龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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四章 結婚十年目

9.記憶を失ってから二週間

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 抱き合った後、力尽きてしまった龍王をヨシュアは湯殿に連れて行ってくれて体を流してくれて、自分の体も流して寝台に戻った。清潔な布団に取り換えられた寝台に沈み込むと、ヨシュアが龍王を自然に抱き締めてくれる。胸に顔を埋めて眠るときに、これが十年の記憶を持っていないヨシュアだということは頭の隅をかすめたが、それでも構わないと龍王はそのまま眠りについた。

 目覚めたのは夜明け前。
 寝台から抜け出す龍王にヨシュアも目を覚まして寝台から起きてくる。
 椅子に座って一緒に水の加護が国土全体とラバン王国と獣人の国に行き渡るように祈る。水の波紋が広がるように水の加護が行き渡っていくのを感じる。
 目を開けるとヨシュアの鮮やかな青い目が穏やかに龍王を見詰めていた。

 自分より大きくて肉厚な手を取り、龍王がヨシュアの膝の上に乗りあがる。

「ヨシュア、もしあなたが過去のことを思い出せなくても、あなたはわたしの愛する王配です。なくした十年はこれから取り戻すことができる。わたしは変わらずあなたを愛しています」
「わたしも記憶は失っていますが、星宇のことを愛しているのだと思います。何が起ころうと星宇のそばを離れません」

 記憶が戻ることが第一だが、もし戻らなくても龍王はヨシュアを愛していることには変わりない。ヨシュアも龍王の愛を受け入れてくれている。最悪の事態を想定しての龍王の言葉にヨシュアは龍王を抱き締め、その頬に唇を触れさせた。

 愛されているのは感じる。記憶をなくしたヨシュアでも変わらずに愛しているのも分かっている。
 それでも、ヨシュアの記憶を奪って害したものは許さない。

 グドリャナ王国とジルキン王国のどちらがヨシュアの記憶を奪う呪術師を放ったか分からないが、龍王は二国に圧力をかけることを決めていた。

 グドリャナ王国とジルキン王国の使者に、龍王は沈痛な面持ちで伝えた。

「平素からわたしは我が愛する王配と共に水の加護を国土全体に行き渡らせている。王配が体調を崩したことにより、水の加護が弱まっている可能性がある。今後のグドリャナ王国とジルキン王国への食糧支援は、今年の実りが確定しないので差し止めさせてもらう」
「そんな!? 志龍王国からの食糧支援がなければグドリャナ王国は冬が越せません」
「ジルキン王国の多くの民が飢えます」
「全ては我が愛する王配を害したもののせいなのだ。わたしの愛する王配を害した時点で、その国はわたしの逆鱗に触れた。二度と志龍王国の恵みを受けられるとは思わないことだな」

 お前たちが愛する王配を害したのではないのか?

 言外に追及する龍王に使者たちは青ざめて国に帰って行った。
 これからグドリャナ王国とジルキン王国で醜い争いが起きるのだろう。ヨシュアの記憶を奪った呪術師を放ったのがどちらか分からないが、お互いに罪を擦り付け合いをすることは分かっている。
 呪術師もどちらの国が捕らえて引き出してくるか分からないが、いずれは捕まるだろう。
 呪術師が捕まればヨシュアにかけられた呪術を解く方法も考えられるはずだ。

 記憶を失ってからヨシュアはずっと体調不良ということで公の場には出ていない。魔術騎士団を率いて遠征にも出ていない。国民にも王配が害されたということは知れ渡っているし、それがグドリャナ王国かジルキン王国の仕業だということもすぐに広まるだろう。

 後は見舞いにやってくるラバン王国やハタッカ王国、バリエンダール共和国や獣人の国の使者に対応すればいいだけだった。

 グドリャナ王国とジルキン王国への支援を打ち切ることを告げてから龍王が青陵殿に戻ると、ヨシュアは庭で模擬剣を振るっていた。記憶を失って青陵殿に引きこもるようになってからもうすぐ二週間が経とうとしている。秋の始めだった季節もすっかりと秋に変わって風は涼しく、庭の木々も紅葉しているのが分かる。
 二週間もの期間青陵殿に引きこもり切りでは、ヨシュアも腕がなまってきただろうし、息も詰まってきただろう。
 模擬剣で一通り型をやってみせるヨシュアに、龍王も模擬剣を手に取った。

「相手にならないかもしれませんが、練習に付き合ってくれますか?」
「わたしでよければ喜んで」

 ヨシュアに切り込んで、軽々と打ち返されて、めげずに切り込んで、また打ち返される。無駄のない動きをしているヨシュアと違って、剣術の稽古を始めてまだふた月程度しか経っていない龍王は、すぐに息が切れてしまった。
 汗を拭っていると、ヨシュアが龍王の模擬剣を下から打ち上げる。
 じんと手に痺れが走って、模擬剣を取り落とした龍王に、ヨシュアが楽しそうに笑っていた。

「油断大敵ですよ」
「もう一度お願いします」

 模擬剣を拾ってもう一度打ち込むと、また簡単に打ち返される。何度も打ち込んでは打ち返されて、龍王は汗びっしょりになっていた。

「やはりヨシュアは強いですね」
「十二歳から魔術騎士を目指していましたからね。星宇も始めたばかりにしては筋がいいです」

 汗一つかいていないヨシュアの顔を龍王は呆然と見つめる。

「始めたばかりというのは、どうして分かりましたか?」
「どうしてでしょう? そんな気がして……」

 記憶を失ったヨシュアに龍王は剣術の稽古を始めたばかりだということは言っていなかった。それなのに自然にヨシュアの口から出てきた言葉に龍王はヨシュアに駆け寄る。

「記憶が戻ってきているのではないですか?」
「そうかもしれません」
「指輪……そう、わたしの左手の薬指と、ヨシュアの左手の薬指につけている指輪のこと、覚えていますか?」
「そういえば、これはラバン王国式の結婚指輪ですよね。わたしが手配しましたか?」
「そうです。覚えていますか?」
「いえ、覚えてはいません」

 記憶が戻ってきたのならば希望が持てると思ったのだが、まだヨシュアは完全には記憶は戻ってきていないようだ。それでも記憶が戻りかけている片鱗を見つけて、龍王は少しだけ安堵していた。

「記憶が少しずつでも戻りかけているのだったら、どれだけ時間をかけてもいいですから、ヨシュアの記憶が戻るのをわたしは待ちます」
「それは最終手段でしょう? 呪術師を捕らえれば記憶は全部戻るかもしれないのです」
「そうしたら、今、ヨシュアと話しているこのときの記憶はどうなるのでしょう?」

 記憶を失っていてもヨシュアは龍王を愛してくれた。龍王の愛を受け入れ、体も交わした。その記憶がなくなってしまうのが少し寂しいなどというのは贅沢なのだろうか。

「グドリャナ王国とジルキン王国に、王配が体調を崩しているので食糧支援は打ち切ると告げました」
「二国間で探り合って、呪術師の居場所を突き止めて突き出してくれるといいのですが」
「二国の王朝が変わるのであれば、それはそれで我が国は何も手出ししません」

 腹の奥から真っ黒な炎が燃え盛るような感覚がして、龍王は北のグドリャナ王国とジルキン王国を睨み付けるように鋭い視線を向ける。
 ヨシュアの記憶が失われたことに関して、一番心を痛め、苦しみ、つらい思いをしているのは龍王だ。
 王配の命を奪えば龍王の命も共に失われると分かっているからこそ、命は奪わないが王配を害する手段として記憶を奪ったのだろうが、それは龍王にとっては許しがたいできごとだった。

 グドリャナ王国とジルキン王国。
 どちらがヨシュアに手を出したのか。
 二国が協力して呪術師を雇ったのか。

 どんな結果であろうとも、龍王は事情を知っている様子の二国を許す気はなかった。
 ヨシュアの記憶がなくなってからもう二週間が経つ。
 それまでの四十六年の記憶があるから生活には困っていないが、龍王と愛し合った十年間の記憶がないというのは、やはり龍王には苦しいものがあった。
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