上 下
56 / 80
第三章 結婚に向けて

6.カナエの誕生日

しおりを挟む
 好き嫌い克服の件以来、カナエはエドヴァルドにすっかりと懐いてしまった。セイリュウ領の次期領主として、サナとレンの娘として、盛大に開かれた4歳の誕生日にも、エドヴァルドとイサギは招かれていた。

「4歳の女の子のお誕生日お祝いやなんて、何がええんやろ」
「アクセサリー類はレンさんが全部作ってそうですからね」

 三月は学年末で、魔術学校で進級試験に合格していない生徒はテスト期間、合格している生徒は課題をもらって早めの春休みに入っていた。二月から薬草畑の開墾や植え替えに忙しくなっていたので、早く休みがもらえるのは、イサギにとっては助かることだった。
 他にもレンとサナが結婚してから薬草畑が街の外れに作られたので、そちらの手伝いで稼いでいる生徒もいる。農業に携わる領民の子どもは、学業の合間でも手伝いに駆り出されるので、年末と学年末の二回の進級試験は、そういう忙しい時期に働けるようにという配慮でもあるのだろう。
 鈴パセリの種は、植えるときから小さくちりちりと音を立てる。大きくなると、風に揺れるたびに音が鳴るので、カナエも喜ぶだろうとイサギとエドヴァルドは今年は薬草畑の一角に鈴パセリも飢えていた。
 南瓜頭犬やスイカ猫、各種マンドラゴラの種も、忘れずに植えていく。

「私たちらしいもので、4歳の女の子が喜びそうなこと……」
「エドさん、お料理が上手やないか。なんや、お洒落で可愛いお菓子でも作ったらどないやろ?」
「お洒落で可愛い、ですか?」
「具体的には、何も浮かばんのやけど」

 仕事を終えて、晩御飯も食べ終わって、お風呂に入ってから、リビングでイサギとエドヴァルドは二人並んでお菓子のレシピを覗き込んでいた。足元にはスイカ猫のタマと南瓜頭犬のポチが寛ぎ、ススキフウチョウのぴーちゃんは今日も元気に踊りまくっている。

「イサギー! エドさーん! たーだーいーまー!」
「お帰りなさい、ツムギさん、早かったですね」
「ようやく休みになったよー! お家が恋しかったよー!」

 年始から女王主催の式典に呼ばれていたツムギの劇団は、それで有名になってしまって、冬場で雪に閉ざされて楽しみのないというテンロウ領で演劇をしてくれるようにと依頼を受けた。一か月の稽古と、二か月の公演の間、ツムギはほとんどセイリュウ領にも帰って来られないような状態だった。

「王都だったら、ダリア様がいらっしゃるんだけどねー」
「ツムギ、お前、ダリア女王はんのこと、名前で呼ぶようになったんやな」
「あ、いけない! 二人きりのときだけだった!」

 凛々しい少年のような、イサギよりも男前と言われるツムギの顔がぱっと赤くなって、エドヴァルドとイサギは身を乗り出す。

「もしかして、女王はんと……」
「ま、まだ、そんなんじゃない……ダリア女王様は、偉い方で、身分違いで」

 私は女で、ダリア女王様も女性だから。
 ぽつりと落とされたツムギの言葉に、イサギは覚えのある感情を抱いた。
 自分と妹のツムギを助けてくれたエドヴァルドに惚れて、結婚して欲しいと願ったイサギに、サナは「男同士で結婚なんて不毛や」と切り捨てた。丁寧にエドヴァルドがお断りをしてくれたのは、「男同士だから子どもが望めないことで、イサギが責められへんようにする優しさや」と説明されても、イサギはとても納得できなかった。

「俺とエドさんも身分違いで、男同士や。でも、俺はエドさんが好きやし、エドさんも俺のことが……」
「えぇ、大好きですよ。ダリア女王も、ツムギさんのことをお嫌いだったら秋祭りに来ていませんし、同性での結婚に障害がなくなるようにしようと努力なさっているのも、ご自分がそうなりたいと望んでいるからかもしれません」
「ダリア様は……女王なのよ。エドさんよりも、更に跡継ぎが望まれる方だわ」

 子どもが産まれない。
 そんなことは異性同士の夫婦でも十分あり得ることなのに、同性になると最初から可能性がないからと結婚を否定される。
 リュリュの呪いを解いた褒美としてでも、エドヴァルドとの結婚がローズの後ろ盾を得て許可されたイサギは、本当に幸運だったとしか言いようがない。

「俺は応援するで」
「ありがと、イサギ」
「私も応援します。ツムギさんが、自分の幸せを掴めますように」
「エドさん……」

 ところで、と話を変えて、三人はレシピ本を見て、カナエに作る誕生日お祝いのお菓子を考えた。
 カナエの誕生日にイサギとエドヴァルドはお揃いのスーツを着て、ツムギはシャツにリボンタイにボレロとスラックスという出で立ちで参加した。お誕生日の当人がまだ4歳なので、ディナーではなく、ランチで行われたお誕生会の食事の席で、レタスがみじん切りにされて、トマトが湯剥きされて、ブロッコリーは小さく裂かれ、アスパラガスは薄切りにされたサラダを前に、カナエはエドヴァルドとイサギに向かって大きく頷いて見せた。
 お箸はまだ上手に使えないので、スプーンで掬って口に運んで、もしゅもしゅと咀嚼して飲み込む。

「サラダなんて、てきではないのです!」
「ほんまにカナエちゃん、立派や!」
「スープのパセリなんて、ごっくんなのです!」
「さすが4歳やね。偉すぎる」

 サナとレンに絶賛されて食事をするカナエは、とても誇らしげだった。
 嫌いなものを食べられないカナエよりも、嫌いなものを食べられるカナエの方がかっこいい。
 その宣言通りの行動に、イサギもエドヴァルドもツムギも自然と拍手をしていた。
 食事が終わって、ケーキが運ばれて来るのに合わせて、イサギとエドヴァルドとツムギはカナエに誕生日プレゼントを渡しに行った。箱の中に綺麗に並べられた色とりどりの小さな一口マカロンに、カナエが目を輝かせる。

「きれいでかわいいのです。これは、おへやにかざるのですか?」
「お菓子なんやで。甘くてほろっとして、中にジャムやクリームが入ってて、美味しいで」
「イサギさんとツムギさんと作ったんですよ」
「てづくりですか!? うれしいです! だいじにたべます」
「4歳のお誕生日おめでとう」

 マカロンが入った箱の蓋を閉めて、しっかりと胸に抱いたカナエ。レンとサナにも別に、少し大きめの数が少ないものを渡す。

「うちにもええの?」
「俺の分もあるとね」
「子どもが成長するっていうのは、親が頑張っとるからやって、エドさんが言うてたんや」
「レンさんもサナさんも素敵なお父さん、お母さんですよね」
「サナちゃんとレンさんにも、おめでとう」

 マカロンを受け取った夫婦は嬉しそうで、サナは着物の帯の下でお腹がかなり目立つようになっていた。魔術に関しては『魔王』と呼ばれるほどだが、サナ自身は華奢で小柄な女性だ。赤ん坊が順調に育てば、お腹も張って来る。

「赤さんかぁ……」
「サナさんに似てますかね、レンさんに似てますかね」

 エドヴァルドと話していると、厨房の使用人にエドヴァルドが呼ばれて、席を外した。ツムギはサインを求めるファンに囲まれている。
 通い慣れたサナの御屋敷で、エドヴァルドもツムギも一緒だったので、イサギは全く警戒などしていなかった。
 ぽつりと零れた言葉が、耳に入るまでは。

「男同士で結婚なんて気持ち悪い」

 振り返って、その声の主を探すのが、イサギは怖くてできない。立ち尽くしていると、複数の声が混じる。

「子どももできないのに、結婚する意味があるのか」
「テンロウ領の領主様のご長男だろう、有望な方なのに」
「妹も男装して芝居をしているらしい。ダリア女王様と噂が……」

──これだから、あの魔女の子どもは。

 使用人だろうか、それとも護衛の魔法騎士だろうか。
 出席している貴族の客かもしれない。
 混乱しすぎて声の主が男か女かも分からないままで震えていると、戻って来たエドヴァルドに顔を覗き込まれた。

「イサギさん、真っ青ですよ? 気分が悪いんですか?」
「か、かえりたい……」

 家に帰りたい。
 この場から逃げ出したいと半泣きになったイサギに、エドヴァルドはことを重く見て、サナとレンとカナエに挨拶をして、イサギを連れて帰ってくれた。ツムギは残って、先に帰った二人の代わりに最後までお祝いをしてきてくれる。
 家に戻ると、安心して玄関で座り込んでしまったイサギを、エドヴァルドが抱き上げてリビングのソファに連れて行ってくれる。

「どうしたんですか?」
「なんで、知ってたんやろ……」

 前国王を誑かして国を荒らした魔女が、イサギとツムギの母親だということを知っているのは、ダリアとローズとリュリュとサナとレンとエドヴァルドとクリスティアンとツムギ程度の一握りの人間で、それより外に漏れないように、ダリアとローズは緘口令をしいていた。
 それがどうして発覚してしまったのか。
 涙が零れて、イサギは両手で顔を覆った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

王太子殿下は悪役令息のいいなり

白兪
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

【完結】欠陥品と呼ばれていた伯爵令息だけど、なぜか年下の公爵様に溺愛される

ゆう
BL
アーデン伯爵家に双子として生まれてきたカインとテイト。 瓜二つの2人だが、テイトはアーデン伯爵家の欠陥品と呼ばれていた。その訳は、テイトには生まれつき右腕がなかったから。 国教で体の障害は前世の行いが悪かった罰だと信じられているため、テイトに対する人々の風当たりは強く、次第にやさぐれていき・・・ もう全てがどうでもいい、そう思って生きていた頃、年下の公爵が現れなぜか溺愛されて・・・? ※設定はふわふわです ※差別的なシーンがあります

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

【完結】消えた一族の末裔

華抹茶
BL
この世界は誰しもが魔法を使える世界。だがその中でただ一人、魔法が使えない役立たずの少年がいた。 魔法が使えないということがあり得ないと、少年は家族から虐げられ、とうとう父親に奴隷商へと売られることに。その道中、魔法騎士であるシモンが通りかかりその少年を助けることになった。 シモンは少年を養子として迎え、古代語で輝く星という意味を持つ『リューク』という名前を与えた。 なぜリュークは魔法が使えないのか。養父であるシモンと出会い、自らの運命に振り回されることになる。 ◎R18シーンはありません。 ◎長編なので気長に読んでください。 ◎安定のハッピーエンドです。 ◎伏線をいろいろと散りばめました。完結に向かって徐々に回収します。 ◎最終話まで執筆済み

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

処理中です...