龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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二章 龍王と王配の二年目

19.龍王の黒歴史

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 梓晴と浩然は十日間の静養期間に入った。
 三日で熱は下がったようだが、暇だったようで龍王とヨシュアは昼餉に誘われた。
 もう毒見もしてもらわなくても毒が検知できるようになっているし、龍王は快くそれに応じた。
 赤栄殿に出向くと、長い黒髪を結って飾りは何もつけていない梓晴と、同じく黒髪をくくっているだけの浩然が、楽な格好で出迎えてくれる。梓晴と結婚して浩然も王族となっていたので大袈裟な格好で出迎えることはいらないと先に伝えてあったのだ。静養中なのでそれに合わせた格好で構わないと。
 政務を終えた後に一度青陵殿に出向いてヨシュアと一緒に着替えてきたので、龍王とヨシュアも簡素な格好だった。夏が近づいていて、赤栄殿はきつい日光に晒されていた。日陰は涼しいし、窓から吹き込む風は涼しいのだが、室内は若干暑い。
 汗ばむほどではなかったので氷柱は立てなかったが、近々必要になってくる日も近いだろう。

 去年の今頃は龍王はヨシュアと食事を摂り始めて、ヨシュアに心惹かれるようになったころだった。
 長命の龍王とヨシュアにとって一年はあっという間に過ぎ去る。

「そういえば、兄上、王配陛下に初めてお会いになったときに、『あなたを愛するつもりはない』などと仰ったのですって?」
「梓晴、それを誰に聞いた!?」
「宰相閣下に聞きました。王配陛下には『あなたはアクセサリーを愛する変態なのですか?』と言い返されたとか。宰相閣下はお二人の将来に不安を感じたそうですよ」

 夫である浩然の祖父であるから、宰相は梓晴の義理の祖父ともなる。そういう話を笑い話として聞いたのであれば仲がいいことに安心はするのだが、内容が自分たちのことなので龍王は恥ずかしくなってしまう。

「あれは、わたしがまだ愛というものを知らなかったがゆえなのだ」
「今ではこんなに仲睦まじいですものね」
「ヨシュアがいなければわたしは生きていけない」

 最初の最悪の出会いを苦々しく思い出していると、ヨシュアが口元に手をやっているのが分かる。笑いを堪えているのだ。

「笑ってくれて構いませんよ。わたしは愚かだったのですから」
「わたしこそ、変態などと言って意地が悪かったですね」
「あなたは装飾品アクセサリーなどではなかった。わたしの大事な方です」

 手を重ねて握ると、ヨシュアからも握り返される。
 その手には金の指輪がはまっていた。

「龍王陛下、その指輪は魔術がかかっているのですか? 最近はずっと着けておられるように思います」
「わたしのことは『義兄』と呼んでもらえると嬉しい、浩然。これは結婚記念日にヨシュアがくれたのだ。ラバン王国では結婚すると指輪を交換して、心臓に一番近い左手の薬指に付けるらしい。装飾がないのは、魔術がかかっているからというのもあるが、ずっとつけていられるようにとのことだ」

 説明すると、浩然は黒い目を丸くしてじっと龍王とヨシュアの左手の薬指の金の指輪を見ている。金色はヨシュアの髪の色であるし、常に身に着けておきたいので特に装飾がない点も気に入っていた。

 ヨシュアが指輪を薬指から外して、裏側を見せる。

「わたしのものには、ラバン王国の文字で『星宇よりヨシュアへ』と、星宇のものには『ヨシュアより星宇へ』と彫られてあります」
「そうだったのですね。ラバン王国の文字ではわたしの名前はこのように書くのですか」
「イニシャルと言って、名前の一番最初の文字だけを抜き出して短縮するのですよ」
「なるほど」

 ヨシュアの説明を受けて龍王も指輪を外して裏側を確認する。
 イニシャルというものを知らなかったので、何か彫られていることは気付いていたが、それが龍王とヨシュアの名前を示していたとは知らなかった。

「素敵な風習ですね。わたくしも浩然との結婚一年目に、ラバン王国に指輪を注文しましょうか」
「頼んでくだされば、わたしがラバン王国に伝えますよ」
「王配陛下、そのときはよろしくお願いします」

 梓晴と浩然に頼まれて、ヨシュアは穏やかに微笑んで頷いていた。

 昼餉が終わるころに、雨が降ってきたのに龍王は気付いた。
 土砂降りというほどではないが、そこそこ強い雨が赤栄殿の屋根を打っている。

「今日は雨が降るはずではなかったような」
「星宇はそんなことまで管理しているのですか?」
「一応、どこにどれくらいの雨量を降らせるかは把握しているつもりです。多すぎると雨は恵ではなく災害になりますし、少なすぎると豊かな実りが得られません」

 雨の降る日や時間は把握しているつもりだったのに、急な雨を不審に思って、龍王は心当たりのある場所に行ってみることにした。
 ヨシュアも一緒についてきてくれる。
 王宮を抜けて離れの棟に向かうと、雨は上がりかけていた。
 離れの庭では龍王の従兄弟である子睿が傘を差して庭に植えられた植物を見ていた。

「子睿、この雨を降らせたのはそなたか?」
「龍王陛下、王配陛下、いかがなさいましたか?」
「予定にない雨だったので、確認しに来た。子睿、雨を望んだか?」
「はい。菜園に苗を植え変えたばかりだったので、一雨来ないかと空を見ていたら、雨が降ってきました」

 無意識のようだが、子睿は水の加護の力を使ったようだ。
 これくらいの雨ならばどれだけでも調整が聞くのだが、たびたびでは困るので子睿には言い聞かせておく。

「王族が雨を望むと本当に雨が降る。子睿、そなたにも水の加護の力がある。志龍王国の雨量は龍王であるわたしが調整しているので、それを乱すようなことがないようにしてほしい」
「この雨はわたしが降らせたのですか!?」
「それだけの力がそなたにはあるのだ。龍王の従兄弟にして、前々龍王の孫。わたしとそなたは血の濃さは変わらないのだと思う」

 これだけ血の濃い龍族が生まれてしまったからこそ、叔父夫婦は魔が差したのだともいえる。龍王を殺してしまえば、次の龍王を継ぐ相手はいなくなる。
 毒殺をされそうになって、龍王は死にかけて苦しんだが、それも昔の話。子睿に責任を負わせようという気は全くない。そのころ子睿は赤子だったのだし、両親のことを全く知らずにハタッカ王国で養父母に育てられた。

「子睿は水の加護の使い方も覚えなければいけないな。わたしが教えるので、自分で無意識に使わないように気を付けるように」
「龍王陛下直々に教えていただけるのですね。できる限り、雨を望むことがないようにいたします。今回は失礼を致しました」
「いや、子睿は何も知らなかったのだ。謝ることはない。これから学んでいこう」

 自分以外に水の加護の力を操れる王族がいることに、龍王は安心もしていた。龍王が何かの事故で命を落としたとしても、子睿が代わりに龍王になってくれる。梓晴に子どもが生まれて、その子どもが成長するまでの間、子睿がこの国を守ってくれる。

「わたしに何かあったときには、子睿が一時的に龍王となり、梓晴の子が生まれ、育つまでこの国を守ってほしい」
「わたしにそのような重大な責務がこなせるでしょうか」
「子睿は今様々なことを学んでいる。すぐにできるようになると思う」

 雨がやんで傘を畳んだ子睿が濡れた土の上に膝を突こうとするのを、龍王は止めてその手を握った。まだ幼さの残る従兄弟は、真剣に龍王の話を聞いてくれていた。

「龍王陛下のことは王配陛下がお守りになるので、万が一のことは起きないと思いますが、何かありましたら、一時的に龍王陛下のお仕事を肩代わりできるようによく学んでおきます。お二人が政務を休んでどこかにお出かけになりたいこともあるかもしれませんし」

 子睿に言われて龍王はヨシュアを見る。

「ラバン王国に行ってみてもいいですね。国王陛下や姪御殿にあなたの話を聞いてみたい」
「ご自分が恥ずかしい話をされたので、わたしにもないか、探ってみるのですか?」
「それもいいかもしれません」

 雨上がりの空はよく晴れて、虹がかかっていた。
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