死に戻ったわたくしは、あのひとからお義兄様を奪ってみせます!

秋月真鳥

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本編

5.初めてのお茶会の終わり

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 クラリス嬢とわたくしの話が終わるころには、ヴィクトル殿下もお義兄様と話すのに満足してクラリス嬢とわたくしの方にも視線を向けてきていた。
 クラリス嬢は緊張しているのか、お義兄様の方は全く見ていない。お義兄様はクラリス嬢に静かに話しかける。

「クラリス嬢、本日は妹のアデライドのために我が家まで来てくださってありがとうございます」
「アデライド嬢とお話しするのは楽しいですわ。お揃いの髪飾りを作る約束をしました」
「その髪飾りについては、両親に話をしておきましょう」
「お願いします」

 そこで会話が途切れてしまう。
 紅茶を飲んで、スコーンにジャムとクロテッドクリームを塗ったクラリス嬢が無言で食べていると、ヴィクトル殿下がわたくしの方を見る。

「アデライド嬢は琥珀色の瞳をしているんだね。叔父上と同じ色だ」

 そうなのだ。
 わたくしはお義父様の遠縁だが、お義父様と同じ色の瞳をしている。お義父様は黒髪に琥珀色の目で、お義母様は金髪に翡翠色の目。わたくしは金髪に琥珀色の目だったので、五歳でメイドから噂話を聞くまでは全く両親の子どもではないということを疑ったことがなかった。

「ヴィクトル殿下、わたくし、先日、自分が両親の実子ではなかったと知らされましたの」
「そうだったのか。それは失礼なことを言ってしまったね」
「いいえ、気にしていません。わたくし、両親に実の子どものように愛されていることを知りましたから」

 何より、実子だったらお義兄様と結婚できませんから!
 あー、養子でよかった!
 おかげでお義兄様をわたくしが幸せにできるわ!

 なんてことは少しも出さずに健気な五歳児を演じていると、お義兄様がわたくしのことを愛情深い目で見つめてくる。

「アデライドは五歳にしてこんなに聡明でいい子なのです。神が授けてくれたわたしの妹に違いない」
「マクシミリアンは本当にアデライド嬢が大好きだね。どこに行ってもアデライド嬢の話をしているんだよ、マクシミリアンは」
「お義兄様、そんなにわたくしのことを気にかけてくださっているのですか」

 この時点でわたくしの方がクラリス嬢よりお義兄様の好感度高くないですか?
 わたくし、クラリス嬢より愛されていると思うのですが。
 この愛情が妹に対するものではなくて、一人の異性に対するものになるのは、もう少しわたくしが大きくならなければ無理だろうけれど。

「アデライドは大事なわたしの妹だからね」
「マクシミリアンの笑顔が見られるなんて本当にレアだなぁ」

 僅かに微笑んでいるお義兄様の表情をヴィクトル殿下も読み取れるようだ。クラリス嬢は「笑顔?」と首を傾げている。

「クラリス嬢、お誕生日に贈った髪飾りを付けてきてくださっているんですね」
「は、はい。バルテルミー家にご招待されたので、付けさせていただきました」
「クラリスお姉様、とてもよくお似合いですわ」
「ありがとうございます、アデライド嬢」

 どこかぎこちないお義兄様とクラリス嬢との会話にわたくしが入ると、クラリス嬢は明らかにほっとしていた。
 お義兄様はクラリス嬢に歩み寄ろうとしているのに、クラリス嬢は架空の恋愛物語に夢中で、お義兄様の笑顔にすら気付いていない。この状況が今後も続いてクラリス嬢は学園に入学したらジャンに心惹かれていくのだと思うと、お義兄様が気の毒になってくる。

 でも大丈夫!
 お義兄様にはわたくしがいます!

「紅茶のお代わりを」

 小さなカップなのですぐになくなってしまう紅茶をメイドに注いでもらうと、わたくしはミルクポッドに手を伸ばした。テーブルの中央に置かれているミルクポッドは五歳児の短い手では届かない。
 気付いたお義兄様とクラリス嬢が動いたのは同時だった。

 お義兄様の手がミルクポッドの取っ手に触れるのと、クラリス嬢の手がミルクポッドの手に触れるのはほぼ同時で、急いでクラリス嬢が手を引いたためにミルクポッドが倒れてテーブルの上に牛乳の川ができる。
 メイドが素早く拭いて新しいミルクポッドを持ってくるが、クラリス嬢は気まずそうにお義兄様から目をそらしていた。

「失礼しました、クラリス嬢。濡れてはいませんか?」
「平気です。わたくしの方こそ失礼しました」

 お義兄様の手を振り払うようにしてしまったクラリス嬢の反応は、とても婚約者のものとは思えなかった。お義兄様も困惑している様子である。

「あの、わたくし、びっくりしてしまって……」
「驚かせてしまってすみません。アデライドのためにミルクポッドを取ってくれようとしたのですよね」
「はい、アデライド嬢が困っていたのでお助けしようと思っただけなのです」

 それに対してヴィクトル殿下がからかうようにお義兄様に囁く。

「マクシミリアンの体が大きいから恐れられてるんじゃないのか?」
「クラリス嬢は驚いただけと言いました」
「婚約者に怖がられて可哀そうなマクシミリアン。ぼくが慰めてあげよう」
「結構です」
「冷たいな」

 十歳の子どもらしくからかってくるヴィクトル殿下に、お義兄様はため息をついていたが、クラリス嬢の行いはお義兄様を恐れているとしか思えないものだった。お義兄様はどれだけ傷付いただろう。
 優しいお義兄様の心を思うとわたくしはやはりクラリス嬢はお義兄様に相応しくないという思いを新たにしていた。

 お茶会が終わるとクラリス嬢もヴィクトル殿下も馬車で帰っていく。
 お見送りに出たわたくしとお義兄様は、最初にヴィクトル殿下の馬車を見送った。馬車に乗り込むときに侍従に手を貸してもらっているヴィクトル殿下は、馬車に乗り込んでからわたくしとお義兄様に手を振ってくれた。

「楽しいお茶会だったよ。次はぼくがご招待するね」
「アデライドも一緒にお願いします」
「もちろん、アデライド嬢もご招待しよう。弟のダヴィドも一緒でいいよね?」
「もちろんです。楽しみにしておりますわ」

 従兄弟同士で年も同じということでお義兄様とヴィクトル殿下はとても仲良く話してお見送りまで終えた。

 クラリス嬢が馬車に乗り込むとき、お義兄様が手を貸した。さすがに手を振り払うようなことはしなかったが、クラリス嬢は緊張した面持ちで馬車のステップを上がっていた。お義兄様は大人の女性くらいの身長があるので手を貸すのも無理なくできる。

「クラリス嬢、本日は本当にありがとうございました」
「マクシミリアン様、アデライド嬢、とても楽しかったです。アデライド嬢のお手紙楽しみにしていますね。わたくしもお手紙を書きます」

 馬車の中から手を振って帰っていくクラリス嬢は、お義兄様よりもわたくしの方に視線を向けていた。
 クラリス嬢の何でも話せる相手になる作戦、第一弾としては大成功だったのではないだろうか。

 お茶会が終わって夕食のときに、お義父様とお義母様がその日はご一緒してくれた。お茶会の様子を聞くためだ。

「ヴィクトル殿下と久しぶりにお話ができてとても楽しかったです。クラリス嬢はアデリーとお揃いの髪飾りを作ると言っていました。アルシェ家から申し入れがあったら対応してください」
「アデライドはクラリス嬢と十分話ができたかな?」
「はい。クラリスお姉様は恋愛小説というものを読んでいると言っていたの。わたくしも読んでみたいとお願いしたら、読んでいるものを一覧表にして送ってくださると言ってくださったわ」
「アデライドに恋愛小説を? 平民が読む夢物語でしょう?」
「お義母様、わたくしも市井のことを知りたいの。お願い、わたくしにも恋愛小説というものを読ませてください」
「一覧表の中から、アデライドが読んでも問題がなさそうなものを選ぼう」
「それでいいですね、アデライド?」
「はい、お義父様、お義母様」

 クラリス嬢はわたくしに悪い影響を与えたとしてお義父様からもお義母様からも眉を顰められていた。この感じではクラリス嬢の好感度を下げる作戦はうまくいきそうだ。
 それに、お義父様とお義母様が許可した恋愛小説ならば読むことができる。同じ恋愛小説を読んでいると分かればクラリス嬢と感想で盛り上がれるかもしれないし、クラリス嬢の恋愛観の参考になるかもしれない。

 五歳のわたくしが読んでいいものはお義父様とお義母様が決めるのは仕方がないことだし、公爵令嬢として相応しい教養を付けるために教材を選ぶのだとしたら、両親の意思が入ってくるのも当然だった。

 市井で読まれている恋愛小説をクラリス嬢の望むままに与えているアルシェ家の方が教育方針に疑問が持たれるというものだ。

 クラリス嬢からの手紙が来たら、わたくしはお義父様とお義母様に見せて、恋愛小説を選んでもらわなければいけない。
 それ以外の方法でも、他の選ばれなかった恋愛小説がどのような内容なのか、クラリス嬢に手紙を書いて聞いてみるのもいいかもしれない。
 クラリス嬢の恋愛観を探る。
 次はこれが目標だった。
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