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愛してるは言えない台詞 〜つき〜

Paper Moon 5

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 再び、路彦との同棲の日々が始まった。離れていた期間が嘘のように路彦は自然に連月の家に帰って来たし、冴も連月もそれを歓迎した。小さな冴がいるので一緒にお風呂に入ることも、寝室以外でいい雰囲気になることも難しかったが、それでも毎日のように身体を交わすことを許してくれて、朝ご飯も作ってくれるのだから、これはもう結婚したも同然だと連月は信じ込んでいた。
 渡すタイミングを逃していた合鍵は、路彦にプレゼントする赤い革のハートのキーホルダー付きで準備している。赤いハートにしたのは、愛しているという気持ちがストレートに表現できるからだった。
 男性同士の恋愛を描く映画の出演が決まって、連月と馴染みの役者が幼馴染の両片想い同士に配役されたのだが、休憩時間にその役者が雑誌を見せてきた。

「これ、連月さんがご執心のデザイナーさんのことじゃない?」
「立田さんて呼んでよ、馴れ馴れしい」

 冗談なのか本気なのか、ときどき連月を口説いてくる彼を軽くあしらって、雑誌のページを捲ると、路彦のことらしき記事があった。
 大学生の頃に、五人組の男たちに家までつけられて、鍵を開けた瞬間に中に押し込まれて、暴行をされそうになった。彼らは路彦が中東の富豪の息子だと聞いて、犯して写真を撮り、それをばらまいたり、妊娠させたりして、金を脅し取ろうという魂胆だったらしい。しかし、予想外に路彦が強くて、五人とも鼻の骨を折ったり、前歯を折ったり、腕の関節を外されたりして、ねじ伏せられて警察に突き出されたと書かれていた。

「そんな乱暴なひとと、よく付き合ってられるよね。もしかして、脅されてるの? いい弁護士紹介しようか?」
「アホ言え、あのひとは優しいひとや」

 自分の身を守れる強いひとで良かったと安心しながらも、どれほど路彦が傷付いたか、『立田連月と熱愛のデザイナーの過去』として書きたてられて暴かれることで傷付くかを考えたら、連月は胸が塞がるような思いだった。
 その晩路彦に生地を見せると、困ったような、悲しげな顔をさせてしまう。

「……怖いですか?」
「怖いやなんて……怖かったのは、路彦さんやろ。俺、路彦さんが嫌なこと、してへん?」
「嫌なことは、してないですよ。してたら、ほら、そうなりますから」

 最初から紳士で、連月に優しい路彦が怖いわけがない。笑って済ませようとする路彦は、その事件のときにまだ十代か二十代の初めだったはずだ。怖くて傷付いておかしくないのに、それを笑ってしまえる路彦の強さが、連月には悲しかった。
 逞しい胸にしなだれかかって、頬を寄せると路彦の大きな手が髪を撫でてくれる。

「全然知らんかった……路彦さんには、俺の知らんことがいっぱいあるんやろね」
「それは、立田さんより、年上ですからね」
「路彦さんが強い御人で良かったわ。そんな御人が俺に抱かれてくれるやなんて、凄い興奮する」

 改めてこのひとが好きだと実感しながら、連月はその夜も路彦を抱いた。
 事後には一緒にお風呂にも入ってくれて、二人の愛は最高潮に盛り上がっている気がした。
 翌朝に格好つけて投げて渡した赤い革のハートのキーホルダー付きの合鍵。改まって渡すよりも、無造作に渡してしまった方がいいかと思ったのだが、いざ渡すと恥ずかしくなる。
 ここを路彦さんの家と思って帰って来てくれてええねんで!
 とは、上手に言えなかった。

「俺が遅くなるときにさぁちゃんのお迎え、頼むことあるし、路彦さんはうちに自由に出入りしてええから」
「……お預かりします」

 預かるという言葉に若干の不安を抱いたが、受け取ってくれたから大丈夫だろう。そう連月は楽観視していた。
 どれだけ路彦に憧れて追いかけていたか知って欲しい。
 部屋の路彦が乗っている雑誌を見せたり、自分で買ったアクセサリーを見せたりしていると、冴に路彦が作った髪飾りのことが気にかかる。

「路彦さん、さぁちゃんにはオリジナルの一点物作るのに、俺にはなぁんもくれへんやん? ちょっと、水臭くない?」

 恋人なのだし、これだけファンなのだし路彦が作ったものが欲しいと、おねだりをすれば、つれない大人の恋人は仕事の話にすり替えてしまう。

「ブランドの専属モデルなら、アクセサリーの一点も送るべきでしたね。姉に伝えておきましょう」
「路彦さんからプレゼントして欲しいんやけどなぁ」
「俺から?」

 自覚なく焦らされているのか、これが大人の恋のやり取りなのか、初恋の連月には分からない。ただただ、路彦に溺れて、路彦に本気になって欲しい。
 しっかりと鍛え上げられた腹筋に手を滑らせて、パンツに手を入れて下腹に触れると、寝室ではないので路彦がびくりと震えて逃げる。

「なぁ、路彦さんのここに、俺の、注ぎたい。生で、させてくへれへん?」
「赤ん坊ができたら、立田さんも困るでしょう?」
「困らへんよ。俺の赤ちゃん、産んで?」

 赤ん坊ができれば路彦のことを自分のものにできる。浅はかにもそんな考えを持った連月に、路彦は壁際まで逃げてしまった。逃がさないと手を突くと、琥珀色の目が困惑に揺れる。

「今まで付き合った方は、そ、そういうの平気だったかもしれませんけど、俺は……」
「付き合ったひとなんて、おらんよ?」

 初恋の相手で、初めて付き合ったのは路彦で。説明しようとしたら、冴の泣き声に遮られた。久しぶりに悪夢を見たようだ。
 両親に育児放棄をされて連月に引き取られた冴は、そのときのことを思い出すのか、悪夢にうなされることがある。ココアを作ってきた連月と路彦に宥められて落ち着いて眠ったが、冴にとっても路彦がかけがえのない家族になっていることは間違いなかった。

「俺の勘違いやったら恥ずかしいんやけど、路彦さん、小さい頃に俺の舞台を観にきたことないかな?」

 初恋の日の思い出を確信に変えたくて問いかければ、路彦は躊躇いながらも答えてくれた。

「……小さい頃、日本文化好きの父に、お能の舞台に連れて行ってもらったことがあります」
「やっぱり、路彦さんやったんや! そうやないかと思ってた」

 やはり運命だった。路彦と連月は結ばれるために出会ったのだ。

「路彦さんは、俺のものになる運命やったんや」

 結婚してください。
 今こそプロポーズのときだと意気込んだ連月が路彦の手を取り、跪く前に、路彦はあっさりと帰ってしまった。
 ものすごくいい雰囲気だったのに、なにがいけなかったのか分からない。

「路彦さん、なんでぇ……」

 残された連月は、ベッドで一人、中途半端に熱くなった身体を持て余した。
 しかし、天は連月を見放さなかった。内密にということでブランドの社長の都子から「路彦は専属モデルの立田さんイメージのアクセサリーを思い付いて、それの製作に集中するそうです」と教えられて、空を舞う心地だった。
 デザイナーの路彦は繊細で、浮かんだデザインを消えてしまわないうちに形にしたかったのだろう。それで真夜中に一人帰って行った。それが分かると、路彦から連絡がなくて待つのも、集中しているのだろうと待ち遠しいくらいで、嫌な感じは少しもしなかった。
 二週間後、路彦から連絡があったときには、連月は話しながら、ひっそりとガッツポーズをしてしまう。

『立田さん?』
「お仕事、お疲れ様。うまくいかはったんかな? あ、会いたいって、そういうこと、やろ?」
『えぇ、今夜、訪ねてもいいですか?』
「もちろん、ええよ!」

 ご馳走を作って、イイコトして、そして、プロポーズ。
 連月の中で計画は完璧だった。
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