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一章 龍王は王配と出会う
24.ラバン王国国王と王女
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馬車がラバン王国との国境の町に着いたのは夕暮れどきだった。
領民は町に馬車が入ってくるのを歓迎して、道の外に立って歓声を上げている。
「龍王陛下がこの地にやってきてくださった」
「王配殿下の故郷に一番近いこの地に恵みをもたらしてくださることだろう」
「龍王陛下は王配殿下を格別にご寵愛しているとの噂」
「この地には龍王陛下と王配殿下の加護が与えられるだろう」
秋口のまだ熱気の残る馬車の外を見ながら、ヨシュアは三か月以上前、ラバン王国から志龍王国へと嫁いだ日のことを思い出していた。
選りすぐりの独身の魔術騎士たちと侍従のネイサンを連れて、移転の魔術で志龍王国の王都まで飛ぶ直前に、国王のマシューは姪のレイチェルたちと共に見送りに来てくれていた。
魔術騎士団で副団長を務めていたものは、涙を浮かべていた。
「どうして王弟陛下が行かねばならないのですか。王弟陛下はこの国に貢献されておいでです」
「おれが志願したのだ。志龍王国は戦力を求めている。おれがそれに相応しいと」
惜しんでくれるのは嬉しかったが、四十代半ばになっても変わらぬ容姿から、ヨシュアが妖精だということが知れる可能性もあった。このまま何百年も変わらぬ容姿で生きていくのだったら、誰かがヨシュアが妖精だということに気付いてしまうだろう。そのときに王家が安定していればいいのだが、そうでなければヨシュアは妖精王として担ぎ出されてしまうかもしれない。
志龍王国に行ったとしても、ヨシュアの容姿が隠せるわけではないが、ラバン王国にいるときよりは政治的な争いには巻き込まれずに済む。
兄のマシューはそれだけでなく、龍族の玉の存在にヨシュアの命運を託していた。
龍王がヨシュアのことを愛して玉を捧げ、同じだけの寿命になればヨシュアは孤独に生きなくても済む。
そんなことは政略結婚である以上は望んではいけないのだとヨシュアは思っていたが、マシューはそれを願ってヨシュアを志龍王国に送り出していた。
「どうか、幸せに」
「幸せはこの国で十分にもらった。これからは、ラバン王国と志龍王国を繋ぐ架け橋となれたらいいと思っている」
「ヨシュアはそうやって、自分の幸せをいつも後回しにする。龍王は孤独な方だと聞いている。望んでもいいのではないか?」
龍王の孤独を癒す代わりに龍王にヨシュアの孤独を癒してもらう。
そんな虫のいい話をヨシュアは現実にできるとは思わなかった。
結果として、龍王は顔合わせのときにヨシュアに冷たく言い放った。
「わたしは、あなたを愛するつもりはない。褥も共にするつもりはない先に言っておいた通りだ」
当然のことを言われたとしか思わなかったが、愛するつもりはないという時点で、自分が愛される可能性を期待しているような龍王に、ヨシュアは手厳しく言い放った。
「王族で国で五指に入る魔術師を手に入れる、この結婚にそれ以外の意味はないでしょう。それを愛するだのなんだの、あなたはアクセサリーに愛を囁く変態なのですか?」
最悪の出会い。
そこからヨシュアは龍王に何も期待しないつもりだった。
領主の屋敷に招かれて、客間に通される。
そこにはラバン王国の国王であるマシューと姪のレイチェルが待っていた。
「ヨシュア、元気そうにしているな。相変わらず青い衣を着ている」
「これはラバン王国の王族の証だからな。兄上もレイチェルも元気だったか?」
「わたしは元気にしていたよ」
「叔父上、お元気そうでなによりです。龍王陛下が叔父上を大変ご寵愛されているとか」
「それはただの下世話な噂だ」
「いえ、真実です。わたしはヨシュア殿を愛しています」
気安いマシューとレイチェルとヨシュアの話に、すかさず龍王が入ってくる。
龍王に対してはマシューもレイチェルも居住まいを正した。
「お会いできて光栄です、龍王陛下」
「叔父のヨシュアを大事にしてくださっているとのこと。大変ありがたく思っております」
「顔を上げてください。わたしはラバン王国のおかげで得難い大事な伴侶を得ました。ヨシュア殿のことをただ一人の伴侶として一生愛していくつもりです」
「それでは、ヨシュアのことは聞きましたか?」
「聞かせていただきました。わたしは王都に帰り次第、ヨシュア殿に玉を捧げる儀式を執り行うつもりです」
マシューが感極まって泣きそうになっているのが分かる。それだけこの兄は、一人で生きていかなければいけない弟を心配してくれていたのだ。
がしっとヨシュアに似た逞しい手でマシューが龍王の両手を握り締める。
「ヨシュアをどうか、よろしくお願いします」
「もうヨシュア殿はわたしの大事な配偶者です。こちらこそ、ラバン王国とのよい関係をずっと続けていきたいものだと思っています」
「もったいないお言葉。感謝いたします」
ラバン王国は歴史は長いのだが、国土は豊かとはいえず、広くもない。大陸で一番の国土を持つ志龍王国はヨシュアと魔術騎士を受け入れた代わりに、ラバン王国に食糧支援をしてくれていた。
その繋がりができるだけ強く深く長く続けば、ラバン王国も安泰だろう。
そのための龍王のアクセサリーとして嫁いだはずのヨシュアが、龍王に愛されて、求められるようになっているのは少し不思議な気がする。
まだ応えてはいないのだが、いずれは龍王の気持ちに応える日が来るのではないかとヨシュアも自分の秘密を打ち明けた時点で覚悟はしていた。
「夕餉の準備をしております。よろしければお召し上がりください」
領主が部屋に料理を運び込ませる。
ラバン王国風の料理を見て、龍王がそわそわしているのがヨシュアには分かった。
「パンは一口大に千切ってお召し上がりください。バターを付けると美味しいですよ。料理のソースをパンに付けて食べるのも美味しいです」
「これがパン? 小麦粉を焼いたものか」
「そうです。こちらの薄黄色い塊がバターです。牛乳から作られた油です」
「そうすとは?」
「料理にかけられている汁ですね」
説明をしながら大きな海老のソテーや、野菜のスープ、牛頬肉のワイン煮込みなどを紹介すると、龍王は興味津々で食べてみていた。
どれも味がしっかりとついていて、ソースをパンで拭って食べるととても美味しい。
久しぶりのラバン王国風の食事に舌鼓を打っていると、龍王が恐る恐るヨシュアに聞いてくる。
「これはどうやって食べればいいのだ?」
「海老は身が殻から離れるように調理してあります。身を皿の上に取って、切ってお召し上がりください」
殻ごとの大きな海老は初めてだったようで、龍王はヨシュアの言う通りにして食べていた。
「ぷりぷりして甘くて美味しいな」
「お気に召したのでしたら、わたしの分も召し上がりますか?」
「ヨシュア殿が足りなくならないか?」
「わたしは久しぶりにパンをたくさん食べたので、足りていますよ」
「それなら、少しもらおうかな」
海老が気に入ったようでまだ食べたそうな龍王の皿に、ヨシュアは自分の皿から海老の身を移してやる。ぎこちなくナイフとフォークを使って海老を切って食べている龍王に満足していると、マシューとレイチェルがじっとヨシュアを見ていた。
「ヨシュア、お前、面倒見がいいとは思っていたが、龍王陛下にまでそんな感じなのか?」
「小さいころにわたくしがされていたのを思い出しました」
「これは、普段からやっているわけではなくて、龍王陛下が幼いころに毒を盛られて生死の境を彷徨ったので、おれが毒を検知する魔術が使えるから……」
「仲睦まじいようで何よりだ」
「叔父様、おめでとうございます」
マシューにもレイチェルにも完全に誤解されてしまったが、やってしまったことは仕方がないので、ヨシュアは沈痛な面持ちで額に手をやった。
「ヨシュア殿はとても親切なのです。わたしが食欲がないと言えば一緒に食事を摂ってくれて、眠れないと言えば同じ部屋で眠ってくれて」
「龍王陛下、そこまでにしましょうね」
「わたしがどれだけヨシュア殿に感謝しているか、ヨシュア殿を愛しているか、ラバン王国国王陛下と王女殿下にお伝えしたいのだ」
「十分伝わっておりますからご安心ください」
「叔父が愛されているようでわたくしも嬉しいです」
マシューとレイチェルのヨシュアを見る目が妙に温かい。居心地が悪くなってきたところで、夕餉も終わり、マシューとレイチェルはラバン王国に戻ることになった。
マシューとレイチェルを見送り、ヨシュアは湯あみをして用意されている部屋に入る。
大きすぎる寝台が目に入って、このときのために領主は寝台を新調したのではないかというそれに先に龍王が潜り込んでヨシュアを手招きしていた。
「ヨシュア、何もしませんから一緒に寝ましょう」
「星宇、また寝不足になるのではないですか?」
「大丈夫です。ヨシュアと寝たいのです」
寝台を別々にしようにも別の寝台がないし、ヨシュアが長椅子で寝れば、領主は龍王とヨシュアに何か失礼なことをしたのではないかと恐れ入るだろう。そうならないためには、一緒に寝るしかなかった。
布団に入ると龍王の腕が迷うようにヨシュアの近くに置かれる。じりじりとにじり寄って、ヨシュアの腹の辺りに腕を置いて抱き締めるようにしてきた龍王に、ヨシュアはそこまでは許すことにした。
領民は町に馬車が入ってくるのを歓迎して、道の外に立って歓声を上げている。
「龍王陛下がこの地にやってきてくださった」
「王配殿下の故郷に一番近いこの地に恵みをもたらしてくださることだろう」
「龍王陛下は王配殿下を格別にご寵愛しているとの噂」
「この地には龍王陛下と王配殿下の加護が与えられるだろう」
秋口のまだ熱気の残る馬車の外を見ながら、ヨシュアは三か月以上前、ラバン王国から志龍王国へと嫁いだ日のことを思い出していた。
選りすぐりの独身の魔術騎士たちと侍従のネイサンを連れて、移転の魔術で志龍王国の王都まで飛ぶ直前に、国王のマシューは姪のレイチェルたちと共に見送りに来てくれていた。
魔術騎士団で副団長を務めていたものは、涙を浮かべていた。
「どうして王弟陛下が行かねばならないのですか。王弟陛下はこの国に貢献されておいでです」
「おれが志願したのだ。志龍王国は戦力を求めている。おれがそれに相応しいと」
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志龍王国に行ったとしても、ヨシュアの容姿が隠せるわけではないが、ラバン王国にいるときよりは政治的な争いには巻き込まれずに済む。
兄のマシューはそれだけでなく、龍族の玉の存在にヨシュアの命運を託していた。
龍王がヨシュアのことを愛して玉を捧げ、同じだけの寿命になればヨシュアは孤独に生きなくても済む。
そんなことは政略結婚である以上は望んではいけないのだとヨシュアは思っていたが、マシューはそれを願ってヨシュアを志龍王国に送り出していた。
「どうか、幸せに」
「幸せはこの国で十分にもらった。これからは、ラバン王国と志龍王国を繋ぐ架け橋となれたらいいと思っている」
「ヨシュアはそうやって、自分の幸せをいつも後回しにする。龍王は孤独な方だと聞いている。望んでもいいのではないか?」
龍王の孤独を癒す代わりに龍王にヨシュアの孤独を癒してもらう。
そんな虫のいい話をヨシュアは現実にできるとは思わなかった。
結果として、龍王は顔合わせのときにヨシュアに冷たく言い放った。
「わたしは、あなたを愛するつもりはない。褥も共にするつもりはない先に言っておいた通りだ」
当然のことを言われたとしか思わなかったが、愛するつもりはないという時点で、自分が愛される可能性を期待しているような龍王に、ヨシュアは手厳しく言い放った。
「王族で国で五指に入る魔術師を手に入れる、この結婚にそれ以外の意味はないでしょう。それを愛するだのなんだの、あなたはアクセサリーに愛を囁く変態なのですか?」
最悪の出会い。
そこからヨシュアは龍王に何も期待しないつもりだった。
領主の屋敷に招かれて、客間に通される。
そこにはラバン王国の国王であるマシューと姪のレイチェルが待っていた。
「ヨシュア、元気そうにしているな。相変わらず青い衣を着ている」
「これはラバン王国の王族の証だからな。兄上もレイチェルも元気だったか?」
「わたしは元気にしていたよ」
「叔父上、お元気そうでなによりです。龍王陛下が叔父上を大変ご寵愛されているとか」
「それはただの下世話な噂だ」
「いえ、真実です。わたしはヨシュア殿を愛しています」
気安いマシューとレイチェルとヨシュアの話に、すかさず龍王が入ってくる。
龍王に対してはマシューもレイチェルも居住まいを正した。
「お会いできて光栄です、龍王陛下」
「叔父のヨシュアを大事にしてくださっているとのこと。大変ありがたく思っております」
「顔を上げてください。わたしはラバン王国のおかげで得難い大事な伴侶を得ました。ヨシュア殿のことをただ一人の伴侶として一生愛していくつもりです」
「それでは、ヨシュアのことは聞きましたか?」
「聞かせていただきました。わたしは王都に帰り次第、ヨシュア殿に玉を捧げる儀式を執り行うつもりです」
マシューが感極まって泣きそうになっているのが分かる。それだけこの兄は、一人で生きていかなければいけない弟を心配してくれていたのだ。
がしっとヨシュアに似た逞しい手でマシューが龍王の両手を握り締める。
「ヨシュアをどうか、よろしくお願いします」
「もうヨシュア殿はわたしの大事な配偶者です。こちらこそ、ラバン王国とのよい関係をずっと続けていきたいものだと思っています」
「もったいないお言葉。感謝いたします」
ラバン王国は歴史は長いのだが、国土は豊かとはいえず、広くもない。大陸で一番の国土を持つ志龍王国はヨシュアと魔術騎士を受け入れた代わりに、ラバン王国に食糧支援をしてくれていた。
その繋がりができるだけ強く深く長く続けば、ラバン王国も安泰だろう。
そのための龍王のアクセサリーとして嫁いだはずのヨシュアが、龍王に愛されて、求められるようになっているのは少し不思議な気がする。
まだ応えてはいないのだが、いずれは龍王の気持ちに応える日が来るのではないかとヨシュアも自分の秘密を打ち明けた時点で覚悟はしていた。
「夕餉の準備をしております。よろしければお召し上がりください」
領主が部屋に料理を運び込ませる。
ラバン王国風の料理を見て、龍王がそわそわしているのがヨシュアには分かった。
「パンは一口大に千切ってお召し上がりください。バターを付けると美味しいですよ。料理のソースをパンに付けて食べるのも美味しいです」
「これがパン? 小麦粉を焼いたものか」
「そうです。こちらの薄黄色い塊がバターです。牛乳から作られた油です」
「そうすとは?」
「料理にかけられている汁ですね」
説明をしながら大きな海老のソテーや、野菜のスープ、牛頬肉のワイン煮込みなどを紹介すると、龍王は興味津々で食べてみていた。
どれも味がしっかりとついていて、ソースをパンで拭って食べるととても美味しい。
久しぶりのラバン王国風の食事に舌鼓を打っていると、龍王が恐る恐るヨシュアに聞いてくる。
「これはどうやって食べればいいのだ?」
「海老は身が殻から離れるように調理してあります。身を皿の上に取って、切ってお召し上がりください」
殻ごとの大きな海老は初めてだったようで、龍王はヨシュアの言う通りにして食べていた。
「ぷりぷりして甘くて美味しいな」
「お気に召したのでしたら、わたしの分も召し上がりますか?」
「ヨシュア殿が足りなくならないか?」
「わたしは久しぶりにパンをたくさん食べたので、足りていますよ」
「それなら、少しもらおうかな」
海老が気に入ったようでまだ食べたそうな龍王の皿に、ヨシュアは自分の皿から海老の身を移してやる。ぎこちなくナイフとフォークを使って海老を切って食べている龍王に満足していると、マシューとレイチェルがじっとヨシュアを見ていた。
「ヨシュア、お前、面倒見がいいとは思っていたが、龍王陛下にまでそんな感じなのか?」
「小さいころにわたくしがされていたのを思い出しました」
「これは、普段からやっているわけではなくて、龍王陛下が幼いころに毒を盛られて生死の境を彷徨ったので、おれが毒を検知する魔術が使えるから……」
「仲睦まじいようで何よりだ」
「叔父様、おめでとうございます」
マシューにもレイチェルにも完全に誤解されてしまったが、やってしまったことは仕方がないので、ヨシュアは沈痛な面持ちで額に手をやった。
「ヨシュア殿はとても親切なのです。わたしが食欲がないと言えば一緒に食事を摂ってくれて、眠れないと言えば同じ部屋で眠ってくれて」
「龍王陛下、そこまでにしましょうね」
「わたしがどれだけヨシュア殿に感謝しているか、ヨシュア殿を愛しているか、ラバン王国国王陛下と王女殿下にお伝えしたいのだ」
「十分伝わっておりますからご安心ください」
「叔父が愛されているようでわたくしも嬉しいです」
マシューとレイチェルのヨシュアを見る目が妙に温かい。居心地が悪くなってきたところで、夕餉も終わり、マシューとレイチェルはラバン王国に戻ることになった。
マシューとレイチェルを見送り、ヨシュアは湯あみをして用意されている部屋に入る。
大きすぎる寝台が目に入って、このときのために領主は寝台を新調したのではないかというそれに先に龍王が潜り込んでヨシュアを手招きしていた。
「ヨシュア、何もしませんから一緒に寝ましょう」
「星宇、また寝不足になるのではないですか?」
「大丈夫です。ヨシュアと寝たいのです」
寝台を別々にしようにも別の寝台がないし、ヨシュアが長椅子で寝れば、領主は龍王とヨシュアに何か失礼なことをしたのではないかと恐れ入るだろう。そうならないためには、一緒に寝るしかなかった。
布団に入ると龍王の腕が迷うようにヨシュアの近くに置かれる。じりじりとにじり寄って、ヨシュアの腹の辺りに腕を置いて抱き締めるようにしてきた龍王に、ヨシュアはそこまでは許すことにした。
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