龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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一章 龍王は王配と出会う

20.新婚旅行

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 新婚旅行には龍王の専用の十頭引きの巨大な馬車が用意された。
 馬車の中は座るための椅子と卓が置いてあるし、眠るための寝台も用意されていた。
 その寝台が一台しかないのに関しては、新婚旅行であることと、龍王は毎日食事のたびにヨシュアの部屋を訪ね、夜もヨシュアを放さないで眠っているという話が広まっているので、ヨシュアが龍王に寵愛されていると考えた宰相が準備したものならば仕方がないのだろう。

「魔術騎士は何人連れて行っていいのでしょうか?」
「近衛兵の負担も減るので王配殿下が望むだけ連れて行って構いません」
「それでは、全員を連れて行くことにします」

 志龍王国は龍王の水の加護に支えられている。
 龍王が亡くなれば国の豊かさはなくなると分かっているので、基本的に国民の全員が龍王を崇め奉り、危害を加えることなど考えない。危害を加えようとする者がいれば、国民が体を張って龍王を守るくらいのことはする。
 志龍王国に嫁いできてから約三か月、ヨシュアは龍王がどれだけ国民に敬われているかをよく知っていた。
 遠征で出かけたどの土地でも、ヨシュアが龍王の王配であるというだけで大歓迎された。いつか龍王と共にまたこの地を訪れてほしいと懇願されたこともある。
 それも全て龍王の水の加護が国土に行き渡っているからだ。

 行き渡らない場所、足りない場所には龍王が自ら足を運んで水の加護を届ける。
 それが新婚旅行という形になっているが、これも龍王の水の加護を届けるための慈善事業だと理解すれば、ヨシュアも文句なく龍王と共に馬車に乗り込めた。

「先に言っておきますが、わたしは床で寝ます。龍王陛下は寝台を使ってください」
「ヨシュア殿を床に寝かせるわけにはいかない」
「わたしは魔術騎士として野営もします。慣れておりますのでお気遣いなく」

 馬車に乗り込んだ瞬間に宣言したヨシュアに龍王は不満そうではあったが、納得はしてくれたようだ。
 新婚旅行の数日前に、龍王が夢精をして侍従にそれを片付けさせていたのをヨシュアは見た。見たくて見たわけではないが、龍王が隠さなかったので同室で眠っているのでどうしても目に入ってしまったのだ。
 何を想像して夢精したのか知らないが、龍王も健全な二十五歳の男性である。そのような欲があってもおかしくはない。むしろ健康な証だ。
 子種がないといっても、龍王にも性欲くらいあるだろう。

 特に気にしていないつもりだったが、その欲を自分に向けられると抵抗があるのでヨシュアは龍王を寝台から蹴り落としたくはなかったので、同衾は避けるようにした。
 馬車の中は龍王とヨシュアと龍王の侍従一人とヨシュアの侍従のネイサンだけだった。

 龍王の侍従は龍王によく付き従っているが、感情を表さない人物のようだった。
 ネイサンはヨシュアと生まれたときからの付き合いなので、ヨシュアのことはよく分かっている。

 馬車に揺られてヨシュアが本を読んでいると、ネイサンがヨシュアの隣りに座る龍王に飲み物を渡している。ネイサンも毒物は検知できる魔術を使えるので、ネイサンが渡す飲み物にはヨシュアも龍王も警戒していなかった。
 爽やかな茉莉花の香りがして、ヨシュアは本を閉じる。

「ネイサン、わたしにも茉莉花茶を」
「すぐに用意いたします」

 白い薄い陶器の茶碗に注がれて持って来られた茉莉花茶は香り高く、飲み口はあっさりとしていて乾いた喉に心地よい。
 龍王も茉莉花茶を気に入ったようだった。

「これは茉莉花茶というのか。とてもいい香りだ」
「志龍王国で飲まれているものを、入れ方を習って入れさせていただきました」
「これは我が国のものなのか? ラバン王国のものかと思っていた」
「龍王陛下はこの国でまだまだ知らないことがおありなのですね」
「ヨシュア殿が来てくれてから、少しずつわたしの世界が広がるようで楽しい」

 微笑む龍王とネイサンの会話は穏やかにヨシュアの耳に入ってくる。
 茉莉花茶に合わせて、木の実の餡を包んだ月餅が出された。一口大の小さな月餅は数種類あって、餡がそれぞれに違うようだ。表面に書かれている文字も、「寿」や「喜」などめでたいものばかりだった。

「旅行の間の食事はどうするのですか?」
「現地で材料を仕入れて、同行している宮殿の料理長が作ります」
「各地の領主に招かれた場合には?」
「これまでは毒を警戒して、食事は口にできなかったのですが、ヨシュア殿がいれば、食事も食べられますね」

 出会ったときには痩せて顔色も悪く、目の下に隈があって陰気な印象だった龍王も、ヨシュアと食事を共にするようになって、顔色が随分とよくなっていた。表情も明るくなった気がする。
 最初に出会ったときには、何を言っているのかと思わなくはなかったが、最近はそういう言動もなりを潜めて、龍王らしい振る舞いを見せているようには思われる。

「わたしもあなたも、今後三百年程度は生きるでしょう。長い生をあなたと共に生きられることが今は嬉しいのです」

 父である前龍王が二百歳に満たないくらいで早逝してしまったときには、置いて行かれた悲しみと次の龍王を担わなければいけない重圧感で息苦しかったと龍王は茉莉花茶を飲みながら小さく呟いた。
 長命の龍族の王族にしてみれば、二十歳程度で国王としての地位を一心に背負わなければいけなくなって、龍王として国土の隅々まで水の加護を行き渡らせなければいけない重責が背中にのしかかってきたのだとしたら、やはり心細かっただろうし、不安でもあっただろう。
 現在のラバン王国の国王であるヨシュアの兄は、ヨシュアと二十五歳年が離れていて、四十代の半ばで父からラバン王国の王位を譲られた。父はヨシュアの母と共に隠居して王位から離れて自由に暮らしているが、何か困ったことがあればすぐに王を助けに来ていた。
 ラバン王国の穏やかな王位継承と、龍王が体験した嵐のような王位継承は全く違っただろう。

 志龍王国の龍王の力は国土を富ませ、水の加護を行き渡らせる。
 その力はラバン王国で魔術師の頂点とも言われていたヨシュアとは全く違うものだが、自分がこの大陸で一番魔力のある魔術師だと思っていたヨシュアにとっては、それ以上の力を振るえる存在として龍王の水の加護自体は尊敬していた。
 ヨシュアも魔術師の頂点として君臨していたが、両親も兄も健在で、姪たちとも交流があって、孤独とはいえなかった。

 龍王はその力の強さゆえに、他に並ぶものがいなくて常に孤独だったのではないだろうか。

 無邪気にヨシュアと一緒にいられる時間が長くて嬉しいと告げる龍王に、ヨシュアの方も考えることがないわけではなかった。

 ヨシュアの抱える秘密を、いつかは龍王に明かさねばならない。
 今はまだその覚悟はできていないが、ヨシュアは志龍王国に嫁いで王配になったのだから、配偶者の龍王にはヨシュアのことを知っておく権利があった。

 妖精の血を引く魔術師の中でも特に血の濃いヨシュア。
 血の濃さで魔力の強さが決まるのだから、ヨシュアは間違いなく大陸一の魔術師だ。

 兄はヨシュアの秘密を知っていた。
 それゆえにヨシュアにラバン王国で結婚を強制するようなことはなかったし、志龍王国に嫁ぐと決めたときも快く送り出してくれた。

 ラバン王国の国境の町で龍王がヨシュアの兄、マシューと会うときには、ヨシュアは自分の秘密を明かさねばならないのではないだろうか。
 それを知って、なお、龍王はヨシュアを愛すると言えるのだろうか。

 茉莉花茶の入っていた茶碗を置いて、ヨシュアは馬車の中の空気を入れ替えるために窓を開けた。
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