つぐちゃんと真珠さん

秋月真鳥

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5.成長しなかった月神

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 真珠は月神の運命のひとだった。
 間違いない。血を吸わせてもらうたびに月神は確信していった。
 えぐみや苦味があったのは真珠が疲れていたせいで、生活が整えば真珠の血は甘くとても美味しかった。試しに旭の血を吸わせてもらったことがあるが、ものすごくまずくて飲まない方がマシなくらいで、真珠の血を吸った後ではもう他の血など考えられなかった。

 まだ十五歳だった月神は、成人して十八歳になったら真珠に告白しようと決めていた。そのときまでには、少女のような自分の容姿も少しは男らしくなって、身長も伸びている。
 身も心も大人になっていると信じていたのだ。

「嘘でしょ……」

 それなのに、三年後の十八歳になった後も月神は真珠に告白できずにいた。
 月神は十五歳で初めて真珠の血を吸った後から、成長が止まってしまったのだ。
 声変わりもしていない、精通も来ていない、これではとても大人とは言えない。

 鏡を見れば映っているのは少女と見まがうばかりに可愛い十五歳の男の子。
 告白をしたいという気持ちもすっかりと折られてしまった。

 この容姿にこの体格だと、色んなひとを勘違いさせてしまうようだ。
 吸血鬼は人間を魅了する能力があって、そのために容姿も整っているらしいのだが、月神は妙な相手ばかり魅了してしまう。
 今回は妙な噂のある監督だった。
 美少年ばかりを舞台に起用して、その美少年に役が欲しければ自分と関係を持てと脅す監督。芸能界の闇と言われているその監督に選ばれてしまったときから、嫌な予感がしていた。

 指導と銘打って体に触れて来ることなど当たり前で、必死に逃げていたのに、遂に個人指導といって個室に呼ばれてしまった。
 ギリギリまで他の役者も交えた指導だと言っていたので、油断していたら、部屋に入ったら、大きなソファのある部屋で二人きりだった。

 後ろ手に監督がドアの鍵を閉める。
 マネージャーの名前を呼ぼうとしても、震えて声が出せない。
 マネージャーがドアを叩いているのが聞こえている。

「月神さん! 月神さん! ドアを開けてください!」
「や、めて……」

 壁際に追い詰められて、か細い声で助けを求めて、首を振ったが、監督は自分のズボンのチャックを降ろしてボロンとブツをさらけ出した。それが欲望のままに怒張しているのを見ていられず目を反らすと、顎を掴まれてキスをされそうになる。

「やめてください!」

 監督の胸を押して押し退けると、血走った目の監督が月神にのしかかってくる。

「君が誘ったんだよ? こんなに可愛い顔で」
「違う! やめてください!」
「大丈夫、気持ちいいことしかしないからね?」

 シャツのボタンを開けられて、胸をまさぐられる。芋虫のような指が乳首に触れるのが気持ち悪くて月神は吐きそうになっていた。
 スラックスのベルトも引き抜かれて、スラックスを脱がされそうになるのを、押さえて止めていると、バキッとドアの方で音がした。

 そちらを見ればドアが蝶番ごと外れて、外れたドアを投げ捨てた真珠がこちらに向かってきている。

「月神さんに何をしようとしていたんですか?」
「え、演技がなってないから、指導を……」
「これが指導とはとても思えませんね。その汚いものを仕舞いなさい」

 素早く月神と監督の間に入ってくれた真珠の背中に縋り付いて月神は大声で泣きたかった。どれだけ怖かったか、真珠なら分かってくれる。
 真珠は月神を抱き上げてさっさと部屋から出て行った。残された部屋では、急いでチャックを上げたのか、ブツを挟んだ監督が悲鳴を上げているが、それも気にならなかった。
 真珠が月神を助けに来てくれた。

 プライベートではオネェ言葉を使う真珠だが、仕事のときは完璧な敬語である。敬語を崩さない真珠に、今は仕事中なのだと理解する。

「月神さん、大丈夫ですか?」
「ふぇ……真珠さん……」

 真珠の首に腕を回して抱き付くと堪えていた涙がぼろぼろと零れた。泣いている月神の背中を撫でて真珠が宥めてくれる。

「あの監督は二度と月神さんのそばに寄らないようにしますからね」
「そんなこと、できるんですか?」
「私には司法という強い味方がいますから」

 大人で役所で働いていて課長という地位のある真珠には、司法関係の知り合いも多いようだ。あの監督は二度と表舞台に立てないようにすると言われて、月神は安堵していた。

「仕事を頼みに来たのですが、こんな状況では月神さんは落ち着かないでしょう。一度家までお送りします」
「いいえ、僕でできることなら、やります」

 仕事と言われて、真珠が敬語を崩していないことから、今は仕事中なのだと理解して、月神は涙を拭って洟を拭いて、仕事の話に戻す。真珠の足手まといにはなりたくなかった。

「無理をなさらないでくださいね」
「無理ではないです。仕事をしていた方が気がまぎれるから……。それに、今まで逃げられて来たけど、ああいうことをされそうになったのは初めてではないですから」

 ぽつりと月神が言えば真珠の顔色が変わった気がする。何が変わったのか分からないが雰囲気が変わった。

「月神さん、これからは何かあったら私に相談してください。どんなことでもです」
「真珠さん……頼っていいのですか?」
「月神さんと私の仲ではないですか」

 つぐちゃんはあたしの甥っ子みたいなもんだし。

 ちくりと真珠の言葉が月神の胸に突き刺さる。
 涙が出そうになったが、月神はそれを抑えた。

「ありがとうございます。助かります」

 笑顔で答えながらも、真珠の恋愛対象になることはないのかと考えるだけで胸が塞がるほどつらくて、月神は痛みと苦しみを飲み込んだ。
 遺跡に連れて行かれると、旭も来ていた。

「天使のお父様は美人だった。よく似ていらっしゃいますね」
「つぐちゃんに手を出したら、潰す」
「おぉ、怖い! お父様、恋愛は自由ですよ」

 よく分からないが軽いノリの人物が旭を連れてきたようだ。真珠が紹介してくれる。

「彼は部下の安増です。今回の遺跡を担当していて、月神さんと旭さんに同行します」
「初めまして、舞園月神です」
「お名前はよく知っています。この町出身の天使とお会いできるだなんて光栄です。次はぜひプライベートでお会いしたいものですね」
「安増、一般人に協力していただいているのです。ナンパはやめなさい!」
「はいはい、五百蔵課長は真面目なことで。こんな美人と美少年が目の前にいるんですよ? 男ならどうこうしたいと思うのが普通でしょう?」
「彼らは私の幼馴染とその御子息です。手を出したら許しませんよ」
「恋愛は自由でしょう?」

 安増という人物は相当曲者のようだ。
 それに何となく感じるのだが、安増は吸血鬼ではないだろうか。
 十五歳のときに真珠の血を飲んで覚醒してから、月神は同じ吸血鬼は分かるようになっていた。安増からは吸血鬼の気配が濃厚にする。

「我が家は吸血鬼以外と結婚を許されていないのですよ。天使が吸血鬼だったなんて、知らなかったなぁ」

 あちらからも月神は吸血鬼だと認知されているようだ。
 狙われているのには気付いていたので、月神はできる限り隙を見せないようにしなければいけないと思っていた。

 遺跡に入ると、真珠がランタンを灯して月神の手を引いて危険がないようにしてくれる。

「まだトラップの残っているところがあります。私の歩いた後を踏むようにして歩いて来てください」
「は、はい」

 遺跡に入るの自体初めてで、緊張していたが、真珠がいるから大丈夫だと月神は思えた。
 遺跡の地下二階のホールのように天井が高い場所に来て、メールに添付されていた画像の石板の前に出る。
 石板に書かれた楽譜は古代の文字なので月神には読めないが、翻訳されたものがメールで送られて来ていた。

 安増が持って来ていたキーボードを設置してそこに旭が立ち、旭の横に月神が立つ。

「つぐちゃん?」
「うん、大丈夫」

 旭に確認されて頷くと、旭が石板に刻まれた音楽をキーボードで弾く。それに合わせて月神は歌い始めた。
 歌がホールに響くと、立体映像が展開されて、蝶が舞い、花が咲き乱れる。美しい光景に見惚れながらも、月神は旭の伴奏で歌った。

「魔力のこもった歌で発動するギミックだったようですね。これがどのような効果をもたらすか、持ち帰って解析してみないといけませんね」

 映像を記録して持ち帰るつもりの真珠だったが、その動きが止まったのは、演奏が終わった直後だった。
 遺跡を守る機械人形がホールに出現したのだ。

「ギミックの展開だけでは済まなかったようですね。安増、月神さんと旭さんの安全確保を!」
「はい! 課長!」

 手の平の上にキューブのようなものを乗せた真珠が、安増に指示を出す。
 キューブは展開して解けて、弓式のレールガンに形を変えた。

「魔法人形は始末します!」

 弓式のレールガンを真珠が構えた。
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