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三章 甥の誕生と六年目まで

16.俊宇の願い

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 数日にわたる旅から帰ると、梓晴からお願いの手紙が届いていた。
 どうやら俊宇が龍王とヨシュアに会いたがっているようなのだ。
 ヨシュアは甥や姪がいるし、従兄弟も小さなころから可愛がっていたので小さな子が好きで、可愛いと思う。龍王はまだ小さな子に慣れていないようだったが、俊宇はそんな龍王にも懐いている様子である。

 夏を前にもうすぐ三歳になる俊宇を訪ねて赤栄殿に行けば、俊宇は走ってきてヨシュアと龍王にかわるがわる抱き着いた。

「おじーえ! おじーえ!」
「どうした、俊宇」
「どうされましたか、俊宇殿下」

 龍王とヨシュアが問いかけると、俊宇は丸い黒い目を煌めかせている。

「せいりょーでん、にゃーにゃとどあごん、いる?」
「猫の獣人のジャックとドラゴンがいるな」
「わたち、にゃーにゃとどあごんにあいたいの」

 俊宇の望みはジャックとドラゴンに会うことだった。
 ジャックもドラゴンもまだ幼いが、俊宇に会わせるのは問題ないのだが、龍王は微妙な顔をしている。

「青陵殿は龍王と伴侶しか入れない宮殿なのだが……」
「兄上、義兄上、俊宇が我が儘を言って申し訳ありません」
「にゃーにゃとどあごん、いるよ?」
「それは青陵殿には入っていないのだ。庭に建てた小屋に住んで、厩舎に行くことを許しているだけで」
「わたちもにわにいきたい!」

 庭ならば許しているというのを上手に使った俊宇の言葉にヨシュアは笑ってしまう。

「星宇、いいではないですか。こんなに一生懸命会いたいと言っているのですよ」
「だが、わたし以外の男性がヨシュアの住む宮殿の敷地内に入るのは……」
「子睿殿下のお父上も、ネイサンもイザークもシオンも、警護の兵士もいるではないですか」
「それはそうなのですが」

 あまり乗り気ではない龍王に、ヨシュアは腰を抱いて引き寄せる。

「わたしは星宇以外に心惹かれたりしません。わたしが望まない相手に何かされることはないと分かっているでしょう?」

 それだけの強さがヨシュアにはあると龍王は知っているはずだ。
 龍王に言えば、仕方なく俊宇を青陵殿の庭に招くことを許していた。

 ヨシュアが俊宇を抱き上げると、龍王がじっとヨシュアを見てくる。

「俊宇はわたしにも似ていると思うのです」
「甥ですから、似ることもあるでしょうね」
「ヨシュアは俊宇を可愛がっている。わたしも俊宇が可愛くないわけではない。でも、複雑なのです」

 まさか二歳の俊宇に嫉妬しているとは思わなかったのでヨシュアは思い切り笑ってしまった。龍王はヨシュアが俊宇を可愛がっているのが心配な様子である。

「それでは、星宇が抱っこしますか?」
「いいでしょう。俊宇、こっちに」
「おじーえ!」

 素直に龍王に抱っこされた俊宇は大人しい。
 願いがかなえられるからかもしれなかった。

 青陵殿の庭に着くと、龍王は厩舎の前で俊宇を降ろした。厩舎の中に駆け込んでいく俊宇にヨシュアも龍王も付き添うように入っていく。
 厩舎の中では青毛の馬と鹿毛の馬とドラゴンが並んだ馬房に入っていた。ドラゴンの馬房ではマンドラゴラがドラゴンの世話を焼き、ジャックがドラゴンの水桶の水を替えている。

「龍王陛下、王配陛下、いらっしゃいませ。そちらの小さなお方はどなたでしょう?」
「わたち、ジュンユー!」
「俊宇様と仰るのですね。わたしはジャックと申します」

 奴隷だった名残なのかジャックは誰に対しても非常に丁寧な喋り方をする。俊宇に頭を下げているジャックに、ヨシュアが教える。

「俊宇殿下は龍王陛下の妹君のお子様で、甥なので、殿下とお呼びしなさい」
「分かりました。失礼いたしました、俊宇殿下」
「しつれー、ない! ジャック、おみみとおしっぽにさわらせて!」

 好奇心旺盛な俊宇が身を乗り出すと、ジャックは水桶を置いてから、俊宇の前に膝を突いて頭を尻尾を差し出した。俊宇は小さなお手手でジャックの耳を撫で、尻尾を撫でて目を輝かせる。

「ふわふわ! おじーえ、ふわふわ!」
「よかったな、俊宇」
「わたち、どあごん、さわりたい」
「馬房に入れてもらおう。ジャック、俊宇を馬房に入れてやってくれ」

 龍王の言葉に、ジャックが馬房の入り口を開けて俊宇を招いてくれる。入り口を開けなくても柵の間から俊宇は入れそうだったが、一応許可を得てしか入らない辺りはちゃんと教育が行き届いている。

 マンドラゴラにあやされて大人しくしていたドラゴンだが、入ってきた俊宇に赤い目を丸くしてじっと警戒している。

「どあごん、さわっていー?」
「俊宇殿下の触られて困るところはどこですか?」
「えーっと、おめめ、らめ! おくちも、や! おしりも、おちんちんも、めっ!」
「それでは、ドラゴンも同じだと思って触ってください」
「あい!」

 どこを触ってはいけないのか教えたヨシュアに、俊宇は真剣な顔で頷いてドラゴンのぽやぽやの背中の鬣を撫でて、宝石のような鱗のお腹も撫でていた。

「かーいーね。おそら、とべう?」
「まだ小さいので空は飛べません。でももう少し大きくなれば飛べると思います」
「わたち、おせなかのって、おそら、とびちゃい」

 ドラゴンの成長速度がどれほどかは分からないが、大型犬くらいの大きさで生まれてきて、今は仔馬くらいの大きさになっている。もう少し大きくなれば騎乗することも無理ではないのではないだろうか。

「俊宇殿下がもう少し大きくなれば乗れるようになると思います」
「たのちみ。おじーえ、あじがとごじゃまちた」

 深く頭を下げて俊宇はヨシュアと龍王にお礼を言っていた。もう少しドラゴンやジャックと遊びたそうだったが、疲れて眠くなってきたのかもしれない。
 赤栄殿に送る帰りに龍王が俊宇を抱っこしていると、俊宇はぐっすりと眠ってしまっていた。

 赤栄殿で待っていた梓晴は眠ってしまっていた俊宇を抱き取り、話を聞いた。

「俊宇はいい子でしたか? ご迷惑はおかけしませんでしたか?」
「とてもいい子でしたよ。獣人のジャックには耳と尻尾を触らせてもらって、ドラゴンの鬣とお腹を撫でて満足していました」
「乱暴なことはしませんでしたか?」
「どこを触られては嫌だということはちゃんとお分かりでしたよ」

 ヨシュアが説明すると梓晴も安堵している様子だった。

 俊宇が部屋に運ばれて寝かしつけられて、龍王とヨシュアは梓晴と浩然にお茶に招かれて赤栄殿で一緒にお茶をした。
 水菓子と茉莉花茶が出されて、龍王とヨシュアはそれをいただく。

「旅から帰ったばかりでお疲れのところを煩わせてしまって申し訳ありません」
「構わないよ、浩然。可愛い甥の頼みだ」

 俊宇が意外にもいい子だったので龍王も落ち着いてきているようだった。二歳の甥に嫉妬するのは驚いてしまったけれど、俊宇はどこか龍王に似ているのでそんな気持ちが起きても仕方がないのかもしれない。

「俊宇殿下はとても大人しくて、ジャックにもドラゴンにも節度と優しさをもって接していました」
「それならばよかったです。俊宇も最近は我が儘が多くなってきて、困っていたところです」
「どうしてもジャック殿とドラゴンに会いたいと言って、ひっくり返って泣き喚いたのですよ」

 満たされていたからかもしれないが、ヨシュアと龍王の前ではそんなことはしなかったが、俊宇はなかなかのイヤイヤ期のようだった。

「わたしの姪も小さなころはそんな感じでした。お許しがあれば、わたしの甥のジェレミーと俊宇殿下を会わせてもいいかもしれませんね。ジェレミーは冬生まれで俊宇殿下よりも少し早い生まれですが、年はほとんど変わりません」

 冬に三歳になったジェレミーと、夏に三歳になる俊宇はいい友達同士になれるかもしれない。
 そう思っていると、龍王がジェレミーのことを思い出したのだろう、複雑そうな表情になっていた。

「ジェレミー殿下は、なかなかにやんちゃでしたね……」
「男の子はあんなものですよ」
「俊宇と二人揃うと大変なことになるのではないでしょうか」

 レイチェルの結婚式会場を駆け回っていたジェレミーの様子を思い出して渋い顔になっている龍王に、ヨシュアは苦笑してしまう。

「星宇は子どもに慣れた方がいいですよ」

 そう囁くと、梓晴が「それならば」と手を叩く。

「俊宇が『おじうえとおとまりをしたい』とずっと言っているのです。夜中にオムツを抱き締めて、青陵殿に向かおうとしたときには必死で止めました」
「それは止めていてくれ」
「俊宇殿下がお泊りに。それは楽しそうですね」
「ヨシュア」
「いいではないですか、星宇。お泊りに来てくれるなんて、今の時期だけですよ。甥を可愛がりたくはないのですか?」

 ヨシュアの問いかけに、「わたしは寛容さを試されている気がします」と龍王は渋い顔をしていた。
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