龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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四章 結婚十年目

11.罠にかけられた呪術師

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 グドリャナ王国とジルキン王国の間で泥沼の戦争が起きている。
 グドリャナ王国はジルキン王国が、ジルキン王国はグドリャナ王国が志龍王国の王配を害したのだと主張し、そのせいで自国への食糧支援が途絶えたのだと宣戦布告した。二国では内乱も起きていて、戦争を起こした王朝に対する批判も高まっている。

 どちらの国が勝っても負けても、龍王は手を出さないことを決めていた。志龍王国はグドリャナ王国とジルキン王国に一切関りを持たない。周辺のラバン王国もハタッカ王国もバリエンダール共和国も同じ姿勢を貫いていた。
 ラバン王国とハタッカ王国とバリエンダール共和国は二国に早く呪術師を差し出し、志龍王国の王配の体調不良が治るようにと圧力をかけていることは間違いなかった。

 龍王とヨシュアは青陵殿で変わらず暮らしていた。
 記憶のないヨシュアを見ると龍王は胸の苦しさを覚えずにはいられないのだが、記憶があろうとなかろうとヨシュアはヨシュアで変わりなく龍王を思ってくれていることだけが救いだった。

 椅子に座っているヨシュアの足の間に座ると、背中からすっぽりと包み込むように抱き締められる。優しくていい匂いがしてヨシュアの体温が伝わってきて、龍王は安堵する。
 魂で結ばれていてヨシュアの命が龍王の命なのだから、ヨシュアに万が一のことがあれば龍王も生きていないのだが、背中から感じるヨシュアの温度に生きているのだと実感させられる。
 玉を捧げた日に共に生き、共に死ぬと決めた。
 ヨシュアの記憶がなくなっても龍王の気持ちは何も変わっていない。

「グドリャナ王国とジルキン王国がそろそろ音を上げるころではないですか」

 食糧支援はない。国に蓄えもそれほどあるとは思えない。そんな状態で戦争に入って、国民は飢えて内乱がいくつも勃発しているという。そろそろグドリャナ王国もジルキン王国も限界だろう。
 ヨシュアの言葉に龍王が頷く。

「そろそろ事態が動くかもしれませんね」

 冬前には全てが終わってほしいという考えが龍王にはあった。
 グドリャナ王国とジルキン王国、どちらがヨシュアの記憶を奪ったか分からないけれど、したことは許されない。それと同時にそれを行ったのは政略としてグドリャナ王国とジルキン王国の身分の高いものだけで、国民には何の関係もないのだということも龍王には分かっていた。王朝はすげ変わるとしても、国民が飢えて冬を越せないようなことがないようにはしたい。

 正直な感情としては、二国とも飢えて国が滅亡すればいいのにと思わなくもないのだが、善政を敷いている龍王としては二国の国民を飢えさせることはないようにしなければいけないと理性が言って来る。国ごと消え失せればいいと怒りのままに行動したら、記憶が戻ったヨシュアはきっとそれを悲しがるだろうし、龍王として理性ある裁きを行うべきだと言うだろう。
 最終的には龍王は二国を滅ぼすようなことはできないのだ。

 志龍王国の王配が害されたのだから、志龍王国と二国との戦争になっていてもおかしくはないのだが、それも必死に我慢している。
 二国が潰し合った結果としてヨシュアの記憶が戻る方法が手に入ればいいと思っている。

 秋は深まって、ヨシュアが記憶を失ってからひと月が経とうとしている。

 グドリャナ王国から使者が来たのはそのころだった。

「ジルキン王国が王配陛下を害した呪術師を隠しておりました。この者こそが王配陛下を害した犯人です」

 それに対してジルキン王国の使者が必死に弁解する。

「わたくしたちはそのものを隠してなどおりませんでした。グドリャナ王国が自分が隠していた呪術師を我が国が隠していたと言って差し出してきたのです」
「言い逃れをするな! ジルキン王国が尊き身の王配陛下を害したのは分かっているのだぞ」
「王配陛下を害したのはグドリャナ王国ではないか!」

 醜く言い争う二国の使者を無視して、龍王は連れて来られた呪術師の取り調べに立ち会うことになった。
 呪術師は来た時点で拷問されているかのように傷だらけで、暗い目で龍王を見上げていた。

「王配陛下に呪術をかけたのはお前か?」

 縄をかけられて床に転がされている呪術師に魔術騎士が問いかける。

「だったらどうした? 本当ならば死ぬ呪術をかけてもよかったのだ。それをあの程度で抑えてやったのだから感謝してほしいくらいだ」
「今すぐ呪術を解け」
「そう言われて、はい喜んでと解くと思ったか? わたしはどうせ死罪だろう。早く首を切り落とせ! 志龍王国のものに情けなどかけられたくない!」

 死を覚悟したものの説得がどれだけ難しいか龍王も理解している。命がいらないくらいにこの呪術師は覚悟が決まっている。

「なぜ志龍王国をそんなに憎む?」

 龍王の問いかけに呪術師は唾を吐いた。距離があったので龍王にその唾はかからなかったけれど、魔術騎士が剣を抜いて呪術師の首筋に押し当てる。

「龍王陛下になんということを!」
「志龍王国の貴族はけだものだ! それを支配する王も獣に違いない!」
「二度とその口がきけないようにしてやってもいいのだぞ?」
「やってみるがいい。王の愛する王配は一生呪術が解けないのだろうな」

 愉快とばかりに大声で笑う呪術師が狂っているのははた目から見てもはっきりと分かっていた。
 龍王がどうするべきか悩んでいると、青陵殿から牢にまでやってきたヨシュアが呪術師に歩み寄っていた。

「お前は志龍王国を恨んでいるようだが、グドリャナ王国とジルキン王国、どちらに雇われたのだ?」
「どちらでも構わないだろう。わたしは志龍王国に復讐を誓った」
「志龍王国がお前に何をしたのだ?」

 芋虫のように縄でぐるぐる巻きにされて転がされている呪術師の上半身を起こさせるヨシュアに、呪術師が燃えるような憎しみを込めた目でヨシュアを睨み付ける。

「わたしの娘は志龍王国の貴族に犯され妊娠した。結婚も間近だったのに、それもなくなり、絶望した娘は自ら命を絶った」
「それは本当に志龍王国の貴族なのか? 誰がそう言った?」
「娘は志龍王国の小刀を渡されていた。犯されて呆然とした状態でその小刀を手に、わたしの元に戻ってきたのだ」

 呪術師の話を聞いてヨシュアは呪術師が持っていたものを魔術騎士に確認させた。確かに志龍王国で作られたと思しき小刀があった。

「これは志龍王国で買えば誰でも手に入るものだな。特に珍しいものでもない」
「そう言って言い逃れするつもりだな?」
「よく見ていろ」

 ヨシュアが小刀に手を翳すと、志龍王国ではありえないくらい髪色と目の色の薄い男性が映し出された。志龍王国の国民の九割は黒髪に黒い目で、残りの一割も髪色と目の色は濃いものが多い。

 明らかに志龍王国の色彩ではない人物の姿に呪術師は動揺していた。

「それが小刀の持ち主……」
「龍王陛下、この顔を見たことはありませんか?」

 問いかけられて龍王はじっくりとヨシュアの魔術によって映し出された顔を見詰める。

「これは、グドリャナ王国の宰相の息子ではなかったでしょうか」
「宰相の息子を使って志龍王国を憎む呪術師を作りだす。呪術師を送り込んだのはグドリャナ王国で間違いないようですね」
「そんなの嘘だ……。宰相閣下はわたしに同情してくれて、志龍王国に復讐することを計画してくださった」
「騙されていたのだよ。グドリャナ王国にこの罪を贖わせる。この様子だとジルキン王国も関わっていた可能性がある。調べを進めよ!」

 龍王の命令に魔術騎士や警備兵が動き出す。
 床に倒れたままの体勢で、「嘘だ」と繰り返す呪術師はもう抵抗する気配は見せなかった。
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