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偽りの運命 ~運命ならばと願わずにいられない~

運命ならばと願わずにいられない 8

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 一月のラクランの26歳の誕生日に、理人は正式にラクランにプロポーズをしてくれた。

「ランさんが好きや。俺の唯一無二の運命のひとで、愛するひと。俺が小さい頃から俺のことを誰よりも大事にしてくれた、うつくしいひとや。結婚してください。ランさんを幸せにできるかは努力次第やと思うけど、俺はランさんと結婚できたら、世界で一番幸せな男になる自信がある……断られたら、世界で一番不幸な男やけどな」

 最後にへにょりと眉を八の字にしたのも可愛くて、ラクランは理人にそっと口付けた。肉厚で大きなラクランの手よりも筋張ってやや小さな手を取って、その赤茶色の目を覗き込む。

「お受けいたします。理人さんと一緒にいることが、アタシにとっても、何よりの幸せよ」

 運命の相手は唯一無二。
 引き離される方がつらい。
 そのために、両親のヘイミッシュとスコットは「抱きたい」「抱かれたい」という嗜好が合わないと勘違いしていても、共にいようと結婚したのだという話は聞いていた。結婚後に二人とも勘違いが分かって、一件落着したのだが。

「エルとジェイムズさんの件、どうにもならへんのやろか」
「話し合った末のことですものね」

 二人は幸福に包まれていたが、理人にとっては兄がわりで親友、ラクランにとっては弟のエルドレッドの恋は気になるところだった。もう終わったとクールに言っていても、結婚式でも会わないと告げたジェイムズは、未練があるに違いない。

「まずは俺らのことやな」
「そうね。遠慮してたら、エルドレッドに怒られちゃうわ」

 気を取り直した理人は、例年通りに家族でケーキを買いに行った後、夕食の席でラクランにプロポーズしたことを報告してくれた。

「ヘイミッシュさん、スコットさん、俺はまだ学生で、未熟者かもしらへんけど、ランさんのことを愛する気持ちだけは誰にも負けへんつもりです。俺の16歳のたんじょうびに、ランさんと結婚させてください」

 改まって深々と頭を下げた理人に、ヘイミッシュとスコットが椅子から立ち上がって、二人して理人を抱き締めに行く。大柄なスコットと、細身だが背の高いヘイミッシュに挟まれて、理人は驚いて眼鏡の奥の目を丸くしていた。

「よく言ってくれたわ! 祝杯をあげなきゃ!」
「理人、ラクランのこと、よろしく頼むね」

 大喜びする両親に、ラクランも嬉しくなっていると、エルドレッドから袖を引かれる。

「兄さん、本当におめでとう。後二年は遠距離なんだから、結婚指輪は作らなきゃダメだよ」
「やっぱり、作った方が良いと思う?」
「理人、意外と同級生にモテるんだよ」
「やぁー!? エル、何を言うとるんや!? そんなの嘘やからな! 俺にはランさんしかおらんからな!」

 告白をされても全部断っているし、婚約者がいるということを大々的に言っているので、最近はあまり声をかけられなくなったが、整った顔立ちにすらりとした細身の体の理人は、同級生の間では人気だったらしい。

「あら、やだ。結婚指輪、作りに行きましょう」

 左手の薬指に結婚指輪がはまっていれば、大抵の相手は諦めてくれる。牽制になると分かって結婚指輪を作りに行こうと考えてしまう自分は、結構に嫉妬深いのではないかとラクランは初めて知った。
 恋愛とは自分の知らない部分とも出会わせてくれる。

「指のサイズが変わるかもしれへんし……」
「そしたら、買い直しましょう。ピアノを弾くときに邪魔かしら?」
「それは、慣れるやろうし、ピアノ弾いてるときだけ首から下げてもええし……ランさんが乗り気なのが、めっちゃ嬉しいわ。俺が誕生日プレゼントもらうみたいや」

 一度は遠慮しかけたが、頬を染めて喜ぶ理人に、ラクランはヘイミッシュとスコットに宝石商を紹介してもらうようにお願いした。
 夕食後にはピアノのある部屋に招かれて、誕生日プレゼントの理人の新曲を披露してもらう。「My Sweet」という曲は、曲名通りラクランの耳に甘く響いた。
 善は急げとばかりに、翌日にヘイミッシュに紹介されて行った宝石商で、男性同士ということでプラチナの平型のリングを勧められた。色んなデザインの物の中から捻りが入っているものを選ぶと、誕生石を埋め込めると教えられる。

「一月はガーネット、五月はエメラルドとクリソプレーズとなっておりますが、ガーネットには色違いの緑のものも御座います。エメラルドとクリソプレーズはどちらも緑になっておりますので、合わせられると思います」

 サンプルで見せてもらった緑のガーネットも気に入ったが、ラクランが特に目を引かれたのはアップルグリーンのクリソプレーズだった。

「理人さんの産まれた五月は新緑の季節ですものね。これ、とても綺麗だと思うわ」
「ランさん、それなんやけどな」

 乗り気で選ぶラクランの勢いに負けたのか、それとも意見を尊重してくれていたのか、ずっとラクランの言う通りに頷いてくれていた理人がおずおずと切り出した。

「俺がランさんの誕生石を付けて、ランさんが俺の誕生石を付けたらあかんやろか?離れてても、お互い一緒やってことで」
「まぁ、それは素敵ね。そうしましょう」

 注文した指輪は、ラクランのものが理人の誕生石であるクリソプレーズの埋め込まれたもの、理人のものがラクランの誕生石である緑のガーネットの埋め込まれたものに決まった。
 出来上がりまでにしばらくかかるので、ラクランは理人を家まで送って、大学に戻った。
 共同研究の論文の数も増えて、出版の話も持ち上がっていて、ジェイムズとラクランは忙しくもなっていた。医学部に行く理人が卒業するまでは、実家の援助もあるだろうが、基本的にラクランの稼ぎで暮らしていくつもりだった。研究ができれば良いと思っていたが、稼ぐ術も学ばねばならない。
 共同研究者のジェイムズの方は、エルドレッドとのことがあってからのめり込み過ぎているくらい仕事に熱心で、体を壊しそうな勢いだった。

「アタシがいない間も資料あさってたんでしょ? ちゃんと寝た? ご飯は?」
「君は僕の奥方でもないんだから、世話を焼くことはないんだよ。君には大事な旦那様がいるだろう」
「皮肉を言う元気はあるのね。髭を剃ってらっしゃい、食事に出かけるわよ」

 家に押しかければ、無精髭を生やして、目も睡眠不足で落ち窪んで赤らんでいるジェイムズの姿に、ラクランは放って置けなくて、ランチに誘い出す。ダイナーでコーヒーとサンドイッチの簡単な昼食をとる間、ジェイムズは何度も欠伸を噛み殺していた。

「共同研究者に死なれると困るのだけれど」
「僕には辛辣だな。他の相手には当たり障りなく、お上品なのに」
「長い付き合いでしょ、今更遠慮する仲でもないし」

 コーヒーを飲み干したジェイムズが、お代わりを頼む。ラクランも同じくお代わりをカップに注いでもらった。

「正式にプロポーズされたの。アタシ、五月に結婚するわ。二人のためにもっと稼がなきゃいけない」
「野心のある目をしてる。いいね。今度、アメリカの学会に誘われてるんだけど、行くだろう?」
「売り込むチャンスってことね」

 答えてからふとラクランはジェイムズが初めて会った頃に言っていたことを思い出した。この研究を本格的に続けるのならば、犯罪大国のアメリカに移った方が良いかもしれないということ。その後でエルドレッドと出会って、意見を変えたジェイムズだが、その恋が終わった後、どうするのかを聞いていなかった。

「アメリカに本拠地を移すつもり?」
「正直、迷ってる」

 既に打診はあったのだと明かされて、ラクランは眉間に皺を寄せた。そんな大事なことを、仕事上のパートナーであるラクランに今まで明かさなかったのは、大問題だ。けれど、それだけジェイムズも迷っているのだろう。

「エルドレッドのこと、考え直せないの?」

 愛していたと過去にしてしまったが、ジェイムズは明らかに未練があるし、エルドレッドも同じくだろう。運命の相手は唯一無二。離れることの方がつらいはずだ。

「……結婚式に、出席させてもらおうかな。それで、最後にする」
「ありがとう、アタシと理人さんのことも、エルドレッドのことも」

 もう一度だけ会う気になってくれたことだけでも、大きな進歩だった。
 その先に何があるのかは、誰にも分からない。
 運命の相手と偽って理人を引き取ってもらったラクランが、その13年後に本当に理人を運命の相手だと分かって結婚するように、ジェイムズとエルドレッドの未来もまだまだ未定だ。
 しかし、ジェイムズとエルドレッドが運命ならば結ばれて欲しいと願わずにはいられない。
 緑萌える五月に、ラクランと理人は結婚することになる。
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