つぐちゃんと真珠さん

秋月真鳥

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9.月神の出生の真実

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 役所の前で待っているように言われて、月神は真珠を待っていた。
 真珠が役所に入ったのは月神との婚姻届けをもらうためである。同性同士の婚姻が正式に国で認められてから何年になるのか月神は知らない。月神の生まれた頃には法律ができていたので、月神にとっては当たり前のことだった。

「真珠さんと結婚……僕が真珠さんの夫」

 男性同士の結婚なのだから呼び方はどちらも夫で構わないはずだ。吸血鬼として覚醒していたが、吸血鬼の特性をよく知らないために、月神は運命のひとを伴侶にするのが当然だと思っていた。
 真珠は月神の初恋のひとで、運命のひとで、愛するひとなのだ。

「天使の歌声の舞園月神さんですよね?」
「えっと、安増さんでしたっけ?」

 声をかけられたときには、すぐに名前を思い出せなかったが、その人物は遺跡の調査に同行した『遺跡管理課』の真珠の部下の安増だった。
 安増も吸血鬼だと言っていなかっただろうか。

「五百蔵課長と結婚するんですか?」
「そうなんです。よろしくお願いします」

 真珠の部下なのだから挨拶をしておかないとと思って頭を下げると、安増がじっと月神を見詰めて来る。

「あなた、もしかして、猪口志ちょくし叶という人物を知りませんか?」
「叶……叶は、母の名前ですけど」

 物心ついたときには叶は旭と結婚していて、名字が舞園になっていた。母である叶の旧姓を月神は知らなかった。

「猪口志叶さんの伴侶の吸血鬼を、私が知っていると言ったら?」
「誰なんですか!? 教えてください」
「ここではお話しできませんね。少し落ち着ける場所に行きませんか?」

 誘われて月神は嫌な予感がしていた。
 遺跡に入る前にも安増は月神のことを妙に誘って来ていた。安易について行ってはいけないだろうし、今は真珠のことを待っているのだ。

「すみません、お聞きしたいですけど、ここから離れられないので」
「少しくらいいいじゃないですか。ほら、そこのベンチに座って話しましょう」

 安増が示したのは役所の横の駐車場の前にあるベンチだった。そこからは役所の入口も見えるし、何かあればすぐに助けを求められると思ったのだ。
 ベンチのところまでついて行った月神の腕を安増が強く握りしめた。

「痛いっ! 放してください!」
「車の中の方が、安心して話せるんじゃないかと思って」
「嫌っ! 放して!」

 抵抗するも軽々と抱え上げられてしまって、駐車場に停まっている車の後部座席に放り込まれる。運転席に乗った安増がエンジンをかけるのを月神は愕然として見ていることしかできなかった。

 ドアを開けて逃げようにもチャイルドロックがかかっていて中からドアが開けられない。
 バンバンと窓を叩いて周囲に異変を知らせようとしても、周囲の車は無関心で月神に気付いてくれない。
 スマートフォンが光っているのに気付いて、通話ボタンをタッチしたところで、安増の声が聞こえた。

「天使を独り占めするなんて課長も酷い。味見くらいさせてもらいますよ」
「降ろしてください! こんなの聞いてない!」
「一回ヤらせてくれたら、聞きたいことは全部話しますよ」
「お断りします! すぐに僕を降ろしてください!」
「天国を見せてあげますから」

 低い声が憎んでいるかのように月神の耳に響く。

『月神さん! 今どこですか!』
「真珠さ……うわっ!?」

 スマートフォンで真珠に助けを求めようとしたが、運転席から手を伸ばした安増にもぎ取られてしまう。

「品行方正な顔して、天使とデキてたなんて……課長もやるもんですね。もう課長に抱かれたんですか? それでも俺は気にしないけどね」

 仮面を剥がすように敬語が崩れる安増に底知れない恐怖を感じて月神は身を縮こまらせた。車から逃げることができないまま、安増はラブホテルに車を入れた。駐車場で部屋を選んで鍵を受け取り、エレベーターで直接部屋に行くタイプのラブホテルでは逃げようがない。
 がっしりと掴まれた腕を月神は振り解くことができなかった。

 部屋に入ると、安増が月神の体を軽々と抱え上げてベッドの上に投げ出した。そのまま上にのしかかられて、月神は逃れようと身をよじらせる。

「いい子にしてたら、天国を見せてやるよ?」
「嫌です! 放してください!」
「聞きたくないのか、自分の本当の父親のことを?」

 問いかけられて、月神は安増を睨み付ける。

「僕の本当の父親は舞園旭です! それ以外の誰でもない!」
「お前の本当の父親は、俺の父親だ」
「な……何を!?」
「吸血鬼同士で婚姻をして血の濃さを保っている我が家で、死ぬ直前になって、運命と出会ったとか言って、人間との間に子どもを作った最低の男だよ!」
「それが本当だとしたら、あなたと僕は異母兄弟ということになるじゃないですか!? 異母兄弟を抱くんですか!?」
「あんな奴父親とも認めてないけど、寿命を分け与えてまで生ませた運命との子どもが、俺に孕まされたら、どんな顔するんだろうな? 死人はどんな顔もしないか」

 哄笑する安増に狂気の色を感じ取って、月神は必死に逃れようとしたが、シャツの前を開けられて、淡く色付いた乳首に触れられてしまう。気持ち悪さしかないが、スラックスを脱がされそうになって、月神はスラックスを押さえて抵抗した。

 びりっと布の裂ける音がして、スラックスが引き裂かれる。
 布越しに尻の狭間に指を這わされて、月神は嫌悪感に涙を零した。

 そのとき、ホテルの部屋のドアの外から真珠の声が聞こえた。

「安増、その方に何かしてみなさい。あなたを社会的に抹殺して差し上げます」
「真珠さん!」

 続いてドアが開かれて、真珠が大股で部屋の中に入ってくる。安増が舌打ちをしたかと思った瞬間、安増の姿が月神の上から消えていた。

 旭の飛び膝蹴りが安増をベッドから吹っ飛ばしたのだ。
 床の上に倒れた安増に旭は執拗に蹴りを入れている。

「お父さん……」
「つぐちゃん、こいつ、許さない」

 普段は感情を露わにしない旭が明らかに激高している。
 ベッドの上で呆然として座っていると、真珠がそっと手を伸ばして来た。

「月神さん、触れてもいいですか?」
「真珠さん……」

 頷くと真珠が恐る恐る月神の頬に手を当てて、流れる涙を拭ってくれる。手を伸ばすと、真珠が軽々と月神を抱き上げた。

「もう大丈夫です。家に帰りましょう」
「真珠さん……ぼ、僕……」
「何も話さなくていいです。話せるようになったら話してください。今は月神さんの安心できる場所に帰りましょう」

 抱き上げて連れて行ってくれる真珠が怪我をしていることなど忘れて、月神は真珠に抱っこされたままでタクシーに乗り、洋館まで連れて帰ってもらった。
 帰る間もずっと安増の言葉が頭を過っていた。

 月神は安増の父親の息子。
 吸血鬼の血を濃く保とうとする安増の一族で、子どもも作っていた安増の父親が、死の直前になって出会った運命のひととの間に、寿命を分けてでも産ませたかった子ども。

 本当の父親のことが知りたいと思ったことがなかったわけではないが、こんなことなら知らない方がよかった。
 父親を憎んでいる安増が、月神の母親のことを調べて、行きついた結論なのだろう。

「僕はあの男と同じ血が流れている……」
「月神さん?」
「真珠さん、僕には、あの男と同じ血が流れているんです」

 辿り着いた洋館の中で、月神は真珠にしがみ付いて泣いてしまった。

「月神さん、話せることなら話してください」

 真珠が優しく月神を促す。
 月神は涙を拭きながら、安増に言われたことを説明した。

「僕の本当の父は、あの男の父親だったんです。老齢になってから出会った運命のひととの間に、あの男の父親は子どもを作った。それが僕だった」
「月神さん、あなたが誰の血を引いていようとも、あなたが叶さんと旭さんに育てられて、私と過ごした日々は変わりません。月神さんは何も変わらないのですよ」
「あの男、僕が異母弟だと分かって、襲おうとした……。僕を孕ませるって……。僕は男ですよ?」
「月神さん、吸血鬼は男女関係なく妊娠できるし、伴侶を妊娠させることができます」

 冷静にも聞こえる真珠の説明に、月神は安増が本気だったのを知って背筋が凍る思いだった。
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