上 下
35 / 64
僕が抱かれるはずがない! ~運命に裏切られるなんて冗談じゃない~

運命に裏切られるなんて冗談じゃない 2

しおりを挟む
 まだエルドレッドは15歳で、性的な経験もない。男性として育って男性として生きてきたのだから、自分が抱く方だと思い込んでいても仕方がない。
 最初は自分にそう言い聞かせていたが、エルドレッドと話をすればするほど、自分たちのすれ違いに気付かされて、ジェイムズは頭を抱えていた。デートも盛り上がらず、結局カフェで口論じみたことになってしまう。

「エルドレッド、君は僕が好きじゃないの? 譲歩して一回抱かれてみようって気もないわけ?」
「それは、僕の台詞じゃない? あなたこそ、譲歩という言葉を知らないの?」

 お互いに思い合って愛し合っているはずなのに、話を重ねる度に言葉が刺々しくなって、口付けを交わすこともなくなった。

「僕には君をどうにでもしてしまえる腕力があると分かって欲しい。それでも、君と話し合いの場を持っている。それは譲歩じゃないの?」
「ジェイムズ、レイプは犯罪だよ」

 例え恋人同士でも同意のない性行為は犯罪である。夫婦であってもそれは変わりない。

「抱く、抱かないの話じゃなくて、ジェイムズは僕と結婚したくないの?」

 はっきりと物を言うエルドレッドの姿勢が、最初からジェイムズには好ましかった。しかし、問い詰められる立場になってみると、逃げ場がなくなってしまう。

「結婚したいと思ってた」

 細い眉を吊り上げて厳しい表情だったエルドレッドが、ふとその青い瞳を潤ませる。過去形にしてしまったことが彼を傷付けたのだと分かったが、今更嘘はつけなかった。
 罪悪感でチクチクと胸が痛むと同時に、きゅっとお腹の奥が疼くような気配に、ジェイムズは戸惑いながらも言葉を続ける。

「抱きたい、抱かれたいという性嗜好は、同性愛者、異性愛者のように生まれながらに決まっていることで、変えられるものじゃない。だから……」
「別れるんだね」
「もう会わない方が良いよ」

 愛しくて可愛いエルドレッドといがみ合いたくはない。ましてや、自分が無理矢理にエルドレッドをねじ伏せることなど、あってはならない。
 別れを告げてエルドレッドを家まで送っていく間、車の中でエルドレッドは窓の外を眺めて一言も言葉を発しなかった。もしかすると、泣いていたのかもしれない。せっかく出会えた運命を手放さなければならないジェイムズも、泣きたい気持ちだった。

「君に良い出会いがあるように」

 もうこんな恋は二度としないだろうと、最後に贈る言葉に、エルドレッドが顔を上げてジェイムズの顎を掴んだ。強引に引き寄せられて、口付けられ、驚いている間に、ジェイムズの唇にエルドレッドの舌が差し込まれる。
 経験などない15歳のはずなのに、口腔を舌で貪られて、じくじくと下半身に熱が集まってしまうのは、エルドレッドがジェイムズの運命だからなのだろう。運命の相手との行為は忘れられないほどに悦いと言う。
 くちゅりと舌を引き抜いたエルドレッドが、赤く濡れた唇を舐めた。

「僕を忘れるなんて、許さない」

 息を飲むほどに美しい青い瞳に見入っている間に、かぷりとエルドレッドの歯がジェイムズの首筋に立てられた。赤く痕を残して、エルドレッドは車から出て行く。
 振り返らずに屋敷に向かうエルドレッドに、ジェイムズは車の中から動けずにいた。身体中が火照ったように熱く、心臓が高鳴っている。
 愛している。
 無邪気に微笑んで話しかける姿も、どきりとするくらい大人っぽく妖艶に見える瞬間も、ジェイムズに閃きを与えるような鋭い質問を繰り出す様子も、全て、愛しくてたまらない。手放すのがこんなにも苦しいだなんて、運命に出会うまでは知りもしなかった。
 それでも、エルドレッドのためにも、ジェイムズのためにも、ずるずると関係を続けるわけにはいかなかった。
 共同研究者のラクランと弟のエルドレッドの間には、秘密はないようだった。運命の相手だということも、エルドレッドとジェイムズが別れたということも、知られていた。
 婚約者の理人の行方が分からなくなったということで、大学院を休んで実家に帰っていたラクランが、無事に理人が保護されて大学に戻ってきて、言いにくそうに切り出す。

「アタシと理人さんの結婚式、多分来年の五月の理人さんの誕生日にすると思うわ。来てくれるかしら?」

 兄のラクランの結婚式にエルドレッドが出席しないわけがない。会わないと言った手前、のこのこと出ていけるはずもなかった。

「それは、申し訳ないけど無理かな。エルドレッドともう二度と会わない約束をしている」
「会いたくはないの?」
「会いたいけど、会ったら間違ってしまうかもしれない」

 愛しているからこそ、気持ちが変わらないからこそ、ジェイムズは自分がエルドレッドを傷付ける可能性を恐れていた。会えばあのほの赤い唇に口付けたくなる。ほっそりとした体を抱き締めたくなる。
 最後の口付けと噛まれた首筋は、まだ甘く感覚が残っていて、思い出すたびに体が熱くなる気がする。

「エルドレッドを愛しているのね」
「愛していたよ」

 まだ気持ちは少しも薄れていない。それなのに過去形にしなければいけないことが、ジェイムズにはただただつらかった。
 失恋の痛手を癒すには新しい恋をするのが一番だという。
 これまでならば、前向きに次の相手を考えられたのだろうが、エルドレッドは他の相手とは全く違う、唯一無二の運命の相手だった。女々しいが諦めきれず、ジェイムズは研究に没頭することでエルドレッドを忘れようとした。
 それはある意味成功して、論文の進みは早くなったし、研究も深まった。規則正しい方だったのに、寝食をおざなりにしてひたすら論文と向き合うジェイムズを、ラクランは心配して、食事に連れ出してくれた。

「アタシがいない間も資料あさってたんでしょ? ちゃんと寝た? ご飯は?」
「君は僕の奥方でもないんだから、世話を焼くことはないんだよ。君には大事な旦那様がいるだろう」
「皮肉を言う元気はあるのね。髭を剃ってらっしゃい、食事に出かけるわよ」

 女の子が欲しかったという両親のためにフェミニンな格好と喋り方をするヘイミッシュ。その息子のラクランは、筋肉質な体を包む服は三つ揃いのかっちりとしたスーツだったが、喋り方は父親のヘイミッシュ似でフェミニンだった。
 喋り方や体の大きさをからかわれたり、ジェイムズとの仲を疑われたりしているが、ラクランは理人だけを運命の相手として、堂々と婚約者として紹介してくれた。ラクランの潔さと躊躇いのなさが、ジェイムズには眩しく、羨ましい。

「共同研究者に死なれると困るのだけれど」
「僕には辛辣だな。他の相手には当たり障りなく、お上品なのに」
「長い付き合いでしょ、今更遠慮する仲でもないし」

 ダイナーでコーヒーとサンドイッチのセットを頼んで食べている間、やはりラクランはエルドレッドとのことを話題にしたいようで、どう切り出すか考えあぐねているようだった。

「正式にプロポーズされたの。アタシ、五月に結婚するわ。二人のためにもっと稼がなきゃいけない」
「野心のある目をしてる。いいね。今度、アメリカの学会に誘われてるんだけど、行くだろう?」
「売り込むチャンスってことね」

 結婚の話をされた後で、アメリカに行くこと迷っていると話せば、エルドレッドとのことを考え直せないかと問われる。もう終わったことだと自分に言い聞かせて、論文のことだけを考えようとして、ジェイムズはずっとエルドレッドのことが頭を離れていないことを自覚していた。
 これ以上はお互いのためにもならない。

「……結婚式に、出席させてもらおうかな。それで、最後にする」
「ありがとう、アタシと理人さんのことも、エルドレッドのことも」

 本当に別れを告げるために、ジェイムズはラクランと理人の結婚式への出席を決めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

処理中です...