龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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一章 龍王は王配と出会う

25.ヨシュアの腕枕

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 夜明けごろ目を覚ましたらヨシュアの腕を枕にしていた。
 密着するヨシュアの体から、同じ洗髪剤と石鹸を使っているはずなのに、いい匂いがする。
 反応しそうになる下半身を必死に抑えて、龍王は名残惜しくヨシュアの腕枕から抜けて部屋の椅子に座った。
 目を閉じて水の加護を祈る。
 龍王を中心に波紋のように水の加護の力が広がっていくのを感じる。
 その力はラバン王国にまで届きそうだった。

 ラバン王国はヨシュアの生まれ育った大事な土地だ。昔は緑の多い土地だったと聞いているが、今は荒廃している場所も多い。
 ヨシュアへの愛情がラバン王国への水の加護も溢れさせてしまったようだ。
 目を開けるとヨシュアが目を覚ましていた。

「星宇は早起きなのですね」

 龍王がヨシュアの腕枕で眠っていたことをヨシュアは気付いていないのか。
 朝の祈りが終わったら、もう一度寝台に戻ろうと思っていた龍王は、ヨシュアが起きてしまったのを残念に思う。起きていなければもう一度逞しいヨシュアに腕枕をしてもらえたかもしれない。
 起きたヨシュアが龍王に構わずに着替えをしているのを見ると、ますます下半身に熱が溜まってきそうになる。落ち着けるために深呼吸をして、違うことを考える。
 背中に翅があるというヨシュアはその秘密のために肌を見せることを嫌がっていたが、秘密が知れればもう気にしなくなったようだ。

 そっと近付いてヨシュアの背中側に回ってみると、薄い肌着で透ける肩甲骨の付け根辺りに光る翅の模様が浮かび上がっている。これが翅を畳んでいる状態なのだろう。
 思わず手が伸びて肌着越しに背中に触れると、ヨシュアが振り返る。

「珍しいですか?」
「美しいと思って」

 光る翅の模様もそうだが、無駄のない筋肉の付いたヨシュアの体は均整がとれていて美しい。見とれていると、ヨシュアはいつもの青い下衣と長衣を纏ってしまった。

「今日はバリエンダール共和国との国境に向かうが、ヨシュアは魔術騎士団に警戒するように伝えてほしい」
「バリエンダール共和国は王政が倒れたばかりで安定していませんね。今年の冬は越せないものも多いのではないかと言われています」
「そうなのです。それで、一度我が国に捧げた領地を取り返そうとしているという噂を聞きます。我が国に捧げた領地は、豊かな実りに溢れていますから」
「取り返したら龍王陛下の水の加護がなくなって、すぐに枯れゆくのを自覚していないようですね」
「分かっていても、近接する元自国のものだった領地が豊かに実っていて、自国の領地が荒れ果てているというのは耐えられないようです」

 バリエンダール共和国がしようとしていることは、龍王を怒らせて食糧支援も望めなくなくなるような愚かとしか言いようがないのだが、それでも荒れた国民を抑えきれずにいるのだろう。
 現在バリエンダール共和国から志龍王国に難民が入り込もうとして、入国を拒まれているという話も聞く。

「魔術騎士団を率いて、龍王陛下の威光を見せて来ましょうか?」
「魔術騎士団一つで治まるかもしれませんね」

 ヨシュアの好戦的な物言いに、龍王も同意する。
 魔術騎士は一人一人が一個隊分くらいの戦闘力を持っているし、率いるヨシュアは大陸一の妖精の魔術師だ。信頼を寄せていいというのは龍王ももう分っていた。

「何かあった場合には任せてもいいですか?」
「お任せください」

 頷くヨシュアに龍王は頼もしさを感じていた。

 それにしても、腕枕である。
 いつの間にかヨシュアに腕枕をしてもらっていたが、とても心地よく眠れた。他人の気配を嫌がる龍王だが、ヨシュアは最初から嫌ではなかったし、なぜかそばにいるととても落ち着く。
 これだけ相性のいい相手を自分が遠ざけようとしていただなんて今は信じられない。

 早くヨシュアに龍王のぎょくを捧げたい。
 ヨシュアに龍王の魂の一部を受け取ってほしいと思っている。

「さっきからわたしのことを龍王陛下とまた呼んでいる……」
「役職として呼んでいただけです。星宇、龍王陛下としての自覚を持ってください。あなたはとても優秀な龍王です。大陸のこれだけ広い国土に水の加護を行き渡らせている」

 褒められると悪い気はしない。
 特にヨシュアは最初から龍王の能力については高く買ってくれている。龍王が息をするよりも自然にしていることを、あり得ないほどすごいことだと思ってくれている。その尊敬の視線は龍王にとっても心地いいものだった。

「玉を捧げると、ヨシュアは皇后と同じ扱いになる。男性の皇后と同じ位の呼び名がないから、呼び方はそのままの王配になるが、敬称が殿下から陛下に変わるのです」
「わたしが王配陛下になると?」
「そうです。わたしの魂の一部を受け取るので、水の加護をある程度は使えるようにもなります」
「それでは、星宇が行けない場所にも魔術騎士団と共に行って水の加護を届けられるようになるのですか?」
「それは無理ですね。玉を受け取ったヨシュアがわたしの能力を使えるのは、わたしが同席している場合のみとなります」

 それでもヨシュアの体には大きな変化が訪れるだろう。
 同じくして、龍王の体にも変化があるに違いない。
 龍王は妖精のヨシュアと同じ寿命を持つようになるのだから、ある程度の体質の変化は覚悟しておかなければいけない。

「これまでに龍王陛下から玉を授けられたものはいるのですか?」
「志龍王国は三千年の歴史があると言われていますが、龍王が玉を捧げて皇后になってもらったものは二人しかいません。どちらも、龍王と同じ水の加護の力を使えるようになり、生涯龍王を支え、共に生き、共に死んだと伝えられています」

 それだけではなく、皇后の地位を得た時点で龍王と同等の地位で扱われるようになるのだ。

「玉を受け取った後のヨシュアはわたしと同等です。わたしに対して、敬語を使う必要もなければ、わたしを陛下と呼ぶ必要もない」
「それは抵抗がありますね。わたしはラバン王国の国境で兄や姪と話していた通り、乱暴な口調なので」
「それでは、わたしの方があなたに敬語を使って、共に敬語で話すのはどうでしょう?」
「それならばなんとか取り繕えそうですが」
「二人きりのときは、どうか、『おれ』と言って、普通に話してくださると、私も嬉しいのですが」

 ラバン王国の国王や王女と話しているときのヨシュアは龍王にはない野性的な格好良さがあった。龍王はああいう風にヨシュアに話しかけられたかったし、親し気にしてほしかった。
 強請るように言えばヨシュアは少し迷った後で小さく「善処します」と答えた。

 朝食もラバン帝国風で、丸いパンと卵の焼いたものと、桃色の肉のようなものが焼かれたものと、野菜と果物が出されて、龍王はまずヨシュアの顔を確認した。ヨシュアは全てに手を翳して毒が入っていないことを確かめてから、龍王に食べ方を教えてくれた。

「このパンを二つに割って、卵と野菜とハムを挟んで食べると美味しいですよ」
「はむ?」
「豚肉を加工したものです。ナイフで切って少し食べてみると味が平気か分かりますよ」

 言われた通りにナイフで少し切って食べてみると、味はしっかりついているが嫌いではなかった。
 丸いパンをヨシュアを見ながら二つに割って、卵とハムと野菜を挟んで食べると、噛み締めるたびに卵の優しい味とハムのしっかりとした味と野菜のシャキシャキとした食感が口の中に溢れて美味しい。
 果物も新鮮で甘く、とても美味しかった。

 朝食を終えると、領主に挨拶をして馬車に乗り込む。
 次の目的地はバリエンダール共和国との国境の町だった。

 馬車に揺られている間、寝台で寛ぐ龍王がヨシュアを手招きすると、椅子で本を読んでいたヨシュアはため息を一つついて、寝台の方に来てくれた。

「何もしないから、一緒に少し休みませんか?」
「何もしないと言われても……何かしたら星宇の命の保証はできませんよ?」
「これは、玉を早く捧げないと! わたしが死んだらあなたも死ぬようになったら、わたしに乱暴は働けないでしょう?」

 冗談めかして言えば、ヨシュアは呆れたように笑い、龍王の隣りに横になってくれた。
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