龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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五章 在位百周年

27.ヨシュアの夢

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 ヨシュアとの結婚百周年の巡行は無事に終わり、国民に感謝されて王宮に戻ってくることができた。
 巡行が始まる前は夏の兆しが見え始めていた時期だったが、帰るころにはすっかりと季節は夏に移り変わっていた。
 王宮に行くまでの王都の道で国民に「龍王陛下万歳!」「王配陛下万歳!」と歓声を上げられて、国民も龍王と王配が無事に帰ってきたことを祝ってお祭り騒ぎになっていた。
 馬車の窓から国民に手を振っていた龍王は、王宮に戻って、青陵殿に戻ってからやっと楽な格好になって、冠も脱ぎ、楽な格好になって椅子に座るヨシュアの脚の間におさまっていた。
 ヨシュアも青い衣装を脱いで、今は優しい水色の肌触りのいい衣装に着替えている。

 馬車の中で昼餉も食べ終わっていたが、巡行の疲れもあってか龍王はヨシュアに背中から抱きかかえられてうとうとと眠気と戦っていた。それに気付いたヨシュアが抱き上げて寝台に運んでくれる。
 髪を解いて寝台に横になったヨシュアの胸に顔を埋めるようにしていると、眠気に勝てずに龍王は眠ってしまう。

 夢の中で龍王は十五歳のヨシュアを見ていた。
 ヨシュアが龍王の夢を一緒に見たことがあると言っていたが、これはヨシュアの夢なのかもしれない。

 ラバン王国の塔の一室と中庭で見た立体映像の幻とそっくりのヨシュアがラバン王国国王であるマシューの前で膝を突いて頭を下げている。

「今日より魔術騎士団の団長に任命されました、ヨシュア・ラバンです」
「ヨシュア、そなたはまだ若くて魔術騎士団を率いるには苦労するかもしれない。だが、実力ある魔術騎士としてそなたを推薦させてもらった。これまでの腐った魔術騎士団を一新させてくれることを願っている。どうか、よろしく頼む」
「心得ました」

 龍王が龍王位についたのは二十歳のときだった。そのときの龍王はまだまだ幼く、龍王として水の加護の力を国の全土に行き渡らせることはできても、政務の隅々まで力が行き届いていたかといえばそうではない。五年後にヨシュアが嫁いできたときにも、龍王は王族らしくないことを指摘されて、ヨシュアには初対面から失言をしてしまって、龍王として至らないことばかりだった。
 それを支えてくれたのはヨシュアで、ヨシュアと過ごすうちに龍王も龍王たる自覚を持ち、今では賢王と呼ばれるほどになったのだが、二十歳から二十五歳のころは酷かっただろう。

 それに対して、夢の中のヨシュアは十五歳なのに凛として、魔術騎士団を率いる覚悟を決めている。
 たったの十五歳で魔術騎士団を率いることになったヨシュアは不安もあっただろうが、それを見せようとはしない。
 その凛とした姿に龍王は見とれてしまう。

「ヨシュア、前の団長には処分を言い渡してある。そなたも襲われかけたと聞く。平気だったか?」
「わたしは何もされませんでしたので、平気です。元団長の方が平気ではなかったのでは?」
「ヨシュアに負わされた傷は残るようだが、それは自業自得と言えよう。そなたはまだ十五なのだ。されたことで心に傷を負ったならば、信頼できるものに相談して、必要ならば医師にかかることも勧める」
「わたしはそのようなことは必要ありません」

 きっぱりと断っているが、龍王はヨシュアがこのことをずっと心に背負っていたことを知っていた。そのせいでヨシュアは女性を恋愛対象と見られなくなってしまったのだ。
 元々生殖能力の低い先祖返りの妖精なので、女性を相手に抱くという行為ができないわけだが、それを置いておいても、ヨシュアは女性との接触を避けているように見える。
 龍王の妹の梓晴や姪のレイチェルやレベッカとは普通に触れ合っているが、それ以外の女性は遠ざける傾向にある。
 侍従も長くネイサンが務めていたし、ネイサンが退いた後はギデオンとゴライアスというネイサンの息子たちに侍従を頼んでいる。ネイサンの娘もいたのだが、娘であろうとも女性には世話をされたくないようで、侍従は息子二人に決まってしまった。
 ネイサンの妻のデボラがいたころも、デボラにはそれほど大事なことは頼まず、ネイサンを中心に侍従として使っていたことからもヨシュアの傾向は分かっている。

「ヨシュア、そなたは傷つけられたし、傷付けてもしまった。そのことを忘れないように、自分の心を大事にするのだよ」
「心得ました、国王陛下」

 公の場ではヨシュアは王弟ではなく魔術騎士団の団長だ。「兄上」ではなく「国王陛下」とマシューのことを呼び、自分のことは「おれ」ではなく「わたし」と言っている。マシューもヨシュアを弟ではなく十五歳で魔術騎士団の団長となった一人の魔術騎士として扱っている。

 身長はそのままだが、まだ筋肉がしっかりとついていないころのヨシュアを見られて、龍王は新鮮な気持ちでいた。

「団長、これからは魔術騎士団を共に変えていきましょう」
「腐った元団長に与する者たちは全員去ってもらった。これからは新しい魔術騎士団を築かねばならないな」

 魔術騎士団団長に任命されたヨシュアに話しかけてきているのは副団長だろうか。ヨシュアが志龍王国に来るよりも前のことだし、魔術騎士団の一個隊を連れてきたとはいえ副団長は連れて来られなかっただろうから、龍王は見たことのない男性だった。
 ヨシュアに対して熱のこもった目を向けている副団長に、龍王はなんだかおもしろくない気持ちになってしまう。ヨシュアは気付いていないだろうが、副団長は並々ならぬ感情をヨシュアに抱いている気がする。

 十五歳のときからヨシュアは変わらず美しかった。
 その美しさが周囲を引き付けてしまうのは仕方のないことなのだろう。

 尖った耳と背中の翅を魔術で隠し、魅了の瞳は青い耳飾りピアスで封じているヨシュア。禁欲的な雰囲気のするところがまたそそるのだが、それを周囲も気付いているのだろう。

「ヨシュア、わたしです。あなたの星宇です」

 語り掛けても龍王の姿は薄く透けて、声もヨシュアには届かないようだった。

 場面が変わって、ヨシュアが森の中で野盗を捕らえて縄で縛り上げているのが見える。
 他の魔術騎士たちも野盗を縛り上げて魔術で牢に移していた。

「女よりもきれいな顔してやがる。あんたを捕らえて売れば相当報酬がもらえたのに……」
「こんな状況でよく言えたものだな。命は惜しくないのか?」
「この国の土地は年々枯れて行っている。食べるものがなくて餓死するのと、野盗として捕えられて処刑されるのと何が違う? 牢にいる間は何もしなくても飯が食えるから、まだマシかもしれないな」

 吐き捨てる野盗の男に、ヨシュアは眉間に皴を寄せている。

「この国の貧しさはここまで来ていたのか」

 農民が土地を捨てて野盗になるくらいまでラバン王国は貧しくなっていた。それは国王の政治と関係なく、ラバン王国の土が年々枯れて行って、豊かな恵みをもたらさなくなっているからだ。
 その件に関しては龍王もよく知っていた。
 ラバン王国も志龍王国に何度も食糧支援を申し込んでいたからだ。
 ラバン王国の土地は痩せ、収穫が見込めなくなってきている。その事実をヨシュアも真剣に受け止めているようだった。

 野盗を捕らえて王宮に帰ってからヨシュアは現状を国王であるマシューに訴えた。

「国王陛下、国民は飢えています。この冬を越す実りが見込めないということで、野盗に身を落とすものもいます」
「今、志龍王国に支援をお願いしたところだ。志龍王国からは、五年前に即位した新しい龍王のために、伴侶と共に国の守りとなる軍の援助をしてくれるようにと要請されている」

 これは、ヨシュアが龍王に嫁いでくる直前の夢なのではないだろうか。
 国王はひと払いをしてヨシュアと二人きりになった。

「年齢的にはレイチェルが相応しいかと思っているが、あの子は魔力が弱すぎる」
「レイチェルには魔術騎士団を率いる能力もないだろう」
「そうなのだ。レベッカに至ってはまだ幼すぎるし」

 悩んでいる国王にヨシュアが申し出る。

「兄上、おれでよければ行こう」
「ヨシュア、お前は独身だが……いいのか?」
「おれも王族だ。いつかは政略結婚の駒にならなければいけなかった。それよりいいのか、兄上。この国は優秀な魔術騎士団長を失うぞ?」
「それは困る。困るが、お前以上の適任者もいないだろう。魔術騎士団から魔術騎士を一個隊分連れて行くといい」
「いいのか、兄上?」
「いいも何も、あちらのお望みはそれだろう」

 ヨシュアが軽口を叩くようにしながらもしっかりと志龍王国に嫁ぐことを決めた瞬間を龍王は見た。
 こんな覚悟で志龍王国に嫁いできて、龍王に初めに言われた言葉が「あなたを愛するつもりはない」だったのならば、ヨシュアが怒りを覚えたのもよく分かる。

 百年の時を経て見ることができた光景に、龍王はヨシュアの覚悟を今更ながらに感じ取っていた。
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