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愛してるは言えない台詞 〜みち〜

届かぬ月 6

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 無事に冴の熱は下がって、連月にもうつった兆候はないというメールを受け取ったとき、路彦は見事に熱発していた。体温計の表示する高熱と冴と接触したことから、病院に行けば検査するまでもなく、抗インフルエンザ薬を処方された。

「発熱から時間が経たないとインフルエンザの陽性反応は出ないんですが、状況から見て、インフルエンザには違いないでしょう。高熱の中でもう一度病院に来る手間を考えたら、今処方しておいた方が良いかと思われます」
「ありがとうございます、助かります」

 マスクをして鼻をずびずびと言わせて、路彦はレトルトのお粥やスポーツドリンクを買い込んで、病院から帰った。
 帰ってから連月に、インフルエンザに罹ってしまったことと、冴が回復して連月もうつらなくて良かったという返事を書いたら、すぐに電話がかかってきた。

『路彦さん、さぁちゃんがうつしてしもたんやて? 看病に行くさかい、お家の場所、教えてください』
「ダメですよ。立田さん、冬のコレクションまで一週間ないんですよ?」

 デザインは全て終わって、挨拶をする予定もない路彦はコレクションの期間も休んでいて構わないが、連月はうつってしまえば、専属モデルがコレクションに欠けることになってしまう。そもそも、インフルエンザのような感染力の強い病気の相手を、健康な成人男性とはいえ、気軽に見舞って良いものではない。

『俺が迷惑かけたようなもんやないの。お家に差し入れだけでも届けさせてもらえへん?』
「立田さんは、コレクションに集中してください」

 きっぱりと断れば、電話の向こうでため息が聞こえた。

『自分で何でも決めてしまわはるし、俺に頼ってくれへんし、ベッドではあんなにかわええのに、路彦さんは大人で、俺が子どもみたいや』

 拗ねたような口調の真意が読み取れず、路彦は熱でぼんやりとする頭で必死に言葉を紡ごうとするが、それより先に『治ったら連絡ください』といつもより他人行儀に連月が言って通話を切ってしまった。携帯電話を枕元に投げ出して、ベッドに寝転ぶ。
 目を閉じると、薬が効いたのか、眠気が襲ってきた。

ーー俺のこと、好きやろ?
ーー路彦さん、ほんまにかわええわ
ーー嫌や言うても、体は悦んではるよ?
ーー俺のもんにしてええやろ?

 夢うつつで連月の声が、脳内をぐるぐると巡る。
 あの美しい連月が路彦の身体のどこが気に入ったのか分からないが、確かに路彦を抱いた。初めてのときは覚えていなかったが、二回目ははっきりと覚えている。体格差があるから、連月は路彦の助けがなければ脱がすこともできない。自分の意思で路彦は連月に身体を預けたのだ。
 そのことに関して後悔はないが、もう一度求められたら歯止めが利かなくなるような気がして怖かった。既に路彦はかなり連月に溺れている自覚がある。誰もが羨むような美しい男に大事にされて、可愛いと言われれば、それは有頂天にもなるだろう。
 今までの相手を捨ててきたように、いつか路彦も捨てられるのだろうか。
 薬のおかげで熱は下がったようで水を飲みにキッチンに向かう途中で、付けたテレビのニュースが「立田連月が男性同士の愛を描く映画に出演」と告げた。
 アクション映画のためにスタントを学び、死に至る病人を演じるために体重を10キロも落とす。芸のためなら何でもやる役者、立田連月。

「俺も、芸の肥やしか」

 それならば、美しく咲いてもらわねばならない。
 冬のコレクションで路彦のデザインした蓮の花をイメージしたペンダントトップは、連月に似合うだろうか。残念ながらインフルエンザで休んでいる路彦には、それを実際に見ることは叶わなかった。
 熱が下がってから三日以上経ってから、路彦は工房での仕事を再開した。連月にも「治りました」とメールを送れば、「迷惑かけたお詫びと、全快祝いに食事でもどうですか?」と返ってきた。ニュースでの発表を知ってから、路彦の中で連月が自分に執着する意味が分かったような気がして、若干吹っ切れてもいたから「冴ちゃんも一緒に」と返すと、連月の家に招待された。
 食事の後には抱かれるのだろうと着替えを準備してから、これまでそれほど気にならなかったのに、妙に意識してしまって、シャワーを浴びて身体を磨き上げてしまう。三十路にもなって何を期待しているのだろうと笑われるかもしれないが、汚い自分よりも厳つい外見は変えられないとしても、せめて清潔な自分で連月の前に立ちたい。
 仕事を終えてから連月の家を訪ねると、玄関に冴が走ってきて、しっかりと路彦の脚にしがみ付く。

「みちひこさんです! さえが、インフルエンザをうつしてしまってごめんなさい! さえのこと、きらいにならないでください」
「冴ちゃんは可愛いし、冴ちゃんのせいじゃないし、冴ちゃんのことは大好きだよ」

 可愛い仕草に、冴の両脇に手を入れて抱き上げると、ふにゃりと冴が笑った。よほど心配をさせたらしい。

「なんや、さぁちゃんには良い顔して」

 いらっしゃいと言いつつ、割烹着姿の連月が出てきて、路彦は家に上がらせてもらった。食事の準備ができるまで待っていて欲しいと言われて、ソファに座ると、冴が路彦の作ったビジューの付いたリボンの髪飾りを持ってくる。

「かみのけ、むすんでください。ししょー、てきとーなのです!」
「立田さんは忙しいんだと思うよ」
「かわいくしたい、おとめごころがわかっていないのです!」

 頬っぺたを膨らませる冴を膝の上に抱っこして、横の髪を編み込みにして、真後ろで束ねて髪飾りで留める。鏡で結んだところを見ようとしても、真後ろなので見えずに、ぶんぶんと頭を振るような格好になる冴が可愛くて、路彦は笑ってしまった。

「こうしたら見えるよね?」
「かわいいのです!」

 手鏡を取り出して合わせ鏡にするとようやく結んだところが見えて、冴が目を輝かせた。
 夕食は豪勢に、連月の手作りで。

「デザートは、路彦さんやで?」

 甘く良い声で耳元で囁かれて、路彦はぞわりと腰に快感が走るのを、必死で堪えた。
 夕食後には冴をお風呂に入れて、子ども部屋で寝かせる。久しぶりなのではしゃいでいる冴が路彦に絵本を読んでもらっている間に、連月は食器を片付けてしまっていた。

「さぁちゃん、寝た?」
「はい、ぐっすり」

 子ども部屋から路彦が出てくると、連月がするりとその腕に腕を絡ませる。

「一緒にお風呂に入らへん? 俺ら、そういうの、したことないやろ?」
「いえ、仕事で汗掻いたから、シャワー浴びてきちゃったんですよ」

 本当は連月に抱かれるために磨いてきたなど言えずに嘘をついてしまってから、路彦はハッとした。これから撮る映画で、男性同士で風呂に入るシーンがあるのかもしれない。それならば、協力しなければいけなかった。

「こうなるのを、期待して今夜は来てくれたんやろ? お風呂は残念やけど、路彦さんが俺に抱かれたいて思うてくれるの、嬉しいわぁ」

 落胆を見せたりせずに、逆に良い方に考えてくれる連月に安堵したが、寝室に連れて行かれて、服を脱がされるのには毎度慣れない。全て連月の思う通りにされているような感覚だが、嫌ではないのは幼い頃から連月を能楽堂で、テレビで、映画で見て、好意を抱いていたためだろう。
 白い形の良い手が、路彦の鍛え上げられた胸を執拗に揉む。そんな場所で感じるなんて信じられないのに、胸の尖りを摘まみ上げられると、「ひゃんっ!?」と悲鳴を上げて身体を反らせてしまう。

「いやらしい雄っぱいや。こんなけしからん雄っぱいで、今まで誰にも抱かれたことないやなんて、信じられへんわ」
「あっ……俺、なんか、誰も……んんっ!」

 胸の尖りに歯を立てられて、びくびくと体が跳ねた。

「ここも、綺麗にしてくれてはるんやろ?」

 脚を開かされて、腰が浮くほど膝を曲げられて、露わになった後孔に、ぬるりと濡れた感触があった。

「やぁっ!? だめぇっ! そんなとこ、きたな、いぃっ!?」
「路彦さんの体はどっこも汚くなんてあらへんで」

 周辺を舐めて舌を差し込もうとする連月に、路彦は腰を捻って逃げようとする。もがく路彦の中心を握って、連月が緩々と扱き始めた。

「いやぁ……どうじ、だめっ……おかしく、なるぅっ!」

 後孔に与えられる快感と前に与えられる快感で、おかしくなりそうになって泣き出した路彦を宥めて、連月はその夜も優しく、激しく、路彦を抱いた。
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