龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
75 / 150
三章 甥の誕生と六年目まで

15.帰りの町で

しおりを挟む
 旅の間、ヨシュアは湯殿でひと払いをして、ネイサンに見張らせて龍王の欲望の処理をしてくれた。口で咥えられるのも、舐められるのも、胸で挟まれるのも気持ちよくて龍王は満足して眠りにつけたのだが、獣人の国との会談が終わって領主の館で休む時間になって、ふと龍王の頭を大きな疑問がよぎった。

 ヨシュアは龍王と性交するまで経験はなかったはずである。女性は苦手で、男性とはそういうことをする気にならなかった。そのはずなのに、どうしてそんな行為を知っていたのだろう。
 もしかするとヨシュアにそういう経験があったのではないかと考えると、それだけで胸の中がどんよりと曇ってくる。
 寝台に横たわってヨシュアの体に抱き着きながら龍王は口に出して聞いてみた。

「ヨシュアが口や胸でわたしを慰めてくれるのですが」
「気持ちよくなかったか?」
「いえ、すごく気持ちいいし、素晴らしいのですが、誰から習ったのですか?」
「習ってはないな」
「ヨシュアがされたことではないのですか?」

 思わず身を乗り出してヨシュアに跨るようにして詰め寄ると、ヨシュアが龍王の唇に軽く自分の唇を触れ合わせて、抱き締めて背中を撫でる。宥められるようなしぐさだが、何日もヨシュアと体を繋げていない龍王は高まってしまいそうになる。

「魔術騎士団で娼館に行くものがいて、そういうものが武勇伝のように今日の娼妓はこんなことをしてくれたと大声で話していたのを聞いたことがある。そういう知識からかな」
「ヨシュアはされていないのですね」
「そういう経験はないよ。そもそも、おれは他人に肌を晒すのが禁忌だろう?」

 ヨシュアの背中には妖精の薄翅の模様がある。畳まれた妖精の薄翅を最近はラバン王国の妖精の薄翅を模したものが生える特製の魔術インクと誤魔化すことができるのだが、それでもヨシュアはまだ薄翅を外で見せたことはない。
 湯殿で龍王と二人きりのときには広げることがあるが、それくらいだ。
 王族という世話をされる立場で薄翅の存在を隠すのは大変だっただろうが、ヨシュアの兄であるラバン王国の国王一家と乳母のエヴァと乳兄弟のネイサン、それに志龍王国に来てからは龍王の妹である梓晴と亡くなった前王妃にしか知らせていなかったその秘密を、龍王は打ち明けられただけでなく実際に見せてもらえる立場にいる一人だった。

「ヨシュアに触れたい」

 寝台の上で上半身を起こしたヨシュアの背中に腕を回して、寝間着の上からかりかりと翅のある場所を引っ掻くと、ヨシュアが龍王の髪を優しく撫でて、前髪を掻き上げて額に口付けを落とす。

「出先では無理だって言ってるだろう」
「ヨシュアが足りません」
「帰ったらたっぷりあげるから」

 甘やかすように顔中に口付けを落として、背中を撫でて抱き締めて眠ろうとするヨシュアの逞しい腕から逃れられず、龍王はしばらく足掻いていたが、諦めてヨシュアのふわふわの胸を枕にして眠りについた。

 翌朝には帰路につく龍王とヨシュアだが、帰りは別の町を通る道筋で行かなければいけない。できる限り多くの町に立ち寄ることが龍王とヨシュアの仕事であり、慈善事業として水の加護を行き渡らせるためでもあった。

 昼過ぎに町に着いた龍王とヨシュアは領主に歓迎を受け、客間で休んでいた。
 客間でネイサンに茶を入れてもらおうとしていると、ヨシュアが龍王に囁く。

「こっそり町に出てみないか?」
「ばれませんかね?」
「おれは髪の色を変えていくし、星宇は派手で重い服を着替えて髪型を変えればいい」

 ネイサンに準備させて簡素な長衣と下衣に着替えると、ヨシュアは魔術騎士団の紺色の長衣に着替えていた。髪の色は豪奢な金髪から茶色に変わっている。
 長身で美形で目立つのだが、それでも魔術騎士団ならこれくらいの美丈夫がいてもおかしくはないだろうと思われているに違いない。

 髪も簡単に結った龍王の手を引いて、ヨシュアは領主の屋敷から抜け出した。
 町はお祭り騒ぎになっているようだ。
 いつも通り護衛にシオンとイザークが付いてきている。

「魔術騎士団のお兄さん、お安くしとくよ」
「今日は龍王陛下と王配陛下がお越しになったから祭りを開くことになったんだ」
「豚肉の串焼き、うまいよ?」
「こっちの焼き饅頭も絶品さ」

 魔術騎士というだけで親し気に声を掛けられるのは、それだけ王配であるヨシュアの存在がこの国で大きくなっているからだろう。龍王は王配を寵愛しているし、王配であるヨシュアは何かあれば国のどこにでも転移魔術で駆け付ける。
 魔術騎士団への信頼が町の人々からも感じられた。

「豚肉の串焼きを四本、焼き饅頭も四つもらおう」
「毎度あり!」
「ここで食べていくかい? 広場の中央に座る場所がある」

 串焼きと焼き饅頭を大きな木の葉に包んでくれる露店の主人たちが、親切に教えてくれる。
 広場の中央に設置された木箱や樽で作られた座る場所に座って、ヨシュアが龍王にまずは串焼きを渡してくれる。
 塩加減が抜群で焼き立ての串焼きは肉が柔らかくて脂が程よく落ちていてとても美味しい。
 はふはふといいながら食べていると、ヨシュアが食べ終えて焼き饅頭を食べていた。ニラと豚肉の入っている焼き饅頭は皮が油でパリッと焼かれていて美味しい。
 どちらも味わって食べていると、イザークが果実水を買って来てくれる。

「喉が渇きませんか?」
「ありがとう、イザーク」

 お礼を言って受け取って飲むと、果実の甘さが水に溶けてすっきりとして口の中がさっぱりする。
 全員が食べ終えて次の場所を探していると、飾り物を売っている露店が見えた。
 指輪や腕輪や首飾りや耳飾りを売っていて、はめられているのは宝石ではなく硝子だがよく磨かれていてとても美しい。

「ヨ……ジョシュ、この青い硝子の飾られた腕輪、あなたに似合いそうです」
「この大きさだとおれには入らないな。星、あなたがつけたらどうかな?」
「わたしがジョシュの色を身に着けるのですか?」

 腕輪は確かに小さくてヨシュアの逞しい腕には通りそうもなかった。しょんぼりしていると、店主が青い硝子のはまった首飾りを見せてくれる。

「その腕輪とお揃いなんだ。二人は恋人同士のように見える。お揃いでいかがかな?」
「当ててみてもいいか?」
「どうぞどうぞ」

 許可を取ってヨシュアの首に首飾りを当てると、はめられているのは硝子で金属も安価なものだとは分かっているが、ヨシュアに似合う気がしてしまう。

「この腕輪と首飾りをもらいたい。あ、ジョシュ、わたしはお金を持ってなかったです」
「おれが払うよ、星」

 シンと呼ばれると本名に近いので胸が暖かくなる。
 ヨシュアが支払って買ってくれて、無事に龍王は腕輪と首飾りを手に入れた。

 広場の中央に行けば、音楽が聞こえてくる。
 楽団が琵琶や横笛や縦笛で演奏をしているようなのだ。
 楽団の音楽に合わせて踊っている人々も見える。

「星、踊ろう!」
「え!? わたし、踊り方を知りません」

 踊ったことがない龍王の手を取ってヨシュアが踊りの輪に入っていく。

「適当でいいんだよ、適当で」
「適当が分かりません」
「音楽に合わせて体を揺らしていればいい」

 龍王の肩に手を置いて腰を抱いて踊るヨシュアに、見よう見まねで龍王も踊った。
 一曲が終わるころにはコツを掴んで、なんとなく踊れるようになっていた。

 背の高いヨシュアと細身の龍王の踊りに周囲の視線が集まっている気がする。踊り終えると、ヨシュアと龍王は領主の屋敷に戻った。

 客間で夜の宴に備えて着替えていると、ヨシュアが首飾りを付けてくれている。龍王も腕輪を付けることにした。

 龍王と王配が付けるにしては安価すぎる首飾りと腕輪だったが、二人が満足そうにしているので誰も文句は言わなかった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

【完結】「妹の身代わりに殺戮の王子に嫁がされた王女。離宮の庭で妖精とじゃがいもを育ててたら、殿下の溺愛が始まりました」

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるヒロインは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンや腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしヒロインはそれでもなんとか暮らしていた。  ヒロインの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はヒロインに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたヒロインは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 ※カクヨムにも投稿してます。カクヨム先行投稿。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※2023年9月17日女性向けホットランキング1位まで上がりました。ありがとうございます。 ※2023年9月20日恋愛ジャンル1位まで上がりました。ありがとうございます。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...