龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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二章 龍王と王配の二年目

11.子睿を迎えに

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 龍王が毒殺されかけたとき、龍王はまだ八歳だった。
 龍族の中でも血の濃い王族は寿命が長い代わりに子がなかなか産まれない。
 前龍王の初めての子どもである龍王は、前龍王と前王妃が結婚後百年以上経って生まれた大切な跡取りだった。
 そのころには梓晴も生まれたばかりで、梓晴は跡取りになるだけの能力がないということで、前龍王の後継者はたった一人だった。
 たった一人の前龍王の後継者が毒殺されかけたのだ。
 王宮は犯人探しに躍起になった。

 結果として犯人は子どもが生まれたばかりで、その子を次代龍王にと夢見た龍王の叔父夫婦だったのだが、叔父夫婦は処刑されて、生まれたばかりだった従兄弟は国外追放という形で国外に逃がされた。

 龍族の王族がたった三人になっていたことも、従兄弟を国外追放にするだけで許すきっかけとなったのかもしれない。
 龍王の従兄弟は龍族であることは聞かされず、異国で平和に暮らしているはずだが、龍族の王族であればいつかは自分が龍族であることは気付いてしまうだろう。龍族の王族は龍の本性に戻ることができるのだから。

 従兄弟の子睿が発見されたというのも、龍の本性が見付かったということだと龍王は判断していた。

「龍王陛下、そのズールイ殿下は水の加護の力が使えるのですか?」

 ヨシュアの問いかけに龍王は考える。王族で龍王の叔父の子どもなので、龍王と同じく水の加護の力を使えてもおかしくはない。

「使えるかもしれませんね」
「幼いころに国外に出されたのならば、龍王陛下への恨みは持っていないかもしれません。それよりも、水の加護を利用されて、志龍王国を倒す旗頭として利用される方が困るのではないですか?」

 冷静なヨシュアの言葉に龍王も冷静になって考える。
 生まれてすぐに異国に捨てられた子睿は龍王のことも、本当の両親のことも覚えていないだろう。それならば王宮に引き取って相応しい相手とめあわせて、王族の一人として梓晴と共に国を支えてもらった方がいいのかもしれない。

「迎えを出しましょうか」
「その任、わたしにお預けくださいませんか?」

 魔術騎士団を率いて王配が迎えに行ったとなれば、龍族の王族として迎え入れるのに相応しいと思われることは間違いないのだが、龍王はそれだけで済むのかと少し不安になっていた。

「王配を異国に出すのは危険かもしれません。魔術騎士団に任せて、王配はここにいてくださるというのはいけませんか?」
「王族となられる方を迎えに行くのですから、相応の相手でなければいけないでしょう。それにわたしは魔術師です。何かあっても対処できます」
「それならば、わたしも行きます。宰相、わたしは子睿を迎えに出る。準備を」

 立ち上がった龍王に文句を言えるものはいない。
 龍王の政務も減らしていこうとしている最中であるし、龍王には大陸一の魔術師である王配が付いているのだ。

「ハタッカ王国に龍王陛下が出向かれるという通達を出しましょう」
「それは、わたしに任せてほしい。魔術で送ればすぐに着くから」
「王配陛下、どうかよろしくお願いします」
「書状だけ書いてもらえるかな? わたしはこの国の筆に慣れていないので、字があまり上手に書けない」

 ラバン王国では付けペンや万年筆を使って、魔術のかかった減らない色墨で字を書いていたというヨシュア。ラバン王国からの手紙は大陸の共通語で筆ではない何かで書かれていると龍王も気付いていたが、それが魔術のかかったペンと呼ばれる筆記具だとは知らなかった。
 紙が違うのでヨシュアは志龍王国ではペンが使えないのだろう。

 ヨシュアには紙とペンを贈ろうと考えて、龍王はヨシュアの誕生日が冬であることに思い至った。
 王配の誕生日は国で祝うようなことはないが、龍王は休みを取って一日ヨシュアと過ごしたい。たくさんの贈り物を用意して、豪華な料理を食べて、二人で青陵殿でゆったりと過ごしたい。

 もはや龍王は王宮の自分の部屋に帰ることがなくなっていた。
 そのためにヨシュアの部屋をもっと広いものに変えさせたようなものだ。

 書状の準備ができると、ヨシュアがそばに控えているシオンに声を掛ける。

「シオン、これをハタッカ王国の国王陛下にお渡しして、返事を持って帰ってきてくれ」
「心得ました」
「イザーク、魔術騎士団に出動の準備をさせよ」
「いますぐに」

 書状を押し抱き、シオンが移転の魔術でハタッカ王国に飛ぶ。イザークは王宮の外に飛んで魔術騎士団の副団長であるサイラスに伝えに行った。
 その間に龍王とヨシュアは着替えを済ませておいた。
 さすがにヨシュアもいつもの簡素な青い衣ではいけないと分かっているのか、刺繍の施された豪奢な青い衣を身に纏っている。王配に関しては必ず冠を被らなければいけないという決まりはないので、髪は一部だけを三つ編みにして降ろしている。まっすぐの金色の髪がさらさらと絹糸のように煌めいている。

 控えの間で準備を整えた龍王とヨシュアが王の間に出てくると、シオンが戻ってきていた。
 ヨシュアはシオンから書状の返事を受け取る。

『龍王陛下と王配陛下の我が国への訪問、歓迎いたします。ズールイ殿下は王宮で保護し、間違いなく龍王陛下と王配陛下にお渡しします。全て準備を整えて待っておりますので、おいでください』

 ヨシュアが広げた書状の中身を龍王も確認する。
 龍王に書状を傾けて見やすくしてヨシュアが頷く。

「魔術騎士団、出動の準備ができました」

 戻ってきたイザークが告げて、ヨシュアは龍王に手を差し伸べた。

「参りましょう、我がきみ

 公の場で龍王は「龍王陛下」と呼ばれる他に「我が王」と呼ばれることがある。ヨシュアが自然にその呼び方を使ってくれたことが龍王は嬉しかった。
 「龍王陛下」と呼ばれるよりも、「我が王」と呼ばれた方が親しみがあるような気がするのだ。

 ヨシュアと呼びたい。
 それは今は我慢しておく。
 青陵殿に戻れば、二人きりになってたくさんヨシュアの名前を呼べる。

 愛しい王配に手を引かれて、龍王は移転の魔術でハタッカ王国に向かっていた。

 ハタッカ王国の王都は龍王が自分の目で見た志龍王国の王都ほど活気はなかった。
 広場に立ち並ぶ露店に売られているものも、そんなに食欲をそそるものではない。通るひとたちもどこか顔色がよくなく、言葉少なで俯きがちだった。

 水の加護があって豊かな実りが確保されている志龍王国と、水の加護のないハタッカ王国とはこんなにも違うようだ。

 ヨシュアと魔術騎士団に取り巻かれて守られ、城に入ると、ハタッカ王国の国王が王座から降りて膝をついて龍王とヨシュアを迎え入れていた。
 その隣りに痩せた若い青年がよく分からない様子でひたすら頭を下げている。

 黒髪に黒い目で、どこか龍王と似た雰囲気のある青年に、龍王が声を掛けた。確かな龍族の波動を感じる。

「子睿か?」
「お、おれの名前は子睿ですが、龍王陛下は何かお間違えではないですか?」
「ハタッカ王国に龍の姿ありと聞いた。そなたを迎えに来た」
「おれは、何かの間違いで龍になってしまっただけで、自分でなろうと思ってもあれ以来なることはできないし、水の加護の力も使えません」

 恐れ入って平伏している子睿に龍王は歩み寄ってその手を取って立たせる。

「どのような暮らしをしてきた?」
「両親はおれを役人様からもらって、実の子どものように育ててくれました。貧しいけれど、子どものいなかった両親は、おれに自分たちの食べる分まで食べさせてくれて……。お願いです、龍王陛下、おれを連れて行かないでください。おれはこの国で両親と暮らしていきたいのです」

 必死に頼む子睿の目に野心はないように見える。
 本当に普通の市井の子どもとして育てられたようだ。

「ズールイ殿下が水の加護を使えるのでしたら、わたくしたちがハタッカ王国にて守ります。龍王陛下が安心してズールイ殿下をわたくしたちに預けていただけるように両親も取り立てて、この国で永劫、平和に暮らしていただくのはいかがでしょう?」

 ハタッカ王国国王の言葉に下心が透けて見えて、龍王は思い切り顔を顰めていた。

「そうして、子睿の水の加護を利用しようとするのか? そうならないためにも、わたしは子睿を迎えに来たのだ」
「そのようなことは致しません」
「信用ならない。子睿は我が国に連れ帰る」

 強い口調で龍王が言えば、子睿が床に膝をついて懇願する。

「おれはこの国にいたいのです。どうか、龍王陛下、お許しください」

 水の加護をハタッカ王国にも得ようと下心を持って子睿を保護しようとするハタッカ王国国王に、ハタッカ王国から出たくないと訴える子睿。
 どうするべきか悩んでいる龍王に、ヨシュアが声を上げた。

「ズールイ殿下、ご両親も共に志龍王国に来ていただけば問題はないですか? 志龍王国はとても豊かな国です。ご両親もズールイ殿下とご一緒に暮らせるようにして、王宮のどこかに住む場所を作らせましょう。よろしいですよね、龍王陛下?」

 美しいヨシュアの唇から出た低く優しい声に、子睿は初めてヨシュアの方を見て、口を半分開けて驚いている様子だった。
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