龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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四章 結婚十年目

17.梓晴の出産

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 ヨシュアの誕生日が終わって梓晴が産気づいたのは一週間ほど後だった。
 梓晴の子どもは次代龍王になるかもしれない。そうでなくとも王族が増えるのはめでたい。
 龍王が焦れるように待っていると、生まれたという知らせが夕刻に届いた。
 出産すぐの梓晴を疲れさせないために会いに行けないが、龍王はすぐに食べられる果物や用意していた品を送らせて、梓晴を祝った。
 出産祝いは何がいいのかよく分からなかったが、ヨシュアが産んだ女性を労わるようなものがいいと教えてくれたので、梓晴のための着心地のいい寝間着や手触りのいい布や衣装を作る布など揃えて送っておいた。
 俊宇は赤ん坊が生まれたことに興奮しているが、出産直後の梓晴も、梓晴にずっとついていた浩然も疲れているので面倒が見切れないと言われて、ヨシュアと龍王が赤栄殿に出向いて一緒に食事をして休むことになった。

「星宇叔父上! ヨシュア叔父上! 兄になったよ! わたし、お兄ちゃんだよ!」

 興奮した様子で頬を赤らめている俊宇を宥めて食事の席につかせる。
 夕餉を食べていると、俊宇は何か話したそうにしていたが口に物が入っているので必死に我慢していた。
 湯あみは俊宇の侍従に任せて、俊宇が出てくるとヨシュアと龍王も湯あみをする。
 大きな天蓋付きの寝台のある部屋に俊宇用の寝台を入れて横になると、俊宇は幸せそうに呟いている。

「とても小さかった。女の子だって母上と父上は言ってた。わたしの妹。小さな妹」
「俊宇、本当におめでとう」
「兄になれてよかったね、俊宇」

 こういうときには兄弟児にも贈り物を用意しておくべきだとヨシュアが主張していたので、龍王は俊宇にも贈り物を準備していた。

「お祝いにポニーのための新しい鞍を作らせた。ポニーはそろそろ赤栄殿の庭に移してもいいと思っているから、乗っているところを妹に見せてやるといい」
「新しい鞍!? どんな鞍?」
「子どもならば二人乗りができるような鞍だ。妹がもう少し大きくなったら乗せてやるといい」
「妹を乗せてやれるんだ! 嬉しい!」

 二人乗り用の鞍を準備させたというと俊宇は目を輝かせて喜んでいた。
 なかなか俊宇が眠らないのでヨシュアが寝台の脇に座って絵本を読み聞かせる。何冊か絵本を読んでいたら、興奮していたから疲れていたのだろう、俊宇はぐっすりと眠ってしまった。
 ヨシュアが寝台に戻ってくると龍王はそのしっかりとした胴に抱き着く。

「王族がまた増えました。子睿ズールイのところの麗夏リーシアも妊娠の兆候があると聞いています」
「子睿のところもか。それは本当にめでたいな」
「王族がこんなに増えて繁栄する日が来るなんて思わなかったです」

 感動している龍王に、ヨシュアがそういえばと口を開く。

「ジャックのことなんだが、そろそろ結婚相手を探してやった方がいいのだろうか?」
「ジャックは結婚したいのでしょうか」

 青陵殿でドラゴンの世話をしているジャックもそろそろ年ごろである。獣人のジャックは龍族や魔術師のように長い年月を生きない。短い年月を生きて死ぬだけに、ジャックには相手がいるならば結婚を考えてやらなければいけない年齢になってきていた。

「ドラゴンも無事に安定して育って、ジャックの手を離れようとしている。ジャックをどこか相応しい相手と見合いをさせることも考えた方がいいのかもしれない」
「龍族だったら、玉を賜ればジャックも長く生きるかもしれませんしね」

 七十年程度で短く死んでしまう獣人を思うと龍王は別れがつらくて胸が痛む。最終的には誰もがヨシュアと龍王を置いていくのだが、少しでも長く生きて、幸せになってほしい思いは龍王にもあった。

「わたしたちの義理の娘のようなものですからね。しっかりとしたところに嫁に出すか、婿をもらうかしないといけませんね」
「嫁に出すのは寂しいかな。婿が来てくれるといいのだが」

 龍王とヨシュアの間に子どもが永遠に生まれないのは分かりきっているので、龍王と王配と少しでも関係を持とうと俊宇には一歳のときから婚約の申し込みが来ていた。龍王とヨシュアが可愛がっているジャックの相手を探すとなると各国が色めき立ち、男性を送り込んでくるのではないだろうか。

「ジャックはもうおれたちの家族だから、結婚したら王宮のどこかに住ませてやりたい」
「子睿の両親が住んでいた離れの棟に住ませるのはどうでしょう? あそこは黄宮の端ですし、わたしたちの目も行き届きます」

 ジャックの年齢ははっきりとは分かっていないが、推定十七、八歳だ。寿命が短いので早く結婚する獣人としては結婚適齢期に当たる。

「ジャックが結婚してしまったら、俊宇は寂しがるでしょうか」
「会えなくなるわけではないから大丈夫じゃないか」

 健やかに眠る俊宇の寝息を聞きながら龍王もヨシュアもその夜は赤栄殿で眠った。
 夜明け前に起きると俊宇はまだ眠っていたが、龍王とヨシュアは椅子に座って水の加護の力を全土に行き渡らせるように祈る。毎日のことなので慣れているが、途中で俊宇が起きて、祈りが広がっていくのを黒い目で見つめていた。

「これが水の加護! 始めて見た。すごい! 星宇叔父上、ヨシュア叔父上!」
「俊宇にもできるはずなんだが」
「わたしにもできるの!?」
「乱用されると困るから分別の付く年齢にならないと教えないんだが、王族はみんなできるようになるよ」

 龍王が説明してやると俊宇は身を乗り出して聞いていた。
 着替えをして朝餉の席に着くと温かい粥が出てくる。貝柱や鰹節で出汁を取った粥に刻んだ搾菜や揚げパンを乗せて食べるととても美味しい。
 自分の分をぺろりと食べてしまった俊宇はお代わりもしていた。

 朝餉の後には浩然が俊宇を迎えに来た。

「義兄上たち、昨夜はありがとうございました」
「俊宇はわたしたちの甥だ。これからもいつでも頼っていいから」
「八つになるのにまだ一人で眠れなくて。これからは少しずつ練習させます」
「八つなどまだ小さいではないか。俊宇の無理のないようにしてやってほしい。特に俊宇は下に妹が生まれたばかりで甘えたくなることもあるだろうからな」

 常人にしてみれば八歳とは大きくなりかけているのかもしれないが、龍族の王族としてはまだまだ幼く感じる。
 八歳と言えば龍王が叔父夫婦に毒を盛られた年齢だ。そういう記憶があるからこそ、龍王は俊宇が健やかであるように協力は惜しまないつもりだった。

「星宇叔父上、ヨシュア叔父上、また一緒に寝ましょうね!」
「絵本を用意しておくよ」
「行ってきます、俊宇」

 手を振って送り出してくれる俊宇に、ヨシュアと龍王は手を振り返しながら公務の場に向かった。
 龍王が玉座に座ると、横にヨシュアが座る。
 ヨシュアに玉を捧げてから、ヨシュアは皇后陛下と同じ地位の王配陛下となり、龍王と共に座れるように玉座も二人用に作り替えられた。座り心地のいい木の椅子に布を張った玉座は龍王とヨシュアが座っても少し余裕があるように作られている。
 寄り添うように座る龍王とヨシュアに宰相と四大臣家の者たちが今日の政務を告げていく。

 魔術騎士団と一緒に遠征に行っていることも多いヨシュアだったが、秋の記憶喪失事件以来遠征には出ていない。魔術騎士団は副団長のサイラスが率いて遠征に出ている。
 ヨシュアをいつまでも縛り付けておくつもりはなかったが、もう少しでラバン王国に注文している魔術具が届く。それまではヨシュアには安全のために龍王の一番近くにいてもらっていた。

 政務が一度途切れると、龍王が重々しく口を開く。

「わたしが可愛がっている獣人のジャックにそろそろ結婚相手をと考えている」
「ジャック様に結婚相手を。国内から選ばれますか?」
「できれば龍族がいいと思っているのだが、ジャックが気に入るものがいたら他国のものでも構わない」

 最終的にはジャックが会ってみて決めるのだと龍王が告げると、宰相は一礼し、四大臣家のものも「心得ました」と述べた。
 娘のように可愛がっているジャックが短い人生をこの王宮で終わらすのならば、そばに愛する者がいてくれた方がいいのかもしれない。
 ジャックの意思も聞いてみることにして、龍王はヨシュアと午前の政務を終えた。

 昼餉を取って、ジャックのところを訪ねると、白い髪を長く伸ばして括ったジャックが、ドラゴンを散歩させていた。もうすっかり成体に近い大きさになっているドラゴンは羽を広げて飛ぼうとしている。

「また結界にぶつかります。ドラゴン様、飛んではいけません」
「ぴい?」
「びーぎゃびぎゃ!」
「びょえびょわ!」
「びょぎゃびょぎゃ!」

 マンドラゴラたちもドラゴンを止めている。

「ジャック、今日もドラゴンは元気そうだな」
「元気すぎて困ります。ドラゴン様は飛びたいようなのです」
「少しは飛ばせてやってもいいかもしれない。結界の位置をもっと高くしてやろう」

 ヨシュアが結界の調整をすると、ドラゴンが羽を広げて飛び上がる。少し飛んで落ちてくるドラゴンに、マンドラゴラが駆け寄って応援していた。

「ジャック、そなたに結婚相手を探そうと思っている」
「わたくしが結婚するのですか?」
「結婚は考えられないか?」

 龍王の問いかけにジャックは少し考えているようだった。

「わたくしもお義母様やお義父様のような夫婦になってみたいと思ったことがあります」

 ジャックの養父母になっている子睿の養父母はとても優しくジャックを受け入れ育ててくれた。二人に憧れているのならば、ジャックも結婚を考えるかもしれない。

「近いうちに見合いの席を設けさせる。相手が気に入らなかったらはっきりとそう言ってくれていい。準備をしておくように」
「はい、龍王陛下」

 美しい水色と金色の目を伏せて答えるジャックに、龍王はできるだけいい縁を探してやらねばならないと思っていた。
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