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二章 龍王と王配の二年目

16.龍王の誕生日

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 ヨシュアの誕生日は龍王に盛大に祝ってもらった。
 庭に作られていた馬の雪像は、溶けないように龍王が水の加護の力を使って、ヨシュアの部屋の入り口に飾られている。
 躍動感あふれる雪像に目を楽しませていると、龍王が起きてきた。
 朝は毎日二人で祈る。
 志龍王国の隅々まで水の加護が行き渡るように祈れば、龍王とヨシュアを中心に水の波紋のように水の加護の力が広がっていくのを感じる。大量の水の精霊が生まれて飛び去って行く様は見事としか言いようがない。
 玉を賜る前も龍王の水の加護の力は感じ取っていたし、尊敬していたが、玉を賜ってヨシュアも水の加護の力が使えるようになると、それを使いこなすのは決して容易ではなく、龍王への尊敬が高まった。

 祈りを終えると二人で着替えて朝餉を取る。
 それが龍王とヨシュアの日課だった。

 龍王の誕生日は春である。
 龍王とヨシュアは春に結婚したのだが、結婚の直前に二十五歳になったのだと知ると、随分と若い相手と結婚してしまったものだとヨシュアは思わずにはいられない。

 ヨシュアも龍王を祝うつもりではあるのだが、龍王の誕生日は国の式典になっているので、個人的に祝うのは難しい。
 贈り物を用意するにしても、相手は大陸一広大で豊かな志龍王国を統べる龍王なのだ。持っていないものなどないだろう。

 どんな風に龍王を祝うべきか考えているうちに、冬が過ぎて雪が溶け、龍王の誕生日が近くなっていた。

 ヨシュアは龍王の誕生日に何をすべきか直前になって決めることができた。

「星宇の誕生日には考えていることがある。協力してくれるか?」
「わたしの協力が必要なのですか? ヨシュアのためなら何でもしますよ」

 快諾してくれた龍王にヨシュアは考えていることを告げてみた。龍王はそれに賛同してくれて一緒にしてくれることになった。

 龍王の誕生日は国中で祝われる。
 この日、二十六歳になった龍王に朝一番でお祝いの言葉を言ったのはヨシュアだ。

「星宇、二十六歳おめでとう」
「ありがとうございます。わたしが龍王位を務めるのも、残り二百九十四年になりました」

 龍王位に就いてから三百年経ったら次代の龍王に王位を譲って、ヨシュアと二人で旅に出る。その約束を龍王は忘れていなかった。
 残り二百九十四年というと気が遠くなるような時間だが、それ以上の長いときを龍王とヨシュアは生きていかなければならない。それを考えると、二百九十四年は過ぎてしまえば一瞬に思えるのかもしれない。

 朝の祈りを終えて、朝餉を食べ終えると、豪華な宝石と刺繍で飾られた衣装に着替えて龍王が冠を被ると、ヨシュアは髪を一部だけ編んでそれ以外は垂らして式典に臨んだ。

 式典では宮殿の城壁の上に立って、民衆に手を振って挨拶をしたり、たくさんの異国の使者から挨拶を受けたり、宰相と四大臣家の当主から挨拶を受けたり、祝いの品をもらったり、目まぐるしく一日が過ぎて行った。
 昼餉を取る暇もなく、夕方まで式典に追われていたヨシュアと龍王がやっと解放されてからしたのは、赤栄殿に向かうことだった。
 赤栄殿では、前王妃と梓晴と浩然と子睿が龍王とヨシュアを待っていた。

「龍王陛下、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます、母上」
「兄上、おめでとうございます」
「ありがとう、梓晴」
「龍王陛下にとってこの一年が喜びの多い年になるように願っております」
「そうなるといいな。ありがとう、子睿」

 子睿も教育を受けて、王宮に馴染んできた様子である。
 身長も少し伸びたようで、健康的な体付きになってきている。

 龍王が挨拶を受けた後で、ヨシュアと龍王は改めて前王妃に向き直った。

「前王妃殿下、わたしは龍王陛下にお誕生日に何を差し上げようと考えて、辿り着いたのが、前王妃殿下にお礼を申し上げることでした」
「王配陛下、なにゆえに!?」
「二十六年前のこの日、前王妃殿下はわたしの愛しい龍王陛下を産んでくださった。妊娠、出産は女性は命がけと言います。大変だったこともあったでしょう。それを乗り越えて、龍王陛下を産んでくださったこの日に、前王妃殿下に感謝を捧げます」
「母上、わたしを産んでくださってありがとうございます。わたしは幼い日に子種をなくしたことでこの世に絶望していました。しかし、愛する王配と出会うことができて、生まれてきてよかったと心から思っております。母上、本当にありがとうございます」

 ヨシュアと龍王で頭を下げてお礼を述べると、前王妃の黒い目が潤む。

「わたくしと前龍王陛下との間にはずっと子どもができませんでした。前龍王陛下は妾妃を迎えるようにと何度も言われていました。わたくしも前龍王陛下に妾妃を迎えた方がいいのではないかとお伝えしたことがあります。しかし、前龍王陛下は決してお心を曲げなかった。わたくしだけを愛していると仰ってくださったのです」

 龍王が生まれたのは前龍王と前王妃が結婚して百年以上経ってからのことだとヨシュアも聞いている。それだけの時間が経っていたのだ。様々な葛藤があっただろう。

「龍王陛下がお生まれになったときには、前龍王陛下もとてもお喜びになって、『この子は星の巡りと宇宙を統べる子になる』と星宇という名をお付けになられました」

 その後、龍王が五歳で病に倒れたときには前王妃の嘆きはいかほどだっただろう。

「わたしが子種がなくなったのはわたしの責任ではないのですが、母上と今は亡き父上をどれほど悲しませたか、今でも胸が痛いです」
「子種がなくなる病にかかったときには、どうか生き延びてほしいと毎日祈りました。結果として龍王陛下の子種はなくなりましたが、命は助かりました。親というのは愚かなものです。病にかかったときには生きていてくれればそれでいいと祈っていたのに、子種がなくなったと聞いたときには嘆き悲しんだものです」
「母上のせいではありません」
「龍王陛下のせいでもありません。全ては病のせい。龍王陛下にはつらい思いをさせました。王配陛下が共にいてくださることで、龍王陛下の憂いがなくなったのだったら、それ以上に嬉しいことはありません。王配陛下、今後とも龍王陛下をよろしくお願いします」

 母子の会話を聞いてヨシュアは前王妃に深く頭を下げていた。

「母上に感謝の言葉を捧げようと提案してくれたのは王配なのです。わたしは私的な場面では王配をヨシュアと呼ばせてもらっているのですが、家族のいる場でもそう呼んでも構わないでしょうか?」
「王配陛下は龍王陛下をどう呼んでいらっしゃるのですか?」
「星宇と呼んでくれています。わたしが父上に付けてもらった大事な名前を、唯一、ヨシュアだけに呼んでもらっています」
「素晴らしいことです。ぜひわたくしたちの前でもそのようにしてください」

 促されてヨシュアは龍王を家族だけのときには星宇と呼ぶ許可を得た。

「ヨシュアは、自分のことを『おれ』と言うのです。それが格好よくて、わたしにはたまらないのですが」
「星宇、それは二人きりのときだけに」
「そうですか……そうですね。わたしが独り占めします」

 一瞬残念そうにした龍王だったが、すぐに悪戯っぽく笑ってヨシュアを見上げる。さすがに王族の集まりで「おれ」と言うのは憚られるので、龍王が納得してくれてよかったとヨシュアは思った。

「王配陛下と兄上は本当に仲睦まじいのですね。わたくしも、お二人のような夫婦になりたいものです」
「きっとなれます、梓晴様」
「そうですね、浩然殿」

 春の龍王とヨシュアの結婚記念日を終えれば、梓晴と浩然の結婚式もある。
 幸福そうに寄り添い合う二人に、ヨシュアはこの夫婦も末永く幸せになればいいと願わずにいられなかった。
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