つぐちゃんと真珠さん

秋月真鳥

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3.月神の出生の秘密

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 旭は昼間はコンサートやオーケストラの仕事をしていて、夜はピアノバーでピアノを弾いている。かさむ母の入院費や治療費を払うために必死になって働いていたのだ。
 月神も三歳のときに初舞台を踏んでから、舞台にコンサートにと忙しく働いていた。十五歳にして月神は中堅のクラシック歌手と認識されていた。
 月神の歌は配信もされていて、魔法科学で癒しの効果があると解析されてお墨付きももらっていて、非常に売れている。
 月神のファンの中には過激派もいて、月神を『天使』と崇め奉る輩もいるらしいのだ。

 そういう過激なファンから守ってくれるのも真珠の存在だった。余裕があるときには真珠は月神を車で送り迎えしてくれて、小さな頃は誰もいない家にいさせるのは危険だとお泊りもさせてくれた。
 真珠に守られてきたからこそ、月神はこれまで無事だったのかもしれない。

 朝になっても起きて来ない旭のために朝ご飯は作って、真珠がシャワーから出て来るのをドキドキしながら待つ。少し濡れた髪でシャワーから出て来た真珠は、スラックスにシャツ姿で、ベストとジャケットとタイは外していた。

「つぐちゃん、朝ご飯作ってくれたの?」
「はい。お父さんは起きて来ないみたいだけど……」
「叩き起こして来るわ」

 夜の仕事もあるので月神は朝食は作って出かけるが、朝は旭に会うことがない。旭が帰ってくるのは深夜で、それまで待っていても、酔いつぶれているか、会話もほとんどせずに寝てしまう。

「あさちゃん、起きなさい! つぐちゃんが待ってるのよ!」
「しんちゃん……なんで、ここに?」
「あんな状態のつぐちゃんを放っておけないでしょう! 泊めてもらったのよ!」

 真珠が旭の部屋に入って布団を引き剥がしたのを見ていると、この二人は本当に幼馴染なのだと実感する。真珠と旭は小学校の頃から一緒だと聞いていた。

「着替えるから……」
「朝ご飯が冷めちゃうから、早くしてよぉ?」

 普段から寡黙すぎてほとんど喋ることがない旭が真珠には喋っている。息子である月神ですらほとんど聞いたことのない声だった。
 父の旭は声楽家の家に生まれたのだという。それなのに、掠れて大きな声が出せなくて、歌うにはとても無理な声を持って生まれた旭は家族の中で腫れ物に触るような扱いを受けていた。
 ピアノを選んで才能を発揮したのはよかったのだが、月神の母親の叶と結婚するときに反対されて、家を出たのだと聞いている。

 着替えてリビングに出て来た旭は気怠そうな表情をしていたが、顔立ちはとても整っていて美しい。月神もそれに似たのだと言われる、可愛らしい顔立ちをしていて、声変わりもまだなので、舞台では少女役をやらされることが多かった。

 バターライスにふわふわに泡立てたオムレツを乗せたオムライス。オムライスを割るととろりと蕩けて崩れる。

「つぐちゃん、これ美味しいわ。お料理上手になっちゃって」
「真珠さんが教えてくれたからですよ。卵の割り方から、全部、真珠さんに教えてもらったんですよ」

 母は入院していて、父は仕事が忙しかった。
 月神に生活の仕方を教えるのは真珠しかいなかった。

「ご馳走様でした。それで、あさちゃん、ちゃんと話してくれる?」
「なにを?」
「つぐちゃんのことよ」

 食べ終わって食器をシンクに置くと、真珠が確信を突く。真珠の言葉に旭が黙り込んだ。その頬を一筋の涙が流れる。
 泣いている旭に真珠がハンカチを差し出す。
 涙を拭いて、旭が話し出した。

「叶さんは、吸血鬼の運命のひとだったんだ」
「吸血鬼の、運命のひと!?」

 聞いたことがない単語を耳にして驚く月神に、真珠が説明してくれる。

「吸血鬼は一生に一度、運命の相手と出会うらしいのよ。その相手の血は甘く何よりも美味なんですって。その相手と出会えたら、吸血鬼はその血しか飲めなくなると聞いているわ」
「運命の、ひと……」

 月神には心当たりがあった。
 真珠から香る甘い匂い。うなじに噛み付いて血を飲んだときの一瞬の酩酊するような甘美な味。その後でえぐみや苦味が口の中に走ったのは、真珠が不摂生で体を大事にしていなかったせいだろう。

「死にかけた老齢の吸血鬼で……叶さんを残して死んだ」
「吸血鬼は人間よりも長く生きるけれど、運命の相手は自分と同じ寿命を与えることができるのよ。役所にも何人か吸血鬼が勤めてるから福利厚生のために学んだわ」

 真珠の説明がないとよく分からなかっただろうが、旭は常にこんな喋り方しかしないので仕方がない。

「死ぬ前に、残りの寿命を叶さんに与えた……けれど、長くはなかった」
「叶さんは運命の相手の吸血鬼と一緒に死ぬはずだったのね? それを吸血鬼は死ぬ前に寿命を叶さんに与えたのね。それでも、長くは生きられなかった。そういうこと?」
「そう」
「それがつぐちゃんとどういう繋がりが?」

 真珠に促されて旭が話す。

「私は叶さんに恋をして、叶さんはその吸血鬼との間に生んだ子どもを育てたかった」
「叶さんは吸血鬼との間に子どもを産んでいたの!? それがつぐちゃん?」
「そう」

 長く生きないことが分かっていた母の叶は自分に恋をした旭と一緒に月神を育てることにしたのだろう。旭が父親として最適かどうかは分からないが、死んでしまう身としては、自分よりも長く生きる相手に息子を成人まで育てて欲しかったに違いない。

「つまり、僕はお父さんの子どもじゃないの?」

 愕然として呟いた月神を旭が抱き締める。

「忘れてた……。つぐちゃんが可愛くて、本当の子どもじゃないなんて……」
「お父さん……お父さんは僕を本当の子どもと思ってくれてるの?」
「つぐちゃんは私の天使。この世で一番可愛い」

 言葉少なく語られるが、月神は旭の中に真実を見出して涙を零した。

「つぐちゃんを大事に思うなら、もうお酒は止めなさい。つぐちゃんのために早く帰って来て、一緒に過ごすのよ」
「眠れなくて」
「それは病院に行きましょうね。お酒の力を借りるんじゃなくて」

 スマートフォンでメンタルクリニックの予約を取ってくれる真珠に、月神は心からお礼を言う。

「ありがとうございます、真珠さん」
「いいのよ。あさちゃんはあたしの幼馴染だもの。つぐちゃんはあたしの可愛い甥っ子みたいなもんだし」
「甥っ子……」

 真珠の血は甘く美味しかった。
 旭が話した通りに月神が吸血鬼の子どもで、真珠の血が甘美に感じられるのであれば、真珠が運命のひとなのではないだろうか。
 心の中に生まれた疑問はどうしても消えてくれない。

「運命のひとと出会ったら、吸血鬼はどうするんですか?」
「その相手を伴侶にすると言われているわ。唯一の相手だからね。伴侶にすることによって、その相手がどんな種族でも、吸血鬼と同じだけの時間を生きることになるっていう話よ」
「伴侶に……」

 十五歳の月神はまだ結婚ができない。
 真珠にプロポーズするには早すぎる。
 けれど、真珠の血の甘さを月神はもう知ってしまった。

「真珠さんの血……」
「そうよね、つぐちゃんも吸血鬼だったんですものね。血が欲しくなることもあるわよね。いいわよぉ? あたしのでよければ分けてあげるわ。あたし、この通り頑丈で健康なのだけが取り柄だから!」

 長身で筋肉質で立派な体躯をしている真珠は、月神よりも頭一つ分は体が大きい。吸血鬼は人間よりも力があると言っても、常日頃から『遺跡管理課』で鍛えている真珠と、歌うくらいで何もしていない月神とでは筋力も体力も差があるだろう。
 無理矢理押し倒して血を吸うなんてことは考えていなかったが、協力してくれるならありがたい。

「真珠さん、血を吸われても平気なんですか?」
「あたしの血は、亜人にとっては力を強める効果があるらしいのよ。手首からとかなら吸われ慣れてるから、気にしなくていいわ。さすがに首から吸われたのは初めてだったけど……」

 首から吸われたのは初めて。
 その言葉に月神は心拍数が上がるのを抑えきれなかった。
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