運命の恋 ~抱いて欲しいと言えなくて~

秋月真鳥

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偽りの運命 ~運命ならばと願わずにいられない~

運命ならばと願わずにいられない 3

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 年が過ぎて、理人が11歳になった夏期休暇、寝苦しい蒸し暑い夜にラクランは夜中に目を覚ましてしまって、理人がベッドにいないことに気付いた。手洗いか、水を飲みにリビングに行ったのかと、ラクランも起き上がって、喉の渇きを潤そうとリビングに降りると、灯りが点いていて、理人がヘイミッシュと話しているのに足を止めた。
 俯いている理人の表情は見えない。

「ランさんと一緒におると……特に、夜に一緒に寝とったりすると、お腹がムズムズするんや」
「痛みがあるの?」
「痛くはないんやけど……なんやろ、変な感じで」

 うまく言えずに黙り込んでしまう理人に、ヘイミッシュが滑らかな顎を撫でて、考え込む。

「決して、いけないことじゃないのよ。だから、教えてくれる? 変な感じがするのは、その……性器かしら?」

 直接的に問いかけたヘイミッシュに、こくんと理人が小さく頷いたのが見えた。聞いていていいのかと、リビングの入り口の陰から、ラクランは鼓動が早くなるのを感じる。

「ランさんにもっと触りたいとか、ランさんとキスがしたいとか……俺、一緒に寝とったらあかんのやないやろか」
「理人は、精通はまだよね?」
「ま、まだや」
「もうそろそろなのかもしれないわ」

 体の大きかったラクランは性的な成熟も早かったが、背の高い理人もそうなのかもしれない。11歳の時点で理人の背丈は170センチに近かった。ラクランはイギリス人なのでサイズが違うのは当然だが、日本人の血が半分入っている理人はもうそろそろ大人に近い大きさになっているのかもしれない。

「どないしよ……ランさんと別々に寝るのは嫌やし……でも、ランさんを傷付けたくはないんや」

 繊細な御人やから。
 思いやりにあふれた理人の言葉に、ラクランはそっとその場を離れて、部屋に戻った。クーラーを入れているが、拭えない蒸し暑さに、じわりとパジャマの下の素肌に汗が滲む。
 外出するときは夏場でも生地の薄い三つ揃いのスーツをかっちり着ているが、実家に戻るとラクランは薄着になっていた。パジャマの胸に手を当てると、大胸筋の形がはっきり分かるような気がする。
 理人も大きくなっているので、起きている間は胸に触るのを控えるようになったが、抱き付いたら胸に顔を埋めたり、眠って仕舞えば無意識に胸を揉まれたりするのは相変わらずだった。
 ぱたぱたと裸足の足音が近付いてきて、ラクランはベッドの上に座ったままで理人を迎える。いつもなら甘えるようにラクランの胸に飛び込んでくるのに、理人はベッドの手前で足を止めた。

「暑くて、目が覚めてしもたんよ」
「アタシも喉が渇いて、お水を飲みに行こうと起きたところだったの」
 ベッドから立ち上がるラクランの手を、指が長いが細い理人の手が掴む。
「あ、あんな、ランさん、くっついとったら暑いし、俺、自分のベッドで寝るわ」
「そう。お休みなさい」

 赤茶色の目で見上げてくる理人のふわふわの前髪を掻き分けて、額にキスをすると、ぺたぺたと裸足でベッドに歩いていく。

「ランさん、お休みなさい」

 手を伸ばせば届く位置にある、隣りのベッド。
 その日から、理人はラクランとは同じベッドで寝なくなった。
 性的な対象として理人がはっきりとラクランを意識していること、その上で体格も年齢も理人の方がずっと下なのに、ラクランの気持ちを大事に思ってくれて、傷付けないように考えてくれている。
 同級生に無理矢理に口付けられたのは、本当に嫌で、あれ以来ラクランは性的なことに嫌悪感を覚えるようになった。追い討ちをかけるように、若い教師に迫られた経験で、恋愛すら一生しないとまで思った。
 それなのに、偶然耳にしてしまった、理人のラクランに対する欲望は、気持ち悪いとも怖いとも思わない。どこかふわふわと心が浮き立つような心地すらする。
 理人が16歳になるまで残り5年、そのときにはラクランは26歳になっている。
 婚約も偽りで、結婚も意識していない頃は10歳の年の差など気にならなかったが、今になってみるとそれが大きい気がして、ラクランは思案する。年上なのに性的なことは避けているから、知識もあまりない上、経験も当然ないラクランが、理人に求められたらどうすればいいのだろう。
 ヘイミッシュとスコットはお互いに初めてだったようだが、初夜がどうだったかなど息子が聞けるはずがない。ネット検索で男性同士の行為の方法を探すも、アダルトな動画に行き当たってしまって、ラクランはそっとパソコンを閉じた。
 大学を卒業しても、ラクランは宣言通り大学院生として研究のために大学に残った。大学生の頃よりも更に忙しくなって、なかなか実家に戻れなくなったが、理人が微妙な時期にあるとなると、それも少しだけほっとする。まだ真正面から理人が自分に欲望を持っていることと向き合う勇気は、ラクランにはなかった。
 大学教授や研究者からは、犯罪心理分析官のヘイミッシュ・ハワードと警察の上層部のスコット・ハワードの息子ということで、ラクランはそれなりに有名だった。論文のためにヘイミッシュやスコットの扱った事件の取材で、二人とコンタクトを取ったものもいるという。
 ジェイムズ・キャドバリーもその一人だった。

「君の父上と母上は本当に優秀だよね。特に父上の扱った事件は興味深い」
「父とアタシは別人格だから、媚びを売っても無駄よ?」
「ラクラン、君が書いてる論文にも興味があるんだ」

 研究者としてジェイムズは優秀で、年齢もラクランと同じだった。体付きはラクランよりも小柄だががっしりしていて、勉強熱心な彼と、論議を交わす仲になった。

「犯罪大国アメリカと比べて、統計を取るにはイギリスは母数が少ない」
「論文もどうしてもアメリカのものが多くなってくるわね」

 研究を長く続けたいのならば、アメリカへ移ることも考えなければと提案するジェイムズに、ラクランは躊躇う。あくまでもラクランのしたい研究はイギリス国内のものであって、研究の一環としてアメリカを訪れることはあっても、そこを本拠地とする気はなかった。
 論文を共同で書くにあたって、合間に食事をする時間が重なったりすることがあっても、ラクランはジェイムズに隙を見せたことはないし、恋愛関係になるように思わせたこともない。聡いジェイムズもそのことは気付いている。しかし、放っておかなかったのは、周囲の方だった。

 ジェイムズ・キャドバリーとラクラン・ハワードが付き合っているとか、結婚間近だとか、妙な噂を立てられる。
「君の婚約者殿に申し訳ないな。僕はそういうつもりじゃないのに」
「分かってるわ、ジェイムズさん。なんでも色ごとに結び付けて、馬鹿みたい」

 年下の婚約者がいること、彼が結婚できる年になって自分を選ぶなら応えようと思っていることを、ラクランはジェイムズには告げていた。あくまでも、ジェイムズは友人でしかない。

「僕の名前はヘイミッシュ卿と同じなんだよ、それも関係あるかもね」

 スコットランド語のヘイミッシュは、英語にすればジェイムズ。父の名前が有名なのも、こういう場面で嫌味や絡まれる対象になる。煩わしさを和らげてくれるのは、ジェイムズがどこまでも友人の域から出ずに、ラクランの理人への気持ちを尊重してくれていることだった。
 疑われるのも、理人を不安にさせるのも好ましくない。
 23歳の夏期休暇に、ラクランはジェイムズを実家に招いて、理人に会わせることに決めた。
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