龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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四章 結婚十年目

3.消えたヨシュアの十年間

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 ヨシュアが記憶をなくした。
 季節は秋に入ろうかという時期だった。
 魔術騎士団の遠征に出たときに、ヨシュアが突然倒れたのだ。
 遠征からヨシュアが帰るのを待っていた龍王は、帰ってきた魔術騎士団副団長のサイラスから報告を受けた。

「獣人の国との国境の諍いを治めていたときのことです。急に王配陛下が倒れました。魔術医の覚えのある魔術騎士に見せると、呪術を使われた痕跡が残っていたということです」
「我が王配の体調は?」
「健康面では全く問題はありません。ただ、記憶を失っているようなのです」

 細かいことはまだ調べていないのでヨシュアから直接聞くといいと言われて、龍王は午後の政務を取りやめて青陵殿に走った。
 嫌な予感でじっとりと汗をかいていた。

 青陵殿のヨシュアの部屋でネイサンに付き添われてヨシュアは医者にかかっていた。医者はヨシュアの聞き取りを行ったようだった。

「龍王陛下、恐れながら申し上げます。王配陛下は龍王陛下の元に嫁いでからの十年間の記憶が失われているようです」
「記憶が失われている!? 体には問題はないのか?」
「体は極めて健康です。記憶にだけ操作する呪術を使われたようです」
「それを解くことはできないのか?」
「呪術は魔術と根本が違います。代償を支払って成立するものです。呪術をかけた呪術師や代償が分からない限りは、簡単に解くことはできません」

 簡単なものならばヨシュア自身が解いているだろうが、それもできなかったのだろう。
 椅子に座っているヨシュアはいつも通りに見えたのだが、龍王は意思を同席させて話を聞いてみることにした。

「ヨシュア、わたしのことが分かりますか?」
「身分のある方とお見受けしますが、どなたかは分かりません」

 穏やかだがはっきりと答えるヨシュアに龍王の目の前が真っ暗になってくる。
 十年間ヨシュアとは共に過ごした。毎日のように睦み合って、ヨシュアとの愛を深めてきた。
 勢力が旺盛な若い龍族の龍王をヨシュアは大らかに受け入れてくれていた。

 最初の出会いこそ最悪だったが、それ以後気持ちを縮めてきた期間もあった。
 龍王にとっては一日一日がかけがえのない時間だった。

「わたしは志龍王国の龍王です。あなたはその王配として十年前に志龍王国に嫁いできました。最初はすれ違ったこともあったけれど、今は愛し合って、わたしはあなたにぎょくを捧げて、あなたと生死を共にする相手となりました」

 簡単すぎる説明にヨシュアは青い目を瞬かせている。

「玉を賜るような仲だったのですか。それでは、わたしの秘密も知っていますね」
「知っています」

 毎日湯あみは共に行っているし、夜は抱き合って眠っている。その話もしたかったが医師も同席しているのでヨシュアを恥ずかしがらせないために龍王は医師の方を見た。

「どれくらいで治るものなのか?」
「呪術を解析してみないと分かりません。呪術師の捕縛に魔術騎士団を向かわせていますが、呪術の痕跡だけでどれだけ追えるのか」

 いつ治るのか分からない。
 一番混乱しているのはヨシュアだろうが、意外と落ち着いているヨシュアに安堵しつつも、龍王は医者に命じていた。

「我が王配が一刻も早く記憶を取り戻すように治療してほしい」
「心得ております」
「そのためにはわたしは何をすればいい?」
「王配陛下に説明をされて、いつも通りに過ごしてくださいませ」

 いつも通りにと言われたが、完全にいつも通りに過ごすことはできない。
 ヨシュアも平静を装っているが気が付いたら異国にいて、そこの王配になっていたなどということは想定外だろう。
 調べを進めると下がっていった医師を見送って、龍王はヨシュアと話をすることに決めた。

「ヨシュア、ラバン王国のことは覚えていますか?」
「ラバン王国のことも兄夫婦のことも覚えています」
「今、あなたは何歳ですか?」
「四十六だと思います」

 四十六歳ならば、ヨシュアが志龍王国に来た年齢である。結婚から十年をすっかりと忘れているのならば、ラバン王国から嫁いでくる前のヨシュアになってしまっているということだろう。

「あなたは現在、五十六歳で、志龍王国に嫁いでから十年が経ちました。あなたは魔術騎士団を一個隊連れてきてくれて、その魔術騎士団が国境の町の警備に飛んでくれていて、十年前は領土を捧げられたばかりで増えた領土を治めることが難しかった志龍王国も落ち着きました」
「わたしは魔術騎士団を連れてきて、国を安定させるために龍王陛下に嫁いだのですね。志龍王国は大陸一の国土を持つ代わりに、軍備が足りていないと記憶しています」
「その軍備をあなたが埋めてくれました」

 まずはその説明から入ることにして、それから龍王とヨシュアの関係性についても話しておかなければいけない。

「わたしは最初はあなたに酷い態度を取ってしまったのですが、徐々にあなたと気持ちを通わせて、今はあなたのことを愛しているし、あなたもわたしのことを愛してくれています」
「そうなのですね。自分が誰かを愛する日が来るとは思っていなかったので、戸惑っています」
「青陵殿ではヨシュアと毎日一緒に湯あみをしているし、同じ寝台で眠っています」

 今までと同じように過ごすように医師には言われたので、これまでの過ごし方を伝えると、ヨシュアが声を潜めた。

「その……夜はどのようになっていたのでしょう?」
「閨ではイザークとシオンという魔術騎士の二人が警護について、寝台に音や姿が漏れない結界を張って、わたしがヨシュアを抱いていました」

 その表現については正しいかどうかは龍王にはよく分からない。ヨシュアの方が積極的で龍王を導いてくれることがほとんどだったし、龍王の旅の間にはヨシュアが手や口や胸で慰めてくれた。
 龍王の立派な中心が入るように解すのもほとんどヨシュアがやってくれているし、龍王の方が抱かれていると言っても過言ではない。

 それでも一応自分の方が入れる方で、ヨシュアの方が入れられる方だということははっきりと伝えておかなければいけなかった。

「抱かれる方だというのは、納得します。わたしは男性としてほとんど機能していませんし、抱こうとしても勃たないでしょうからね」

 妖精のヨシュアは性的な機能が弱い。中では感じてくれるが、男性器をこすったところでそれだけの刺激で達することはほぼなく、後ろの刺激があれば何とか達せる程度だった。
 そういうこともヨシュアは記憶がないのだから知らないことになる。
 それでも女性を抱いたことがないし、男性にも欲望を持ったことがないヨシュアは、性欲は強い方ではないのだろう。

「ちなみに、どれくらいの頻度で?」
「ほぼ毎日です」

 真剣に聞くヨシュアに龍王は事務的に答える。

「毎日……いつも通りに過ごせということは、それも含めますよね?」
「い、いえ、日常のことをいつも通りにということなので、夜のことは違うと思います。ヨシュアはわたしのこともよく分かっていないような状態です。できれば負担はかけたくありません」

 夜の心配をしてくるヨシュアに龍王は焦りつつも答える。
 気持ちのないヨシュアを抱いても虚しいだけだし、記憶がないのならばヨシュアは龍王に対して警戒心を抱くかもしれない。愛しているヨシュアに嫌がられるようなことはつらすぎるので龍王としてもやめておきたい。

「すみません、正直ほっとしています。龍王陛下と毎日体を交わしていたと言われても、実感がなくて、強要されたら抵抗してしまうのではないかと思っていたところです」
「気持ちが通じ合っていなかったときにわたしはヨシュアに口付けしました。結果、寝台から蹴り落とされました」
「それくらいなら、わたしだったらするでしょうね」

 力ずくでヨシュアを抱くことはできない。それは龍王にも分かっていた。
 龍王が性的なことは強要しないと分かるとヨシュアは緊張を解いたようだった。

「わたしは龍王陛下のことを何と呼んでいたのですか?」
「星宇と呼んでいました。わたしの名前です。そう呼んでくださって構いませんよ」
「星宇様……すみません、本当に実感がわかなくて」

 様付けで呼ばれてしまって龍王の胸に一抹の寂しさが宿る。
 ヨシュアは自然に呼んでいるつもりなのだが、龍王にとってはそれは距離を置かれているようで落ち着かないし、苦しい呼び名だった。
 それでも龍王陛下と呼ばれるよりはまだいい。

「呪術を解く方法は魔術騎士団に探らせています。呪術師も捕らえさせるつもりです。それまでは、青陵殿で静かに暮らしてください」
「魔術騎士団を率いて遠征に出るのは無理ですか?」
「それもやめておいてほしいと思っています。普段ならばわたしと一緒に玉座に座って政務に当たっていたのですが、それも王配は体調不良ということで休みにします」
「星宇様は政務に当たられるのですか?」
「わたしもできる限り休みを取って、あなたのそばにいたいと思っています」

 自分の存在が記憶を呼び戻す鍵になればいい。
 そう思って申し出る龍王に、ヨシュアは納得したのか、小さく頷いていた。

 ヨシュアが思った以上に聞き分けがよく、大人しいので龍王は少し拍子抜けしていた。
 最初に出会ったことのヨシュアの態度は非常に冷ややかだった。
 それも龍王が顔合わせのときに酷い言葉を浴びせかけてしまったからなのだが、その酷い言葉もヨシュアは覚えていない様子だった。

「龍王陛下と王配陛下の出会いを王都の劇団が演じています。それを見に行くのもいいかもしれません」

 ネイサンが口添えしてくれるが、最初の最悪な出会いをヨシュアに知られてしまうのが怖くて、龍王はあまり乗り気ではなかった。
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