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二章 龍王と王配の二年目

7.後朝

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 ヨシュアを抱いた。
 最初からうまくできなくて、ヨシュアに助けてもらってばかりで、情けなくて格好悪かったが、ヨシュアを抱けた喜びと安堵に力が抜けて、行為の後のことはほとんど覚えていない。
 お互いの体液でどろどろになったヨシュアの胸に倒れ込んで、気を失ったような気がする。

 目が覚めたらヨシュアの胸に抱き締められていて、布団も清潔なものに変わっていて、体もさっぱりと後始末してあった。
 まだ時刻は夜明け前だが、尿意と喉の渇きで目を覚ました龍王が身じろぎすると、ヨシュアも目を覚ました。

「どうした? 厠か? それとも喉が渇いたか?」
「どっちとも……」

 掠れた声で返事をすると、ヨシュアが軽々と龍王の体を抱き上げる。

「じ、自分で歩けます」
「疲れただろう。無理はしなくていい」

 普通、抱かれた方が消耗しているのではないだろうか。龍王も龍族なので並々ならぬ性欲と体力はあったが、妖精のヨシュアの方が元気なのが信じられなかった。
 厠に連れて行ってもらって、用を足して手を洗って部屋に戻ると、ヨシュアは先にネイサンに言っていてくれたのか、水差しとガラスの器が用意してあった。水差しからガラスの器に水を注いでから、ふと隣りに座るヨシュアを見上げる。

「飲ませてほしい……とか、言ったら……んっ!?」

 冗談のつもりだったのに、飲ませてほしいと言ったらヨシュアは自分の口に水を含んで口移しで飲ませてくれた。乾いた喉に水が甘く感じられる。

「もっと……ふっ……んんっ!」

 強請ると何度も口移しで水を飲ませてくれる。
 唇を伝って零れた水は、ヨシュアの指先で拭われた。

 水を飲み終わると、ヨシュアに抱きかかえられて寝台に戻る。
 寝台でヨシュアの胸に顔を埋めながら、恐る恐る聞いてみる。

「あの……後始末は……」
「おれがしたよ。ネイサンにも少し手伝ってもらったが、他の者には見せていないし、触らせてもいない」

 ネイサンには見せたし触らせたところがあるのかと思うと少し嫉妬で胸が焦げないでもなかったが、それでもヨシュアにしてもらえたという安心感が勝った。

「我慢できなくて全部中で出してしまってすみませんでした」
「後始末は面倒だったけれど、孕むわけでもないし、気にしてないよ」

 気持ちよかったし。

 付け加えられて頬に軽く唇が降ってきて、龍王は胸がいっぱいになる。
 泣き出してしまいそうなくらい幸福で、気だるい疲れと眠さもまた、幸福の証でしかなくて、龍王はヨシュアの胸に顔をこすりつけて少しだけ泣いた。
 これで間違いなくヨシュアは自分のものになったし、自分はヨシュアのものになったという実感が胸に満ちる。

「愛しています」
「おれも」

 幸福感に包まれて龍王は再び眠りについた。
 翌日は休養日の七日目。龍王とヨシュアは食事のとき以外は寝台の上で過ごした。
 体は昨夜十分に交わしていたので、龍王はヨシュアにじゃれついて、口付けたり、胸を揉んで見たりするだけで、決定的な行為には及ばなかったけれど、甘い雰囲気の中、胸が満たされていた。

「星宇はおれの胸が好きだな」
「いけませんか? 豊かで柔らかくて肌がしっとりときめ細やかで、最高の揉み心地ですよ」

 熱く語ればヨシュアに苦笑されて、鼻を摘ままれる。

「それ、おれ以外に言うなよ?」
「言いませんよ。わたしだけの大事なヨシュアの胸ですからね」

 自信満々で返事をすれば、ヨシュアがくしゃくしゃと龍王の髪を撫でる。くくっていた髪が乱れたが、それよりも撫でられるのが心地よくて目を細めていると、ヨシュアが口を開いた。

「星宇はおれが昔飼ってた子猫に似ている」
「わたしが猫ですか?」
「おれの胸を執拗にこね回してた。乳が出るわけでもないのに」
「その猫に嫉妬します」
「嫉妬してやるな。もう二十五年も前に死んでいる」

 ヨシュアが何歳のときから飼っていたのか分からないが、二十五年前に死んでいるとなると、龍王が生まれたころに死んでいることになる。

「わたしは猫の生まれ変わりかもしれない?」
「そうなのか? 志龍王国の龍王陛下が猫の生まれ変わりだとは驚きだが」
「きっとヨシュアのことが大好きで、ずっとそばにいたかったんだと思います。それで、今度は一生そばにいられる姿で生まれてきたのだとしたら、おかしくはないでしょう」
「その猫、雌で、子どもも何匹も産んでたんだが」
「本当はヨシュアの伴侶になりたいと思っていたのかもしれません。ヨシュアは女性嫌いだから、女性だと伴侶になれないでしょう?」

 そう考えると自分はヨシュアの猫の生まれ変わりに違いないと龍王は感じてしまう。
 ヨシュアの長い長い生の一瞬しかそばにいられない姿ではなく、今度は共に死ぬまで一緒にいられる姿で生まれてきたのかもしれない。

「そういえば、星宇のことは小動物的な可愛さがあるとは思っていた」
「そうでしょう。もっと可愛がっていいんですよ」

 ころりと腹を見せてヨシュアの膝の上に頭を乗せると、前髪を掻き上げられて額に唇が落ちてくる。額に、瞼に、頬に落ちてくる唇に、心地よく目を細めていると、ヨシュアが龍王の耳元に囁く。

「お前が死んだときは相当悲しくて泣いたんだからな。もうどこへも行くなよ」
「ずっと一緒です。どこにも行きません」

 猫に語り掛けるようなヨシュアの言葉に、龍王はそれをうっとりと聞いていた。

「猫の名前を聞いてもいいですか?」
「エリザベス」
「えりざべす?」
「そう、エリザベス」

 もっと自分と近い名前だったら、そう呼んでも構わないと言おうと思っていたが、エリザベスであると知るとさすがにそう呼んでいいとは言えない龍王。ラバン王国ではそういう名前を猫に付けるのだろうか。

「猫を飼いますか? ヨシュアが欲しいなら、血統のいい猫をもらってきますよ」
「いや、猫はいい。先に死なれるのは堪える」

 龍王にあれだけ他人を置いていくのだと言い続けたヨシュアこそ、置いて行かれるのには耐えられないのだと思うと、ヨシュアに玉を渡してよかったと龍王は心から思う。
 猫も絶対に嫌いではないだろうに、置いて行かれるのが怖くてそばに置けないなど、ヨシュアは強い心を持っているように見えてどこか脆いところもある。それを支えて長い生を生きていくのだと龍王には覚悟があった。

「星宇、そろそろお茶の時間だ。侍従が入ってくる」
「は、はい」

 促されてヨシュアの膝の上から起き上がると、龍王は身だしなみを整える。髪はヨシュアが梳いて、くくり直してくれた。

 椅子に座って待っていると、龍王の侍従とヨシュアの侍従のネイサンが入ってくる。その他に龍王の侍従長も入ってきて、龍王は何事かと目を丸くする。

「龍王陛下、王配陛下との閨、つつがなく終わられましたようで、お慶び申し上げます」
「それは……わたしの愛しい王配がよいようにしてくれた」
「王配陛下が……!? そうなのですね。龍王陛下と王配陛下の仲睦まじいお姿が、長く見られることを祈っております」
「香油は役に立ったので、また仕入れておいてくれ」
「心得ました」

 深く頭を下げて部屋から出て行く侍従長に、龍王は何を驚かれたのかよく分かっていなかったが、ヨシュアは耐えきれず吹き出していた。

「あの言い方だと、星宇がおれに身を任せたと思われてるよ?」
「身を任せていたと思うのですが」
「それでいいならいいんだが」

 どうしてヨシュアが笑っているのか分からないが、昨夜のことに関しては間違いなく龍王はヨシュアに身を任せていたし、ヨシュアが全ていいようにしてくれたのだと認識していた。龍王がすべきだった慣らす行為もしてくれたし、後始末までしてくれて、夜中に目覚めたら厠に連れて行ってくれて、水も飲ませてくれた。

 これがヨシュアに任せたと言わなくて何なのだろう。

 疑問符を浮かべる龍王に、ヨシュアはそれ以上何も言わなかった。
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