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愛してるは言えない台詞 〜みち〜
届かぬ月 7
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慣れとは恐ろしいもので、仕事を終えると路彦は自然と連月の家に行って、冴と連月と食事をして、冴が眠った後に身体を交わす日々が定着してしまった。スキャンダル誌に好き勝手書き立てられても、連月は頓着していないようだった。
まだ4歳の冴を一人でお風呂に入らせるわけにはいかないので、どちらかがお風呂に入れてやってから寝かせるのだが、そのせいで中々一緒に入浴ができない。撮影の関係があるのか、連月は路彦と共に風呂に入ることに妙な執着を見せていた。
「男二人なんて狭いだけですよ」
「路彦さんと密着してバスタブに入れるやなんて、嬉しいやん!」
練習しておけば、撮影で男性とバスタブに入ったときにも演技ができるということなのだろうが、映画の脚本からして濃厚なシーンはない軽いものらしく、リアリティを求めている連月の役者魂には感心するが、路彦も何度も風呂に入ると湯疲れする。何より湯上りには連月との行為が待っていた。
冴を寝かせた後で寝室に行くと、連月が真剣な様子で雑誌に目を通しているので、所在無く路彦はベッドの端に腰掛ける。ぎこちない仕草で、連月はその雑誌を路彦に広げて見せた。
「これ、ほんまなん?」
書かれていたのは、路彦が大学のときの事件だった。
父が中東の富豪ということもあって、周囲には気を付けていたつもりだったが、家につけてこられて、鍵を開けた瞬間に五人組の男に部屋に押し込まれて、無理矢理抱かれそうになった事件が書かれていて、見出しは「立田連月の熱愛中のデザイナーの過去」である。呆れて苦笑する路彦に、連月は真剣な面持ちだった。
それもそのはず、事件の結末は、本気で抵抗した路彦が、五人組を鼻の骨の骨折、前歯を折る、腕の関節を外す、などして、血塗れで全員捩じ伏せて警察に引き渡した、というものなのだ。
「……怖いですか?」
五人の男に囲まれて、押さえ付けられて、犯されそうになって、生命の危険を覚えて、仕方なくやったこととはいえ、過剰防衛だと当時も騒がれた。それを父が黙らせて、コンシェルジュのいる不審者の入ってこられない安全なマンションに路彦を引っ越させたのだ。
「怖いやなんて……怖かったのは、路彦さんやろ。俺、路彦さんが嫌なこと、してへん?」
「嫌なことは、してないですよ。してたら、ほら、そうなりますから」
笑い事にしてしまおうとする路彦に、連月はひどくショックを受けているようだった。分厚い路彦の胸にしなだれかかって、頬を擦り寄せる。
「全然知らんかった……路彦さんには、俺の知らんことがいっぱいあるんやろね」
「それは、立田さんより、年上ですからね」
「路彦さんが強い御人で良かったわ。そんな御人が俺に抱かれてくれるやなんて、凄い興奮する」
色っぽく微笑んで胸を撫でる白い手が与える快感に慣れてしまった路彦は、喉を鳴らして身体を震わせる。口付けは甘く、その日の連月は特に丁寧で優しく路彦を抱いた。
事後に連月と風呂に入ろうということになったのは、連月の望みもあってのことだし、五人の男を殴り倒して重傷を負わせるような路彦を、彼が怖がらずに優しく声をかけてくれたから絆されたのかもしれない。
身体を流してバスタブに二人で入ると、湯が大量に溢れ出て、ぎゅうぎゅう詰めになる。路彦の脚の間に座って、胸に背中を預ける連月は、お湯で白い肌が紅潮していて色っぽかった。
「映画の件なんですけど……」
「俺の仕事に興味持ってくれてるん?」
「ニュースで偶然見て。どういう役なんですか?」
聞いてみれば、「公開前やから路彦さんだけの秘密やで」と悪戯に微笑んで、連月が教えてくれる。幼馴染同士の甘酸っぱいすれ違いで、大学進学を機に一度は離れた二人が社会人になって再会するというストーリーだという。どちらが抱く方か、抱かれる方かは、想像に任せる感じになっているらしい。
「路彦さんて、あまり自分のこと話さへんし、俺のことも聞かへんから、興味ないんかと思ってた」
「立田連月を知らないひとはいないでしょう」
「吾妻路彦も、有名やで?」
それは一部のファンだけのことで、路彦自身は前面に出ることはなく、裏方に徹しているために、メディアへの露出もない。連月との仲が書き立てられても、あくまでも「ADUMAのジュエリーデザイナー」として名前も顔写真も出てこないのがその証拠だった。
「俺は全然ですよ」
「そんなことないって。かっこええし、色気あるし、あんな凄いもん作らはる……路彦さんの手ぇは、物を作るひとの手や」
皮の厚くなっているゴツゴツとした手を取られて、そこに頬擦りされて、路彦は戸惑ってしまった。このままだと逆上せてしまいそうだ。頭がぼぅっとし始めた道彦に気付かず、連月は話し続ける。
「俺って、どっちかっていうと綺麗で大人しい草食系に見えるらしいの。もっと男の魅力出さな、路彦さんのブランドの専属は取られへんて言われて、筋トレもしたけど、作っとるひとがこうなんやもんなぁ。敵わへんわ」
身体を捻って振り向いた連月の指が、路彦の胸を辿って、腹筋に触れる。太ももの内側を撫でられて、散々抱き合った後なのに妙な声を上げそうになって、路彦は水を跳ね上げながら連月の手を払った。
「これ以上は……」
「そんな可愛い顔で、俺を拒むん?」
「本当に、これ以上は、無理……」
視界が回転して、バスタブの中に沈みそうになった路彦の身体を、連月が意外にも力強く抱き留めてくれる。
「あかん! 逆上せてしもた!?」
連月の手を借りて着替えをして、路彦は水分補給をしてベッドに倒れ込んだ。当然のように連月が隣りに滑り込む。
「お風呂でするのもええかと思ったけど、危険やな」
「……ですね」
真剣に言う連月に答えて、路彦は笑ってしまった。
翌朝、朝食を食べて仕事に出ようとする路彦に、連月は赤い革のハートのキーホルダーの付いた合鍵を投げて寄越す。
「俺が遅くなるときにさぁちゃんのお迎え、頼むことあるし、路彦さんはうちに自由に出入りしてええから」
「……お預かりします」
冴は4歳で、連月は25歳。他の相手は家に連れてきたことがないと冴は言っていたが、冴が連月の元に引き取られる前に誰かのためにこの赤い革のハートのキーホルダーを買ったのかと考えると、内臓が内側から握り締められたように痛んだ。艶のあるそのキーホルダーは、誰のためのものだったのだろう。
「みちひこさんが、おむかえにきてくれるんですか?」
保育園の準備を終えた冴が、玄関にやってきてぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。抱き上げると、きらきらのお目目で路彦のバイクを指差した。
「さえ、あれにのれますか?」
「バイクはダメだよ、危ないから。迎えに行くときは、車持ってくる」
「のりたかったです……ししょーものれませんか?」
「バイクのタンデムは危ないからね」
「俺もダメなん? 俺、運動神経良いよ?」
話に割り込んでくる連月に、路彦は「立田さんは車があるでしょう」と突っ込んだ。自分の分しかヘルメットも持っていないし、バイクは身軽に動けるが生身の人間がそのまま乗っているので、転倒しただけでも大事故になりやすい。そんな危険なことを冴にも連月にもさせるわけにはいかなかった。
「せやったら、路彦さんも車にしてや」
「冴ちゃんを迎えに行くときには、そうします」
危ないので連月を乗せたくないというのと、路彦が使わないのとは別問題だ。
「怖くないとか、ひとには危険や言うのに自分は乗るとか、路彦さんは、自分を大事にしてへん」
頬を膨らませて怒ったような表情になった連月の言葉の意味を、路彦はあまりよく分かっていなかった。
まだ4歳の冴を一人でお風呂に入らせるわけにはいかないので、どちらかがお風呂に入れてやってから寝かせるのだが、そのせいで中々一緒に入浴ができない。撮影の関係があるのか、連月は路彦と共に風呂に入ることに妙な執着を見せていた。
「男二人なんて狭いだけですよ」
「路彦さんと密着してバスタブに入れるやなんて、嬉しいやん!」
練習しておけば、撮影で男性とバスタブに入ったときにも演技ができるということなのだろうが、映画の脚本からして濃厚なシーンはない軽いものらしく、リアリティを求めている連月の役者魂には感心するが、路彦も何度も風呂に入ると湯疲れする。何より湯上りには連月との行為が待っていた。
冴を寝かせた後で寝室に行くと、連月が真剣な様子で雑誌に目を通しているので、所在無く路彦はベッドの端に腰掛ける。ぎこちない仕草で、連月はその雑誌を路彦に広げて見せた。
「これ、ほんまなん?」
書かれていたのは、路彦が大学のときの事件だった。
父が中東の富豪ということもあって、周囲には気を付けていたつもりだったが、家につけてこられて、鍵を開けた瞬間に五人組の男に部屋に押し込まれて、無理矢理抱かれそうになった事件が書かれていて、見出しは「立田連月の熱愛中のデザイナーの過去」である。呆れて苦笑する路彦に、連月は真剣な面持ちだった。
それもそのはず、事件の結末は、本気で抵抗した路彦が、五人組を鼻の骨の骨折、前歯を折る、腕の関節を外す、などして、血塗れで全員捩じ伏せて警察に引き渡した、というものなのだ。
「……怖いですか?」
五人の男に囲まれて、押さえ付けられて、犯されそうになって、生命の危険を覚えて、仕方なくやったこととはいえ、過剰防衛だと当時も騒がれた。それを父が黙らせて、コンシェルジュのいる不審者の入ってこられない安全なマンションに路彦を引っ越させたのだ。
「怖いやなんて……怖かったのは、路彦さんやろ。俺、路彦さんが嫌なこと、してへん?」
「嫌なことは、してないですよ。してたら、ほら、そうなりますから」
笑い事にしてしまおうとする路彦に、連月はひどくショックを受けているようだった。分厚い路彦の胸にしなだれかかって、頬を擦り寄せる。
「全然知らんかった……路彦さんには、俺の知らんことがいっぱいあるんやろね」
「それは、立田さんより、年上ですからね」
「路彦さんが強い御人で良かったわ。そんな御人が俺に抱かれてくれるやなんて、凄い興奮する」
色っぽく微笑んで胸を撫でる白い手が与える快感に慣れてしまった路彦は、喉を鳴らして身体を震わせる。口付けは甘く、その日の連月は特に丁寧で優しく路彦を抱いた。
事後に連月と風呂に入ろうということになったのは、連月の望みもあってのことだし、五人の男を殴り倒して重傷を負わせるような路彦を、彼が怖がらずに優しく声をかけてくれたから絆されたのかもしれない。
身体を流してバスタブに二人で入ると、湯が大量に溢れ出て、ぎゅうぎゅう詰めになる。路彦の脚の間に座って、胸に背中を預ける連月は、お湯で白い肌が紅潮していて色っぽかった。
「映画の件なんですけど……」
「俺の仕事に興味持ってくれてるん?」
「ニュースで偶然見て。どういう役なんですか?」
聞いてみれば、「公開前やから路彦さんだけの秘密やで」と悪戯に微笑んで、連月が教えてくれる。幼馴染同士の甘酸っぱいすれ違いで、大学進学を機に一度は離れた二人が社会人になって再会するというストーリーだという。どちらが抱く方か、抱かれる方かは、想像に任せる感じになっているらしい。
「路彦さんて、あまり自分のこと話さへんし、俺のことも聞かへんから、興味ないんかと思ってた」
「立田連月を知らないひとはいないでしょう」
「吾妻路彦も、有名やで?」
それは一部のファンだけのことで、路彦自身は前面に出ることはなく、裏方に徹しているために、メディアへの露出もない。連月との仲が書き立てられても、あくまでも「ADUMAのジュエリーデザイナー」として名前も顔写真も出てこないのがその証拠だった。
「俺は全然ですよ」
「そんなことないって。かっこええし、色気あるし、あんな凄いもん作らはる……路彦さんの手ぇは、物を作るひとの手や」
皮の厚くなっているゴツゴツとした手を取られて、そこに頬擦りされて、路彦は戸惑ってしまった。このままだと逆上せてしまいそうだ。頭がぼぅっとし始めた道彦に気付かず、連月は話し続ける。
「俺って、どっちかっていうと綺麗で大人しい草食系に見えるらしいの。もっと男の魅力出さな、路彦さんのブランドの専属は取られへんて言われて、筋トレもしたけど、作っとるひとがこうなんやもんなぁ。敵わへんわ」
身体を捻って振り向いた連月の指が、路彦の胸を辿って、腹筋に触れる。太ももの内側を撫でられて、散々抱き合った後なのに妙な声を上げそうになって、路彦は水を跳ね上げながら連月の手を払った。
「これ以上は……」
「そんな可愛い顔で、俺を拒むん?」
「本当に、これ以上は、無理……」
視界が回転して、バスタブの中に沈みそうになった路彦の身体を、連月が意外にも力強く抱き留めてくれる。
「あかん! 逆上せてしもた!?」
連月の手を借りて着替えをして、路彦は水分補給をしてベッドに倒れ込んだ。当然のように連月が隣りに滑り込む。
「お風呂でするのもええかと思ったけど、危険やな」
「……ですね」
真剣に言う連月に答えて、路彦は笑ってしまった。
翌朝、朝食を食べて仕事に出ようとする路彦に、連月は赤い革のハートのキーホルダーの付いた合鍵を投げて寄越す。
「俺が遅くなるときにさぁちゃんのお迎え、頼むことあるし、路彦さんはうちに自由に出入りしてええから」
「……お預かりします」
冴は4歳で、連月は25歳。他の相手は家に連れてきたことがないと冴は言っていたが、冴が連月の元に引き取られる前に誰かのためにこの赤い革のハートのキーホルダーを買ったのかと考えると、内臓が内側から握り締められたように痛んだ。艶のあるそのキーホルダーは、誰のためのものだったのだろう。
「みちひこさんが、おむかえにきてくれるんですか?」
保育園の準備を終えた冴が、玄関にやってきてぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。抱き上げると、きらきらのお目目で路彦のバイクを指差した。
「さえ、あれにのれますか?」
「バイクはダメだよ、危ないから。迎えに行くときは、車持ってくる」
「のりたかったです……ししょーものれませんか?」
「バイクのタンデムは危ないからね」
「俺もダメなん? 俺、運動神経良いよ?」
話に割り込んでくる連月に、路彦は「立田さんは車があるでしょう」と突っ込んだ。自分の分しかヘルメットも持っていないし、バイクは身軽に動けるが生身の人間がそのまま乗っているので、転倒しただけでも大事故になりやすい。そんな危険なことを冴にも連月にもさせるわけにはいかなかった。
「せやったら、路彦さんも車にしてや」
「冴ちゃんを迎えに行くときには、そうします」
危ないので連月を乗せたくないというのと、路彦が使わないのとは別問題だ。
「怖くないとか、ひとには危険や言うのに自分は乗るとか、路彦さんは、自分を大事にしてへん」
頬を膨らませて怒ったような表情になった連月の言葉の意味を、路彦はあまりよく分かっていなかった。
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