運命の恋 ~抱いて欲しいと言えなくて~

秋月真鳥

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僕が抱かれるはずがない! ~運命に裏切られるなんて冗談じゃない~

運命に裏切られるなんて冗談じゃない 4

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 ジェイムズ・キャドバリーは物心ついたときから、里親の元で里子として育てられていた。里親は他にも何人もの里子を育てていて、愛情がなかったわけではないが、ビジネスライクに自分たちが社会に貢献することを人生の目標としているひとだった。
 両親のことは全く覚えていない。ただ、ジェイムズを育てられない理由があったのだろうということだけは聞かされていた。
 16歳で家を出るのは、年上の里子を見習って当然のことと思い込んでいた。里親がジェイムズを育ててくれていた場所は、次の養育を必要とする里子に明け渡されなければいけない。
 もちろん、学校などの資金援助もしてくれていたが、大学に入る頃にはすっかりとそれもなくなって、ジェイムズは一人になった。
 高校時代も大学時代も付き合ったのが女性だったのは、分かりやすい母親像を彼女たちに求めたからかもしれない。
 自分が父親として子どもを守り、伴侶に母親として子どもを愛して欲しい。
 そんな幼子のような甘えがジェイムズにはあったのだろう。運命の相手として出会ったエルドレッドは美しくて、可愛くて、理想の相手だと思い込み、自分が抱くのだと決め付けてしまった。
 本当にそれが重要なことだったのだろうか。
 アメリカに来て2年、エルドレッドと会わない日々が続いて、ジェイムズは限界を感じ始めていた。論文は順調に仕上がっているが、それ以外の時間は頭のどこかでエルドレッドのことを考えている。
 19歳になったエルドレッドはどんなに美しく立派な青年になっているだろう。
 あの口付けが、首筋を甘く食んだ唇が忘れられずに、寝付けない夜に、ジェイムズは腰に集まる熱を処理しようと、バスルームに入った。冷たいシャワーを浴びても消えない熱に、そっと中心を握れば、エルドレッドの顔が浮かぶ。
 目を閉じてぐちぐちと先走りを塗りこめるようにして、鈴口を擦り、幹を扱けば、熱い息が漏れた。止めたシャワーのノズルから滴る水滴と、自らの中心を扱く濡れたいやらしい音、それに洗い吐息だけがバスルームに響いていた。

「……エルドレッド、あぁっ! んっ!」

 もともとあまり名前を呼ぶ方ではない。特別なときにしかひとの名前は呼ばず、「君」と呼ぶのが主流のジェイムズ。達する瞬間に自分の口から溢れ出た名前に、虚しくなってずるずるとバスルームのタイルの上に座り込む。吐き出した白濁で汚れた手も、酷く汚く思えて、寂しさだけが募る。
 手を洗い流して、ボディソープを手に取った後で、ふとそこに触れてみようとしたのは、もしもそこが使えたらエルドレッドとの関係も修復できたかもしれないと過ぎったからだった。
 ボディソープの滑りを借りて、後孔に指を這わせるが、周囲を撫でるだけで指を入れる勇気がわかない。ぬるぬると滑らせているだけでは埒があかないと、ジェイムズはもう片方の手で絶頂を迎えた後の中心を握った。緩々と扱いていくと、まだ若いジェイムズのそこは、また芯を持ってくる。
 その快感で気を紛らわせて、後ろに指をつぷりと入れた瞬間、違和感と異物感に身が竦んだ。指を引き抜くのも動かすのもできなくなって、固まってしまったジェイムズの中心は、手の中で完全に萎えている。

「む、り……どうしよ……」

 息を吐いて指を引き抜こうとするが、初めてものを受け入れたそこはキュッと締まって、完全に怖気づいているジェイムズには動かすことができない。
 目を閉じて深呼吸をする。
 浮かんだのは、熱っぽい瞳で見上げてくるエルドレッドの姿。強引に頬に手を当て、唇を舌でこじ開けて、舌を捻じ込んで、口腔を犯してくる。絡んだ舌に確かにジェイムズは快感を覚え、うっとりと溺れそうになっていた。
 唇を離した後に、濡れた唇を舐めて、ジェイムズの首筋に噛み付いたエルドレッド。

「あっ! っぁあ!?」

 指を引き抜く瞬間に内壁を擦って、背骨に走った快感に、ジェイムズは腰が抜けそうだった。目を閉じてエルドレッドの姿を想像するまでは、完全に恐怖と異物感しかなかったのに、感じてしまった快楽に戸惑うしかない。

「エルドレッド……」

 過去には戻れないと分かっているが、別れのときにジェイムズがエルドレッドを受け入れられたら、未来は違っていたのだろうか。
 けれど、指一本とエルドレッド自身を受け入れることは全く違うと、ジェイムズにも分かっている。こんなものは単なる懐古と自己満足でしかないのだ。実際にエルドレッドに再会すれば、争って、傷付け合うに違いない。
 会いたいだなんて、今更言えるはずもなかった。
 夜もまともに眠れず、どんよりとした顔で来た大学で、ジェイムズは駆け寄ってきたハリエットにいきなり頬を引っ叩かれた。お陰で目は覚めたが、突然暴力を受けるいわれもないと目を丸くしていると、ハリエットは顔を赤くして怒っている。

「いるんじゃない、美人で細身で背が高い恋人!」
「……誰のことかよく分からないけど、いたとしても君には関係ないよね」

 叩かれた頬を押さえてうんざりしながら向かった研究室に、運命がいた。

「久しぶり、ジェイムズ。酷い顔してるよ。ちゃんと眠れていないんじゃない?」

 口調は違うがラクランとよく似た世話焼きな物言いと、青く澄んだ聡明な瞳、僅かに紅潮した薔薇色の頬、ほの赤い唇に艶やかな黒髪の絶世の美男子、エルドレッド・ハワードがそこにいた。

「エルドレッド……なんで、ここに」

 相当間抜けな顔をジェイムズがしていたのだろう、きりっと眉を吊り上げていたエルドレッドが、ぷっと吹き出す。笑うと目元が緩んで甘い雰囲気になるのに、ジェイムズは見惚れてしまった。

「寝癖付いてるよ。朝ごはんはちゃんと食べたの? 仕事はできるのに日常生活はだらしないなんて、相変わらずだね」

 くすくすと笑いながら、ジェイムズの焦げ茶色の自由にあっちこっち向くくるくる巻いた髪を撫で付けるエルドレッドの様子に、ジェイムズは戸惑ってしまう。捨てて逃げるように別れを告げたときに、エルドレッドは穏やかだったが、胸中では怒りを感じていただろうし、理不尽さに打ちのめされたに違いないのに、どうしてジェイムズに優しくできるのか。

「イギリスからの短期の留学生だよ。こっちの犯罪事情を知りたいってことで、ジェイムズ、同郷だし、知り合いみたいだし面倒見てやってくれるか?」

 部屋の奥にいた教授の存在に気付かないほど狼狽していたジェイムズは、その言葉に更に慌ててしまった。

「め、面倒って……」
「僕、泊まるところもないから、よろしくね、ジェイムズ」

 軽く笑ってウインクをされて、流されそうになってしまうが、そういうわけにはいかない。

「よ、よろしくって、ダメだよ、そんな」

 別れは告げたものの、ジェイムズはエルドレッドに未練があるどころではないのだ。最後の口付けを思い出して、昨夜エルドレッドで抜いたくらいなのに。

「イギリスからの飛行機のシートが硬くて、僕、疲れてるんだ。荷物を置きに行かせてよ」

 貴族らしいことを口にして、クラシックなトランクを持ち上げたエルドレッドと、「留学生くんをよろしくねー」という軽い教授の言葉に押されて、ジェイムズはなし崩しにエルドレッドを自分のアパートに連れて行くことになっていた。背中に突き刺さるハリエットの視線が痛かったような気がしたが、それよりも現実に目の前にエルドレッドがいることの方に気持ちを持っていかれている。
 目の前にエルドレッドがいる。
 力強い青い瞳が、真っ直ぐにジェイムズを見詰めている。
 あんなに会いたいと焦がれた運命がここにある。
 それなのに、ジェイムズは足が竦んで、エルドレッドを素直に歓迎することができなかった。
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