運命の恋 ~抱いて欲しいと言えなくて~

秋月真鳥

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偽りの運命 ~運命ならばと願わずにいられない~

運命ならばと願わずにいられない 2

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 1月下旬のラクランの誕生日には冬季休暇は終わり、大学も始まっていたが、理人とエルドレッドに「祝いたい」と言われてラクランは実家に帰ってきていた。かっちりとした三つ揃いのスーツも、家では脱いでしまって、シャツとベストにパンツという楽な格好になる。
 部屋に荷物を置いてきたラクランを、エルドレッドと理人が普段使っていない部屋に招いた。そこには、祖父が小さな頃に使っていたグランドピアノが置いてある。

「ランさん、聞いてて」

 ピアノの椅子の高さを慣れた様子で調整して、鍵盤に理人が指を滑らせる。3歳から8歳までずっと一緒に暮らしていたが、理人がピアノを弾けるなど、ラクランはそのときまで知らなかった。

「学校の授業で弾いてみて、やりたかったから、ヘイミッシュさんとスコットさんに相談してん。そしたら、習ってええって言うてくれて。もちろん、医者になるために、勉強も頑張ってんで」

 大学のために一人暮らしをするラクランが家を出てから、理人はピアノの練習をラクランに内緒で続けていたらしい。

「この曲もランさんのために作ってん」
「すごいわ……理人さん、才能があるのね」

 自分には音楽の才能などないので、純粋に感動して理人を抱き締めると、嬉しそうに照れて飛び付いてくる。

「僕のも聞いてよ」

 負けじとエルドレッドも弾きだして、最後には二人の連弾も聞かせてもらった。エルドレッドも理人ほどではないが、ピアノの才能があるようだった。

「エルドレッドもとても上手よ。アナタたち、アタシを驚かせようと頑張ったのね」
「びっくりしたでしょう?」

 誇らしげなエルドレッドと、嬉しそうな理人の笑顔に、ラクランもにこにこと微笑んでしまう。その年の誕生日プレゼントは、理人の作った『ランさん』という綺麗なピアノ曲だった。
 生活必需品は常に潤沢に与えられていたし、衣服は貴族の出ということか、それともヘイミッシュとスコットの趣味なのか、体が大きいこともあって特別に誂えたものを与えられていた。そのため、ラクランには物欲というものがほとんどない。特に欲しいものもなく、食べたいものもないと幼い頃から言っていたので、両親を困らせていた気がする。
 そんな物欲のないラクランにとっては、理人の作った曲は何よりのプレゼントだったし、例年通りに買いに行くケーキも楽しみの一つになっていた。
 ヘイミッシュとスコットが仕事から帰ってきてから、家族全員でケーキを買いに行くのも毎年のこと。19歳になっても両親はラクランを息子として、子どもとして尊重してくれる。ケーキが特に好きなわけではないが、毎年ラクランが1月に選んだケーキを、5月の理人の誕生日に同じものを選ぶのが恒例になっていて、それをラクランも楽しんでいるところがあった。
 今年は宝石のように果物が光るフルーツタルトを買ってもらう。ワンホールを夕食後に切って、家族で味わった。

「小さな頃からラクランは、欲しいものを聞いてもないって言うから、誕生日やクリスマスには苦労したのよ」
「一番喜んだのは、エルドレッドが生まれたときだったね」

 弟が欲しかったの!
 そう言って生まれたばかりのエルドレッドに、9歳のラクランは今まで何を貰ったときよりも大喜びしたという。男性の妊娠と出産は体質も変わって大変なので、スコットは二人目はできないかもしれないと悩んでいた。子どもは三人欲しかったが、ラクランが生まれた後、エルドレッドが生まれるまで9年かかってしまっている。

「僕もエルドレッドを妊娠したときは嬉しかったよ。もう諦めかけてたから」
「僕は弟が欲しいと思ったら、リヒトが来てくれた」

 エルドレッドを産んでからも妊娠しにくくて、三人目を諦めたところで、ヘイミッシュとスコットは理人を引き取った。

「運命の相手って言うのは、どうかしらと思ってたけど、『ものを欲しがらないラクランが欲しがった』っていうのが、私たちには重要だったのよ、ね、スコット」

 ウインクをするヘイミッシュにスコットが頷く。

「俺、ほんとの両親には望まれてへんかったかもしれへんけど、ランさんが望んでここに来られたんやったら、生まれてきて良かった、両親が俺を産んでくれて良かったと思うわ」

 ラクランでも知らないヘイミッシュやスコットの当時の気持ちを聞いて、しみじみと言う理人にラクランは胸が締め付けられるような、不思議な気持ちになった。
 このまま彼が育って、16歳の誕生日に求められたら、自分をあげてしまってもいいかもしれない。きゅんと胎が疼くような甘い感情が湧いてくる。

 初めは偽りだった。

 けれど、今はこれが運命ならばと思わずにはいられない。
 理人にもラクランのことを運命だと思って欲しい。
 5月の理人の誕生日には、ラクランは14歳の誕生日に理人から貰ったのと似た卵型の青みを帯びた灰色の石に、光が差すと青い色が浮かび上がるラブラドライトを、自分のネックレスと同じデザインで作ってもらった。
 1月にラクランが注文したのと同じタルトは果物の季節が違うのでなかったが、柑橘系を中心に果物が乗っているフルーツタルトを買ってもらって、理人の誕生日は祝われた。
 夜寝る前にプレゼントのネックレスを渡すと、箱を開けて赤茶色の丸いお目目で中をじっと凝視して固まっている。ゆっくりと手にとって、ラブラドライトを光にかざして、理人は深く感嘆のため息をついた。

「綺麗や……ランさんのお目目みたい」
「気に入ってくれたなら良かったわ」
「大事にする。めっちゃ嬉しい。ありがとう」

 もったいなくてつけられないという理人は、写真立てにネックレスを飾っていた。
 ようやく9歳になった理人。手足も伸びて背丈も伸びているが、やはり体付きはひょろひょろと細い。

「ピアノ、頑張ってるんやで。新曲は……ダメや、内緒にしよ」
「できたら聞かせてくれる?」
「ピアニストと、医者って、兼業できるんやろか……」
「あら、素敵ね。できると思うわ」

 医者になりたい、強くなりたいという理人の夢に、ピアニストが加わったようで、ベッドで理人を抱き締めながら、ラクランはくしゃくしゃとそのふわふわの赤茶色の髪を撫でた。
 ふにふにと胸を触っている理人と目が合って、ラクランはずっと疑問だったことを口に出した。

「理人さんはよくアタシの胸に触るわよね。理由があるの?」
「安心するから、かなぁ。ここに来た後も、両親に連れ戻される夢を見て、目が覚めたらランさんのお胸に耳をくっつけてたんや。心臓の音が聞こえて、これが夢やない、ランさんが本当におってくれるって実感してた」

 幼い頃も今も、ラクランの胸は理人の安心できる場所のようだ。

「触られるの好きやなかった?」
「いいえ、嫌ではないわよ」

 答えながら、ラクランは一つの可能性に気付きつつあった。
 理人が育ってラクランと性的なことを求めた場合、抱きたいのか、抱かれたいのかは、大事な要素になる。スコットはヘイミッシュに抱かれたかったが、ヘイミッシュもスコットに抱かれたいのではないかと思い込んで、言えなかった日々があると聞いている。
 触れられて、胎が疼くような感覚に襲われるのは、まだ淡くしかその想いがないが、恐らくはラクランは母親のスコットに似て、抱かれたい方なのだろう。逆に抱く方を想像してみれば、理人の細い腰や身体に暴力を振るうような気すらして、ぞっとしてしまう。
 逞しく厳つい体を、育った理人は魅力的に思ってくれるだろうか。
 芽生え始めた感情に、ラクラン自身が困惑していた。
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