龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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一章 龍王は王配と出会う

8.龍王の願い

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 龍王が血迷ったことを言い出した。

 初めは名前だった。
 ヨシュアに自分の名前を告げて、名前で呼んでほしいと伝えてきた。
 二人きりのときに名前で呼び合うなど、恋人同士でもないのにするはずがない。
 丁重に断ったら、次はヨシュアのことを名前で呼びたいと言ってきた。
 それも断ろうとしたが、呼ぶのは勝手なので、最終的には龍王に任せた。

 その後で褥を共にしたいと言われたときには、正直、「どうして?」という思いが強かった。
 何のために褥を共にするのか。

 龍王は男性でヨシュアも男性。
 龍王は幼いころに病で子種を失っているので、男女を問わずにラバン王国に伴侶を求める代わりに、褥は共にしないと宣言していたはずだ。
 男女であろうとも龍王と交わっても子どもは生まれない。
 男性同士の龍王とヨシュアであれば褥を共にするのは不毛としか言えない。

 龍王がヨシュアの部屋で午睡をするようになって、警護の兵士を部屋の外に追いやっているので、ヨシュアだけならば安眠できると思ったのかもしれない。
 それならば、ヨシュアは長椅子で寝て、龍王に寝台を使ってもらえばいいと提案すれば、それでは不満そうな顔をするのだ。
 そのくせ、何もしない、ただ一緒に寝るだけなどという。

 龍王が王に向いていない難儀な性質であることも、自分よりは姪に年齢が近いくらいの若さであることも考えて、父を亡くし、年上の親族もいない龍王が年上の自分に甘えてきているのかもしれないとは思ったが、甘えられても困るというのがヨシュアの感想だった。
 王宮の警護に息を詰まらせて、毒見で冷え切った料理に食欲もないと言っていた龍王。
 白というよりは若干黄色っぽくはあるが日に焼けていない肌が痩せこけて、龍王としての力を存分に振るうのに、本人は痩せぎすで目の下に隈も作っているという状態なのは気の毒には思う。
 それはそうなのだが、ヨシュアが龍王の世話を全部してやるのは何か違うような気がするのだ。

 褥を共にしたいなら女性を呼べばいいし、その女性が気に入れば妃として迎えればいい。
 青陵殿の部屋はまだまだ余っているし、妃が数人増えたところでヨシュアの暮らしは変わらないだろう。

 この国にヨシュアは魔術騎士として出向いたようにしか思っていない。
 龍王の寂しさを埋めるために、寵愛を得るために来たわけではない。

 一緒に寝たいと言われてからも龍王との食事は続いていたが、龍王は明らかに口数が少なくなった。
 昼食の後にはヨシュアの部屋で一刻程休んでいくのだが、最近は従者が寝間着を用意してきて、食事が終わると龍王を淡い色の装飾の一切ない寝間着に着替えさせて、ヨシュアの寝台に寝かせる。
 わざわざヨシュアが帯を引き抜いて、長衣を脱がせて下着姿にして寝台に運ばなくてよくなったので、楽になったといえばそうなのだが、当然のようにヨシュアの寝台を使う龍王に思うところがないわけではない。

 龍王の午睡の途中でヨシュアが魔術騎士団に呼ばれて退出しようとすると、警備の兵士が入ってきたのに気付いて龍王は目覚めてしまう。
 本当にひとの気配に敏感なのだと思うが、どうしてヨシュアが部屋にいても平気なのかはよく分かっていない。

 日に日に日差しが強くなって、季節は夏に移り変わろうとしている。
 青陵殿の庭には大きな池があるのでそこを渡る風は少しは涼しいが、それでも部屋の中は蒸し暑くなっていて、ヨシュアはそろそろ魔術で部屋を冷やすことも考えていた。

 日差しの中昼食に訪れた龍王が、窓辺に手を翳せば、氷の柱が出現した。
 天井まであろうかという氷の柱は、溶ける気配もなく、窓から入る風を冷たくして、部屋の温度を下げる。
 龍王が息をするよりも自然に水の精霊を操っていることにヨシュアは改めて感心してしまった。

「毎年夏は氷柱を立てるのですか?」
「部屋が暑いと体調を崩してしまう。部屋は涼しくしておいた方がいいだろう?」
「わたしも魔術で部屋の温度を下げようかと思っていましたが、必要ありませんでしたね」

 水の加護を得ている龍王の前では、ヨシュアの魔術も必要なくなることがある。
 そういえば、龍王は龍の本性になれる数少ない王族の一人である。龍の本性を見たことがないが、四本の爪を持つ宝石のような鱗と見事な鬣の巨大な龍が、龍王即位のときには王都の上空を舞ったという話は聞いていた。

 龍王自身にそれほど興味はないが、龍王の力や本性については興味がないわけでもないヨシュアだった。

「ヨシュア殿が望むのならば、この氷柱は夏中このままにしておく」
「ありがたく使わせていただきます。魔術で部屋を涼しくすると、部屋を離れている間は温度が戻って、部屋に戻るたびにかけ直さないといけないのが面倒なのですよね」
「あなたほどの魔術師でも、魔術を面倒だと思うことがあるのか」
「ありますよ。簡単な魔術ほど何度もかけ直さなければいけないので面倒になります。特にわたしがいない空間では特別な処理をしないと魔術は持続しませんので」

 それに対して、龍王の加護は龍王がこの部屋にいなくても氷柱を維持できる程度には青陵殿にも行き渡っている。志龍王国全土の水の恵みを維持しているというくらいなのだから、龍王の力がすさまじいことは分かっているが、細やかにヨシュアの部屋のみに作用するような力も使えるのだと思うと、魔術と龍王の加護は全く違うのだと実感する。

「魔術師としてのヨシュア殿は、ラバン王国でも屈指の才能をお持ちだと聞いている。ヨシュア殿の魔術は、どれほどのものなのか?」

 いつかはこのことに関しても話さなければいけないと思っていた。
 ヨシュアの魔力が規格外に強いことを。

「実は、わたしの魔力はラバン王国の頂点と言われていました」
「頂点は国王ではないのか?」
「兄とわたしは母親が違います。兄の母君は兄を産んですぐに亡くなりました。わたしは前国王とその従妹の間に生まれた、極めて血の濃い魔術師なのです」

 それゆえにヨシュアは明かせない秘密を持っている。
 ヨシュアがラバン王国の王弟でありながら恋人も持たず、誰とも結婚しなかったのも、褥を共にしないという条件があった上で志龍王国に嫁いできたのも、その秘密があったからだった。

「ラバン王国はそんな強い魔術師を何故手放したのだ?」
「魔力が強いからといって、必ずしも国益となるかといえばそうではないのです。わたしは魔術騎士団の団長の座で満足していましたが、わたしの方が魔力が強いことを理由に、わたしを担ぎ上げて国王にしようという輩がいないとも限りませんからね」

 そういう意味でいえば、志龍王国に嫁いで来られたのは、兄への忠誠も変わりなく示せるし、志龍王国の軍備を増強する代わりにラバン王国に食糧支援をしてもらうというどちらにとっても都合のいい事態になった。

「それでは、この大陸一の魔術師を我が国は迎え入れられたということになるのだな」
「そうなりますね」

 過ぎた力がもたらすものは益だけではない。
 ラバン王国にいれば争いの種になりかねないと自分でも理解していたからこそ、ヨシュアは自ら志龍王国に嫁ぐことを決めた。志龍王国であれば、最強の魔術師といえども龍王の加護には敵わないのだし、王配となってしまえば龍王を支える立場となって誰もヨシュアを担ぎ上げたりしない。

「龍王陛下にはお願いがあります。どうか、末永くラバン帝国との国交の友好化をお願いいたします」
「もちろんそのつもりだ。ラバン王国には得難い伴侶を得させてもらって、とても感謝している」

 椅子から立ち上がった龍王がヨシュアの方に歩み寄ってくる。
 思わず後退ろうとして、ヨシュアは椅子の背もたれに背をぶつけた。

「ヨシュア殿、この部屋で眠っても構わないか?」
「褥を共にしない約束ではなかったのですか?」
「ヨシュア殿の部屋ならゆっくりと眠れそうな気がする」
「どうしてもそうなさりたいなら、わたしは長椅子で休ませてもらいます」

 長椅子といっても、午睡をしたりする椅子なので、十分眠れる広さはある。
 龍王が何度も一緒に寝たいというのを匂わせてきても、ヨシュアは絶対に断っていた。

「わたしは早くに父を亡くした。叔父夫婦はわたしを毒殺しようとした罪で処刑されたし、母と妹の他に肉親もいない」

 寂しいのだ。

 縋り付くように言われて、ヨシュアは魔術を使えばどれだけでもその手を払えたのだが、手酷くその手を払うのは哀れかと考えて、龍王の胸を押して拒否するにとどめた。

「寂しいのならば、女性でも男性でも、好みの方を呼ぶのをお勧めします」
「あなたでなければいけない。あなたならば、わたしの身を守れて、二人きりのときが過ごせる」
「護衛としてわたしを必要とするなら、長椅子で結構です。同衾はしません」

 絶対に是と言わないヨシュアに、諦めたように龍王は小さく頷いた。

「それでもいい。そばにいてほしい」

 国土全域に水の加護を行き渡らせる力を持ち、龍の本性になれる数少ない王族でありながら、龍王の求めるものはヨシュアの情けなのか。
 龍王の孤独に触れたような気がしたが、褥を共にする気にはどうしてもなれないヨシュアだった。
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