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本編
15.桃のタルトと計画変更
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「アデライド嬢の前でオーギュスト殿の話をしてしまって申し訳なかった。怖い気持ちを思い出させてしまったのではないか?」
つい正義感に駆られて口に出してしまったが、わたくしが被害者の一人だということを思い出したようでヴィルヘルム殿下は申し訳なさそうにしていた。
恐怖よりも怒りの方が強かったのでわたくしは平気だったが、大きな声で話していると他に被害者になった令嬢がお茶会に参加していたら申し訳ない。
「わたくしはお義兄様も守ってくださるし平気ですが、他の令嬢の中に被害者がいたら恐ろしい思いをしたかもしれませんね」
「そうだね。ぼくはもっと自分の発言に慎重にならないといけない」
反省しているヴィルヘルム殿下はやはりひとの上に立つ方という雰囲気がある。心密かに尊敬していると、エタンお兄様が眉を顰めて、小声で呟く。
「オーギュスト様は平民に金で口止めして幼い少女を好きにしているとも噂に聞きます。口止め料欲しさに自分の幼い娘を差し出す平民もいるのだとか」
「平民なら逆らえないと思っているのだろうね。むごいことをする」
美麗な眉間にしわを寄せたヴィルヘルム殿下に、エタンお兄様は続ける。
「アルシェ公爵夫人は二十一歳のときに十二歳のテオドール義叔父上に迫ったという話ですから、嗜好が似ているのかもしれません」
「本当ですか!?」
お義父様は十二歳で学園に入学する年齢のときに十歳近く年上のアルシェ公爵夫人に迫られていた。
「義叔父上はその件でお祖父様や前国王陛下に相談なさったと聞いています。十二歳のころには義叔父上は大人と変わらない身長だったらしいですが、二十一歳の大人が十二歳の子どもに迫るだなんて信じれらません」
身長が高くて大人のようでも十二歳といえばまだまだ子どもの域を出ない。この国では成人年齢は学園を卒業する十八歳で、男女ともにその年齢までは結婚を正式に許されていなかった。
こういう決まりは破るものも多いのだが、ほとんどの貴族は法律に従っている。一部の貴族が低年齢での結婚を推し進めたりしているようだが、それも国王陛下は取り締まろうとしているようだ。
「お義父様も苦労なさったのですね」
「十二歳で二十一歳の大人に迫られるなど、怖気がする。アルシェ公爵家はどうなっているのだ」
お義兄様はエタンお兄様から聞いた話にぞっとしている。わたくしも話を聞けば聞くほどアルシェ公爵夫人の危険さに気付いていた。
これは計画変更しなければ。
クラリス嬢が原因ではなくて、全てがアルシェ公爵夫人が原因な気がしてきた。
前の人生でお義兄様を毒殺したのもアルシェ公爵夫人ではないのかしら。
アルシェ公爵夫人許すまじ!
アルシェ公爵家を更地にしてやる!
とまではいかないが、アルシェ公爵家を大改革しないことには、わたくしもお義兄様も安心できない。
お義兄様が間違いなく健康で長生きしてもらうためには、アルシェ公爵夫人に権力の座から退いてもらわなければいけない。
「エタンお兄様、そんなことをよく知っていましたね」
「父上と母上が話しているのを聞いたんだ。叔母上と義叔父上は学園に入学した年に婚約したのだけれど、その婚約が気に入らなくて、アルシェ公爵夫人が義叔父上に迫って来たって」
二十一歳の淑女が十二歳のお義父様に迫る時点で頭がおかしい気がする。
もっと前からアルシェ公爵夫人はお義父様に目を付けて狙っていたのだろうか。
オーギュスト様のギラギラとした目が思い出されてわたくしは身震いする。
「この話はここまでにしましょう。アデライドがせっかくのお誕生日なのに怖がってしまう」
「そうだった。ごめんなさい、アデライド」
「アデライド嬢、オーギュスト殿のことを話題に出すような無神経な振る舞いを許してほしい」
「大丈夫ですわ。ご心配なく」
エタンお兄様もヴィルヘルム殿下も反省しているようだし、わたくしは気にしていないことを二人に伝えた。
せっかくのお誕生日なのだから楽しく過ごしたい気持ちもあったが、お茶会が情報を仕入れるための大事な場所であるという認識はわたくしにもある。我が家ではオーギュスト様のことはほとんど話されていなかったし、お義父様とアルシェ公爵夫人の件もこの場でなければ聞けなかっただろう。
この件を踏まえてわたくしは計画を練り直すことに決めた。
お義母様が選んでくださった桃のタルトはとても美味しい。小さな丸いタルトなのだが、こぼれそうにたっぷりと桃が乗っていて、桃の下にはヨーグルトのクリームが入っていて、桃の甘さとさっぱりしたヨーグルトの味がよく合う。
「この桃のタルトは絶品ですね」
「とても美味しいです」
二コラお兄様もマノンお姉様も桃のタルトを褒めている。
「お母様が厨房の料理長と話し合って今日のためにこのタルトを選んでくれたのです」
「バルテルミー家の厨房は優秀なようだね。王宮にスカウトしたいくらいだ」
「王宮の厨房も優秀でしょう? 前のお茶会のケーキもスコーンもクッキーも全部美味しかったですよ」
「美味しいけれど、王宮は伝統、伝統で、同じものばかり出されて、少々飽き飽きしている」
「おにいさまはぜいたくなのです。わたしはおうきゅうのおかし、すきですよ」
「でも、このタルトのレシピをもらえて王宮でも食べられたら嬉しいと思わないか、ダヴィド?」
「それはそうですけど……」
にやりと笑ったヴィルヘルム殿下に、お義兄様が笑顔で応じる。
「レシピを持って帰れるように厨房に言っておきましょう」
「ありがとう、マックス。やはり君は親友だ」
「親友で従兄弟の頼みとあればお安い御用ですよ」
そう言ってお義兄様が侍従にレシピのことを伝えている間に、ダヴィド殿下がわたくしに話しかけてくる。
「アデライドじょうはなつうまれなのですね。わたしとアデライドじょうはおなじがくねんになりますね」
「ダヴィド殿下もわたくしと一緒に学園に通うのですね。そのときにはよろしくお願いします」
学園には遠い領地から入学するもののために寮もあるのだが、わたくしやお義兄様には領地の他に王都に別邸があるので前回の人生でもそちらから通っていたし、ヴィルヘルム殿下とダヴィド殿下は王宮から通うことになるだろう。
エタンお兄様は士官学校に通うし、二コラお兄様も辺境伯家の男性なので士官学校に通うようになるだろうが、マノンお姉様は寮に入って学園に通うかもしれない。
お義母様も確か寮に入って学園に通っていたはずだ。
辺境伯家にも王都に別邸はあるのだが、両親が辺境伯領にいる中で子どもだけで過ごさせるのは心配だろうし、士官学校は学園と違って全寮制なので寮に入らなくてはいけない。そうなると別邸に住むのはマノンお姉様だけという事態になりかねないから、ジョルジュ義叔父様とオリアーヌ義叔母様はマノンお姉様を寮に入れるだろう。
二コラお兄様とマノンお姉様とはわたくしは一歳しか年齢が変わらないので、士官学校に行かれる二コラお兄様はともかく、マノンお姉様とは学園でご一緒できる期間が長い。
お義兄様とは残念ながら五歳年齢が離れているので、学園でご一緒できたのは一年間だけだったが、その間もわたくしはお義兄様と一緒に馬車に乗って通学し、一年生の教室までお義兄様が送ってくださっていたことを思い出す。
そのころにはクラリス嬢は平民の特待生、ジャンに夢中になっていた記憶しかない。一年生のわたくしのところに噂が届くほどに二人は親密で、クラリス嬢とジャンは恋人同士だという話がわたくしにも聞こえてきていた。
お義兄様という婚約者がいながら不貞を働くなんて信じられない!
当時もそう思っていたが、卒業のパーティーでクラリス嬢はお義兄様に婚約破棄を言い渡し、お義兄様と決別した。
平民にクラリス嬢が憧れて行った経緯は分かっているのだが、ジャンとの出会いをしっかりと押さえなければいけない。そのためには協力者が必要だ。
「ヴィルヘルム殿下、わたくし、クラリス嬢には貴族の暮らしが窮屈で苦しそうに見えます」
「平民の真似事をして楽しむようだからそうかもしれないね」
「学園には成績優秀な平民の方も入学するのでしょう? クラリス嬢がその方に興味を示したらお義兄様は傷付いてしまうのではないでしょうか」
もう完全にお義兄様のクラリス嬢への気持ちは離れているので傷付くことはないが、心配する妹の顔を作ってわたくしは呟く。
「もしそんなことがあれば、ぼくが注意をするよ」
「『反対されればされるほど恋というのは燃え上がるもの』、クラリス嬢が読んでいた本のことを思い出しました。平民の方に惹かれた、その証拠があれば……」
お義兄様はクラリス嬢との婚約を白紙に戻せるかもしれない。
わたくしが匂わせるように呟くと、ヴィルヘルム殿下はなにやら真剣な顔をして頷いていた。
これでわたくしはお義兄様が学園に入学して手が届かないところに行ってしまったときの協力者を得られた。
心の中でガッツポーズを決めつつ、わたくしは上品に桃のタルトを口に運ぶ。
計画が進んでいく気配に、桃のタルトはますます美味しく感じられた。
つい正義感に駆られて口に出してしまったが、わたくしが被害者の一人だということを思い出したようでヴィルヘルム殿下は申し訳なさそうにしていた。
恐怖よりも怒りの方が強かったのでわたくしは平気だったが、大きな声で話していると他に被害者になった令嬢がお茶会に参加していたら申し訳ない。
「わたくしはお義兄様も守ってくださるし平気ですが、他の令嬢の中に被害者がいたら恐ろしい思いをしたかもしれませんね」
「そうだね。ぼくはもっと自分の発言に慎重にならないといけない」
反省しているヴィルヘルム殿下はやはりひとの上に立つ方という雰囲気がある。心密かに尊敬していると、エタンお兄様が眉を顰めて、小声で呟く。
「オーギュスト様は平民に金で口止めして幼い少女を好きにしているとも噂に聞きます。口止め料欲しさに自分の幼い娘を差し出す平民もいるのだとか」
「平民なら逆らえないと思っているのだろうね。むごいことをする」
美麗な眉間にしわを寄せたヴィルヘルム殿下に、エタンお兄様は続ける。
「アルシェ公爵夫人は二十一歳のときに十二歳のテオドール義叔父上に迫ったという話ですから、嗜好が似ているのかもしれません」
「本当ですか!?」
お義父様は十二歳で学園に入学する年齢のときに十歳近く年上のアルシェ公爵夫人に迫られていた。
「義叔父上はその件でお祖父様や前国王陛下に相談なさったと聞いています。十二歳のころには義叔父上は大人と変わらない身長だったらしいですが、二十一歳の大人が十二歳の子どもに迫るだなんて信じれらません」
身長が高くて大人のようでも十二歳といえばまだまだ子どもの域を出ない。この国では成人年齢は学園を卒業する十八歳で、男女ともにその年齢までは結婚を正式に許されていなかった。
こういう決まりは破るものも多いのだが、ほとんどの貴族は法律に従っている。一部の貴族が低年齢での結婚を推し進めたりしているようだが、それも国王陛下は取り締まろうとしているようだ。
「お義父様も苦労なさったのですね」
「十二歳で二十一歳の大人に迫られるなど、怖気がする。アルシェ公爵家はどうなっているのだ」
お義兄様はエタンお兄様から聞いた話にぞっとしている。わたくしも話を聞けば聞くほどアルシェ公爵夫人の危険さに気付いていた。
これは計画変更しなければ。
クラリス嬢が原因ではなくて、全てがアルシェ公爵夫人が原因な気がしてきた。
前の人生でお義兄様を毒殺したのもアルシェ公爵夫人ではないのかしら。
アルシェ公爵夫人許すまじ!
アルシェ公爵家を更地にしてやる!
とまではいかないが、アルシェ公爵家を大改革しないことには、わたくしもお義兄様も安心できない。
お義兄様が間違いなく健康で長生きしてもらうためには、アルシェ公爵夫人に権力の座から退いてもらわなければいけない。
「エタンお兄様、そんなことをよく知っていましたね」
「父上と母上が話しているのを聞いたんだ。叔母上と義叔父上は学園に入学した年に婚約したのだけれど、その婚約が気に入らなくて、アルシェ公爵夫人が義叔父上に迫って来たって」
二十一歳の淑女が十二歳のお義父様に迫る時点で頭がおかしい気がする。
もっと前からアルシェ公爵夫人はお義父様に目を付けて狙っていたのだろうか。
オーギュスト様のギラギラとした目が思い出されてわたくしは身震いする。
「この話はここまでにしましょう。アデライドがせっかくのお誕生日なのに怖がってしまう」
「そうだった。ごめんなさい、アデライド」
「アデライド嬢、オーギュスト殿のことを話題に出すような無神経な振る舞いを許してほしい」
「大丈夫ですわ。ご心配なく」
エタンお兄様もヴィルヘルム殿下も反省しているようだし、わたくしは気にしていないことを二人に伝えた。
せっかくのお誕生日なのだから楽しく過ごしたい気持ちもあったが、お茶会が情報を仕入れるための大事な場所であるという認識はわたくしにもある。我が家ではオーギュスト様のことはほとんど話されていなかったし、お義父様とアルシェ公爵夫人の件もこの場でなければ聞けなかっただろう。
この件を踏まえてわたくしは計画を練り直すことに決めた。
お義母様が選んでくださった桃のタルトはとても美味しい。小さな丸いタルトなのだが、こぼれそうにたっぷりと桃が乗っていて、桃の下にはヨーグルトのクリームが入っていて、桃の甘さとさっぱりしたヨーグルトの味がよく合う。
「この桃のタルトは絶品ですね」
「とても美味しいです」
二コラお兄様もマノンお姉様も桃のタルトを褒めている。
「お母様が厨房の料理長と話し合って今日のためにこのタルトを選んでくれたのです」
「バルテルミー家の厨房は優秀なようだね。王宮にスカウトしたいくらいだ」
「王宮の厨房も優秀でしょう? 前のお茶会のケーキもスコーンもクッキーも全部美味しかったですよ」
「美味しいけれど、王宮は伝統、伝統で、同じものばかり出されて、少々飽き飽きしている」
「おにいさまはぜいたくなのです。わたしはおうきゅうのおかし、すきですよ」
「でも、このタルトのレシピをもらえて王宮でも食べられたら嬉しいと思わないか、ダヴィド?」
「それはそうですけど……」
にやりと笑ったヴィルヘルム殿下に、お義兄様が笑顔で応じる。
「レシピを持って帰れるように厨房に言っておきましょう」
「ありがとう、マックス。やはり君は親友だ」
「親友で従兄弟の頼みとあればお安い御用ですよ」
そう言ってお義兄様が侍従にレシピのことを伝えている間に、ダヴィド殿下がわたくしに話しかけてくる。
「アデライドじょうはなつうまれなのですね。わたしとアデライドじょうはおなじがくねんになりますね」
「ダヴィド殿下もわたくしと一緒に学園に通うのですね。そのときにはよろしくお願いします」
学園には遠い領地から入学するもののために寮もあるのだが、わたくしやお義兄様には領地の他に王都に別邸があるので前回の人生でもそちらから通っていたし、ヴィルヘルム殿下とダヴィド殿下は王宮から通うことになるだろう。
エタンお兄様は士官学校に通うし、二コラお兄様も辺境伯家の男性なので士官学校に通うようになるだろうが、マノンお姉様は寮に入って学園に通うかもしれない。
お義母様も確か寮に入って学園に通っていたはずだ。
辺境伯家にも王都に別邸はあるのだが、両親が辺境伯領にいる中で子どもだけで過ごさせるのは心配だろうし、士官学校は学園と違って全寮制なので寮に入らなくてはいけない。そうなると別邸に住むのはマノンお姉様だけという事態になりかねないから、ジョルジュ義叔父様とオリアーヌ義叔母様はマノンお姉様を寮に入れるだろう。
二コラお兄様とマノンお姉様とはわたくしは一歳しか年齢が変わらないので、士官学校に行かれる二コラお兄様はともかく、マノンお姉様とは学園でご一緒できる期間が長い。
お義兄様とは残念ながら五歳年齢が離れているので、学園でご一緒できたのは一年間だけだったが、その間もわたくしはお義兄様と一緒に馬車に乗って通学し、一年生の教室までお義兄様が送ってくださっていたことを思い出す。
そのころにはクラリス嬢は平民の特待生、ジャンに夢中になっていた記憶しかない。一年生のわたくしのところに噂が届くほどに二人は親密で、クラリス嬢とジャンは恋人同士だという話がわたくしにも聞こえてきていた。
お義兄様という婚約者がいながら不貞を働くなんて信じられない!
当時もそう思っていたが、卒業のパーティーでクラリス嬢はお義兄様に婚約破棄を言い渡し、お義兄様と決別した。
平民にクラリス嬢が憧れて行った経緯は分かっているのだが、ジャンとの出会いをしっかりと押さえなければいけない。そのためには協力者が必要だ。
「ヴィルヘルム殿下、わたくし、クラリス嬢には貴族の暮らしが窮屈で苦しそうに見えます」
「平民の真似事をして楽しむようだからそうかもしれないね」
「学園には成績優秀な平民の方も入学するのでしょう? クラリス嬢がその方に興味を示したらお義兄様は傷付いてしまうのではないでしょうか」
もう完全にお義兄様のクラリス嬢への気持ちは離れているので傷付くことはないが、心配する妹の顔を作ってわたくしは呟く。
「もしそんなことがあれば、ぼくが注意をするよ」
「『反対されればされるほど恋というのは燃え上がるもの』、クラリス嬢が読んでいた本のことを思い出しました。平民の方に惹かれた、その証拠があれば……」
お義兄様はクラリス嬢との婚約を白紙に戻せるかもしれない。
わたくしが匂わせるように呟くと、ヴィルヘルム殿下はなにやら真剣な顔をして頷いていた。
これでわたくしはお義兄様が学園に入学して手が届かないところに行ってしまったときの協力者を得られた。
心の中でガッツポーズを決めつつ、わたくしは上品に桃のタルトを口に運ぶ。
計画が進んでいく気配に、桃のタルトはますます美味しく感じられた。
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