龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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四章 結婚十年目

7.戻らない記憶

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 王配のヨシュアが政務を休んでいるとなると、俊宇も梓晴も浩然も非常に心配していた。これまでの十年間、ヨシュアが病に倒れたこともなければ、怪我もほとんどしたことがない。それだけ健康で屈強なヨシュアが何日も政務の席に出ていない。
 ヨシュアが休んでいるので龍王もできるだけ休みを取って、龍王でないとできない政務以外は宰相や四大臣家に頼んでいる。

 公の場から龍王とヨシュアが姿を消してからもうすぐ一週間になる。

 記憶を消した呪術師の捜索は続けられていたが、獣人の国に紛れ込んでしまうと探すのが非常に難しくなる。魔術騎士団は、イザーク、シオン、サイモン、ジョエルの四人が龍王とヨシュアの護衛に残り、約半分が捜索に出ていて、残りの半分がヨシュアの記憶を取り戻すための方法を探している。
 龍王自身も出向きたい気持ちはあったし、ヨシュアも捜索や記憶を取り戻すための方法探しに参加したそうにしているが、龍王と王配という立場なので率先して動けない不自由さは感じていた。

 ヨシュアを心配しているのは俊宇たちだけではない。ラバン王国の国王一家もヨシュアが政務に参加しておらず、龍王もヨシュアについて休んでいると聞いてとても心配している。
 記憶を取り戻す方法を探るためにラバン王国国王にはヨシュアの状況を伝えているが、魔術ではなく呪術という時点で簡単に解けはしない様子である。

 龍王とヨシュアに会いたいと手紙を送ってくる俊宇に、龍王は覚悟を決めてヨシュアのことを話そうと決めた。

「ヨシュア、わたしの妹夫婦と甥に会ってくれますか?」
「今のわたしで構わないのでしたら会います」

 穏やかに答えるヨシュアが動揺していないことだけが龍王の救いだった。
 十年間の記憶がなくなって、龍王のことも志龍王国での暮らしもすべて忘れてしまったヨシュアが、それほど動揺せずに志龍王国の青陵殿での暮らしに馴染もうとしてくれている。
 一緒に見に行った劇では、龍王の出会いのときの最悪な台詞を聞いたにもかかわらず、龍王を冷ややかな目で見たり、軽蔑したりしなかった。

「ヨシュアは平気なのですか?」

 この状況にいることがつらくないのか。龍王と突然夫夫だと言われて一緒に暮らすようになって困っていないのか。
 聞いてみるとヨシュアは淡く微笑む。

「わたしは星宇様に秘密をすべて話したのでしょう? それだけ信頼していたのだと思います。それに魂の結びつきがあるからか、星宇様のそばにいると心が落ち着いて幸福な気分になるのです」

 玉を捧げておいてよかった。
 龍王は心からそう思っていた。玉を捧げていたからこそ、ヨシュアは記憶を失っても魂の結びつきで龍王のそばにいることを心地よいと思ってくれる。
 今更ヨシュアを失うことは考えられなかったから、龍王にとってはヨシュアが落ち着いていてくれることだけが心の救いだった。

 赤栄殿に出向いて梓晴と浩然と俊宇に会うと、妊娠してお腹の大きくなり始めている梓晴はヨシュアを見て歩み寄り、俊宇は突撃するようにヨシュアに抱き着く。

「ヨシュア義叔父上! お体は平気なの?」
「わたしは体は何ともないのですが、頭がちょっと……」
「頭が病気なの!?」
「ヨシュア、その言い方は俊宇が混乱します」

 驚いている俊宇に龍王が説明する。

「ヨシュアは悪い呪術師によって記憶を奪われてしまっているんだ。志龍王国に来たときのことから覚えていない」
「ヨシュア義叔父上は、わたしを覚えていないの!?」

 黒い目を丸くしてヨシュアを見上げる俊宇に、膝を突いて目線を合わせてヨシュアが手を差し伸べる。

「申し訳ありませんが、覚えていません。お名前を伺ってもいいですか?」
「俊宇だよ。ヨシュア義叔父上は、俊宇と呼んでくれてたんだ」
「俊宇殿下ですか」
「ただの俊宇。殿下はいらないよ」

 一生懸命な俊宇が助けを求めるように龍王を見たので、龍王はヨシュアに頷いて見せる。

「俊宇と呼んでやってください」
「それでは、俊宇。ご両親を紹介してくれますか?」
「母上は梓晴という名前で、今赤ちゃんがお腹にいるんだ。わたしの弟か妹だよ。父上は浩然という名前で、とても優しいよ」
「梓晴殿下、浩然殿下、記憶がなくなっていますが、これまで通りに接してくださると嬉しいです」
「王配陛下、記憶を失って大変なときに会いに来てくださってありがとうございます」
「早く記憶が戻ることを願っています」

 俊宇が両親を紹介して、梓晴と浩然がヨシュアに頭を下げる。

「記憶が失われている以外はとても元気なので、俊宇も梓晴殿下も浩然殿下も心配なさらないでください」
「兄上がどれほど気落ちされているか」
「義兄上、大丈夫ですか?」

 ヨシュアが明るく言うのに、梓晴と浩然は龍王を心配している。
 正直つらいのだが、ヨシュアがそばにいてくれれば、記憶がなかろうとヨシュアはヨシュアなのでそれほど心配はしていなかった。

「記憶を失っていてもヨシュアはヨシュアのままで、魂の繋がりがあるのでわたしのそばにいるのは嫌ではないと言ってくれているので安心してほしい」

 ヨシュアの生来の穏やかさと大らかさがなければ、耐えられなくなっていただろうが、ヨシュアは今も落ち着いて俊宇と梓晴と浩然に対応していた。
 青陵殿のヨシュアの部屋に戻ると、龍王は我慢できずにヨシュアの膝に乗りあがった。座っているヨシュアの膝を跨ぐようにして抱き着くと、髪を撫でられる。

「こういうことを普段していたわけですね」
「すみません、どうしても耐えられなくて」
「いいのですよ。普段通りに過ごすように医者にも言われました。星宇様も普段通りにわたしに接してください」

 自分のことを「おれ」と言って敬語をなくして喋るヨシュアに戻ってきてほしくてたまらない。ヨシュアの喋り方にまで口出しはしなかったが、龍王は喋るたびにヨシュアが十年の記憶と縮めた距離を失ってしまったのだと実感せずにはいられなかった。

「ヨシュア、愛しています」
「わたしも星宇様を愛していたのだと思います。抱き着かれても、膝の上に乗られても、可愛いとしか思わないですからね」

 記憶としては忘れていても体は覚えているのかもしれない。結び付けた魂にはお互いの存在が刻み込まれているのかもしれない。

「十年の記憶を忘れてしまったのがわたしでなくてよかったと思います。わたしはヨシュアのように落ち着いてはいられなかったでしょう」

 共に過ごした十年の記憶がなければ龍王は青陵殿に通ってこなかったと思う。通うことを進められてヨシュアと過ごせばすぐに好きになったに違いないのだが、最初の一歩が出なかった気がする。
 ヨシュアの方が記憶を失ったから、龍王が触れても拒まれないし、ある程度は落ち着いていられるのだと感じていた。

「ヨシュア……」

 口付けがしたい。
 深く抱き締めたい。
 その胸に顔を埋めたい。

 思うことはたくさんあるが、十年間の記憶がないヨシュアにそれを強要していいのかと悩んでしまう。
 口付けたいと言えば了承してくれるかもしれない。深く抱き締めたいと言えば許してくれるかもしれない。胸に顔を埋めたいと言えば苦笑して受け入れてくれるかもしれない。
 それでも、龍王のことを愛しているヨシュアではないのだと思い知らされると立ち直れない気がして、龍王は何も言えずにいた。
 一部だけ三つ編みにして、他を背に流している金色の髪がさらさらとヨシュアの肩で揺れている。
 ヨシュアに甘えるように龍王はヨシュアの肩に顔を埋めた。

「星宇様」

 可愛いですね。

 吐息のように囁いてヨシュアが龍王の髪を撫で、背中を撫でてくれる。
 ほぼ毎日のように性交をしていた体には、それだけの刺激でもぞくぞくと熱が集まるようで、龍王は欲望を必死に抑えていた。
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