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偽りの運命 ~運命だと嘘をついた~

運命だと嘘をついた 5

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 体が大きいことや、両親がどちらも男性で大柄なスコットの方が母親であることを、同級生にからかわれたりすることもある。馬鹿らしいので相手にしていないが、保育園に理人とエルドレッドを迎えに行ったときに、同じく保育園児の妹がいる同級生と鉢合わせしてしまった。

「その赤毛のチビがラクランの婚約者か。ヘイミッシュ卿みたいに、抱いてくれるように育てるには、小さすぎないか?」

 成績でも運動でもラクランに勝てないその同級生は、その程度のことでしかラクランを侮辱できないのだろう。相手にする時間も惜しいと放っておけば、調子に乗って更に言葉を重ねてくる。
「そのチビが育つまで、ラクランは遊び放題か。育ったら育ったで、尻に敷いて好き勝手するんだろ。立派な尻に」
 伸びてきた手がラクランの尻を鷲掴みにしたのには、さすがに手を振り払ったが、こういう輩が反応すればするほど喜ぶのを知っているので、完全無視を決め込んでいた。ますます増長した同級生が手をワキワキさせて、「デカイおっぱい揉ませろよ」とか言ってくるのも無視しようとしていたら、きゅっと眉を吊り上げた理人が、両手を広げて同級生の前に立ちはだかった。

「らんしゃんに、いじわるしたら、ゆるしゃへん!」
「なんだ、チビが生意気に」

 拳を握って、ぽてぽてと同級生に殴りかかる理人は、軽く脚で払われただけで尻餅をついてしまった。泣き虫で、怖がりの理人は、それで号泣するだろうと抱っこしようと伸ばした手を擦り抜けて、また小さな手でぽてぽてと殴りかかる。

「ゆるしゃへん! らんしゃんは、りーのだいじなおひとなんや!」

 殴ったところで痛みもないだろうが、見かねた保育園児の妹が「おにいちゃん、すきなのにいじわるしたら、きづいてもらえないわよ」とクールに言ったのに、同級生は真っ赤になって妹を抱えて帰ってしまった。キリッと表情を引き締めていた理人だったが、同級生の姿が見えなくなると、くしゃりと泣き顔になる。

「らんしゃんのおちり、しゃわられてしもた。りー、まもれんかった……」
「リヒトはにいさんをよくまもったよ。だいじょうぶ、あとのことはぼくにまかせて」

 自信満々で頷く4歳のエルドレッドに嫌な予感がしつつも、泣き出しそうな理人をラクランが抱き締める。

「かっこよかったわよ。ありがとう」
「りー、かっこええ?」
「そうよ、素敵だったわ」
「しゅてき!」

 誇らしげな顔になった理人の涙はもう引っ込んでいた。
 その後、エルドレッドが同級生の家を突き止めて、アナグマ駆除業者に偽の情報を流して、その庭にアナグマを放して穴だらけにして、同級生を転ばせたというのに、ヘイミッシュは頭を抱えて、スコットは苦笑する。

「間違いなく、私の子だわ……」
「ヘイミッシュも昔から賢くて強かったもんね」

 説教をされても、理人からは「しゅごい! える、さしゅがや!」と褒め称えられたエルドレッドは全く懲りていない様子だった。
 ラクランの前ではすぐに泣いてしまう理人が、自分よりもずっと大きな年上の男の子相手に、勇敢に立ち向かった。あれくらいのことはいつもだったし、ラクランは気にもしていないのに、理人はラクランを守ろうとしてくれた。
 おやつ抜きでこってりと絞られているエルドレッドにも後でこっそりお礼をするとして、ラクランは理人を膝の上に抱っこする。暖かなミルクティーをカップに注いで、ふわふわの赤茶色の髪を撫でた。

「理人さんは騎士ナイトみたいね」
「りー、らんしゃんの、ないと?」
「今日はそれくらいかっこよかったわ」

 つむじにキスを落とすと、白い理人の頬が林檎のように真っ赤になる。ふうふうとミルクティーを吹き冷まして飲めるようになった理人は、スプーンやフォークの使い方もかなり上手になっていた。

「あの子、ラクランのことが好きなのね。あんなアプローチじゃダメって、妹さんの方が分かってたわ」
「彼がアタシを? まさか」

 よく絡んでくる同級生だと認識していたが、あれは好意ではないと断言するラクランにヘイミッシュが手を伸ばして頬を撫でてくる。

「自分の体が大きいからって油断をしてはダメよ。あなたは充分魅力的なんだからね?」

 好みがスコットのヘイミッシュからすれば、ラクランも魅力的に思えるのかもしれないが、ラクランにしてみればそうは思えない。それでも、油断をして誰かに妊まされるようなことがあってはいけないので、気をつけるに越したことはないと心に刻んだ。

「理人、ラクランを守ってくれてありがとう」
「りー、らんしゃんとけっこんすゆんやもん、らんしゃんのこと、ずっとまもるで」

 スコットにお礼を言われて、理人はキリリと表情を引き締めていた。
 可愛い理人が可愛いだけではないと気付いてから、ラクランの中で理人の立ち位置が少しだけ変わった気がした。いつかは他の誰かを愛するとしても、ラクランを慕ってくれている間は、大事に愛して良いのかもしれない。いずれ別れが来るからといって、最初から理人を跳ね除けるようなことをする必要はないのではないだろうか。
 淡く、僅かに、理人に好きな相手が現れず、ラクランのそばにずっといてくれたら良いのにという願いが胸に灯る。これからたくさんのことを経験して、理人は大きくなる。その間に気持ちがどう変わるか、変わらないかは分からない。
 理人が16歳になるまで、残り13年。
 そこまでのカウントダウンが始まった。
 夜になって一緒に眠るのも、大きくなれば自分から嫌がってやめるだろうと考えれば、気が楽になった。胸を触られるのには、相変わらず妙な気分にはなったが、ラクランは性欲は強くないようで、勃起したりすることはなく、自慰にも関心がない。夢精することもなかった。
 3歳とはいえ、理人はヘイミッシュとスコットが抱き合って口付け合う場面に遭遇したりする。万年新婚の二人は、ときに人目を憚らず口付けたりするので、そういうときにはラクランがエルドレッドと理人の目を塞ぐのだが、その指の間から理人は興味津々で見つめていたりする。
 学校から帰って、理人が遊んでいるのを見守りながらソファで勉強をしていたら、うとうとと微睡んで寝てしまったときのこと。小さな手が頬に触れる感触に薄く目を開けたら、理人の顔が間近にあった。
 ちゅっと可愛い音を立てて、理人がラクランの唇にキスをする。軽く触れるだけの口付けだったが、ラクランは驚いて飛び起きてしまった。

「理人さん、これ……」
「らんしゃん、おきとったんか? こ、こいびとどーしはちゅーしゅるんやって……」
「ダメよ」

 きっぱりと言ってしまった瞬間、赤茶色の大きな瞳に涙が浮かぶ。

「あかんやった? らめやった? らんしゃんのこと、すちやから、りーもしたいとおもうて……ごめしゃい……きらいにならんでぇ」

 最後の方はしゃくり上げて泣き声になった理人を抱き上げ、大きな手で背中を撫でながら、ラクランは言い聞かせる。

「頬っぺたや額にはするけど、唇は大事な場所なのよ。アタシだけじゃなくて、他のひとにも簡単にさせちゃだめだし、しちゃだめなのよ」
「らんしゃんいがいと、せぇへん……それでも、らめ?」
「大きくなってから好きなひととしかしちゃダメよ」

 小さな子どもに嘘を教えて好きにしようとする小児性愛者が、世の中にはたくさんいるのだ。触れさせてはいけない場所、自分からも触れてはいけない場所はきっちりと教えておかなければ取り返しがつかないことになる。
 自分が幼いときに教えられたことをそのまま繰り返すと、ぼとぼとと大粒の涙を流しながら、理人は不承不承頷いた。

「おおきくなったら、らんしゃんとすゆ……」
「そのときまで、理人さんの気持ちが変わっていなければね」

 明確な意思を持って、理人が口付けをしたいと請うようになるのは何歳くらいだろう。そのときの相手は誰だろう。
 まだ未来は遠すぎて、14歳を目前にしたラクランには想像もつかなかった。
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