻ってセドリック殿に再教育をされることとなった。今後クラリス嬢は社交界に出ることは許されないが、アルシェ公爵領をセドリック殿と一緒に治めることになる。二十歳の年の差があるので、セドリック殿とクラリス嬢との結婚はクラリス嬢が成人してからのこととなり、それまではセドリック殿はアルシェ公爵家の将来の婿としてアルシェ公爵領のお屋敷で執務を担いつつ、クラリス嬢の再教育に力を注ぐこととなった。
アルシェ公爵とアルシェ公爵夫人は公爵位を退いて、アルシェ公爵領の田舎に引きこもることとなる。
王都で学園に通っているお義兄様に簡単に手を出してくることはできないだろう。
これで一件落着となったわけだが、それから三年が経って、わたくしの元にクラリス嬢から手紙が届いていた。
『アデライド・バルテルミー嬢へ。
わたくしは三年間セドリック様の選んだ家庭教師とマナーの先生の元で学んで、自分がどれだけ恥ずかしい人間だったか……いいえ、人間以下の野生の猿と言われても仕方がない人物だったかを思い知りました。アデライド嬢にも大変ご迷惑をおかけしました。マクシミリアン様にも許してくださいと言う資格すらありません。セドリック様はこんなわたくしも見捨てずに教育を施し、アルシェ公爵家も立て直してくださっています。最初はこんな年の離れた方とどう心を通じ合わせればいいのか分かりませんでしたが、わたくし、真実の愛は年齢を超えるのだと実感しました。今はセドリック様と結婚する日が楽しみでなりません。わたくしの胸の薔薇はセドリック様のために咲き誇るのです。そのときにはセドリック様はきっとわたくしの胸の蕾から羽ばたく妖精さんに熱いベーゼをくださることでしょう。
クラリス・アルシェ』
正しい教育を受けるうちに、クラリス嬢は真実の愛がセドリック殿にあったのだと思うようになったようだ。
それにしても、わたくしに手紙を送って来るだなんて、クラリス嬢は友達がいないのではないだろうか。クラリス嬢の内情をよく知るためにわたくしはクラリス嬢と何度も手紙をやり取りしていたが、クラリス嬢にはわたくし以外に手紙をやり取りできる相手がいないのかもしれない。
返事についてはお義父様とお義母様に確認して、書いていいと許可を得たのでわたくしはクラリス嬢に返事を書いた。
『クラリス・アルシェ嬢へ。
クラリス嬢が考えを改めたのならば、何よりです。国王陛下がクラリス嬢はまだ変われる可能性があると仰っていたのは本当でしたね。過去は変えることはできませんが、未来は変えられます。セドリック殿と共にアルシェ公爵領を立派に治められるように応援しています。
アデライド・バルテルミー』
噂ではあるのだが、アルシェ公爵領では詩集が流行っているという。
その詩は全てクラリス嬢が書いたもので、それをセドリック殿が詩集に纏めさせて出版しているようなのだ。
セドリック殿の趣味がよく分かりません。
クラリス嬢を改心させるような方なので、仕事ができるのは当然で、アルシェ公爵領もきちんと治められているようなので有能なのは間違いないのだが、クラリス嬢の詩を評価する気持ちだけはよく分からなかった。
お茶会に出席すると、クラリス嬢の詩集のことが話題になる場面もあったが、絶賛している貴族は一部で、ほとんどがよく意味が分からないけれど流行っているので手に入れたというような感想ばかりだった。
詩集は興味本位で読んでみたい気がするが、手元に置きたくない。
そう思ってわたくしはクラリス嬢の詩集に関しては、手に入れていなかった。
お義兄様は学園の四年生になっていて、わたくしはもうすぐ誕生日で十一歳。
学園に入学するまで残り一年になっていた。
学園に入学するときにはお義兄様との婚約が発表される。
それからお義兄様が学園を卒業してしまうまでは、わたくしはまだまだ気を抜けなかった。
お義兄様が暗殺されてしまうかもしれないのだ。
今のところ元アルシェ公爵夫人の動きはないようだが、いつ何が起きてもおかしくはない。
前の人生で暗殺されてしまったお義兄様の年齢を超えるまでは、まだまだ安心できないのだ。
わたくしとお義兄様のお誕生日にはお茶会が開かれた。
お義兄様は社交界デビューを十五歳で果たしているので、子どもたちの小さなお茶会に参加することはなくなったのだが、同じ夏生まれでわたくしと一緒にお誕生日を祝うので、わたくしも大人たちと一緒のお茶会に参加することになった。
わたくしの人生がまき戻った年齢に近付いてくる。
それはお義兄様が死んだ年齢に近付いてくるというので不安もあった。
けれど前の人生とはっきり変わってきていることがあった。
お義兄様の婚約は白紙に戻ったし、平民の特待生のジャンはクラリス嬢が学園を辞めてからお義兄様と親しくなって、お義兄様のことを「公子様」と慕っている。将来はジャンはバルテルミー公爵家で働くようになるのではないだろうか。
無理やりクラリス嬢に迫られて、アルシェ公爵という権力ゆえに逆らうことができなくて、愛してもいないのにクラリス嬢と駆け落ちする羽目になった前回の人生のジャン。
ジャンもクラリス嬢の被害者だったのだ。
「公子様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「ジャン、よく来てくれたね。ジャンはわたしの学友だ。楽に過ごしていってくれるといい」
「ありがとうございます、公子様」
クラリス嬢のお茶会に招かれたときは身の置き場がなさそうにしていたし、その後も学園で迫られて身の置き場のなかったジャンが、お義兄様を見て満面の笑顔で頭を下げている。お義兄様もジャンのことは学友として親しく思っているようだった。
「ジャンは学園の成績もいいからね。卒業後はぜひ我が家で働いてほしいと思っている」
「マックス、それは抜け駆けじゃないか? ジャンの優秀さはぼくも買っているのだよ。ジャンは王宮の文官になればいい」
「わたしは公子様と第二王子殿下にそのように言ってもらえてとても光栄です」
ヴィルヘルム殿下もジャンを高く買っているようだった。
あの裁きの後、ヴィルヘルム殿下はお義兄様と変わらず友情を育んでいる。お義兄様は成人男性の中にあっても頭一つ抜けるような長身でしっかりとした体付きだが、ヴィルヘルム殿下は中背でほっそりとしている。
お義兄様の逞しさと、ヴィルヘルム殿下の美しさはどちらも学園ではとても人気があって、女子生徒が騒いでいるという話は聞いている。けれどお義兄様は絶対にどんな女子生徒の誘いにも乗らないし、ヴィルヘルム殿下も女子生徒に誘われても応じるようなことはないという。
ヴィルヘルム殿下には隣国から王女殿下との縁談が持ち込まれているし、お義兄様にはわたくしがいるのだ。
「アデライド嬢、お誕生日おめでとうございます。どんなティアラよりも美しい金色の髪に琥珀色の目で、ますますお綺麗になって」
「ダヴィド殿下は褒め上手ですね。それに詩人でいらっしゃる」
「わたしもアルシェ公爵領の詩集を買ったのです。難解でしたが、勉強になりました」
ダヴィド殿下もクラリス嬢の詩集を買っていた。
あれは難解すぎてわたくしには全く意味が分からないだろう。
この日、わたくしは十一歳になった。
クラリス嬢はお義兄様との婚約を白紙に戻した後、マチス侯爵家の次男、セドリック・マチス殿と婚約をして、セドリック・マチス殿がアルシェ公爵家を継いで、クラリス嬢は学園を辞めてアルシェ公爵領に戻ってセドリック殿に再教育をされることとなった。今後クラリス嬢は社交界に出ることは許されないが、アルシェ公爵領をセドリック殿と一緒に治めることになる。二十歳の年の差があるので、セドリック殿とクラリス嬢との結婚はクラリス嬢が成人してからのこととなり、それまではセドリック殿はアルシェ公爵家の将来の婿としてアルシェ公爵領のお屋敷で執務を担いつつ、クラリス嬢の再教育に力を注ぐこととなった。
アルシェ公爵とアルシェ公爵夫人は公爵位を退いて、アルシェ公爵領の田舎に引きこもることとなる。
王都で学園に通っているお義兄様に簡単に手を出してくることはできないだろう。
これで一件落着となったわけだが、それから三年が経って、わたくしの元にクラリス嬢から手紙が届いていた。
『アデライド・バルテルミー嬢へ。
わたくしは三年間セドリック様の選んだ家庭教師とマナーの先生の元で学んで、自分がどれだけ恥ずかしい人間だったか……いいえ、人間以下の野生の猿と言われても仕方がない人物だったかを思い知りました。アデライド嬢にも大変ご迷惑をおかけしました。マクシミリアン様にも許してくださいと言う資格すらありません。セドリック様はこんなわたくしも見捨てずに教育を施し、アルシェ公爵家も立て直してくださっています。最初はこんな年の離れた方とどう心を通じ合わせればいいのか分かりませんでしたが、わたくし、真実の愛は年齢を超えるのだと実感しました。今はセドリック様と結婚する日が楽しみでなりません。わたくしの胸の薔薇はセドリック様のために咲き誇るのです。そのときにはセドリック様はきっとわたくしの胸の蕾から羽ばたく妖精さんに熱いベーゼをくださることでしょう。
クラリス・アルシェ』
正しい教育を受けるうちに、クラリス嬢は真実の愛がセドリック殿にあったのだと思うようになったようだ。
それにしても、わたくしに手紙を送って来るだなんて、クラリス嬢は友達がいないのではないだろうか。クラリス嬢の内情をよく知るためにわたくしはクラリス嬢と何度も手紙をやり取りしていたが、クラリス嬢にはわたくし以外に手紙をやり取りできる相手がいないのかもしれない。
返事についてはお義父様とお義母様に確認して、書いていいと許可を得たのでわたくしはクラリス嬢に返事を書いた。
『クラリス・アルシェ嬢へ。
クラリス嬢が考えを改めたのならば、何よりです。国王陛下がクラリス嬢はまだ変われる可能性があると仰っていたのは本当でしたね。過去は変えることはできませんが、未来は変えられます。セドリック殿と共にアルシェ公爵領を立派に治められるように応援しています。
アデライド・バルテルミー』
噂ではあるのだが、アルシェ公爵領では詩集が流行っているという。
その詩は全てクラリス嬢が書いたもので、それをセドリック殿が詩集に纏めさせて出版しているようなのだ。
セドリック殿の趣味がよく分かりません。
クラリス嬢を改心させるような方なので、仕事ができるのは当然で、アルシェ公爵領もきちんと治められているようなので有能なのは間違いないのだが、クラリス嬢の詩を評価する気持ちだけはよく分からなかった。
お茶会に出席すると、クラリス嬢の詩集のことが話題になる場面もあったが、絶賛している貴族は一部で、ほとんどがよく意味が分からないけれど流行っているので手に入れたというような感想ばかりだった。
詩集は興味本位で読んでみたい気がするが、手元に置きたくない。
そう思ってわたくしはクラリス嬢の詩集に関しては、手に入れていなかった。
お義兄様は学園の四年生になっていて、わたくしはもうすぐ誕生日で十一歳。
学園に入学するまで残り一年になっていた。
学園に入学するときにはお義兄様との婚約が発表される。
それからお義兄様が学園を卒業してしまうまでは、わたくしはまだまだ気を抜けなかった。
お義兄様が暗殺されてしまうかもしれないのだ。
今のところ元アルシェ公爵夫人の動きはないようだが、いつ何が起きてもおかしくはない。
前の人生で暗殺されてしまったお義兄様の年齢を超えるまでは、まだまだ安心できないのだ。
わたくしとお義兄様のお誕生日にはお茶会が開かれた。
お義兄様は社交界デビューを十五歳で果たしているので、子どもたちの小さなお茶会に参加することはなくなったのだが、同じ夏生まれでわたくしと一緒にお誕生日を祝うので、わたくしも大人たちと一緒のお茶会に参加することになった。
わたくしの人生がまき戻った年齢に近付いてくる。
それはお義兄様が死んだ年齢に近付いてくるというので不安もあった。
けれど前の人生とはっきり変わってきていることがあった。
お義兄様の婚約は白紙に戻ったし、平民の特待生のジャンはクラリス嬢が学園を辞めてからお義兄様と親しくなって、お義兄様のことを「公子様」と慕っている。将来はジャンはバルテルミー公爵家で働くようになるのではないだろうか。
無理やりクラリス嬢に迫られて、アルシェ公爵という権力ゆえに逆らうことができなくて、愛してもいないのにクラリス嬢と駆け落ちする羽目になった前回の人生のジャン。
ジャンもクラリス嬢の被害者だったのだ。
「公子様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「ジャン、よく来てくれたね。ジャンはわたしの学友だ。楽に過ごしていってくれるといい」
「ありがとうございます、公子様」
クラリス嬢のお茶会に招かれたときは身の置き場がなさそうにしていたし、その後も学園で迫られて身の置き場のなかったジャンが、お義兄様を見て満面の笑顔で頭を下げている。お義兄様もジャンのことは学友として親しく思っているようだった。
「ジャンは学園の成績もいいからね。卒業後はぜひ我が家で働いてほしいと思っている」
「マックス、それは抜け駆けじゃないか? ジャンの優秀さはぼくも買っているのだよ。ジャンは王宮の文官になればいい」
「わたしは公子様と第二王子殿下にそのように言ってもらえてとても光栄です」
ヴィルヘルム殿下もジャンを高く買っているようだった。
あの裁きの後、ヴィルヘルム殿下はお義兄様と変わらず友情を育んでいる。お義兄様は成人男性の中にあっても頭一つ抜けるような長身でしっかりとした体付きだが、ヴィルヘルム殿下は中背でほっそりとしている。
お義兄様の逞しさと、ヴィルヘルム殿下の美しさはどちらも学園ではとても人気があって、女子生徒が騒いでいるという話は聞いている。けれどお義兄様は絶対にどんな女子生徒の誘いにも乗らないし、ヴィルヘルム殿下も女子生徒に誘われても応じるようなことはないという。
ヴィルヘルム殿下には隣国から王女殿下との縁談が持ち込まれているし、お義兄様にはわたくしがいるのだ。
「アデライド嬢、お誕生日おめでとうございます。どんなティアラよりも美しい金色の髪に琥珀色の目で、ますますお綺麗になって」
「ダヴィド殿下は褒め上手ですね。それに詩人でいらっしゃる」
「わたしもアルシェ公爵領の詩集を買ったのです。難解でしたが、勉強になりました」
ダヴィド殿下もクラリス嬢の詩集を買っていた。
あれは難解すぎてわたくしには全く意味が分からないだろう。
この日、わたくしは十一歳になった。
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